第7話 幽霊のサマバケ


「心霊写真だと?オイ、言い訳すんならもっとマシな絵図、書けや!」


 おおお、脳攪拌される。待ってくれ、石塚。


「ほんとだって!写真撮った時はこんな女、いなかったんだって!」

「それにしては、ずいぶんはっきりと自己主張してますねぇ」


 櫻宮が再度、写真を分析しはじめた。大体、無一文であんなとこに放置されてデートもクソもあるもんか。廃ホテルから海辺の鳥居までの距離だって、山道を下ること2時間もかかったし、こんな夏ガールな服装の女連れて、どんなデートコースだよ!


 石塚に、がくがくと頭を揺すぶられながらも、俺は必死に抗議した。ふと、石塚の手が止まる。


「む。確かに回収した時も、一人でしたね」

「そうだろう。そうだろう」

「髪は額にべっとりと張り付き、顔は埃まみれ、小汚い上に加齢臭混じりで汗臭く、とてもデート後とは思えない姿でした」

「お前な・・・」


 そんな、みんなコクリって頷かなくてもいいじゃん。傷つくよ?中年のハートはガラス細工だって知らないの?


「でも、センセは日頃から心霊写真なんて、あーだこーだ、理屈こねて全否定してたじゃないですか」


 確かにそうだ。だがしかし、ここまではっきりフレーム中央に、堂々と写りこむと、他にはどうにも説明する方法が見つからない。なんなの?普通はよーく見ないと、わからないところに、こっそり見切れるもんじゃないの?そういうルールなんじゃないの?


「それは私から説明した方がいいか、と思います」

「うわっ!出た!」


 それは昨夜の女だった。いつの間にか、俺の隣に座っていた。まさに神出鬼没。心臓止まるかと思った。てか、当たり前のように味噌田楽、喰うなよ。


「実は私、この世にとっても未練が残ってしまって、こうして彷徨っているのです。あ、すいません。中ジョッキひとつ」


 説得力がひとつもない。


「あの・・・ほんとに、この方、幽霊さんみたいですよ。これ、よく見てください」


 櫻宮が示したデジカメの映像は、一見なんの変哲もないスナップ写真に見える。実際には心無い訪問者が残したゴミと、落書きだらけだったホテルの一室を撮影したのだが、中央に満面の笑顔で自称幽霊女が写っていた。


「ほら、ここ」


 細ちっこい指先が指したのは女の足元だった。


 影がない。


 俺は、今まさに隣でジョッキビールをごくごく飲み干している女を見た。瑞々しく健康そうな肌は、暑さで浮いたであろう汗を弾き、生き生きとさえしている。ビキニ姿にパーカーを羽織っているのだが、はち切れんばかりの肢体を隠し切るには、いささか面積が足りなかった。


 そんな生命力の塊のような彼女の足元には、写真と同じく影がない。そうか。やっぱり幽霊なのか。

 

 なんだか、ここのところ、俺の常識は次々と覆されまくっているのだが、もうさ、ここまでくると清々しいよね。これが幽霊って言うなら、締め切り前の漫〇家とかどうすんの?もはや屍だよ?


「心霊写真でも撮れればいいな、とは言いましたが、まさか、本体を捕まえてくるとは・・・センセ、いくら欲求不満が超新星爆発寸前のクソ中年といっても、限度ってものがありますよ」


 謝れ!全国の独身中年男性に謝れ!人の性欲を天体物理学上の大事件みたいな表現すんな!


「私、ずっと病弱で入退院を繰り返していたので、夏の海であはは、うふふなんて経験、一度もなかったんです。それで、想い出のひとつくらいほしいなって思ってたら幽霊になってしまって・・・リア充なんて、死んで、しまえば、いいのに・・・」


 最後の方は幽霊っぽかったね。でも、ビールおかわりして焼きソバ掻っ込んでるところは全然、病弱には見えないけどね。


「つまり、夏の想い出作りができれば、成仏できそうなんじゃな?」

「はい、幸いにもセンセが協力してくれるって・・・」


 皆の視線が俺に集まる。そうか、昨夜のあれか。てか、既にセンセなんだね。


「約束しましたよね?」

「それは責任取らねばならんじゃろな」

「ですよね。約束したのなら守らないと・・・」

「約束守らない中年はただの豚です。センセは豚」

「おんなのてき」


 コウ、浮き輪は人の頭かじらないよ。ビニールバージョンでも血が出るからやめれ。失血多量を恐れて、俺は陥落した。まぁ約束したしな。


 そうして俺達は、幽霊のサマーリゾートを盛り上げることになったのであった。


 想い出作りといっても、別に変わったことをするわけではないようで、要は記録に残せばいいらしい。女幽霊はどうやら写真に固執しているようだった。それで俺の映像に写りこんだのだ。夏の海で遊ぶ姿をたくさん、写真として記録する。それが望みという。


 カキ氷でキーンとなってる乙女達をパシャ!


 波打ち際ではしゃぐ乙女達をパシャ!パシャ!


 ビーチボールで遊ぶ乙女達をパシャ!パシャ!パシャ!


 ぽろりをパ・・・あれ、シャッターが落ちないな。


「自粛せんか、バカ者!」


 那智にど突かれた。あれ、そういえば従妹設定はどうした。


「面倒臭くなったので全部バラしたのじゃ」


 そういえば石塚って普通の人間なのに、天狗だ神だの、霊能者だの、幽霊だの普通に受け入れてるな。抵抗ないんだろうか。オカルトなんて全然信じてなさそうだったのに。


「わちきが暴露した時も、あーそうなんですか、くらいのもんじゃった。まぁ、あれも中々に常人離れしておるからの。家系になにかあるのじゃろ」

「常人離れしてるって、確かにバケモノじみた腕力だけど、それ以外は普通だろ?」

「なんじゃ、お主、気付いておらなんじゃったのか?」


 両眼の痛み。俺が天狗の視界を共有する時に起こる、特有の痛みが走る。


「あやつの後ろをよく見てみよ」


 ビーチバレーに興じる石塚。胸元が若干、残念である。櫻宮にすら負けているようだ。


「後ろと言っとるじゃろ!」

「後ろ?後ろになんて、なにも・・・いや、あるな。柱が二本。いや、柱じゃない。あれは・・・足か。足・・・」


 俺は石塚の背後を見上げた。そこには恐ろしげな表情で錫杖を構える仏像が立っている。でかい。四方に睨みを効かせるその姿は、不心得者が近寄ろうものなら一瞬で粉々に打ち砕かんとしているかのようだ。いや、実際、粉々にされるんだろうな。


「因達羅大将・・・帝釈天じゃな。十二神将クラスが背後を護っておる。常人ではまず、考えられんことじゃ。ゆかりの者がよほど、徳を積んでおるのじゃろう」


 すげー見てる。帝釈天、俺を。すげー睨んでる。段々近づいてくるし。近い近い。メンチ切ってる不良みたいになってる。


「あいつに男が寄ってこない原因がわかった気がする・・・」


 ビニールのバレーボールが俺の顔面に命中した。ビニール製でも鼻血出るんだね。初めての経験だよ。


「ごめんなさーい!なんか、センセがわたしの悪口言ってる気がしたので」


 恐ろしい、恐ろしい。地獄耳ならぬ武神耳といったところか。石塚の背後で帝釈天が、怒った顔のままで高笑いしていた。〇中直人か。


 夕陽が海を照らしている。楽しい夏の時間もそろそろ終わりのようだ。幽霊女はデジカメの映像を一枚一枚、愛おしそうに見つめていた。


「ほんとに楽しかった・・・ありがとうございました」


 蛍が幽霊のふとももあたりに引っ付いている。一日でずいぶん懐いてしまっているようだ。


「ありがとう。蛍ちゃん、いい子ね。お姉ちゃん、蛍ちゃんのこと大好きになっちゃった」


 櫻宮が焚き火を熾していた。想い出を彼女と一緒に、あの世へと送るためだ。たくさんの写真を納めたメモリーカードを火にくべる。取材写真も混ざっていたが、どうせ廃墟しか写っていないのだから、惜しくもなんともない。それすらも彼女の想い出となるのなら、そうした方がよっぽどいいに違いないと思った。


 メモリーカードが燃え尽きるのと同時に、幽霊女の姿は薄く消えてゆく。夕焼けが次第に青紫色に変わり、夜へと溶け込んでゆくように、彼女は去っていった。


「みんな、ありがとう・・・」


 太陽が海の向こうに消え去るその時まで、俺達はそこに佇んでいた。


 日常が戻ってきた。夏はまだ終わらず、暑さはまだまだ真っ盛りである。ちゃぶ台にはたっぷり素麺が入った寿司桶。そして夕闇に消えたはずの女幽霊が当たり前のようにそれを啜っていた。夕闇に消えた感傷が台無しである。


「お前、成仏したんじゃなかったのか!」

「なんででしょう?私もそのつもりだったんですけど・・・」


 ずるずると麺を啜りながら那智が口をはさんだ。


「そういえば櫻宮が、すまほで写真やら動画を撮っておったようじゃが?」

「はい!みなさん、よだれもんの可愛さだったのでネットにアップしちゃいました」


 嫌な予感がする。俺は櫻宮が動画をアップしたという無料動画サイトをチェックした。再生数はリアルタイムでうなぎ登りしている。動画はまるでなにかのPVかのように出来がいい。


「編集に苦労しましたよ~。徹夜でした~」

「それじゃな。視聴者がもはや信者のようなものじゃ。祭り上げられれば幽霊でも神になろうよ」


 なん・・・だと・・・。


「こうなったら人生思いっきり楽しんじゃおうかな。なんか幽霊になってからの方が

 ずっと健康、実感してます!」


 はい、ガッツポーズいただきました。いや、すでに死んでるから!てか、もはや幽霊ですらないのか・・・


「おい、これ以上、怪しいもんが増えられても困るぞ!部屋だってもう埋まってるし!」

「あ、それなら大丈夫ですよ!」


 俺のPCが勝手に起動した。なんか変なアイコンできてる。


「私の部屋ならここに!」


 あら、割とセンスいいのね。この家具、素敵じゃない・・・って違うわ!なに?このアプリ。部屋!俺のPCの中に部屋ができてるし!住み着かれてるし!しかし、俺の抗議はここまでだった。控訴断念。


 蛍ちゃんが幽霊女に抱きつき、涙目で俺を睨んでいる。これで追い出そうものなら、きっと、すげー祟りがあるに違いない。わかった。わかりましたよ・・・


 ぴと。


 幽霊女が俺にくっ付いた。なんだ?


「センセとも、もっと想い出つくりたいかなーって」


 こうして、幽霊女に落とされた爆弾によって、俺の夏の想い出には、トラウマにも似た、強烈な1ページが残されたのだった。






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怖くない怪奇小説の書き方 雨音深 @syun5150

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