第6話 ガールズ・オン・フィルム
打ち寄せる波の音。他には何も聴こえない。
空に浮かぶ半月を眺めながら、俺は夜の浜辺でビールを飲んでいた。夜風が火照った身体に心地いい。何故なら全身筋肉痛&ヤブ蚊に刺されまくって腫れまくりだから。
なんせ昼間は汗だくで取材に出ていたからな!
移動の車中、先日の買い物で買い揃えたであろう色違いの麦藁帽子やビーチサンダルで、皆がはしゃいでいる中、なぜか俺は米軍払い下げ迷彩服にジャングルブーツ姿で、汗をダラダラ流していた。
「あの・・・石塚さん?」
「バックパックには取材用の機材他、もしもの為の飲料水、食料など完備しております。その総重量は約20キロ」
そしてバイパスから少し山道へ入ったあたりで、俺は空挺投下よろしく、車から緊急射出されたのである。
「はい、これ地図。18:00に迎えに来ますので、印付けてあるピックアップポイントでお待ちください。尚、邂逅予定時間を10分以上、経過した場合、作戦は失敗と見做し回収を断念します。以上」
颯爽と走り去るステーションワゴン。逃げようと思ったが、財布が装備されていなかった。なに?このサバイバル訓練。
がっかりしながらも俺はそのまま山へ入り、なんとか「海辺近くにあるホテル跡の廃墟」及び「海に向って佇む大鳥居」の二箇所を制覇したのだった。
もっとも、取材と言っても周辺を散策し、写真や動画を撮るくらいなもので、作業自体に苦労するわけではない。そもそも企画自体が、そういった心霊スポットを場所を明かさずに紹介し、それをテーマに短編を一本添えるって内容なのだ。新たな発見や謎の解明をしなければならないわけではない。
まぁ古井戸の一件については、古い祠を発見し、御神体を神社に納めたことで幽霊が現れることはなくなったというスマートな落ちがついたことで、読者ウケはよかったらしい。もちろん、ご夫人と蛍についてのお話は俺達だけの秘密だ。
そんなわけで作業は順調に進んだのだが、問題もあった。まずはこのクソ重い荷物。これ、半分は嫌がらせだろ。バックの底に石ころが入ってたぞ。何に使うんだよ。漬物でも漬けてこいってか?
あと、完全装備していたつもりだったが、正直、ヤブ蚊をなめてた。あいつらすごいね。ふと気付くと、厚手の迷彩服の上から血を吸われてた。貫通してたよ、迷彩服を。ヤブ蚊の口が。
それなりの犠牲と苦労を払ったおかげで取材は終了。明日からちょっとのんびりできるなーと、こうして夜の海辺でひとり打ち上げをしているのだった。海水浴客向けに設置された据付のテーブルに、おつまみのスナック菓子と、ビールの入ったクーラーボックスを持参している。
他の連中は遊び疲れという名目で、民宿にて、酔い潰れて寝てしまった。まぁ、たまにひとりで静かに飲むのもいい。
「おひとりですか?」
背後から声をかけられ、俺はデッキチェアから落っこちそうになった。
「あ、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら。同じ民宿にお泊りですよね?」
振り向くとそこに一人の女性。年の頃は二十台半ばといったところか。年頃の娘が一人歩きとは、なんと無用心な。
「ちょっと眠れなくて散歩してたんです。そしたら、ぼっち仲間がいたから声かけちゃった」
ぼっち言うな。
「あ~、で、では、ごごご、ご一緒にいかがですか?」
俺はクーラーボックスから缶ビールを取り出し、彼女に渡した。
「あら、ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えて」
あれ、なんか俺、挙動不審だな。そんなにコミュ力なかったっけ?最近、個性的過ぎる連中としか会話してなかったから、普通の女子との会話が出来なくなっているらしい。こんな時、どんな話すればいいんだっけか。
「私、海なんてずいぶん久しぶりに来たんです。もう、何年ぶりになるかしら」
ぐび
「我ながら、女ひとりで海水浴なんて、ちょっとどうかな、なーんて思ったり」
ぐびぐびび
「でも、なにか思い出くらいほしいな、とか」
ぐびぐびぐびぐび
あかん、会話にならんで酒がすすむ一方だ。
「私の思い出作り、手伝ってくれませんか?」
麦汁、ぶしゃ―――――――っ。逆ナンきたコレ!
「あ、こ、こんな僕でよければ・・・」
「うれしい・・・」
そして長い沈黙。だめだ、まともに顔が見れない。打ち寄せる波の音が優しく旋律を奏でている。ムードは最高潮じゃないか。
「あのっ!」
俺は意を決して彼女へと・・・アレ?
ざざーん。ざぶーん。
打ち寄せる波の音。月明かりが照らす夜の砂浜にいるのは、俺ひとりだけだった。夢・・・じゃないよな。酔っ払って幻でもみてたのか?そんなに寂しかったのか?俺は。
その答えは目の前にあった。テーブルの上に残された、飲みかけの缶ビール。それは確かに彼女がそこにいたという証だった。
翌日。今日は朝から海水浴である。いや、たぶん水浴はしないな。甲羅干ししながらビール三昧だろう。
浜茶屋で焼きソバやら、味噌田楽やら、揚げいもやら喰いながらビールをやっつけているのはいつものメンバーだ。お前ら、さっき民宿で朝飯、喰ったよね?もちろん蛍ちゃんはコウと一緒にカキ氷で、いつもの通り、とても愛らしい。
「あおいの、たべてみたい」
ということでブルーハワイを選んでた。というかコウ、なにその姿。なんかビニールみたいになってるじゃん。
「さすがは蛟じゃな。浮き輪に擬態するとは」
擬態なの、これ?どんな保護色だよ。なにがさすが?
「時にセンセ、取材はちゃんと出来てるんでしょうね?」
「当たり前だろ!昨日、あんなに頑張ったんだから!」
俺は石塚にカメラを手渡した。取材時は石塚の悪意により超でかいデジタル一眼を使用したのだが、今日は防水仕様のコンパクトデジカメに、昨日のメモリカードを差している。
「心霊写真の一枚でも撮れていれば面白いのに・・・」
不謹慎なことを言いつつ、石塚は写真のチェックを始めた。
デジカメ普及前のフィルムカメラ時代じゃあるまいし、そんな写真なんて、そうそう撮れるもんじゃない。実際、昔は山ほど出版されていた心霊写真モノの本は今や壊滅状態である。フィルムはその構造上、二重露光が起きたり、変質により、おかしなモノが映り込んだように見えたりしやすいのだ。
また、デジカメと違って補正もかけられないため、特に自動設定で使うととんでもない写真が出来上がることがある。昔の心霊写真のほとんどがこういった勘違いによるものと言っていい。
もっともデジカメになったらなったで、やれオーブだの、やれスカイフィッシュだの、カメラの設定による勘違いや、光の乱反射が心霊写真扱いされるようになるのだから、人間の想像力ってやつは実にたくましい。
「そんなもん、あるわけないじゃん。なに言ってんだよ、石塚~」
「そうだな。これは心霊どころの話じゃないな」
「おお、これは・・・さすがに、わちきもどうかと思うぞ」
「あっ・・・やはり仕事と遊びの区別は必要じゃないか、と・・・」
デジカメをチェックする面々が露骨に蔑んだ目で俺を見ている。ん?なに?この感じ。なんでこんな公開処刑中みたいな雰囲気になってんの?
じっと画像に見入っていた蛍ちゃんのひとことがトドメになった。
「おんなのてき」
おじさん、立ち直れない。
「貴様はいつの間にそんなに出世したんだ?ああ?取材中に女とデートだと?」
はあ?俺の首を締め上げる石塚からデジカメを奪い取り、俺は慌てて画像をチェックした。
廃ホテルの門の前でピース。
崩れかけの玄関でピース。
割れた窓からピース。
天井抜けてる客室内でピース。
バスタブからピース。
鳥居前でピース・・・って誰?この女。
答えは最後の写真にあった。
夜の砂浜で俺とツーショット。ダブルピース決めているのは昨夜の女だった。
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