第5話 インタールード


 畳でゴロ寝とか、なんと心地のよいことか。ずいぶん長いこと、和室で生活していなかった気がする。てか、今は和室しかないんだが。


 強制引越しから半月が経過し、季節は本格的に夏を迎えていた。神社に住むなんてのがどんなものか、まったくイメージが沸かなかったのだが、敷地内に社務所兼用の日本家屋があり、そこが居住スペースとなっていた。元々は神主さんの住まいなのだが、それが今は不在という状態だ。


 こんなご時勢であっても神社仏閣は体裁さえ整っていれば、細々とでも経営していくのは可能という。しかしやはり、後継者問題は深刻らしい。この神社は先代神主がセレブ夫人の古い友人だったそうで、跡取りもなかったため、事後の処理を夫人に託して亡くなったそうな。


 新たな我が家は二階建てで、一階には居間と応接間兼社務所、日本家屋らしく大きな台所と広い浴室がある。二階には和室が四部屋あり、そのうちの一部屋を書斎として使っている。部屋数はあるのだが、既にわけありな者達が各々住処として占領してしまった。住処というか棲み処だな、最早。


 一部屋は那智が元々自室としており、以前から時折、建物の手入れや掃除なんぞをしていたらしい。もっともそれを全て、一人でこなしていた訳ではないようで、那智の手下の者たちが細々とした世話を行っているそうな。

 

 なにやら小さなものが廊下を駆け抜けていったり、お勝手から飛び出してきたり、何度かその姿を目にしたことがある。最初の頃はその度、ぎょっとしたものだが、最近は慣れた。人間の環境適応能力ってすごいね。


「そうめん、できた」

「お、おお。ありがとう」


 お盆に食器を並べて運んできたのは、つい先日、祭神デビューを果たした蛍ちゃん。そんな気を使わないでいいんだよ。蛍ちゃんを働かせているなんて知られたら、セレブ夫人に地獄送りにされちゃうからね。本気でやるからね、あの人。


 そしてもう一人、ていうかもう一体、デュオでデビュー。素麵の入った寿司桶を頭に乗っけているのが、大白蛇、蛟のコウであった。


 当初はこうして降臨(那智曰く、神仏が現世に実体化すること)した蛍を、セレブ夫人が引き取ろうとしたのだが、さすがに人外とセットでは肩身が狭かろうと、我が家に住み着くこととなった次第である。

 

 あまりに大きすぎる図体は棲み処に合わせて伸縮可能らしく、今は大型犬くらいのサイズに収まっていた。要するに寸詰まりの、ゆるキャラみたいな間抜けな姿だ。ちなみにモノローグでも悪口を言うと頭を咬まれる。痛い。血が出るからやめれ。

 

 蛍ちゃんは小さな頃から家事の手伝いをしていただけあって、暇さえあれば境内を掃除したり、風呂を沸かしたり、こうして簡単な食事を用意してくれたりと、実に甲斐甲斐しい。神様のすることではないと思うのだが、家事が好きだからと毎日、楽しそうに過ごしている。あの大酒飲み共に爪の垢でも煎じて飲ませたいところだ。

 

 残る一部屋は仮住まいとでも言おうか、例のちびっこ霊能者、櫻宮の部屋となっている。彼女が歴とした神職の資格持ちと判明し、この神社の非常勤神主に就任したためだ。どうやら前の職場で趣味バレし、居づらくなって退職。霊能者はアルバイトであって、きちんと就職先を探していたらしい。巫女服着用について尋ねたら、趣味ですって言ってた。やはり、ただのコスプレだったようだ。

 

 ついでに言うと先日、掃除中の蛍ちゃんが櫻宮の部屋から成人向けBL本を大量に発見し、小一時間、説教していた。神様が神主に説教したわけだから相関関係は間違ってないよな。うん。

 

 引越し後のばたばたと忙しい日々もようやく落ち着き、こうしてのんびり過ごすことが出来るようになった。ん~、夏はやっぱり素麵にかぎる、と冷たい麺に舌鼓を打っていたその時、駐車場から派手に響くタイヤの音が聞えた。それから、どすどすと騒がしい足音が近づいてくる。居間の襖をガラリと開けて石塚、登場。


「夏です!」

 どーん。


「海です!」

 どどーん。


「リゾートです!」

 どどどーん。


 どうやら暑さで頭をやられたらしい。


「はあ?」

「貴様には取材に打ち込んでもらうが、な」


 ベアクローが俺のこめかみにぎりぎりと喰い込む。割れる!頭、割れる!


「まったく仕事が進んでいないようなので、今回はわたしが取材場所、決めました」


 何事も無かったように石塚は素麵を啜っている。外から戻った那智と櫻宮も揃い、全員でずるずるやってるものだから会話が聞き取りづらい。聞えない。


「あ、那智、おろし生姜、取ってくれ」

「聞いているのか?貴様」


 本日二発目のベアクロー。ついに俺、出血。


「行き先は〇〇海岸ですよ!ついでに海水浴しちゃいましょう」


 一気にテンションが上がる食卓。蛍ちゃんはまだ海を見たことが無いそうで、とても嬉しそうである。それを見てほろりと来る俺。


「よしよし、浮き輪でも水着でもなんでも買っちゃる。夜は花火だ!」

「貴様は取材だがな」


 骨をやられた。


 石塚先導で必要なものの買出しに出かける一同。どやどやと全員が部屋から出てゆくのを見計らって俺は逃亡を図ったのだが、いつの間にか極太の鎖で、足首を柱につながれていた。

 

 こうして俺達は暴走編集者によって、夏の海へと拉致されたのであった。



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