005.
村に戻ると、道場の前には月臣と近所の者たちが集まっているのが見えた。
あの光がなんなのか、話しているのだろう。
よろよろと走ってくる息子にいち早く気づいたのは月臣だった。
「翠!戻ったか」
「あぁ。それより・・・」
「翠君、その子はーーー!?」
翠が言う前に、月臣の横にいた体格のいい婦人が声を上げた。
「御神木の前に倒れてた。ひどい怪我してるみてぇだから、早く手当てを・・・」
「すごい血・・・!!」
婦人が悲鳴に近い声を上げる。
今気づいたが、少女の腕からは今も血が滴っていたのだ。
「っ・・・馬鹿かお前は!せめてその場で止血してから連れて来いってんだ!!」
月臣は翠から少女をものすごい早さで引き離すが早いか、抱きかかえて足早に家へ入っていった。
突然の月臣の行動と、人一人背負って走ってきたことによる酸欠状態で、翠はしばらくぽかんとしていた。
しかし、
「---なにぼさっとしてるの!!私はお医者様を呼んでくるから、翠君も月臣さんを手伝いなさいっ」
婦人の大きな掌でばんっと背中を叩かれ、はっと我に返る。
「あ、あぁ、頼みます・・・っ」
そして、月臣に続いて家へと戻った。
月臣はすでに、座布団を何枚か敷いた上に少女を寝かせていた。
纏っていた黒い布を取ると、明かりの下で少女の姿があらわになった。
長い髪を後ろで一つに結わえ、その顔立ちは商人が売りに来た人形のように美しく白かった。金の刺繍の入った高価そうな着物に身を包んでいたが、その左袖は殆どが血で真っ赤に濡れていた。
月臣は少女の袖を捲ると、傷をみて顔を顰めた。
「これはひでぇ。やったのは獣か?」
「獣?この村のあたりにはそんな凶暴な獣なんていねぇだろ」
「いや・・・だがこの傷は動物の爪か牙だろう。早く消毒しねぇと化膿しちまう」
止血のために、月臣は応急処置として布で少女の腕を縛る。
「おばさんが医者を呼んでくれてる。もうすぐ来るだろ」
「そうか。 ・・・それより」
月臣は少女の腰に目をやった。
「この服も服だが・・・この大きな刀・・・」
「あぁ・・・」
そこらの村や町では見られない高貴な着物。そして、少女が持つにはふさわしくない、鞘に装飾のついた大きな刀。
(いったい、何者なんだ・・・?)
婦人と医者が家の戸を叩いたのはその時だった。
* * *
一通りの手当てが済み、医者は帰っていった。
『このまま安静にしていれば、傷もふさがるでしょう。あと、包帯はこまめにかえること』『あと、お代はいりません。これくらい、人助けです』
・・・本当にこの村はお人よしが多いとしみじみ思う。
少女は座布団からお客様用の布団に寝かし直され、深く眠っていた。
先ほどよりも若干顔色がよくなり、穏やかな寝息を立てている。
(本当に、綺麗な顔してんな・・・)
翠は思わず少女を見つめてしまった。
今まで村に同年代の娘がいなかったこともあり、物珍しさはひとしおだった。
「・・・なぁに見とるんだ。惚れたんか?」
「ばっ・・・そんなんじゃねぇよっ」
月臣は愉快そうに笑い声を上げた。
「まぁ確かに、どっかのお姫さんみたいだな。・・・しかし、あの大きな刀」
治療のため、腰から外して少女の枕元に置いた刀を見やる。
”剣と石をもった娘”。
そこで、翠ははっとする。
「まさか、昼の客人が探していたのって・・・」
「あぁ・・・かもしれねぇ。石持ってるかはわからねぇけど、懐にでも隠し持ってたら確実だな」
確かに少女の身なりは、お偉いさんの使いが探す者としてはふさわしい恰好である。さしずめ、家出したお姫様か何かだろうか。
「まぁ、ちゃんと本人から事情を聞くのが先だがな」
「そうだな・・・」
家出にも何か理由があるのかもしれないが、考えていても仕方がない。
とりあえず翠と月臣は、寝支度を始めた。
花は永久≪とわ≫の最果てに 桜ひよ @sakurahiyo
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