エピローグ

 歌い終わった深夜を、俺たちはアホ面を並べて見つめていた。

「な、何かな?」

 たじろぐ深夜に、ようやく時間が動き出した俺たち三人。代表して月雲が口を開く。

「シンヤちゃん、無茶苦茶上手じゃない! 英語の発音とかすごく綺麗だし」

「いえ、……ただ、……聞くんで……」

「海外の人よく知らないんだけど、どういう人なの?」

「ノルウェーの方の……ロック……」

 英語ですらないやんけ!

 若干気まずくなった空気を清十郎が咳払いしてごまかす。

「次は月雲だぞ」

「えー、わたしこの後なんか歌えないよ!」

「比べるようなものじゃあないだろう。楽しむために来ているんだから」

 大人な笑みに後押しされて、月雲がタッチパネルに曲を入れはじめた。

「まあ、実際うまかったよ」

 身体を小さくして隣に座る深夜に、俺は手放しで褒める。

「お前本当に何でも出来るな、友達作り以外」

「うるせえ殺すぞ」

 正直に感想を述べたのに、さっきとはうって変わって鋭い目で睨んできやがった。やれやれなんだろうね、この差は。

 こっちは怪我人だというのに。

 しかも一応俺スポンサーなんですけど。

 まあ、こうして無事任務も終わり、約束通りの俺全おごりの打ち上げ会。それに参加してくれたのは、こいつなりに歩み寄ろうとしてくれているんだろう。

 俺を睨んでいた深夜だったが、月雲が入れた曲のイントロが始まると画面の方を向いて眼を丸くした。

「これって演歌?」

「そうだ」

 好きなんだ、月雲の奴。

「渋い……」

 本気で感心しているようだ。女子高生が好む歌としてはどっちもどっちだと思うけどな。

 そんな俺たちだけが聞こえるやりとりの後、合唱部らしい素晴らしい声量で月雲の歌が始まった。

 

 ワルプルギスの夜の脅威は去った。

 俺の飛輪への反逆は不問となり、代わりに参加した鬼祓師全員に慰労金が支払われた。

 命がけの報酬としてそれが安いか高いか、ご想像に任せるぜ?

 飛輪の方から生贄についての説明を親父が糾明しているが、きちんとした発表はもうちょい先になりそうだ。今度こそきちんとした説明を願いたいもんだぜ。

 代わりと言っては何だが、俺が報告した魔界での出来事とダイダラボッチの生態は鬼祓師の仲間たちにかなりの衝撃を与えたようだ。

 身体を滅ぼしても死なない鬼。

 そんな奴らが何匹も現界に紛れ込んでいること。

 深夜の力はバアルですら滅ぼすことができるものであること。

 そして奴らの目的が深夜たち能力者を探し出すことであること。

 今後は生贄としてでなく、魔界の鬼たちの野望を阻むためにそんな能力者を探し出すことになるだろう。

 深夜以外に何人が現界にいるかはしれないけどよ。

 ま、俺たちにとって大事なのはこれからだ。

 奴らの目的であるナハトの乙女。

 鬼を呼び、異界の扉を開くことすらできるこの力は危険だと判断がなされた。

 本来なら深夜を閉じ込めでもして封印したいのだろうが、精神が不安定な奴だから暴走されてはおかしい方向に向かわれても困る。

 かといってこれは切り札にもなり得る力だ。

 だが今後も鬼から狙われるだろうし、こちらの手元には置いておきたい。

 ということで今回功績があった正七階位の、将来有望な凄腕陰陽師に極秘優先任務としてこいつの監視と密かな護衛が言い渡されることになった。

 要するに今後も俺がこのお姫さんのご機嫌をとり続けるってことだ。

 優秀な人間は辛いね、こりゃ。

 そのお姫さんだが月雲の歌になんだか眼を輝かせている。ロックが好きなようだし、演歌にロック性でも見いだしたのかもしれない。知らんけど。

 だが、俺はまだ飛輪にちゃんと報告していないことがいくつかある。

 楔がどうとかいう件は深夜にも言い聞かせ報告していない。

 奴らが深夜たちの能力者を集めるのは、奴らにとって切り札となる存在だとか言葉を濁している。

 飛輪の本部についての不信からだ。

 楔とやらのために集めていると知れば、人知れず深夜や似た能力者を抹殺するかもしれない。そんな疑いを抱いたのだ。

 小角に真意を確かめたかったが、あいつはあの夜から姿を消している。学校も突然の転勤ということで、後任の教師がやってきた。

 まさか秘密を知っているからとひそかに抹殺されたりはしていないだろうが……

 あいつには言いたいことがあったのによ。

 そう、静乃がまだ異界の奥深くで生きているかもしれないことも報告していない。

 ダイダラボッチが最後に言い残した言葉。嘘の可能性だって充分ある。

 だが本当だとしたら? 

 その場合助け出すことはできるのか?

 俺一人で考えるにも背負うにも難しい問題だ。

 だから最初に清十郎と月雲に話してみるつもりだ。

 深夜は魔界から飛び出る前後のことが記憶が不鮮明だと話していたが、はたして覚えているか。

 


 サビが終わって間奏に入ると、深夜は視線を画面から俺の方に突然向けてきた。

「どうしたんだよ、額に皺なんか寄せて。怒っているみたいだぜ」

 まさかよりによってこいつに言われるとは。

「お前と違って俺には考えることがいろいろあるんだよ」

「なんだよ。八代のくせに生意気な」

 え、俺の存在全否定なの?

「お前が難しい顔しても似合わねえんだよ」

 勝手な事をいいながら睨んでくる。まあこいつの不機嫌顔を見ていたら、確かにそうだと思うわ。

「そうそう。そんなマヌケ面の方がお前には似合っているよ」

 表情を緩めると、一転して無邪気な笑顔を浮かべた。

 ……こいつの無防備な笑顔って、まあなんというかな。

 どういう反応をしたもんやらと少し悩んでいたら、歌が再開されるや否や画面の方に視線を戻す。

 全く、本当に勝手な奴だ。

 でもこいつの言うとおり、わからない先の事なんか気にするのは俺らしくないか。

 拳を振り上げて熱唱する月雲。

 真面目な表情を崩さず、タンバリンで熱心に合いの手を入れる清十郎。

 そして、楽しそうな顔で歌を聴いている深夜。

 みんなには後で話すとして、今日のところは俺も楽しむとするかな。


  完

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遠間八代の想生論 在原旅人 @snafkin

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