第3話 霊の声を聴け

「仮にあなたの言うように僕に霊視能力があったとしても、あなたの言うとおりにする義務はないんじゃないですか?」

 僕はようやく声を絞り出した。

「そうね。義務なんてない」

「なら……」

「そのかわり、私は警察に行く。鬼城英斗くんのお父さん、鬼城宋次郎氏が人を殺したって」

 僕の顔が冷たくなっていく。

「まだ分からないの? 私は勧誘してるんじゃない。脅してるの」

 二人とも黙りこむ。沈黙がだんだんと深くなる。居間にかけてある秒針の音が大きくなっていく。

「父さんは人なんて殺してない」

 僕は意を決してそう言った。

「だから、家の前であなたの言ったこともよく意味が分かりませんでした。父さんが人を殺すはずがないんだ」

「でも、あのときはあんなに動揺してたじゃない」

負けるもんか。僕は言葉に力をこめる。

「そりゃ、そうなりますよ。知らない人が、いきなり自分の家に来て、あんな突拍子もないことを言うんだから。それに……、あるんですか?」

「何が?」

「証拠ですよ。父さんが人を殺したっていう証拠。それがないのなら、これはめ、名……」

「名誉毀損ね。使い慣れない難しい言葉を使おうとするから」

 瑠璃はくすくす笑った。

「証拠なんていらないの」

 瑠璃はきっぱり言った。

「いらないわけないじゃないですか!」

 僕は机に両手をたたきつけた。かなりテーブルが揺れたが瑠璃は平然としていた。

「人の親を殺人犯扱いしてるんですよ! あんたは。それなりの証拠を見せてもらわないと……」

「そうね。人を殺したことを証明しようとするなら、当然証拠が必要でしょうね」

「バカにしてるのか!」

 僕の全身は震えていた。

「落ち着きなさい」

 相手は冷静だった。僕の震えが一瞬で止まった。

「もう一度言うわ。証拠なんていらない」

 僕は反論しようとした。瑠璃がそれを目で制する。

「人に罪を意識させるのにはね」

 僕は固まってしまう。瑠璃がそれを見て笑った。

「意味が分からないって顔してるけど、私が脅してるのはあなたなの。当然、罪の意識を自覚させたいのもあなた」

「僕は……、僕は人なんか殺してない」

「僕は、ね」瑠璃は鼻で笑った。「今ので認めたも同然だけど、あなたは気づいてる。あなたのお父さんが、そこにいる外国人を殺したことを。でも、確信したくないの。だから、お父さんに直接問いただしもしなかったし、自分で新聞記事なんかを読んで情報を集めようともしなかった」

「フランクは事故死だ。ニュースでそう言ってた」

「へえー、フランクって言うんだ。あの人。よく一度ニュースで聞いただけの名前を覚えてたね」

「それは父さんが話してたから。フランクは有能な社員だったって。彼が死んだって聞いてすごく驚いてた。でも、波の高い日にサーフィンに行くなんてバカだって」

「なんでお父さんはフランクがサーフィンしてたって知ってたの? 私も調べたけど、あの日報道されたのは、海難事故であなたのお父さんが勤めていた会社の、フィリピン法人の支社長が亡くなったってことだけ。サーフィンをしてたってことは一言も報じられていない。なぜお父さんはフランクがサーフィンをしてて、しかもその日波が高かったことを知ってたの? しかもどの海岸で亡くなったかなんてことも報道されてないから、波が高かったのか低かったのかわかりっこないのに」

「ニュースを見たときには、会社からもう連絡を受けてたのかもしれない……」

「でも、すごく驚いてたんでしょ。本当なのか演技なのか分からないけど。ってことは、少なくともそのときまでは会社からの連絡なんて何もなかったはずだよね」

 瑠璃がたたみかける。

「一ついいことを教えてあげる。フランクは次期社長候補だったのよ。ずいぶん社内から批判も多かったらしいけどね。若すぎる。発展途上国の東洋人。成り上がり。噂によると暗殺もされかけたって。殺される動機としては十分すぎるほど十分。それに……」

 瑠璃は僕の目をじっと見つめた。

「見えてるんでしょ。エイトくん。あの人の血みどろの顔を。ただの海難事故であんなに血がべっとり流れるわけないよね。あの人は確実に殺されたのよ。あなたは気づいているだろうけど、私がはっきりさせてあげる。あの人は殺されたの。あなたのお父さんに!」

 僕はソファーに崩れ落ちた。

「信じない。僕は信じない……」

 瑠璃が僕を一瞥した。その瞳の色は憐れみの感情を含んでいた。

「ほんと、いい家だよね。軽く10LDKはありそう。こんな田舎に建ってることを差し引いてもすごく立派。家具も電化製品も、カーペットも一流品揃い。冷蔵庫には食べ物がいっぱいある。ゲームもスマホも映画もテレビも見放題。こんな生活ができるのはなぜかな? やっぱり二年前、あなたのお父さんが常務に昇進したからかな? もともと、フランク、フランシス・カスティーヨがおさまるはずだったポストにね」

 僕は歯を食いしばった。瑠璃をにらみつけようと思ったけど、それはできなかった。

「ねえ、エイトくん。フランクはなぜこの二年ものあいだあなたのことを襲わなかったと思う? あれだけ二年前に暴れまわった彼が。それは簡単。あなたなら何とかしてくれると信じてるからだよ。霊が見えて、お父さんのやったことを知っていて、そして罪の意識を感じているあなたならね」

 僕はうつむいていた顔をあげた。フランクが心配そうにこっちを見ている。心が締めつけられるように苦しかった。

「もちろん、私が真相を突きとめることもできる。でも、それじゃダメだよね。エイトくんが解決するの。フランクを早く楽にしてあげて」

 僕は立ちあがった。そして、こう言ってしまったのだった。

「はい。分かりました」

「そう」瑠璃がにっこり笑った。「エイトくんは霊が何を言いたいのかは分かる?」

「いえ、なんとなく考えてることは分かりますけど、何が言いたいのかまでは……」

「怖いんでしょ。霊が何を考えてるのかはっきり分かってしまうことが」

 僕はゆっくりとうなずいた。

「霊が見える人特有の悩みよね。すごくよく分かる。霊の言葉を、頼みごとを聞いてしまうと、向こうの世界に引っぱりこまれそうな気がするよね。私もすごく怖くなるもん。でもね、エイトくんみたいな中途半端なのが一番よくないの。霊が見えるだけで、さんざん気をもたしといて、何もしない。そうするとどうなるか。満たされない霊の気持ちは一気に霊力のある人間の方に暴発する。それは霊にとっても生きている人間にとっても不幸でしょ?」

 僕はまたうなずいた。

「じゃあ、うちの事務所で一緒に勉強しましょう。大丈夫。私がいるから。最初は軽い案件から任せていって、だんだんといろいろとできるようになってもらう。もちろん、お給料はお支払するから。基本給プラス歩合ね。もちろん、有給もつける。うちは超ホワイト企業なの。それじゃ、ここにサインして」

 言われるがまま、鬼城英斗、という自分の名前を書ききったとき、ようやく、やられた、と思った。結局はこいつの狙い通りじゃないか。

 瑠璃は頬杖をつきながら、こっちを楽しそうに見ていた。僕がしどろもどろになりながら渡した契約書をさっと受け取った。

 僕は、この、坂梨瑠璃という僕とたった一歳しか変わらない高校生が怖くなった。なぜ、こんなに大人びてるんだろう。なぜ、こんなにすべてを見通してしまうんだろう。なぜ幽霊相手の探偵事務所を開いているんだろう。なぜ? なぜ? なぜ? それはこの冥界探偵社で働くようになって2か月たった今でも分からない。

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冥界探偵エイト 流川大舞 @nagarekawa_saru

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