怪盗ジゴマはどこへ行った?

川辺 夕

 

 ある大学教授から聞いた話だ。

 彼は70年代の終わり頃、志賀直哉の足跡を調査するため尾道の旧居へと向かった。そこで当時の志賀直哉の生活を知る老人に出会い話を訊く機会を得たのだが、本筋を外れた話題の中で奇妙なことを知らされた。暗夜行路に記述された千光寺へ案内する子どもは、その後間もなく神隠しにあったと。

 志賀直哉が尾道に越してきた大正元年、子どもたちの間では怪盗ジゴマごっこが流行していた。尾道の子どもたちも例には漏れず、綿を抜いた頭巾や古布をかぶり、ブリキのピストルを片手に枯れ葉を踏みしめ小石を弾きながら街中の坂道を駆け巡っていた。しかし泥棒を真似する子どもが現れ始めると、犯罪の助成を懸念した政府は怪盗ジゴマの上映を全国的に禁止した。

 ひょっとしたら大人の諫言がきっかけだったのかも知れない。子どもたちの間にジゴマごっこをすると本物のジゴマが現れ誘拐されるという噂が広がった。そして子どもが行方不明になる事件が本当に起こり、ブームは終焉へと向かった。しかし事件はいまだ解決せず子どもの行方は分からないままだそうだ。

 教授が聞いた話には後日談がある。

 つい先日尾道へ旅行した教授は、桜と夜景が有名な千光寺公園のふれあい広場で奇妙な少年と出会った。彼は持っていた携帯ゲーム機を教授に渡し、ゲームをクリアしてくれとねだった。画面に映る頭巾をかぶった男を捕まえればいいからと、教授は少年の言葉のままにゲーム機を操作した。そして怪盗ジゴマに似ているボスを捕まえた瞬間、教授の目線の先で遊んでいた家族が不意に姿を消した。

「あの家族のお爺さんを捕まえたから、お父さんも子どもも最初からいなくなったんだよ」

 手元のゲーム機はいつの間にかなくなり、少年の姿も消えていた。広場には行楽客の笑い声だけが、遠くで響いていたと言う。

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