第103話 救出任務 2



時刻 23:45分。

場所 ハールマン邸 入り口前。


「やっぱり門は閉ざされてるか」

「あぁ、それに門の前にいる男達も気になるな」

「身なりから判断するに、ハールマンに奴隷を売りに来たか‥‥‥それか買いに来た奴隷商人の様ですね」

「少し離れた場所に奴隷馬車も有るし間違いねぇな」

「どうするミカド?」

「少し様子を見よう。そろそろロルフが騒ぎを起こす筈だ。その騒ぎに乗じて潜入するぞ」

「了解‥‥‥」


あと少しで日付が変わろうという頃、俺達はハールマンの屋敷の前に到着して注意深く周囲を観察していた。

屋敷の前には煉瓦の壁が立ちはだかり、出入り口の門は硬く閉ざされている。


その門の近くには小汚い身なりの男が5人屯しており、少し離れた所には鉄格子がはめられた馬車が2台停止していた。


ドラルが言う様に此奴等はハールマンに奴隷を売りに来たか、もしくは買いに来た奴隷商人と見て間違い無いだろう。


まさか奴隷商人が居るとはな‥‥‥


この様子では屋敷内にも此奴等の仲間が居るかも知れない。潜入は事前に決めた作戦通り、皆の安全を優先して、ロルフが行動を起こしてからだな。


ワォォォオオン!!


その時、遠くから獣の遠吠えが聞こえた。

この遠吠えはロルフの物だ。


先日まで魔獣醜猿アッフェの被害に困っていたハールマンなら、今の遠吠えに不安感を感じ、何かしらの行動を起こす筈だ。俺達はその隙を突いて屋敷に潜入すると言う作戦を立てた。


詳しく説明するなら今回の作戦は3段階で構成されており、ロルフが騒ぎを起こし、俺達が屋敷に潜入するまでが作戦の第1段階。


第2段階はロルフが注意を引いている間にドラルを除いた俺達が屋敷へ潜入し、イーリス達の救出。並びにイーリス達の自我を抑え込んでいると思われる催眠魔法具なる道具を探し、破壊する。

ドラルにはこの間、周囲の警戒と敵の狙撃を任せる。


第3段階は、助け出したイーリス達を連れ屋敷から脱出する。


以上が俺の立てた作戦の全貌だ。

丁度都合よく奴隷商人達が使っていると思しき奴隷馬車が有るから、逃げる際にこれを奪取しても良いだろう。


兎も角、救出作戦は発動した。後は臨機応変に行動するだけだ。


「ロルフが動き出した様だな。皆、何時でも動ける様にしろ」

「「「「「了解」」」」」

「な、なんだ!?」

「今の遠吠え‥‥‥魔獣か!何処からだ?」

「この方角は家畜が居る方だぜ」

「どうするよ? 俺達ぁ奴隷共を此処に売りに来ただけだろ? 」

「無駄な仕事はしたくねぇぞ」

「とりあえず、お頭に指示を貰ってくる!」


よし、門の前に居る男達は思惑通りに混乱してくれた様だ。

その証拠に、門の前に居た1人の男が慌ただしく門を開けて屋敷の中へ消えていった。


やはりこの男達はハールマンの元に奴隷を売りに来た畜生共で間違いない。

あとは門の前に屯して居る男達が消えてくれれば‥‥‥


「おい野郎共!この屋敷の旦那が家畜を襲ってる魔獣を狩ったら褒美をくれるってよ! 場合によっちゃ、数ヶ月分の給料が貰えるかも知れねぇぞ!」


突入のタイミングを見計らっていると、3分程で先程屋敷に入っていった男が戻って来た。

彼の後ろには小汚い10人の男達が立っている。


どうやらこの15人がハールマンに奴隷を売りに来たグループのメンバーのようだ。お頭と呼ばれた人物とハールマンは屋敷の中に居るらしい。


「ミカドさん、撃ちますか?今なら一網打尽に出来ますが」

「いや待て、ドラルの言う事も一理あるけど、此処で此奴等を全滅させても屋敷の中に居るハールマンに気付かれたら面倒だ。

攻撃は此処から離れたタイミングで頼む」

「了解しました」


PSG1を構え、スコープを覗き狙いを定めるドラルに待ったをかける。

ドラルの言う通り、今ならこの奴隷商人達を一網打尽に出来るが、屋敷の目の前にいきなり15人の亡骸が出来れば嫌でも目立つ。


それだと屋敷に居ると思われるハールマン達に見つかるかも知れない。だから俺達の存在がバレるリスクを最小限にする為に、このタイミングでの攻撃は見送る事にした。


「おいおい!そりゃ本当か!?」

「そういう事なら話は別だな!」

「褒美は俺が頂きだ!」

「あ!てめぇ!抜け駆けさせねぇぞ!」


そんなやり取りをドラルとしている間に、門の向こうから戻って来た男は鼻息を荒くし、狼狽えている男達に言葉を投げかける。

その言葉を聞いた男達は我先にと、ロルフが騒ぎを起こしている方角に向け走り出した。


「俺もこうしちゃいれねぇな。先を越される前に急がねぇと‥‥‥ おーい!待てよお前ら!」

「よし、準備はいいか?」

「「「「「っ」」」」」


門の前から男達が消えた事を確認した俺は、小声でセシル達に声を掛ける。

セシル達は小さく頷き、ベレッタを抜いた。


「ドラル、警戒は任せたぞ。さっきの奴隷商人達が戻って来たら‥‥‥遠慮なく撃ち抜け」

「了解です。ミカドさんお気を付けて」

「わかってる。さぁ、依頼しごとの時間だ」


俺は召喚した黒いアフガンストールを巻いて顔を隠し、丸い筒が付けられたベレッタを構えて門へ走り寄る。

その後ろを、同じく顔を隠したセシル達が続く。 俺達は誰も居なくなった門を楽々と潜り抜け潜入を果たした。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



時刻 23:50分。

場所 ハールマン邸 庭。


黒いアフガンストールを巻いた俺達はゆっくりと門を開け、ハールマンの屋敷に潜入した。

セシルやレーヴェ達も黒いストールを巻いて顔を隠している。これでハールマンに俺達の正体がバレるリスクは回避出来た。


「よし、誰も居ねぇな。 セシル、レーヴェ怪しい魔法具を見つけたら片っ端かぶっ壊せ!マリア、ヴァルツァー!俺達はイーリス達を助けに行くぞ!

其々目標を達成したらさっきの場所へ迎え!」

「「「「了解!」」」」

「待ってろよ皆!イーリス!」


ドラルに周辺の警戒を任せ、ドラルと別れた俺達は屋敷に潜入し、改めて其々の役割を確認した。


イーリス達の自我を押さえ込んでいると思われる魔法具の捜索をセシルとレーヴェに任せ、俺とマリア、ヴァルツァーはイーリス達が居る部屋を探して二手に別れ行動を開始した。



▼▼▼▼▼▼▼



同時刻‥‥‥


「居たぞ!魔獣だ!」

「ありゃヴァイスヴォルフか!?」


我輩は月夜に照らされる草原に立って居た。

今日は月が明るい。月光に照らされた草原は神秘的で幻想的だ。


その草原に無粋で柄の悪い男達が駆け付ける。どうやら我輩の誘いに上手く乗ってくれた様だ。


『来たか‥‥‥さて、見た所奴隷商人の様だな』

「たかが狼1匹だ!ぶっ殺せ!」

「死ねぇぇええ!!」


15人の柄の悪い男達は手にした鉈や斧を掲げ、突っ込んでくる。大人数で強気になっているのか、はたまた本気で我輩に勝てると思っているのか‥‥‥


『そんな事を考えている場面では無さそうだな‥‥‥兎も角、我輩は我輩のなすべき事をするとしよう』


我輩の使命は彼等を引きつける囮となる事。ならば極力攻撃は控え、主人殿達が奴隷達を助ける時間を稼がなければ!


『ガァルルル!!』


我輩は牙を剥き出しにし、突貫してくる男達を睨みつけた。



▼▼▼▼▼▼▼



時刻 23:52分。

場所 ハールマン邸 庭。


「ミカド!イーリス達が何処に居るか分かるのか!?」


絵画や彫刻等が飾られた見るからに成金趣味な廊下を走る俺の背後から、ヴァルツァーが声を掛ける。


正直な所イーリス達が居る場所は分からない。だがこの様な場面、状況では大体相場が決まっている。


「イーリス達は恐らく1箇所に集められているはずだ」

「なんでそう思うの‥‥‥?」

「悪い言い方になるけど、催眠魔法具で操られているだろうイーリス達は奴隷だからだ。奴隷で、かつ半分自我を押さえ込まれてるイーリス達にハールマンが其々部屋を与えるなんて、今思えばおかしい」


数日前、俺達がアッフェ討伐の為に此処へ来た時。アッフェのボスに襲われたイーリスはハールマンに自室で安静にしていろと言われ、この無数に並ぶ部屋の1つで休んでいた。


あの時は別段可笑しいとは思わなかったが、今思い返してみれば、あの時の部屋は必要最低限の家具しかなく生活感が皆無だった。

それこそ、普段は使われていない空き部屋の様に。


「どういう事だ?」

「つまり、ハールマンはイーリス達を逃亡させない様に一箇所に閉じ込めているかも知れないって事だ!

すれ違う部屋から人の気配が感じないのは、ハールマンが手元に居る奴隷達を纏めて広い部屋に押し込んでる可能性の高さを示してる!」


この屋敷は広いが、通り過ぎる部屋から人の気配を感じない。


この前依頼で此処を訪れた時に結構な数の使用人達を見たが、その使用人達が生活していると言う気配を全く感じないのだ。

現にこうして廊下を走っているのに、ドアは開く気配すらない。


それにイーリス達は奴隷だ。ハールマンが奴隷達に部屋を与えるだろうか?


俺は否だと思う。


理由は奴隷達1人1人に個室を与えれば、催眠が解けて逃亡される様な事態になれば、気づくまで時間が掛かるだろうし、あの人数の使用人を管理するには1箇所に纏めて居た方がハールマンにとって効率が良いはずだ。


恐らくこれらの部屋は、来客があった時のみ使用人に使わせるカモフラージュ用の部屋なのだろう。


更に、出入り口が1つしかない部屋にイーリス達を閉じ込め外から鍵を掛ければ、不測の事態が起こった時にイーリス達の逃走を阻止できる。


俺はそう考えた。つまり、上記の条件に当てはまりそうな場所を考えれば、自ずと答えは出て来る。


「なるほど。なら考えられる場所は‥‥‥地下か!」

「俺もヴァルツァーと同意見だ。この屋敷の何処かに地下室へ通じる道がある筈だ!

マリア、イーリス達の気は感じるか?」

「少し待って‥‥‥あっち。あっちからハールマンとは違う気を微かに感じる」

「よし、そこにイーリス達が居る筈だ!急ぐぞ!」

「おう!」

「了解」


マリアの気を頼りに俺達は走った。

そして数分後。


「ビンゴだ」


俺達は地下に通じる階段の前に辿り着いた。



▼▼▼▼▼▼▼



同時刻、帝達から少し離れた場所。


「まさかM2を持って来た最初の依頼がイーリス達の救出なんてな〜 お陰でM2の出番はねぇか。ぶっ放したかったんだけどな〜」

「もう、レーヴェちゃんそんな事言わないの。イーリスさん達の為に頑張ろう?」

「わかってるよ。と、セシル。この部屋怪しくねぇか?」

「あ、そうだね。錠前が付いてるから、何か大切な物をしまってるんだと思う」

「よっしゃ!なら僕の出番だな!」


イーリス達の自我を抑え込んでいると思われる魔法具を見つける為に、屋敷内を散策していたセシルとレーヴェが錠前が付いた部屋の前に辿り着いていた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



時刻 23:57分。

場所 ハールマン邸地下室前。


「この中にイーリス達が」


イーリス達を探し、ハールマンの屋敷内部を散策していた俺とマリア、そしてイーリスの兄ヴァルツァーは地下へと通じる階段を降りた。降りた先には大きく重厚な鉄の扉が有り、頑丈そうな錠前で施錠されていた。


まるでこの中に大事な物が有りますよと言っているかの如く、鉄の扉は静かに佇んでいる。


「あぁ、マリアの感じた気が此処から出ているなら間違い無いだろう」

「ん、此処で間違い無い‥‥‥ この扉の向こうから弱くてか細い気を沢山感じる」

「でも錠前が付いてるぞ。鍵を見つけなきゃ、向こう側に行けねぇ」

「鍵か‥‥‥ いや、この程度の錠前なら任せろ」

「何か手が有るのか?」

「まぁ見てな」


扉の前で苦虫を噛み潰した様なヴァルツァーの横で、俺はベレッタの銃口を錠前に向けた。


「そいつは、あの時俺を攻撃した武器‥‥‥なのか?」

「そうだ。これは特殊な構造と特殊な粉を使って金属の球を放つ魔法具だ」

「そんな魔法具が‥‥‥」


半ばパターン化してしまった銃の説明をしつつ、俺は先端に丸い筒が付けられたベレッタの上部をスライドさせ、薬室に9mmパラベラム弾を装填した。


「っと、ちなみにヴァルツァー。さっきこの筒や布が何もない空間からいきなり現れただろ?」

「あ、そう言えば‥‥‥」

「あれは俺の持つ魔法‥‥‥言うなれば、ベルガスの催眠魔法と同じ特殊属性魔法なんだ。何もない空間から物を召喚するっていうな。 だから、さっき見た光景は秘密にしてくれると助かる」

「そ、そんな魔法が有るのか?いや、ベルガスの催眠魔法なんてもんが有る位だから、不思議じゃねぇか」

「それよりミカド‥‥‥そのベレッタに付いてる丸い筒は何? 」

「あぁ、そう言えば説明がまだだったな。これは今回みたいな隠密行動する時にうってつけの装備品なんだ」

「そうなの‥‥‥?」


ヴァルツァーに俺の持つ加護の事を言葉を濁しつつ伝えると、マリアがベレッタの銃口に付けられた丸い筒に目をやり、不思議そうに首を傾げた。


このベレッタに付いている丸い筒‥‥‥


これは【サプレッサー】または【サイレンサー】と呼ばれ、銃火器の先端( 銃口 ) に装着するアタッチメントの1つだ。


今ベレッタの銃口に付けられているコレの正式名称は【サウンド・サプレッサー】と言い、筒の中のバッフルと呼ばれる空気室が発砲時に発生する高圧のガスを受け止め、ガスの圧力を下げてくれる。

この構造が銃の大きな発砲音を軽減してくれると言う訳だ。


この発砲音をより抑える為には、普通【亜音速弾】と呼ばれる弾を使用する事が多いのだが、今回は外で囮役のロルフが叫び声を上げている。だから、9mmパラベラム弾を使用してるベレッタでもハールマン達に気付かれる事はほぼ無いだろう。


「ま、それは一先ず置いておいて‥‥‥ 見てろよっ!」


百聞は一見にしかず、錠前に向け構えたサプレッサー付きのベレッタの引き金を俺は静かに絞った。

腕時計の針が00:00を刺した時、パシュン!と少々間抜けな音が小さく響いた。



▼▼▼▼▼▼▼▼



時刻 23:57分。

場所 ハールマン邸 執務室前。


「出番って、何か考えがあるの?」


執務室と書かれた扉の前に来た私とレーヴェちゃんは、この部屋にイーリスさん達の自我を抑え込んでいると思しき催眠魔法具があると睨んだ。


催眠魔法具とは今回の依頼主、犬獣人のヴァルツァーさんか教えてくれた酷い魔法具の事で、この魔法具がイーリスさん達の自我を押さえ込んでいるかも知れないと言うのだ。


何でもラルキア王国の西側にあるエルド帝国が奴隷をより扱い易くする為に、ラルキア王国で反乱を起こしたベルガス協力の元製作した物らしい。


ハールマンさんはこの魔法具を使い、イーリスさん達を操っている‥‥‥とミカドとヴァルツァーさんは睨んだみたいだ。


確かにミカド達の話と、実際見たイーリスさん達の表情は催眠魔法具で操られているとしか思えない位説明がつく。


イーリスさんはベルガスの催眠で操られていた男の子‥‥‥レーヴェちゃん達と一緒の孤児院で育ったアルトン君と症状がソックリだった。


私とレーヴェちゃんの任務は、イーリスさん達を操ってると思われる催眠魔法具をこの屋敷から探し出し、そして壊す事。


私達がやっている事は法律違反だと言う事は分かっている。でも、人を無理矢理操るなんて間違ってる!


だから私はギルド部隊ヴィルヘルムの信念を胸に、この依頼に臨んだ。


「要はこの錠前をぶっ壊せは良いんだろ? なら、僕の出番だなって 」


でも、怪しと睨んだ部屋の扉は大きな錠前でしっかり閉じられていた。そんな状況にも関わらず、レーヴェちゃんは自信満々に腕まくりをして頼もしい笑みを見せてくれた。


「えっ、だ、大丈夫?見た感じたと結構頑丈そうだよ?」

「まぁまぁ、僕に任せろって。おりゃっ!」


私の心配をよそに、拳を握り締めたレーヴェちゃんが錠前に向かい拳を振り下ろした。


ガギィン!


この部屋の中から、00:00を告げる時計の音が微かに聞こえたと思った瞬間、甲高い音を響かせて、ひしゃげた錠前がゴトッと落ちた。


「す、凄い‥‥‥」

「よっしゃ!行こうぜセシル!」

「う、うん!」


私は錠前が落ちた執務室前の扉に手を掛けた。



▼▼▼▼▼▼▼▼



時刻 23:59分。

場所 牧場。


「ぐはぁ!?」

「ちっ!大丈夫か!」

「あ、あぁ此奴強いぞ!」

「さすがヴァイスヴォルフだ」


一面に広がる草原に、我輩が吹き飛ばした男が倒れこむ。


この男達は余り本格的な戦闘に慣れていない様に感じる。

大方、これまでは無抵抗な人間ばかり相手にして来たのか‥‥‥ 手加減している我輩に擦り傷すら負わせられぬとは、些か拍子抜けだ。


相手がこの程度の実力なら、少々気を緩めても問題ないだろう。


『ふん、口程にもない 』


我輩は心の中で呟きながら、チラリと遠目に見える巨大な屋敷に目を移す。

主人殿達は上手くいっているのだろうか。


しかし手加減と言う物は中々に難しい。

我輩の想像以上に、此奴等は戦いに慣れていなかった。このザマでは本当にちょっとした弾みで此奴らを殺してしまいそうだ。


「おい!お前確か魔法使えたよな!? お前は魔法でヴァイスヴォルフを牽制しろ! その隙に俺達がぶっ殺す!」

「お、おぉ!火龍の御霊よ。我の魔力に答えその力の鱗片を授けよ‥‥‥ 喰らえファイヤーボール!」

「今だ!突っ込めぇえ!!」

「「「「「おぉお!!」」」」」

『ほう、火の攻撃魔法か!小賢しい!』

「な、なにぃ!?」

「「「「「ぐぎゃぁあ!」」」」」


我輩は迫り来る火球を飛び越え、無謀にも突撃して来た男達に自慢の爪をお見舞いしてやった。


「こ、此奴!まさか今まで手加減してたのか!?」

「クソ!逃げるぞ!俺達じゃ手に負えねぇ!」

「クソッタレ!」

『ぬっ!?』


我輩の斬撃を受け、5人の男が一瞬にして物言わぬ骸となる。

その瞬間を目の当たりにした男達は顔を青くし、我先にと元来た道を走り去っていった。


だが、この男達は逃げ出す直前に懐から取り出した球を地面に叩きつけた。 すると微かに刺激臭のする白い煙が我輩の視界を遮る。


煙で視界が遮られ、漂う刺激臭で男達の居場所が掴めない‥‥‥

煙が消えると、男達は仲間の亡骸を残しこの場を立ち去っていた。


『煙幕か、小賢しい真似を。 しかし、しまった。つい本気を出してしまったな』


まさか攻撃魔法を扱える者が居るとは夢にも思わなんだ。その所為で少々気分が高揚し、控えていた攻撃をしてしまった。


『兎も角、囮役はこれで充分だろう。後はドラル殿に任せるとするか 』


我輩もまだまだ我慢が足らぬ。

反省せねば。


『おっと、主人殿達に男達が逃げた事を告げねば』


我輩は自分の役割が終わった事を悟り、男達の亡骸を一瞥しつつ有らん限りの力を込めて咆哮を上げた。



▼▼▼▼▼▼▼



時刻00:00分。

場所 地下室前。


バキィン!


「うぉっ!?」

「 ‥‥‥! 」


俺の放った9mmパラベラム弾は拍子抜けする音を纏いつつ錠前に命中した。

しかし間抜けな音とは裏腹に、その威力は凶悪だった。

9mmパラベラム弾の直撃を受けた錠前は、甲高い音を出し砕け散った。


「ミカド、発砲音が凄く小さかったけど‥‥‥それってベレッタに付いてる筒のお陰?」

「あぁ、コレは見た通り発砲音を小さくしてくれる物なんだ。マリアのP90に付いている物も同じ物になる」

「おぉ〜‥‥‥」

「なるほど、俺がやられた時に聞いた音と違うのはその筒のお陰なのか」

「そう言うこと‥‥‥」


ワォォォォオオン!!


そう言う事だ。

俺がそう言いかけた時、遠くから魔獣の咆哮が聞こえた。

この咆哮が意味する事は‥‥‥


「そんな事より急ぐぞ!今の声はロルフの声だ!引き付けてた奴隷商人達が逃げ帰ってくるぞ!」

「っ! 急ごう!」

「ウカウカしてられない‥‥‥」

「周囲を警戒しつつ突入する!ドラル、頼むぞ 」


ヴァルツァーは腰に下げた長剣を抜き放ち、俺とマリアは手にしたベレッタとP90を構え重厚な鉄の扉を開け放った。




▼▼▼▼▼▼▼



時刻00:02分。

場所 ハールマン邸、牧場中間地点。


私は相棒を片手に、西の方角を見つめる。

数分前、この方角からロルフさんの遠吠えが聞こえた。

あの遠吠えは、ロルフさんが引き付けていた奴隷商人達が屋敷に戻ったという事を知らせる合図。


だから私はその遠吠えのした方角を見つめる。もう直ぐ私のターゲットが此処に来る筈だ。


「あぁ!クソ!やっぱり10人そこらの人数でヴァイスヴォルフに挑む事が間違ってたんだ!」

「てめぇ!金に釣られて一目散に走ってった奴がそれを言うか!?」

「っせぇ!まさかあんなに強いとは思ってなかったんだよ!」

「そんな事よりお頭に報告だ!俺達にゃ手に負えねぇ!」


耳を澄ましロルフさんの声が聞こえた方角を見ていると、遠くから小汚い格好の男達が互いを罵り合いながら走ってくる。


彼等はロルフさんが引き付けていた奴隷商人達だ。今その数は10人に減っている。


あの奴隷商人達がロルフさんの元へ向かった時は確か15人居た筈。


状況と男達の言葉から判断するに、ロルフさんはこの15人の内5人を倒し、仲間を倒された奴隷商人達は我先に逃げ帰って来たと言う事になる。


先程のロルフさんの遠吠えと、罵り合いながら逃げてくる男達の姿を見て、私は出番が来た事を改めて悟った。


私はより優位に立って与えられた任務を遂行する為に、龍人族の誇り‥‥‥命と呼んでも差し支えない漆黒の羽根を広げ、月光が優しく煌く暗黒の空に飛び立った。


「そうだな、お頭なら何とかしてくれる筈だ!」

「急ぐぞ!」


男達との距離は凡そ300m‥‥‥

充分【この子】の有効射程圏内‥‥‥


この男達は人を物の様に扱う奴隷商人達。


今日もこの男達は悪びれる様子もなく、ハールマンの元に人を売りに来たらしい。この男達を見ていると、これまで犠牲になった人達の顔が浮かんでくる様な気がする。


それと同時に、以前奴隷商人に捕まっていた時の記憶が蘇り、怒りと憎しみが湧いてくる。


あの時の私には力が無く、ただただ運命の過酷さを‥‥‥無慈悲さを恨んでいた。


でも今は違う。私にはミカドさんが与えてくれたこの子が‥‥‥相棒のPSG1がある!


彼等に抗う意思がある!


正義を貫く信念がある!


これまで彼等の私利私欲の為に犠牲になった人達に変わって、私がその人達の無念を晴らす!


私は静かに息を吸いスコープを覗き込んだ。そして憎しみを込めて小汚い男の顔を見つめ‥‥‥


優しくトリガーを引いた。


ダァァァン!


「がっ‥‥‥」

「私はヴィルヘルムの狙撃手‥‥‥ 私の任務は罪なき人に仇なす者に慈悲を与えず、粛々と弾を撃ち続ける事」


私はこれまで数多の人達を苦しめて来たのだろう奴隷商人の額に、犠牲になった人達の怒りと悲しみを込めた弾丸を放った。


その弾丸は爆音と共に男の額に吸い込まれ、男の生涯に終止符を打った。



▼▼▼▼▼▼▼



時刻 00:02分

場所 ハールマン邸 執務室内


「っ!セシル今のは!」

「うん!」


私達が執務室に入った時に、微かにロルフの遠吠えと銃の発砲音が聞こえた。


あの遠吠えと発砲音が意味する事は、ロルフが引き付けていた奴隷商人達が此処に戻って来ると言う事。

そして、途中でドラルちゃんが足止めをしてくれていると言う事。


何にせよ時間に余裕は無さそうだ。


「急ごう!レーヴェちゃん!」

「おう!さて、見た感じどれも怪しく見えるな」

「この中にイーリスさん達を操ってる催眠魔法具が有りそうだね」


執務室の中には大きな棚が備え付けられていて、その棚には禍々しい見た目の魔法具が綺麗に収納されていた。


私達は催眠魔法具の存在を知ったけど、その催眠魔法具の見た目までは知らない。しかも目の前には沢山の魔法具がある。


これはミカドが言った様に、怪しい魔法具を片っ端から壊さないとダメかも知れない。


ギィ‥‥‥


「っ!? 誰だ!」


一先ず適当に置かれている魔法具に手を伸ばそうとした時、ちゃんと閉めたはずの執務室の扉が開く音がした。


レーヴェちゃんが並外れた反射神経でベレッタを抜いて扉の方に向ける。

そこに居たのは‥‥‥


「い、イーリスさん!?」

「貴女達は‥‥‥!」


今回助ける事になっているイーリスさんが眼を見開き、驚いた表情を浮かべて立っていた。









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