第102話 救出任務 1




今まで自分を縛っていた呪縛から解放された様な、晴れやかな笑みを浮かべていたヴァルツァーの表情は一転。

初めて会った時に感じたピリピリとする殺気を滲ませた。


「救出って、誰かに捕まったのか!?」

「あぁ‥‥‥ミカドに敗れた後、俺は何とか知り合いの闇医者の元へ辿り着き治療を受けた。そして体が思う様に動くまで回復した俺は村に‥‥‥ 妹や皆が居る村に帰ったんだ。だが俺が村に帰ると、村には妹はおろか誰も居なかった‥‥‥」

「「「「「っ!」」」」」

「俺は我武者羅に妹達を探した。それから数日後、知り合いの情報屋が妹達を見かけたと教えてくれた。

その情報屋はこう言ったんだ。妹達は、奴隷商人に捕まったらしいと!」

「奴隷商人に!?」

「あぁ。そして俺はその奴隷商人を調べてある人物に行き着いた。其奴はこのラルキア王国でも有数の奴隷バイヤーで、最近大量の奴隷を仕入れたらしいってな。

十中八九、この奴隷バイヤーが妹達を買い取ったと俺は睨んだ!」


俺達は依頼の詳細を聞いて声を荒げる。

ヴァルツァーの仲間と妹はベルガスの反乱失敗後、奴隷商人によって攫われてしまったらしい。


だが既に妹達は何処に居るのか目星は付けている様だ。


「その奴隷バイヤーの名前は‥‥‥? 」

「其奴の名前は‥‥‥ハールマン! 表向きは家畜や紅茶の売買を手広くやっている商人の様だが、裏では俺達の様な奴等を売りさばいていたんだ!」


俺やマリアの脳裏にはある人物が思い浮かぶ。

そしてヴァルツァーから出た言葉は、以前マリアが言った言葉を確信に変えた。


「ハールマン、彼奴やっぱり!」

「なに? お前達、まさかハールマンを知っているのか!?」

「は、はい。先日彼の依頼を受けたんです。そう言えば、その時ヴァルツァーさんとそっくりな犬獣人の女の子も見かけました」

「本当か!? その子の名前は!?」

「その人はイーリスって言っていました」

「イーリス!その子は本当にイーリスと名乗ったのか!?」


ヴァルツァーは目を見開いてセシルに詰め寄る。そう言えばイーリスも‥‥‥


「は、はい。彼女の口からハッキリと」

「良かった‥‥‥ 無事だったのか」

「そのイーリスって子がもしかして‥‥‥」

「あぁ、イーリスは俺の妹だ」

「やっぱり」


ヴァルツァーの言葉を聞いて、俺は納得した。


俺がヴァルツァーを見て以前見た事がある様な気がしたのは、ハールマンの依頼を受けた時に出会った少女、イーリスと瓜二つだったからだ。


イーリスは目の前に居る男、ヴァルツァーと同じ雪の様な白い髪に、血や炎を連想させる赤い瞳、そして頭からダックスフントの様に垂れる犬耳が生えていた。


そしてハールマンを見たマリアは、彼から奴隷商人と同じ気を感じたと言っていたが、やはり彼奴は奴隷商人と同類の屑だったらしい。


ハールマンは外見だけ見れば親しみ易く、良い人なのかも知れない。でも裏では奴隷を売り捌いていたなんて!


もしかすると、他の使用人達もヴァルツァーの村の人達なのかも知れない。


「頼むミカド!妹を助けるのに協力してくれ! 彼奴の屋敷はデカくてとても1人じゃ妹達を助けられねぇ‥‥‥ 俺にはお前達くらいしか頼れる奴が居ないんだ!礼は必ずする! だからお願いだ!妹を‥‥‥皆を助けるのに協力してくれ‥‥‥」

「ヴァルツァー‥‥‥」


この世界の奴隷は平和条約の名の下で合法的な存在。当然人権など無く、物と同じ。奴隷は主人の所有物となる。


条約で認められている奴隷のイーリス達を助ければ、それは条約違反。つまり合法的に手に入れた物を奪った盗賊と判断され、法律違反の行動だと言われても反論出来ない。


でも、俺は言う。この言葉を言わなければ、俺の‥‥‥俺達の存在自体を否定する事になるからだ。


「分かった。ヴァルツァーの想い、確かに受け取った」

「ミカド!?」

「良いのですか!?もし、この件がギルドにバレたら!」


俺は以前、奴隷商人に捕まっていたマリア達を助けた。あの時は目撃者も無く、事情を理解してくれたミラが奴隷商人は魔獣に襲われたと処理してくれたらしいが、今回ばかりは事情が事情だ。規模も全く違う。

幾らミラでも、今回はあの時の様に処理出来ないだろう。


だからって、目の前で助けを求めている人を見捨てるなんて選択肢、俺には無い!


「良いんだ!ここでヴァルツァーの想いを無視すれば、それは俺達が俺達の存在を否定する事になる!

皆、俺達ギルド部隊ヴィルヘルムの存在理由は何だ!」

「っ! た、助けを求める人の力になる事!」

「罪無き人に仇なす者と戦う事‥‥‥」

「皆の笑顔を守る剣になる事!」

「皆が平和に暮らせる世界の盾となる事!」

『正義を全うする事!』


セシルが、マリアが、レーヴェが、ドラルがそしてロルフがヴィルヘルムの理念を声高らかに叫ぶ。


俺が部隊を作ったのは、父親を‥‥‥ダンさんを失ったセシルの様に、悲しい想いをする人を少しでも減らす為。

魔獣に怯え悪意に怯え、救いを求めて苦しんでいる人の力になる為だ。


俺のこの想いに、セシルやマリア達は共感し力になりたいと言ってくれた。

だから彼女達は誇りを胸に、強い意志をその瞳に宿し俺を見つめる。


「そうだ!ならヴァルツァーの想いに答える事が俺達の使命、存在理由だ!条約なんか知った事か! 俺達は力で人の尊厳を奪う外道は許さねぇ!

ルーク級ギルド部隊ヴィルヘルム!

ヴィルヘルムは現時刻をもってイリース達の救出作戦を発動する!気合い入れろ!」

「「「「了解!」」」」

『承知!』

「ヴァルツァー、これが俺達ヴィルヘルムだ。イーリス達を必ず助けよう!」

「あぁ、あぁ!必ずイーリス達を助け出す!俺の命に代えても!」

「行くぞヴィルヘルム!救出作戦発動しごとのじかんだ!」



▼▼▼▼▼▼▼



「ミカド、イーリスは本当に無事だったんだな? ひでぇ事された形跡はなかったよな?」


俺達は早速ヴァルツァーの妹、イーリス達をハールマンから救出する為に行動を開始した。

ハールマンの家に向かう最中、使用人として働いていたイーリス達の事を後ろに座るヴァルツァーに伝えると、彼は身を乗り出して声を掛けて来る。ヴァルツァーの言葉からは、妹を思う気持ちが痛い程伝わってきた。


「あぁ、俺が見た限りでだけどな。血色は良かったし、身なりも綺麗だった。あ、でも‥‥‥」

「どうかしたのか? まさか!」

「いや、俺の思い過ごしだと良いんだけど、イーリスや他の皆の瞳から生気を感じなかったんだ。まるでベルガスの催眠魔法で操られていた人達の様に」


俺の脳裏に暗い瞳のイーリス達の顔が浮かぶ。彼女達の瞳は、以前ベルガスに自我を封じ込まれ操られていたアルトンと被って見えた。


だがアルトンの自我を封じ込めていたベルガスの催眠魔法とは、ベルガスが幼い頃より使えた特殊属性魔法。

まさかハールマンがベルガスと同じ様に、催眠魔法を使えるとは考え難い。


だが、やはりどう考えてもイーリス達のあの瞳と雰囲気は異様だ。この事はヴァルツァーにも伝えなければ。


「なんだと!?いや‥‥‥待て、心当たりがある 」

「心当たり?本当か!」

「あぁ、ベルガスはエルド帝国と通じてたって噂‥‥‥ミカドは知っているか?」

「ちょっと前に聞いた事がある。でも、そそれとイーリスになんの関係が?」

「ならこの話は知ってるか? エルド帝国がベルガスに接近した理由は、ベルガスの催眠魔法に目を付けたからでもあるって」

「え?それって‥‥‥まさか!」

「多分お前の考えた通りだ。エルド帝国はベルガスの協力で、奴隷をより扱い易くする魔法具を作ったと、少し前、彼奴の下で動いている時に小耳に挟んだ」

「奴隷を扱い易くする魔法具‥‥‥」


俺はクソみたいなワードを聞いて奥歯を噛みしめた。

様々な憶測が俺の頭を駆け抜ける。


「知ってるかもしれないが、エルド帝国は国民の7割以上が奴隷で、残り3割の純粋な帝国民の為に家畜の様に働かされている。俺達も以前は力を弱め、魔力を封じる隷属の首輪スクラーヴェ・リングを付けられた事があるが、1人1人に付ける首輪を製造するのはコストがかかるから最近その魔法具を作ったって噂だぜ」

「エルド帝国とベルガスにはそんな接点が‥‥‥ いや、そんな事よりエルド帝国はそんな物を作っていたのか」


まさかここでベルガスとエルド帝国の関係が明らかになるとは思っていなかった。


ベルガスはラルキア王国を乗っ取るつもりで反乱を起こしたと言っていた。


それには恐らくエルド帝国の思惑も関係していると見て間違いないだろう。

エルド帝国からすると息がかかった人物がラルキア王国の長となれば、エルド帝国にとって多大なメリットがある筈だ。

ベルガスはベルガスで、形はどうあれ一国の長として君臨できる。


両者にとって悪い話ではない。


エルド帝国はベルガスに反乱を起こす様に仕向けると同時に、ベルガスの持つ催眠魔法の力を模倣しようとしていたのか。


「もっとも、その催眠魔法具はベルガスの協力を得て作ったと言っても、所詮はベルガスの模範品‥‥‥ 完全に意のままに操るまでには至っていないらしい。せいぜい自我を抑え込む程度だそうだ。

ミカドの話を聞く限り、ハールマンって男はこの魔法具を持っている可能性が高い」

「確かにイーリス達は首輪を付けていなかったし、あの目を見ればヴァルツァーの話も信憑性が高くなるな‥‥‥」

「その魔法具を壊さない限り、イーリス達の自我は押さえ込まれたままだろう。

でも逆に言えば、その魔法具さえぶっ壊せばイーリス達も元に戻るはずだ」

「ならその催眠魔法具も見つけ出さないとな」


ヴァルツァーの話が本当なら、仮にイーリス達を助け出したとしても、催眠魔法具が有る限りイーリス達は自我を押さえ込まれたままだ。

それだとイーリス達を助けたとは言えない。


つまり、イーリス達を助けると同時に、彼女達の自我を押さえ込んでいる可能性がある魔法具を探してぶっ壊さないと‥‥‥


だが、気になる事が有る。


それはイーリスがアッフェのボスに襲われた後、彼女の目に生気が戻っていた様に見えた事。そしてその後口走った、「お願いしたい事が」という言葉だ。


イーリスが自我を押さえ込まれているとするなら、この言葉を彼女が自分の意思で言うはずが無い。


何か理由があるのか?


「一先ず作戦を考えよう。見えたぞ」


色々と考える事が増える中、馬を走らせる事数十分後。

俺達はハールマンの経営する牧場の目前に迫っていた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「よし、まずはハールマン達の目を逸らすぞ」


ハールマンの牧場に到着した俺達は、茂みに馬と大きく邪魔なガンケースを隠し作戦会議を始めると同時に、先ほどヴァルツァーから聞いた話を伝えた。


まさか依頼内容が魔獣の討伐では無く、奴隷の救出とは考えてもいなかった。


しかも今回は屋敷に潜入しなければならないから、レーヴェの持つ巨大なM2や、俺とセシルの持つ長いHK416Dは相性が悪い。


マリアの持つコンパクトなP90ならこう言った潜入任務にはピッタリなのだが‥‥‥


ドラルの持つPSG1も今回のような任務には向かないが、外からの援護射撃や周囲の警戒には使えるだろう。


兎に角、しっかり役割を決めて作戦を立てないとイーリス達の救出は愚か、最悪俺達が囚われの身になる可能性がある。


俺は集中して作戦を立てた。


「目を逸らす?」

「あぁ、このまま馬鹿正直に正面突破は難しい。だから囮を使って、ハールマン達の意識を俺達から逸らす。 ロルフ!」

『我輩の出番か主人殿』

「そうだ! ロルフはデカい遠吠えを上げたりして騒ぎを起こせ! ロルフには俺達がイーリス達を救出するまで囮になって欲しい」

『承知した!見事囮役を果たしてみせよう!』

「任せたぜ。囮役を終えたら1回遠吠えをあげて此処に戻って来てくれ。次にドラル。ドラルには上空からの監視と援護を頼みたい」

「かしこまりました!」

「イーリス達の救出を終えたら合図を送るから、合図が見えたらこの場所に戻って、ロルフと一緒に待機しててくれ」

「わかりました!もし奴隷商人を見かけたら如何しましょう?」

「遠慮はいらねぇ。PSG1で穿て!人の尊厳を踏み躙る奴等に慈悲は要らない! 」

「了解しました!」

「最後にマリアとヴァルツァー、そして俺はイーリス達の救出。セシルとレーヴェはイーリス達の自我を封じている可能性がある魔法具を探してくれ。 イーリス達は魔法具を使われてハールマンの言いなりになってる可能性がある!これを見つけてぶっ壊すんだ!」

「おう!任せろ!」

「わかった‥‥‥」

「了解!頑張るよ!」

「あぁ!」

「よし、最後にコレをベレッタに付けろ。

それとコレを巻いて顔を隠すんだ」

「な、なんだコレは!?」


俺は矢継ぎ早に思い付いた作戦を説明しつつ、加護を使いある物を召喚した。


俺の加護の事を知らないヴァルツァーの前で召喚する事になってしまったが、今は緊急事態だから仕方ない。後でヴァルツァーにも加護の事を遠回しに伝えるしかないな‥‥‥


「「「「了解!」」」」

「何が何だかわからねぇけど、兎に角!一刻も早くイーリス達を助けに行こう!」

「おう!ヴィルヘルム状況開始!」

『承知!』

「「「「了解!」」」」


作戦をセシル達に伝え、色々と召喚した物を装備した俺達ヴィルヘルムとヴァルツァーは、闇に包まれた道を突っ走り、ハールマンの屋敷を目指した。

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