コンタクト×コンタクト×コンタクト

アワユキ

第1話

「繋がりました。モニターに出します」

 大画面のモニター。左右に分割された画面のそれぞれに、二人の人物の顔が映し出される。

「おはよう、二人共。定時連絡の時間だ」

 幾つものコンピュータとそれらを操るオペレーターが居並ぶ広い部屋。極地探査開拓研究所の中央情報室だ。その部屋の中心に立つ初老の紳士がモニターに映る二人に向かって挨拶した。

「おはようございます、所長」

「おはよう、と言われても、時間の感覚なんて滅茶苦茶ですがね」

 一人はまだ十代、と言っても通用しそうな若い女性だ。紳士からの挨拶に対して、ハキハキと応えを返す。

 一人は中年の男性。無精髭が目立つ、一言で言えばうだつの上がらない男といった風貌だが、その瞳の奥には確かな知性の光を感じさせる。

「父さん……ちゃんとしてくださいよ。また髭も剃ってないし!」

「やかましい。所長の前でごちゃごちゃ騒ぐな」

「相変わらず仲が良い事だね。親子のコミュニケーションも大切にしてあげたいところだが、進捗を聞かせてくれるかな? まずはレア君の方から頼むよ」

 言い争う二人を宥め、所長と呼ばれた紳士が話の先を促す。

「申し訳ありません、所長! 回収作業は順調です。……本当にすごいですね、この遺跡は。とても遥か古代の物とは思えないですよ」

 レアと呼ばれた女性が報告と共に感嘆の声を漏らした。彼女が今いる場所は太平洋の海底深く、深海探査船の船内だ。

 極地探査開拓研究所、その目的は止まらない人口増加と環境破壊への対策の為、未だ人類が進出していない領域を調査、開拓する事である。レアは若年でありながら、その深海探査チームのリーダーを務める才女だ。


 ――海底遺跡。それは今回の海底探査の最中に発見された物だ。過去にも海底探査自体は行われた事はあった。だが、この遺跡は固く厚い岩盤に守られる様に眠っていた為、これまで発見されずにいた。しかし、数々の新鋭技術が盛り込まれた大型深海探査船『アケローン』の探査能力が、その遺跡の存在を暴き出したのだ。

 本来は海底都市計画の下調べの為、この探査は行われていた。とはいえこの遺跡の存在は人類史に類を見ない大発見だ。アケローンとその乗員達は、本来の任務そっちのけで遺跡調査に邁進していた。

 そもそもこんな深海に建造物が存在している事自体が驚嘆すべき事実だ。この場所は人類発生時点では既に海の底だった筈。それが何を意味するのか、深海探査チームも地上の研究所も、この遺跡の謎の解明に躍起になっている。

 遺跡はその全てが巨大な石を切り出して造られているらしい。その全貌は未だに見えてこないが、途轍もない広さであるらしい事だけは分かる。

 彼女らが目下取りかかっている作業は、遺跡全体の構造の把握と内部で多数発見されている用途不明の数々の物体の回収だ。祭祀か何かに使う物なのか、或いは実用的な機能を持った道具なのか、それすらも判然としない。それらに関して機材も揃っていない探査船内では詳しい調査を行う事は難しい。それらはまとめて持ち帰られ、研究所本部で詳細を調べる手筈になっている。

「なんなんでしょうね、この物体は……。どういった用途に使用する物なのか想像もつかないですよ。それより何より何千年何万年、あるいはそれ以上の時間が経っている筈なのに、どれもしっかりと形を保っている、それが不思議です。一体どんな材質と技術が使われているのでしょうか……」

 モニターに、回収された物体の一部が映し出される。共通しているのは、どれも曲線を多用した流線形のフォルムをしている事。その表面には流れる水の様な、或いはのたうつ蛇の様な奇怪な紋様が刻まれている。大きさはまちまちで、手の平サイズから一抱えもある物、人には持ち上げられない程大きな物もある。


「ふむ……何にせよ、全ては君達が帰って来てからだ。本部で詳細な調査をしてみない事にはね」

「そうですね。……兎に角! こちらは大きな問題もなく、順調そのものなのでご安心を!」

「ありがとう、レア君。――それではアーノルド君、そちらの方はどうかな?」

「こちらも上々ですよ。……火星先史文明。驚くべき技術力ですね。我々の想像を遥かに超える物だ」

 アーノルドと呼ばれた男性が答える。彼が今いるのは、地球から遥か二億キロメートル以上離れた火星の地表だ。一見すると冴えない中年にしか見えないアーノルドだが彼は宇宙物理学、地質学、気象学など様々な分野に精通しており、研究所内でも指折りの才覚の持ち主である。

 火星テラフォーミング計画。人類の生存に適さない火星の環境を地球のものに近づけ、居住可能な惑星へと作り変える計画だ。アーノルド率いる火星探査チームは超高速航宙探査船『ヘルメース』に乗り、その前段階である火星地表の詳細調査を行っていた。その折に見つかったのが件の遺跡だ。


 ――火星先史文明遺跡。地球ではかねてより、火星には知的生命体が存在するという説が唱えられてきた。だがそれらはあくまで空想の域を出ず、原始的な生命が存在したのみであろうというのが通説だった。

 この遺跡の発見はそれを覆し、逆に空想と一笑に付されていた説を裏付ける物だ。とはいえ流石に頭足類の様な姿の火星人がお出迎え、とは行かなかったが。

 かつて火星を訪れた無人探査艇やロボットには見つけられなかったそれ。上空からは単なる岩山にしか見えず、入り口も岩壁に偽装された様な状態だったそれは、人間が実際に間近で見なければ気づけなかっただろう。

 当然、火星探査チームも研究所も歓喜に湧いた。海底遺跡という大発見に続いての歴史的発見だ。アーノルド達は地表の探査もそっちのけで遺跡調査にのめり込んだ。勿論、本部もそれを承認している。

 火星遺跡は、石とも金属ともつかない不可思議な材質で造られていた。分かるのは、人類の及びもつかない高度な技術で造られているという事だけだ。

 こちらの遺跡にも、様々な用途不明の物体が存在していた。壁に似た材質で出来た、つるりとした表面。薄い二等辺三角形の板、六角柱の棒、巨大な球体と、形状や大きさは様々だ。それらはどれも継ぎ目が見当たらず、積み木の様な単なるおもちゃか何かにも見える。だがヘルメースの船内での簡易検査の結果、内部には複雑な機構がある事が判明した。海底遺跡で発見されたものと同じく、これらも地球に持ち帰られて詳細な研究が行われる予定だ。


「しかし……この遺跡もレアの方も、住民の痕跡は見当たらないようですね」

「そうだね。出来れば、それらの遺跡を建造したと思われる存在に関しても知りたいところだがね」

「ええ、これだけの物を作り上げた者達……。もう、滅んでしまったのでしょうか」

「どうだろうね。まあ、研究が進めば分かる事もあるだろう。その為にも、アーノルド君、レア君、無事に帰って来てくれたまえよ」

「勿論、そのつもりですよ。ヘルメースの中は快適ですが、酒も煙草も禁止じゃあ息が詰まるってもんです。早く地球に帰って、思う存分味わいたいですよ」

「父さん! 恥ずかしい事を言わないでください!! ……すみません、所長。だらしない父で……」

「いやいや、二人共仲が良くて結構な事だ」

 所長が好々爺然とした微笑みを浮かべる。

「うるせえなあもう、それじゃ所長。これで定時連絡を終わります」

「あっ! ……全くほんとに……。色々申し訳ありません、所長。それではこちらもそろそろ通信を切りますね」

「ああ、ご苦労様」

「海底探査チーム、火星探査チーム、共に通信終了しました」

 二人との通信が切れ、モニターが暗転する。


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「……愚かな人間共め」

 アケローンの船内、通信を終えたモニターの前でレアが吐き捨てる様に呟く。その表情は先程までの快活なものとは程遠い、侮蔑と嘲笑に満ちていた。

「蒙昧な彼奴らは考えもしまい。既にこの者らが死に絶え、我らとすり替わっている事など」

 彼女――いや、彼らは海底遺跡で永い眠りについていた。永い永い時を、暗い海の底で眠り続けた。そして遂に、その時が訪れた。

「我らの星を我が物顔で闊歩する忌まわしい人間共……」

 かつて彼らはこの星で極めて高度な文明を築いていた。だがある時、彼らの文明を脅かす外敵が現れた。激戦の末辛くも撃退に成功したが、強大な敵との戦いは彼らを大いに疲弊させた。その傷を癒す為に彼らは永い眠りについたのだった。

 そこへ何も知らないレア率いる極地探査開拓研究所海底探査チームが訪れた。侵入者の出現によって、彼らは幾星霜の時を経て目覚めを迎えた。そして遺跡内部に足を踏み入れた探査チームに襲い掛かったのだ。襲撃など想定もしていなかったレア達は呆気無く全滅。その後高度な擬態能力を持つ彼らは、レア達の姿を借り研究所の人間達を欺いた。

「この船が地上に着いた時が、貴様らの終わりの始まりだ……」

 遺跡よりアケローン船内に持ち出された数々の物体……それらは全て、かつて彼らの文明が作り出した兵器だ。いずれも人類の持つ兵器を遥かに上回る威力を持っている。他者の記憶を読み取る能力も持つ彼らは探査チームの記憶から、現在の地球や人類に関する様々な情報を得ていた。その情報から科学力で遥かに劣る人類を地球から駆逐し、自分達がこの星の覇権を握る事は容易いと判断したのだ。彼らにとっては人類など主人の留守をついて好き勝手に増殖した害虫に過ぎず、それらを滅ぼす事に何の呵責も感じはしない。

 手始めに極地探査開拓研究所を制圧する。人類の持つ技術は脅威とはならないだろうが、火星で見つかったという遺跡とその遺物はいささか気がかりだ。人類が持つものよりも優れた技術が用いられているであろう数々の遺物は、自分達の脅威となる可能性も否定は出来ない。ヘルメースが持ち帰って来るそれらを確保しておくべきだろう。

 スケジュール通りならば火星探査チームと深海探査チームは同日に研究所本部へ帰還する事になっている。まず火星の遺物を確保し、次に研究所の所員を始末する。所内を制圧した後はそこを足掛かりとして本格的に地球全土へと侵攻を開始する予定だ。数では圧倒的に彼らが劣っているが、卑小な人間がどれだけ雁首揃えようと敵ではない。

 遥かな時を隔て、栄華に包まれた彼らの文明が返り咲こうとしている……。レアの……レアに擬態した彼らの一体の口元に、酷薄な笑みが浮かんでいた。


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「……愚かな地球人共め」

 ヘルメースの船内、通信を終えたモニターの前でアーノルドが吐き捨てる様に呟く。その表情は先程までの飄々としたものとは程遠い、侮蔑と嘲笑に満ちていた。

「蒙昧な彼奴らは考えもしまい。この者らが既に我らの支配下にある事など」

 彼――いや、彼らは火星遺跡で永い眠りについていた。永い永い時を、赤茶けた荒野の中で眠り続けた。そして遂に、その時が訪れた。

「忌まわしい大絶滅から幾星霜……遂に機が巡って来た」

 かつて彼らはこの星の生命に寄生し、操り、極めて高度な文明を築いていた。だが天変地異が火星を襲い、彼らの宿主となるべき生物達は悉く死に絶えた。それ以来、貧弱な体しか持たぬ彼らはこの遺跡でひっそりと眠り続けていたのだ。

 そこへ何も知らないアーノルド率いる極地探査開拓研究所火星探査チームが訪れた。侵入者の出現によって、彼らは幾星霜の時を経て目覚めを迎えた。そして遺跡内部に足を踏み入れた探査チームに襲い掛かったのだ。目に見えない程小さな襲撃者の存在にアーノルド達が対処出来る筈もなく、彼らに寄生されその体を奪われた。

「この船が地球に着いた時が、貴様らの終わりの始まりだ……」

 遺跡よりヘルメース船内に持ち出された数々の物体……それらは全て、かつて彼らの文明が作り出した兵器だ。いずれも人類の持つ兵器を遥かに上回る威力を持っている。彼らは寄生した探査チームの記憶から、遠く離れた地球や人類に関する様々な情報を得ていた。その情報から科学力で遥かに劣る人類を地球から駆逐し、自分達がこの星の覇権を握る事は容易いと判断したのだ。まともな生物の住めない火星になどこだわる必要はない。命溢れる地球こそが、彼らの新たな文明を築くのに相応しいだろう。彼らにとっては人類など未熟な技術しか持たない下等生物に過ぎず、それらを傀儡にする事に何の呵責も感じはしない。

 手始めに極地探査開拓研究所を制圧する。人類の持つ技術は脅威とはならないだろうが、海底で見つかったという遺跡とその遺物はいささか気がかりだ。人類が持つものよりも優れた技術が用いられているであろう数々の遺物は、自分達の脅威となる可能性も否定は出来ない。アケローンが持ち帰って来るそれらを確保しておくべきだろう。

 スケジュール通りならば火星探査チームと深海探査チームは同日に研究所本部へ帰還する事になっている。まず海底の遺物を確保し、次に研究所の所員を支配下に置く。所内を制圧した後はそこを足掛かりとして本格的に地球全土へと侵攻を開始する。未だ宿主を得ていない同胞達も、ヘルメースで地球へ渡った後で地球人の肉体を奪えばいい。仮に地球人に彼らの存在が気付かれたとしても、人類の戦力など正面から叩き潰せばいいだろう。

 遥かな時と距離を隔て、栄華に包まれた彼らの文明が返り咲こうとしている……。アーノルドの……彼らに支配された哀れな地球人の口元に、酷薄な笑みが浮かんでいた。


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「……愚かな物質生命体共め」

 極地探査開拓研究所の中央情報室、通信を終えたモニターの前で所長が吐き捨てる様に呟く。その表情は先程までの柔和なものとは程遠い、侮蔑と嘲笑に満ちていた。

「蒙昧な彼奴らは考えもしまい。この者らが既に我らの支配下にある事など」

 彼――いや、彼らはこことは別の宇宙からやってきた。永い永い時を、暗黒の宇宙空間で過ごし続けた。そして遂に、その時が訪れた。

「忌まわしい大崩壊から幾星霜……遂に機が巡って来た」

 かつて彼らは異次元宇宙で繁栄を極めていた。宇宙を揺蕩い彷徨いながら、無限に広がり続けた。だが突如、彼らの宇宙は謎の崩壊を始めた。彼らは命からがら滅びようとする異次元宇宙から逃れ、この宇宙にやって来たのだ。

 彼らは物質に基づいた体を持たない。異次元宇宙ではそれで何の問題も無かったが、この宇宙では肉体を持たなければ満足に活動することも出来なかった。あてどなく宇宙を漂流し続け、遂にこの星へと辿り着いたのだった。

 そして彼らは極地探査開拓研究所へと侵入、所員達に憑りつきその体を支配した。人間の五感では捉える事の出来ない侵入者相手に、人類はあまりにも無力だった。

「あの二隻が帰って来た時が、貴様らの終わりの始まりだ……」

 海底と火星で見つかった数々の遺物……。人類の感覚器官と観測技術で彼らの姿を捉える事は不可能だが、人類が持つものよりも優れた技術が用いられているであろう数々の遺物は、自分達の脅威となる可能性も否定は出来ない。アケローンとヘルメースが持ち帰って来るそれらを確保しておくべきだろう。

 遺物の確保が済んだ後はゆっくりとこの星を侵略していけばいい。どうせ彼らの存在に気付く事は出来ないだろうし、もし万が一その存在に感づいたとしてもやはり人類にはどうしようもあるまい。姿無く忍び寄り物質生命体に憑りつく彼らは、宿主の生命力を糧として際限なく増殖する。人類の肉体と生命を犠牲に、いずれはこの星全てを覆い尽くす事だろう。彼らにとっては人類など肉体の檻に囚われた哀れで愚かな存在に過ぎず、それらを食い物にする事に何の呵責も感じはしない。

 遥かな時と次元の壁を隔て、彼らの新たな栄光の歴史が始まろうとしている……。所長の……彼らに憑りつかれた哀れな物質生命体の口元に、酷薄な笑みが浮かんでいた。


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 そして運命の日が訪れた。極地探査開拓研究所本部での数週間ぶりの再会。にこやかな表情を浮かべ、帰還した探査チームを歓迎する所長と所員達。海底探査チームと火星探査チームも各々安堵や歓喜の表情を浮かべて帰還の挨拶を交わす。

 三者が歩み寄ろうとしたその時、全員の表情が一変する。友好的で温和な表情は一瞬で消え去り、ある者は無感情で冷たい表情を、ある者は嗜虐的な笑みを浮かべて、それぞれが得物を構えた。

 海底存在の相手を精神ごと粉砕する呪殺波動銃が、火星存在の相手を素粒子レベルにまで分解する原子破壊砲が、異次元存在の相手を因果ごと無に帰す超常衝撃波が、同時に放たれた。その瞬間、三者共に気が付いた。目の前の相手が無知で愚劣な下等生命体ではないと。だが全ては遅かった。対象に絶対的な破滅を齎す三つのエネルギーがぶつかり合い、混ざり合い、弾けた。想像を絶する程の、巨大な破壊の嵐が吹き荒れる。

 解放された破壊の力は研究所を中心に、半径一キロメートル以上の広範囲に亘って何もかもを根こそぎ消し飛ばした。人類を脅かそうとしていた三種の異種生命体達は、その痕跡すら残さずにこの宇宙から完全に消滅した。


 こうして地球人類の与り知らぬ所で、人類と三種の異種とのファーストコンタクトと、更に異種と異種とのファーストコンタクトが果たされた。そしてこれまた人類の与り知らぬ所で、地球人類を襲う筈だった三重の未曽有の危機は侵略者同士の相討ちで以って回避されたのだった。

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コンタクト×コンタクト×コンタクト アワユキ @houryuki

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