On the day その日に

 今朝、妻の奈々美ななみは、小さなハンドバッグを小脇に抱え、タブレット片手に、公務員宿舎発、JUHAXOの調布本部行の一番はやいシャトル・バスに乗って出勤していった。一番高い、シルクのインナーとピンクのスーツを着て、ピンクのスーツは女性の戦闘服である。こういうとき近づかないほうが賢明なのは長い結婚生活で理解していた。

 私は、ほとんどしゃべらない小学校低学年の長男に食パンを焼iいただけの朝食を食わせ、送り出し、起きてからずーっとしゃべりっぱなしの幼稚園の年小組みの長女に幼稚園の制服をなんとか着させて幼稚園の送迎バスに乗せようとしている。

「あのねぇー、運転手さんね、けんしょうえんにいくのぉー」

「えーっ?何園って?」

「パパねぇー、ちゃんときいてねぇー、運転手さんねぇー、けんおうえんにいくの」

 長女は可愛い盛りだが、朝のこの忙しいときは、まるで小さい魔女だ。

 私も、出来ることなら、長女と運転手さんと一緒にバスに乗って"けんしょう園"に行ってみたい。 

 知らない間に、小学生の長男は黙って家を出ており、長女をどうにか抱えるようにして幼稚園の送迎バスに乗せると、私は、職場へママ・チャリでいそいそと出勤した。

 大薗家おおぞのけでは極々よくある朝のひとコマである。


 JUHAXOの東京・調布に位置する本部は今日、たいへん騒がしい。

 もちろん私の所属する有人高高度飛行部門を除いてだが。

 世の中、"窓際まどぎわ"とはよくいったもので、有人高高度飛行部門は、調布の本館第一舎"てるつき"の中でも、端っこの端っこにその部署を割り振られている。

 今日は、文科大臣の砂山大臣と梶原文部政務官が、視察にやって来るのだ。

 大量のマスコミを引き連れて。本館第一舎"てるつき"にやってくるのは、マスコミだけではない、日本国中の有名実験観測系宇宙物理の専門家たち上は、教授から、下は修士の学生ぐらいまでが" てるつき”には、やってくる。そしてどういう経路で入りこんだのか不明な食堂おばちゃんたちに、一番近くの小学校の小学生たちまで居る。 

 少し、覗いてみたが、調布の一号舎"てるつき"は、蜂の巣をつついたような有様だ。

 見えてはいけないものを隠し、本当は見えなくてもいいものを見えるように出す。巧妙にられた演出だった。理系の人間は、げにも恐ろしい。

 妻、奈々美ななみは、いくつものモニターが合わさった、メイン・モニターの前で、フライト・デレクターの後ろで膝上のスカートの裾幅全開で仁王立ちだ、奈々美によるとこの姿勢が一番足が美しく見えるそうだが、私はそうは決して思わない。

 いい傾向があった。奈々美が、怒鳴っていないということは、万事うまく言っているということなのだ。

 私は、少し安心する。とりわけ、妻との物理的距離がもっとも狭まる家の中では、一番安心する、物事常にうこうあって欲しい。

 午前10時半に、砂山大臣が到着する予定だ。もちろん、奈々美が直接迎えになんか出向かない、伊邪那岐いざなぎさんは、その御身おんみは数十億円である、打ち上げ費用、過去の開発費用なんかも入れると、総額何兆円かに達するとJUHAXO内部でも言われている。重さや大きさからいえば、おそらく日本で一番高価な物体だろう。

 JUHAXOはここ最近のほぼ全予算をこの計画につぎ込んでいた。

 砂川文科大臣を本館第一舎"てるつき"の入り口車回しまで迎えに行くのは、JUHAXOの広報か、奈々美の秘書だ。

 これは、あんたを出迎えるより重要な仕事を私はちゃんとしてますよ、という演出でもある。理系ならではの演出だ。誰でも出来る、できる女は違う。

 午前10時20分頃、元織機メーカーが作った最高級国産車二台に分乗して、砂川大臣ならびに、衆議院で当選三回の梶原政務官が到着した。

 梶原政務官を家来みたいに引き連れて、秘書とともに、太鼓腹を揺らして、砂川大臣がJUHAXO本館第一舎"てるつき"の廊下をのっしのっしとやってくる。

 その後ろには、大量のマスコミ。 

 これが、大臣クラスの政治家の仕事の日常、仕事っぷりである、政治家とは、己の選挙区を領地とした、領主である。

 砂川大臣の姿と態度に法治国家と民主主義の精神、ならびにイデアが適合、もしくは反映されているとは、到底思えなかった。

 JUHAXOの広報担当の女性職員がA4のペーパー数枚にまとめた、カラーでプリントされた概要を明らかに事前に数回の練習が行われたあとが見える口調で今日の主旨を説明ざっとする。

 大臣および、政務官ともに、内容を理解しているような知識が入った相槌あいづちは一切うたない。

 今日は、時々JUHAXOに訪れる小学生のプラネタリウム鑑賞ぐらいの気分らしい。



 

 砂川大臣が、中央司令室に入る。

 とにかく、司令室は人が多く騒がしかった。

 マスコミ、野次馬は制限するべきだったが後の祭りである。

 妻の奈々美は一応、きちっと一礼をする。相変わらず上昇志向の嫌な女であることは、年をとっても熟女と呼ばれる歳になろうとちっとも変わらない。

 ピンクのスーツは子供の入学式で着用するような穏やかなピンクではない、ショッキング・ピンクである、奈々美はバブルと寝たかどうかはしらないが、精神的価値観はバブル期に形成されていた。見えないところで、失点を重ねるタイプでもある。

 残念ながら、砂川大臣に与えられた椅子は、ふかふかのソファーではなく、職員が使う使う背もたれのある回転椅子でもなかった。プロ・レスラーの凶器、パイプ椅子だった。アウチ!。

 もう少し科研費をJUHAXOに回しておけば、こういう事態は避けられただろう。 有人高高度部門の私としては、砂川大臣が痔でないことを祈るばかりだ。

 梶原政務官にいたっては、パイプ椅子すらなかった。ほとんど盆暮れの帰省ラッシュの下り新幹線である。更にもう一発、アウチ!。

「どうなっておるんだね?」砂川大臣が尋ねた。これはありとあらゆる事態に適応される、もっとも優れた疑問文だった。

 計画推進なんとかの奈々美が答えるか、広報の仕事か微妙だった。

 しかし、奈々美は動かなかった。大臣の資産に匹敵する遥かに高額な物体が地球に接近しつつあった。

 宇宙観測実験物理が数百年規模で進むかもしれないデータを保持してである。こんなデブに割いている時間と余裕はない。

 といっても、奈々美が直接手を下すことなど、一切なかった。

 すべて、それこそ、SF小説やSF映画でよくある「コンピューターが全部やってくれます」の一言だった。

 そのとおりなのか確認するのが、奈々美たちJUHAXO職員の仕事で、それを更に確認するのが、砂川大臣の仕事だった。それをさらに確認するのが、マスコミの仕事だった。主権者たる、有権者や納税者はさらにコマ切れにされ、編集され改変された事実と情報を確認する。

 もうその頃には真実はない。

 地図上から消えた、大日本帝国と同じくみんなが嘘をつくことが出来た。

 これは、良くない兆候だったが、もう走り出した徒競走ときょうそうだった。


 ここで、広報のはるかに奈々美より若くてピチピチした女性が制作したA4数枚のレジュメをきっちり読んでいたら、このあと、ものすごい悲劇が衛星軌道上で待っていることを知ることとなる。

 大臣と政務官以外はみんな一応知っていた。政治家連中は、どうすれば投票してもらえるかということと、予算のぶんどり方しかしらなかった。

 多くの国民はニュース番組や数少ない科学番組では繰り返し、この悲劇の宇宙旅行を何度もすごい演算能力でレンダリングされた3DCGと感情的すぎる声優で演出され完成されたJUHAXOが制作した映像を幾度と見ていた。


 伊邪那岐いざなぎさんも、伊邪那美いざなみさんも二度と地球の土を踏むことはなかった。


 これは、周到に軌道を計算し速度を計算し、地球の位置を計算し、計画され実行されていた。一片の不確定要素が入る余地もなかった、全て必然だった。これが、宇宙探査、宇宙計画である。文系の人間がこの建物、いやこのJUHAXOの敷地に入ることすら、この二人の夫婦の神は許さないだろう。

 さすが、首都の最高学府を卒業したいや、日本の場合、最高学府には入るほうが困難だった。 

 奈々美が取り仕切っているだけはある、しかし、このバブルで価値観が形成された女は大学院の修士課程と博士課程で所謂"学歴ロンダリング"をきれいに行っていた。

 学部の4年間はないことになっていた。

 この話は、私の前で奈々美の真実の涙とともに幾度となく語られたので、ここでは綴らない。書けば、私の命がここで本当に尽きる可能性があった。

 大日本帝国は1941年の段階での予想だったが、これは、予想でなく、計算だった。不確定要素は一切なかった。

 宇宙の神秘をゼロ・イチのデータとして手に入れた、伊邪那岐いざなぎさんは、地球からは決して見えない月の裏側で軽く重力ジャンプして、秒速60キロ近くに加速して、現在地球の衛星軌道に最接近しつつある。

 文字通り、最も近くに。

 待っているのは、伊邪那岐いざなぎさんの我が妻、伊邪那美いざなみさん。

 しかし、この宇宙器の夫婦が接触することはなかった。秒速60キロの伊邪那岐いざなぎさんに対し、嫁の足も電動付きアシスト自転車並みに早かった。今や、電動アシスト自転車もワン・クリックでアマゾンで買える時代だ。伊邪那美いざなみさんも秒速約8キロで地球の衛星軌道を回っていた。大体、一時間半ぐらいで地球を一周する速度になる。主婦としても女神としても、最強最速である。

 そして、最接近した、二人は約、いや違う、奈々美の"学歴ロンダリング"並に正確に15センチの距離になったときに、データの送受信を行う。伊邪那岐いざなぎさんは、H6ロケットエンジンの離昇重量制限から地球へのデータ送信能力を持っていなかった。

 また、伊邪那美いざなみさんは、先述したとおり、H6ロケットの離昇最大重量の制限により、イオン・エンジンを搭載していなかったし、今度は、放送局として、全データををこの東京、調布のJUHAXO本部に送信する能力しかなかった。

 なにより二人の大気圏への再突入能力はH6ロケットの離昇最大重量制限から、一切なかった。

 宇宙物理における力学はニュートン力学レベルでも、ケスラー楕円軌道レベルでもおなじくらい冷酷だった。

 データの送受信と言ったが、違う。正確には、伊邪那岐いざなぎさんだけが、電子と光子の精子を嫁に向けて放つ。

 超高高度の軌道上の二柱の夫婦の神によるAVである。神による天体ポルノだった。元芸能人の疑似プレイではない。国民が注目するだけのことはある。

 

 二つの宇宙器が15センチの距離を保つのは、たった、4秒間。正確には、4.28秒間。その間に、タイト・ビーム、電子、光子で伊邪那岐いざなぎさんは24テラ・バイトのデータを嫁に送る。


 調布の本館"てるつき"第一舎の司令室では、いかに正確に伊邪那岐いざなぎさんが飛行、いや宇宙航行しているか、0.5秒毎に、伊邪那美いざなみさんの三次元ドップラーレーダーで捕らえられていた。

 浮気チェックはいつになく厳しい。奈々美の顔にも緊張がはしる。伊邪那岐いざなぎさんは、月の裏側で重力ジャンプし加速し地球の重力から逃れた後に、今度は、4.28秒をメインテインするため、ゆっくり旧国鉄の金田投手が投げたカーブのように回転しながら、イオンエンジンを噴射し、減速する。

 誠に息の付けないフライトである。

 フライト担当のパネラーが報告する。

伊邪那岐いざなぎ順調に減速中、誤差、秒速0.05メートル・プラス・マイナス」


 エラー・サインは突然だった。伊邪那岐いざなぎの機関担当のパネラーが叫んだ。

伊邪那岐いざなぎ右側太陽電池パネルに損傷発生。このままだと、薄い大気との摩擦で予定以上に減速する可能性があります!」

「なにっ!」奈々美の声が2オクターブぐらい、Aの音を440Hzとして、、私は、自身のE・ギターを音叉でなく、チューナーで調音していたし、馬鹿だから1オクターブあがると何Hz倍振動になるのかわからない。

「どうした!」

 砂川大臣が立ち上がりながら叫んだ。これも、かなり状況を正確に捕らえつつ、かつ、かなり応用範囲の広い正確な疑問文だった。

 このままだと、伊邪那岐いざなぎが減速しすぎて、、15センチの距離を4秒間保てない可能性が出てくる。いや、可能性ではない、事実だ。

 伊邪那岐いざなぎは、伊邪那美いざなみの後方から、追い抜く形で4秒間かけてデータを24TBテラバイト送信する。セックスの体位は後背位だ。

 奈々美が叫んだ。

「いやぁあああああああ」

 奈々美は"学歴ロンダリング"を指摘されてもこんな声を出さないだろう。奈々美の夫である、私自身も、奈々美が浦和市と大宮市の丁度中間でスマホを無くしたことに気づいたとき以来聞いたことがない。

 この状況進行のパネラーが続けて叫ぶ。

伊邪那岐いざなぎ、いざなみ《いざなみ》両者の最接近時間まで、残り、2.5秒。計画統括推進進行官、時間がありません、決断を!!」

 今は、大日本帝国海軍だと、"利根とね"の索敵機から敵空母機動部隊を見ゆ、の報を受けたときか、ミッドウェー島に対し、第二次攻撃の要ありと認む、と、打電されたときか、私自身、そんなに戦記に興味ないし、馬鹿なので、分からない。

 軍隊、軍人、警察、刑事関係者は例外なく嫌いだ。

 とにかく、この2.5秒で何かをしなければ、いけないことぐらいは三流大学卒の私でもわかる。今朝、長女を幼稚園の送迎バスに乗せたように、、もう幼稚園の送迎バスはそこまで来ているのだ。

「いやぁあああああああ」

 奈々美は、悲鳴をあげ、ピンクのスーツと揃いのスカートの裾幅を裂きながらしゃがみこんでしまった。バブルを通じて得とくした一番足が綺麗に見える裾幅が台無しである。

 私は、全てがスロー・モーションで動く中、一野次馬やじうまの群衆から、ウーパールーパー並の平泳ぎの前掻まえかきで一歩群衆から出たここまで、0.5秒。

 そしてキウィ並に、一歩踏み出した。ここにさらに0.5秒。そして、ドードー並にもう一歩ここに0.5秒の予定だったが、何事も予定通り行かない。

 嫁の奈々美はヒールを履いていた。全計画統括推進進行官は私が思っていたより一段低い所にいたのだ。

 私は、嫁の奈々美、推奨の税抜き1980円のノン・ブランドのスニーカーでその段差をペンギン並に滑り、転倒し臀部でんぶを痛打した。

 今、私は、伊邪那岐いざなぎより遥かに地球に近い地点で危険な状況あった。

 嫁、奈々美のパンストで絞り上げられたふとももが目の前に在った。ここでさらに1.25秒、経過。

 私は、類人猿並にたちあがった、私もまたゴリラや、チンパンジーと同じ進化しきれていない類人猿の一人だった。ここに0.05秒。目の前には、JUHAXO式の日本語だらけのタッチ・パネルが在った。

 私は、嫁の奈々美と違い、いかなる"学歴ロンダリング"も犯しておらず、都心の三流理系学部から日本超高高度探査機構JUHAXOに入構していた。

 そして、なによりも、私は、この日本超高高度探査機構JUHAXOの有人超高高度計画部門所属なのだ。

 最終的には、人が操縦しないとこの宇宙船というやつは、ダメなのことをどこの誰よりも熟知していた。機械はあてにならない。

 機械は馬鹿だった。一部の数学者はいまだに、コンピューターのことを演算機と呼ぶ。

 嫁の悲鳴はまだ司令室に響いていた。

 私は、まず、タッチ・パネルをこれは、重大な構内法違反になるのだが記録用の口語報告と事前の指差し確認なしで振り上げた素手で力強く押し、総額いくらになるか全くわからない国の資産である伊邪那岐いざなぎの両側の電池パネルを高高度で放棄し全部ぶっ飛ばした。いいじゃないか、捨てることは何時でも出来る、逆は無理だが。これで、減速はしない!?うん!??。

 あれ、重力圏では、スピード・ブレーキがあると逆に加速するんだったっけ?三流理系学部ではよくわからない。 

 そして、残りのキセノン・イオンに機体の全電池にのこった全電圧をかけた。これって、加速しすぎ!?。有人部門は、一山幾らで予算削られているから、しょうがない。有人部門は一山幾らで加速させる。それぐらいが丁度いい、特に微妙なタッチが要求される、重力圏では。求められるのは、計算ではなく、タッチだ。

 およそ、大体という”感”で行ってうまくいかないものが元からうまくいくはずがない。これは、宇宙探査、宇宙計画も同じはずだ。

 状況進行のパネラーの声が、司令室に響く。

伊邪那岐いざなぎより、伊邪那美いざなみへのデータ送信開始されました、予定データの10%転送終了」

 状況進行のパネラーの声がどんどん続いていく。

「30%経過」

 伊邪那岐いざなぎの現在の速度って対地で出てるのか、対気で出てるのか、これまた、わからない。あっ、分かった、対太陽だ。違うか。でも角度は対太陽で出すんじゃなかったっけ、、、。えっ、地軸だっけ?。

「予定データ量の転送85%終了、今のところ問題なし」

 奈々美は、呆けた表情で、燃料電池パネルのエラー・サインで真っ赤になっている、大型モニターを見ている。

伊邪那岐いざなぎから伊邪那美いざなみへの全データ転送終了を確認。経過時間は、4.18秒。全データ送信終了ピンガーが射出されました、伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみを追い越し、離れていきます。伊邪那岐いざなぎありがとう、そして、さようなら。メス型伊邪那美いざなみは、同じ衛星軌道上を現在問題なく周回中。現在は、ユーラシア大陸西岸ポルトガルの上空を飛行中。間もなく北大西洋に出ます。次に日本上空に飛来するのは47分と16秒後です」

 大きな、安堵のため息が司令室を覆い、全員が息を吐いた。

 そのころ、私は、税抜き1980円のノン・ブランドのスニーカーを履いて、誰にもわからず野次馬の中へ、そっと消えていた。そう、これが私だ、幼い頃からそうやって生きてきたのだ。

 伊邪那美いざなみは、50分弱で日本上空にやってきて、伊邪那岐いざなぎが拾ってきた巨大隕石ニアラ・メテオラの全データをこの調布の本館、第一舎"てるつき"に送信する。

 その後、のことは、私は一応部外者なので、知らない、私は、有人探査部門所属なのだ。

 基本マスコミで得た情報しか知らない。妻とも仕事の話は一切しない。全データを送信後、伊邪那美いざなみは、高度を上げて、人工衛星の墓場と呼ばれる、どの衛星の邪魔にもならない高度の周回軌道を回るか、高度を下げて、大気圏に突入させて破壊するかどちらかだ。

 決めるのは、全計画統括推進進行官の奈々美だ。壊すのは、惜しいので、おそらく、高度を上げて、地球のお星様の一つになってもらうのを奈々美なら選ぶだろう。

 そして、"学歴ロンダリング"のごとく、きれいに美談に仕上げて、子供たちや、納税者に説明するに違いない。

 妻の奈々美がスマホを大宮と浦和の間でなくしたときに冷静に対処し見つけだしたのも、私だし、今回の危機を救ったのも私だ。

 要は、"学歴ロンダリング"にあると、私は、踏んでいる。

 "学歴ロンダリング"は一種のチートcheatだ。いかなる状況においても、詐称さしょうはいけない。人は、正しく開示された情報のもと、信頼し合ってお互いの関係をなりたたせている。

 嘘、詐称は、その信頼を一方的に破壊する、それも、徹底的に。

 特に、それが宇宙空間でとりたてて著しくおこることを今回の宇宙探査では二人の物言わぬ夫婦の神が示してくれた。

 また、その詐称もふくめて、これを夫婦の愛情というのだろうか。

 私には、難しすぎてわからない。

 人間関係は難しい、ことに夫婦関係は。

 特に、今回の宇宙器のように神が絡むともっと難しくなる。

 しかし、私が妻に対して行った救援は愛情だと信じたい。

 もし、奈々美が妻でなかったなら、シルクのインナーとショッキング・ピンクのスーツの女が数兆円単位の二機の宇宙器とともに己の人生を破滅さするところを黙って見ていただろう、それもくすくす笑いながら。

 とりわけ、その女が、"学歴ロンダリング"をしていたとなると。

 私は、税抜き1980円のノンブランドのスニーカーでリノリユムの廊下をキュキュいわして、有人探査部門へと歩いていった。そこが、私の職場だから。

 地上でも男女が協力することで、この計画は、成功に向かってつきすすむのだ。  

 

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その距離15センチ 美作為朝 @qww

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