白の世界
パラレルトラベル・エージェンシー
「あ、リキさん、今日はどちらへ?」
白のシゲの城の廊下で、ショウとユキノが談笑しているところに、リキとレンがやって来た。
「これから下見にね。大阪が首都になってる世界のバスツアーを企画してるんだよ。面白そうだろ」
リキはタブレットで大阪の地図を表示していた。仙道と高階の開発は順調に進み、今ではパラレルワールドの地図を送ることができるようになっているのだ。
「とうとう始めるんですね。団体ツアー」
「まだまだだよ。個人を相手にするのとはちょっと勝手が違うよな。プランが固まったら、お前らも手伝うんだぞ」
「分かってますよ。今やってるプライベートツアーと団体ツアー、どっちが受けますかね」
「さあな。でも運営側からすると団体ツアーの方が楽だな。プライベートツアーは、個人個人の下調べが必要だから、毎回個別に企画しなくちゃならん。同じパラレルワールドに何度も行くなんてことは無いから、管理が大変だよ。その点、団体ツアーはコースを設定しておけば、それを何度も使えるようになる。連れてく人数が多いと、目が届かなくなるリスクはあるが、コスパはいいだろうな」
パラレルワールドへの旅行を企画するパラレルトラベルエージェンシーが設立されて、そろそろ半年が過ぎようとしていた。日本の時空間研究所は、あの事件をきっかけに廃止に追い込まれ、今は米国の時空間研究所に機能を全て吸収されてしまった。仙道と高階は、設立されたパラレルトラベルエージェンシーに移って、研究を続けていた。
パラレルトラベルエージェンシーでは今、個人を対象にしたプライベートツアー『もう一人の自分に会いに行きませんか』を走らせている。セレブを対象に、違った人生を歩んでいる自分に会いに行くのだ。
人は誰しも、あの時違う選択をしていたら人生が変わっていたかも知れない、と思うものだ。
その違う選択をした自分に会いに行く。そして、やっぱり今の選択は間違ってなかったわ、と納得して帰って来る。そういうツアーだ。二、三日の滞在で百万円から数百万円をいただく。その代わり、必ず満足して帰っていただく。そしてあわよくばリピーターになってもらうか、口コミで良い顧客を紹介いただく。そういうモデルだ。
「レンはどこに行くの?何で英語?」
何やらブツブツと英語で独り言を言っているレンにショウが聞いた。
「あ、いえ、僕は、日本がアメリカの州の一つになっている世界を観に行くところなんで」
「そんなとこあるの?どんな感じ?」
「看板が英語で」
「そりゃ今の日本と変わらんな」
「外人がいっぱいいて」
「それも変わらん」
「変わりますよ。外人と言っても移民がいっぱいなんです。アメリカ本国で溢れてしまった移民を、労働人口が確保できない日本州にたくさん送り込んでいるんです」
「へー」
ショウはこういうことにあまり興味がない。
「それから車は右側通行です」
「そりゃ大変だ。首都高とか作り直さないといけないんじゃないの」
「いえ、違います。終戦直後から日本州になってしまったので、首都高は作るときから右側通行で設計されてるんですよ」
「いろんな世界があるねぇ。ツアーとしては面白いんじゃない」
「でも、あまりにもアメリカっぽいので、どこをどう見せたらいいのか困ってます。何も説明しないと、アメリカに来たみたいなんで」
確かに。終戦直後からアメリカナイズされてたら、すっかりアメリカ文化なのかも知れない。それは日本と言えるのだろうか。ま、それを観光として面白く見せるのが我々の商売なのだ。
「そう言えば、アネゴが被ってるそれ、何て言ったっけ。調子いいのか?」
リキがユキノが被っているヘッドフォンを指差して言った。
「これ?トリアンね。調子いいわよ。これ着けてると一発で翔べるもの。高階さんに感謝ね」
トリアンというのは、トリッパーの能力を増幅する装置のことで、高階の力作である。正式名称はParallel Trip Amplifier。長ったらしいので、皆これをトリアンと略して呼んでいる。設計時は、操作性を考えてブレスレット型だったのだが、高階が猛反対してヘッドフォン型に落ち着いた。ユキノはこれがとても気に入っていて、街中に遊びに行く時でもこれを着けているくらいなのだ。
「で、ショウはどこ行くの?」
ユキノがショウに話を振った。
「今日はリピートしてくれたオバちゃんのアテンドなんだ」
「へぇ、リピーターなんていたんだ。やるねぇ」
ショウが渋い顔をしてかぶりを振った。
「リピートしてくれるのはありがたいんだけど、このオバちゃん、結構問題児で……。前回も俺がアテンドしたんですけど、本人に接触しちゃって大変だったんですよ。変装してるとはいえ、直接話し掛けたらリスク高過ぎです。それにちょっと目を離すといなくなっちゃうし」
「そりゃ怖いわ。パラレルワールドで迷子になんてなられたら……ああ、こわ!」
リキは肩をすぼめて震えて見せた。
「団体ツアー、こういうオバちゃんばっかりだったりしてね」
ユキノがいじわるそうにリキの腕にパンチした。
「勘弁してよ。団体ツアーの企画、止めようかな」
皆がどっと笑った。
「ショウ、そろそろ行くぜ」
今度は別のショウと仙道がやって来た。二人ともスーツ姿だ。
このショウは金の世界でユニバーサルビートの社長をしているショウだ。経営手腕を買って、パラレルトラベルエージェンシーの社長もやってもらっている。この会社の発案は仙道なのだが、自分に社長はできないということで、銀のショウを通じて打診し、設立時から金のショウに社長をやってもらっている。
仙道は相変わらず開発に専念している。高階も一緒である。チェイサーを膨大な数のパラレルワールドを管理できるように改良したり、団体ツアーに向けて大型のトリップマシンを開発したりとやることはたくさんある。仙道も高階も生き生きと働いていた。
「社長、今日はどこに行くんですか?」
ユキノが社長のショウにニコニコと話し掛けた。銀のショウには興味無いが、社長のショウには魅力を感じているらしい。
「今日は、現地の旅行会社とのアライアンスをね。団体ツアーをやるともなると、現地側に協力してくれる会社が無いと回らない。バスの用意とかコースの設定とか大変だからな」
現地というのは、パラレルワールド側のことである。団体ツアーを始めるにあたり、パラレルトリップエージェンシーでは現地に窓口の代理店を立てる。そしてそこを通じて、現地の旅行会社が企画するバスツアーなどに顧客を預ける形をとる。今日はその現地の旅行会社とのアライアンス交渉を行う。銀のショウはこの二人を連れていく役を仰せつかったのだ。
「じゃあ、そろそろみんな行きますか」
銀のショウが集まったみんなを見回した。リキ、レン、ユキノが頷き、それぞれのルーティーンを行って次々と翔んで行った。金のショウと仙道も頷いた。
「翔びますよ!」
銀のショウは、右の人差し指と中指をこめかみにつけ一回まばたきをした。そして、仙道と金のショウの背中に手を置きポン軽くと叩いた。
ヒュンと空気を切り裂く音がして、三人はパラレルワールドに翔んで行った。
完
続編始めました。こちらもよろしく!
「私たちはパラレルワールドの旅をサポートするパラレルトラベルエージェンシーです〜パラレルトリッパー2〜」
パラレルトリッパー 〜時空間研究所と6人の能力者たち〜 蔵樹 賢人 @kent_k
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