金の世界
結婚式
三ヶ月後、ショウは、ショウとメグミの結婚式に来ていた。都内の有名な教会だった。コンクリートのモダンな建物で、天井には大きな花を象ったガラス装飾、そこから差し込む光が厳かな雰囲気を演出していた。二百人くらいは来ているだろうか。これだけの人がいれば誰が紛れ込んでいても分かりはしない。
ショウは念には念を入れ、変装して来ていた。同じ場所に同じ人間がいたら大騒ぎになる。しかもそれが新郎だったら大変なことだ。ダブルの黒のスーツのお腹には、クッションが入っていて、恰幅のいい中年のおじさんという感じだ。濃い茶色のレンズの丸メガネに先の跳ねた口ひげとあごひげ、そしてカツラはともにロマンスグレーだ。
ショウは会場の一番後ろの席に座って式が始まるのを待つ間、ショウとメグミのことを考えていた。自分はメグミとは恋人になるどころか、告白することさえもできなかった。しかし、こっちのショウはきちんと口説き落として恋人になり、結婚にまでたどり着いた。悔しいような、尊敬するような。人生はいろいろな分岐がある。タラレバを言ったらキリがないが、大学三年生のときに、事業を立ち上げていたら、メグミと初めて会って一目惚れした時に、きちんと自分の気持ちを伝えていたら、どうなっていたんだろう。いや、その答えが今日の結婚式なのだ。そして、この結果は俺には訪れない結果なのだ。人生は一度切り。パラレルトリップしても時間は戻らない。やり直しはできないのだ。いまあいつが成し遂げたことは、俺が成し遂げたことではない。でも、これから俺が成し遂げようとしていることは、あいつがやることではないのだ。
いつの間にか、ショウが祭壇に立っていた。メグミを待つその姿は凛々しくカッコ良かった。どうしても自分とダブって見える。それはそれで嬉しく感じられた。
メグミが入場して来た。父親と腕を組み、バージンロードをゆっくりと歩いて来る。そして、父親から離れ、メグミはショウの元へと渡って行った。メグミは美しかった。指輪の交換、そしてベールを上げて誓いのキス。感動した。泣いてしまった。嫉妬なのか、喜びなのか、諦めなのか、良く分からない感情がグルグルと胸の中で交錯していた。
ライスシャワーの中を二人が教会から出て来た。俺は階段の一番下で、二人を祝福した。ショウが気づき、一瞬目を丸くし、すぐに笑顔になった。そして、後で控え室に来いよ、と言った。
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新郎の控え室の前で待っていると、ショウがやって来た。
「どうしたんだよ。変装なんかして。似合ってないぞ」
ショウは笑いながら控え室に入れてくれた。
「変装しなかったら来れないだろ。新郎が二人いたらパニックだろ」
「そりゃそうだ。でも、よく今日だって分かったな」
「秘書の松岡さんに聞いたよ。俺の結婚式はいつだったっけ?ってね」
「やめろよ、そういうの。最近松岡君が、社長お疲れですね、って何度も言うんだよ。おかしいなと思ったんだ。お前のせいか」
そういいながらも、ショウは笑っている。
「ああ、そうだ。言ってなかったな。結婚おめでとう」
わざと大袈裟に言った。普通に言うのは照れ臭い。何せ、相手は自分なのだ。
「ありがとう」
向こうも同じらしい。どこかの王子様の挨拶のように腕を前に出して小さく会釈をした。
「新婚旅行はどこに行くんだ?」
「ああ、まだ決めてない。仕事の切りがついたら、決めようと思う。と言っても、メグミの言いなりだけどな」
ショウは片方の眉毛と片方の口角を上げて、いたずらそうに言った。
「パラレルワールドに旅行に行くってのはどうだ」
俺はさっきと違って、真面目な口調で言った。
「パラレルワールドに旅行?そんなことできるのか」
「できる。俺たち、それをビジネスにしようと思っているんだ。お前の会社、ユニバーサルビートと組んでそれをやるってのはどうかな」
ショウも真剣な顔になった。
「面白そうな話だ。ふむ。まず富裕層をターゲットにパラレルワールドへの旅行ビジネスを仕掛ける。そして、そのデータを蓄積し、ユニバーサルビートが得意とする情報分析にかけ、パラレルワールドをまたがる様々なビジネスの種を生み出す。いいじゃないか」
俺は、予想通りとはいえ、ささっとこういうこと言って来るショウに驚き呆れていた。
「やっぱりお前には敵わないよ。そういうことだ。どうだ乗るか」
「乗るさ。もちろんだ」
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