どこかの世界
病室
「鬼塚、面会だ」
コツコツと病室に響く革靴の音がベッドの横で止まった。
「どうですか、調子は」
青木はベッドの横の椅子に座り、いつものように独り言のように鬼塚に話し掛けた。鬼塚は下半身を布団に入れたまま、上半身を起こして壁にもたれていた。鬼塚は青木の言葉には反応せず、いつものようにしっかりとした目で遠くを見つめていた。
ここ三ヶ月というもの、鬼塚はずっとこんな調子だった。誰とも話さない。何にも反応しない。ただしっかりと遠くを見つめているだけだった。時々ブツブツと何かを言っていたが、青木には聞き取れなかった。
青木には、今の鬼塚がどっちの鬼塚なのか分からなかった。こんな状態になってからは、判別できる材料は何も無かった。
「今日もダメですかね」
ふうとあきらめて、青木は椅子から立ち上がり、鬼塚に背を向け、ドアに向かってコツコツと歩き始めた。
そのとき、くっくっと低い小さい笑い声が聞こえたような気がした。青木は驚いて、慌てて鬼塚を振り返った。
いない!青木は目を疑った。部屋中を見回した。やはりいない!
鬼塚は消えてしまった。青木は呆然と、空になったベッドを見つめていた。
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