第7話「採食エンリッチメント?」

 ジャングルにそろそろ雨季が来そうな頃でした。

 玉座にゴリラこと、ニシローランドゴリラがあぐらをかいています。

 手に何か茶色く丸いものを乗せ、じっと見つめているところでした。

「親ぶーん、それ何ですう?」

「なんかちっさいけものみたいやなあ」

 ヒョウとクロヒョウです。木の上から現れて、ゴリラの手にあるものを覗き込みました。

「クリという北のほうの木の実だ。ヒト……かばんがくれたんだ」

 固い棘のよく生え揃って、丸々としたイガグリでした。

「ほおー」

「かばんはんはまた変わったもんくれるなあー」

 ヒョウ達も含め、皆とっくにかばんとは顔見知りでした。

 クロヒョウが玉座に降りてきて、その見慣れない木の実がどんなものか、確かめてみようとしました。

「おい、危ないから、」

 気を付けろ、とゴリラが言うより早く、クロヒョウは手でイガグリを掴もうとしてしまいました。

「痛っ、いったー!」

「どしたクロぉ!」

「ふさふさかと思たらトゲトゲやあー!」

 ジャングルにも棘の生えた植物はあるのですが、普段あえて触りもしないので、クロヒョウはすっかり油断していたのです。

 それに、よく熟れたクリのイガの鋭いことといったら。

「悪魔の木の実やー!」

「こんな怖いもんくれるなんて、かばんはんはやっぱ怖いヒトやあー!」

 ヒョウ達は騒ぎながら、玉座の前の広場から駆け出していきます。

 ふたりの抜けていることに呆れながら、ゴリラはクロヒョウの放り出したイガグリをそうっと拾い上げました。

 ゴリラは、どうしてもこのイガをなんとかしたかったのです。


 ゴリラがイガグリを初めて見たのは、その一昨日のことでした。

 ゴリラはかばんの頼みで、北の森までやって来ていました。

 ここまで来るとサンドスターの作り出す気候が異なります。

 木の葉の多くが、渋い赤や黄色や茶色に変わり、また葉を全部落としてしまった木までいくつもあります。

 それはゴリラにとって、木の病気でもはやっているかのような、とても落ち着かない光景でした。

 見た目だけではなく、この森の風はジャングルと違ってずいぶん冷たいものでした。

 早く済ませようとゴリラは急いで手を動かすのですが、慌ててはいけませんでした。

 イガグリは、そっとすくうように拾わないと手に刺さってしまうのですから。

 慎重に扱わないと痛い思いをする上、棘だらけのイガの裂け目から中身が見えるのもまた不気味でした。

 かばんがキノコや山菜を集めるのに使うかごは、すぐにイガグリでいっぱいになりました。

「こんな危ないものを集めて、どうするんだ?」

「もちろん、食べるんだよ」

「ええっ!?」

 かばんはかごの中を見て嬉しそうに笑っていました。

「君のおかげでもうこんなに集まった。ありがとうね」

 一体どうやったら、こんな鋭い棘の生え揃ったものが食べられるのだろう。このときゴリラには、かばんが自分の作り話の中のヒトと同じように恐ろしく見えました。


 その翌日、ゴリラは再びかばんに呼ばれて、家の塀に入り、庭にやって来ました。

 そこで待っていたのは、またしてもゴリラを震え上がらせるものでした。

 積み上がった落ち葉の上から、ひらひらと赤く光りながら熱い風を出すものが、次々に吹き出していたのです。

「なっ、なんだそれは!」

「焚き火ですよ」

「ゴリラに見せるのは初めてなのです」

 アフリカオオコノハズクの博士とワシミミズクの助手は、すっかり慣れた様子で焚き火を囲んでいました。

 昨日から見慣れない恐ろしげなものばかり目にしてきて、ゴリラはお腹の具合が悪くなってきそうでした。

「ちょうどよかった。もうそろそろだよ」

 かばんが木の枝で焚き火をつついて引っかくと、何か黒っぽい塊が転げ出してきました。

 小石のようにも見えましたが、ゴリラにもうっすらと見覚えがありました。

「それは……」

「クリの実だよ。イガから出して、こうやって焼いて食べるんだ」

 確かに、一方の尖った端はイガの裂け目から覗いていた中身のものでした。

 かばんは焚き火からかき出した実をよく冷ましてから拾い上げました。

「こうやって殻をむいて……」

 かばんは器用にクリの実から殻をはがしていきます。あのイガから出してもまだ殻があるというのも、ゴリラにとってはしみじみとした驚きでした。

 ついに、黄色みがかって柔らかそうな部分が姿を現しました。

 かばんはそれをぱくりと含み、よく噛みしめて、とびきりの笑顔を見せました。

「うん、とっても美味しい!」

 まさか、あんな恐ろしい木の実が、いつも落ち着いたかばんにここまで喜びをあらわにさせるとは。

 クリの実がどんなに美味しいものか、ゴリラも味わってみずにはいられなくなってきました。

「わ、私の分も、あるんだろうか」

「慌てるなです」

「話している間に冷ましてやったのです」

 博士と助手の足元には、焚き火から出したクリの実がいくつも転がっていました。

 そっとつまみ上げると、まだかなり温かいようでした。殻が割れて、黄色い中身がわずかに見えます。

 ゴリラもフレンズの中では特に手先が器用です。こうなっていれば殻をむくのはたやすいことでした。

 ついに現れた中身を、ゴリラは口に含みます。

 すると、できたてのじゃぱりまんのように暖かく、噛みしめれば小気味よく割れるとともに、なんともいえない優しい甘味と旨味が、口の中に染みわたっていくのでした。

「美味いっ!」

「よかった」

 かばんが微笑みます。

 四人はしばらく夢中で焼き栗を食べ続けました。

 そのうち、焚き火から離れた隅に、イガグリがまだ相当積み上がっているのが見えました。

 今食べている実も、鋭い棘の生え揃ったイガから取り出したもののはずです。

「あのイガ?から、どうやって実を出したんだろう」

 ゴリラはただ疑問を口にしただけでしたが、かばんはなぜか視線を泳がせました。

「うん、まあ、なんとか」

「裂け目があるからなんとでもなるです」

 博士が口を挟みました。

 助手も立ち上がって、イガの山から一つ、イガグリを取って差し出してきました。

「ゴリラもやってみるのです」

「えっ?」

「ああっ、それがいいね!」

 かばんが急に大きな声を出しました。

「そのイガグリをあげるから、上手に中身を取る方法を考えてみない?できたらまたここでやってみせてよ」

 なんと、突然の宿題です。

「二、三日かかってもいいから。ね」

 こっちが聞こうとしていた難題を、逆に問われることになるなんて。

「待ってくれ。なぜそんな」

「もしできたらクリがもっとたくさん食べられるよ」

 こう言われるとそれ以上疑問を差し挟む余地が消え失せてしまいます。

「やるぞ!」


 というわけで、再びクリをたらふくご馳走になるためにも、ゴリラはイガグリのことを考え続けていたのですが。

 イガは中身を包む丈夫な皮と、皮に生えた棘からなっています。つまり本当に壊さなければいけないのは皮のほうです。

 しかし、棘の上から力をかけて皮を割ることはできません。先に棘が刺さってしまいますし、棘が身代わりになって皮はなんともないでしょう。

 棘のうち一本を選んでつまむことは、ゴリラの指なら難しくありません。しかし、皮が壊れるまで引っ張ろうとしても、どうしても力が入らずすべってしまうのでした。

 裂け目に指を突っ込んでこじ開けようともしましたが、それができるほど大きく裂けてはいませんでした。

 そこまで試し尽くしたところで、もう何も思いつかなくなってしまい、ゴリラの考えは何度も同じところをぐるぐる回ります。

 それですっかり参ってしまい、ゴリラは玉座に横になっていました。

 視線の先にはイガグリがあったのですが、その向こうではヒョウ達とイリエワニ、それにメガネカイマンもいました。

 ヒョウとイリエワニは、キュルルにもらったとんとん相撲の土俵を囲んでいます。

 しかし様子がいつもと違いました。ヒョウは土俵の端を叩いているのに、イリエワニは腕組みをしたままなのです。

 イリエワニは、尻尾を前に曲げて、尻尾の先で土俵を叩いていたのでした。

「尻尾でいくのは反則やろー!」

「悔しかったら自分も尻尾で叩いてみるんだね!」

 はて、尻尾で叩くのが本当に有利なものでしょうか。ゴリラは呆れながらそちらを見ていました。

「そのもふもふの尻尾では真似できないでしょうけどね!」

「何をう!」

 メガネカイマンが煽り、ヒョウが牙をむきます。

 どうも本格的に喧嘩になりそうでしたし、反則には違いありません。

 ワニ達をいさめようと、ゴリラは起き上がりました。

 すると皆はそれだけでもうゴリラに注目し、試合を中断したのです。

「うむ。手でやるんだぞ」

「は、はい」

「ほらな」

「うるさいよ」

 メガネカイマンが口走ったとおり、イリエワニの固く重い尻尾と違ってヒョウのふわもこの尻尾ではとんとん相撲にならない以上、平等に手で行うべきです。

 イリエワニの尻尾は、大柄なイリエワニ自身の体を水中から飛び出させるほどの力があります。しかも、うっかり踏まれてもなんともないほど固い鎧で覆われているのです。

 イリエワニの尻尾なら、イガグリを叩き割れるかもしれません。ゴリラはその様子を想像して含み笑いをしました。

 しかし、ただ尻尾をイガグリに振り下ろしては、尻尾の裏の少し柔らかい部分が棘に当たってしまうでしょう。ゴリラの想像は続きます。

 表の鎧から当てないといけません。本人が尻尾を振り回すというより、尻尾の出っ張りをうまくイガの裂け目に押し当てれば、もしかしたら……。

 もちろん、本当にイリエワニの尻尾を借りたりはできません。

 うっかり手をすべらせて、棘が鱗の間にでも刺さったらさぞ痛がるでしょう。

 使うなら他人の尻尾などではなく……、

「そうか!」

 ゴリラはついに答えが分かって叫びました。

 するとヒョウ達は驚いてその場から跳び上がり、ワニ達は慌てて伏せました。

「すんませんした!」

「すみませんでした!」

 ゴリラの気付かないうちに四人はとんとん相撲に白熱しすぎて、騒ぎになっていたようでした。

「あー、うん。仲良く。仲良くな」

「はいっ!」


 翌日。

 ゴリラは、イガグリの裂け目に差し込めるくらいには細く力をかけても折れないくらいには丈夫な、ちょうどいい木の枝を持って、かばんの庭にやってきました。

 イガグリを、裂け目を上にして固い地面に置き、枝をぐっと突き立てます。

 枝からイガの内側へと力が伝わり、裂け目が広がっていきます。

 狙いどおり、イガはばりりと真っ二つに割れ、中の実が転がり出してきました。

 上手くやってみせることができて、ゴリラはほっと息をつきました。

「あはっ、さすがだね!」

「お見事です」

「やれるとは思っていたのです」

 かばんはとても嬉しそうに、博士と助手は眉一つ動かさぬまま、成功したゴリラに拍手をしました。

「これなら中の実も無事そうだね」

「この前食べたのもこうやって出したのか?」

 ゴリラが問うと、かばんは何やら決まり悪そうに頭をかき、隅にあったものを拾い上げました。

 細長い☓型をした、なんだか重くて、一方が尖ったもの。ゴリラにはもちろん分かりませんが、それはワイヤーカッターでした。

「これで力任せにいってたんだけど、半分くらいは中身がつぶれちゃうんだ」

「ち、力任せ?」

「うん。ここに挟んで、ばりっと」

 ゴリラはそれだけでワイヤーカッターの使い方と、その威力の恐ろしさを理解しました。

 かばんのふんわりした顔付きからは想像も付かない乱暴さです。

「まったく、ヒトの遺した道具をなんだと思っているですか」

「道具は使ってこそじゃないか」

「目的に合わせて作ってこそでもあるのですよ、ほら」

 助手がゴリラの持っている枝を指差します。

「まあ、そうだよね。ありがとう」

 少なくともゴリラにとっては、かばん本人はそう恐ろしいフレンズには見えないのでした。

 その後、四人でイガグリを剥くのがとてもはかどったので、ゴリラは焼き栗をジャングルへのお土産に持って帰ることができました。

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思い付いたら増えるトキパカ以外SS M.A.F. @M_A_F_

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