第6話「サバンナの風かく語りしや?」

 さばんなエリアとさばくエリアの間ぐらいにある、コヨーテのねぐらです。

 今夜はピューマが旅の話を聞かせてくれるというのでキングコブラとラクダ達も集まっていたのですが、いつの間にか眠ってしまい、まだ起きているのは家主のコヨーテと話し手のピューマだけでした。

 旅の話を聞く相手が少ないとき、ピューマの頭には相手の「仲間」の話が浮かびます。

 少し込み入った、愉快とはいえない話でも、聞いてくれそうだと思えます。

「君は、「イヌのなかま」だよね、コヨーテ」

「おっ?まあな」

「イヌの子は、群れを作って仲間と過ごすのが好きな子が多い」

 タイリクオオカミやリカオン、セグロジャッカルなどを見付けると、コヨーテは喜んでついて行きます。

「そうだなー、遠吠えが聞こえたりすると嬉しくなってこっちもつい吠えちゃうしなー」

「うん、君の遠吠えは見事なものだからね。でも、決まった仲間とずっと過ごすわけではないね」

「この辺じゃみんなそうだろ。あっちに面白そうなものがあるとか、こっちに特製じゃぱりまんがあるとか、みんなふらふらしてる」

 自分達もそうに違いないので、ふたりは揃って苦笑しました。

「群れがきっちり決まってる子も、よそではけっこう多いんだ。まあ……、イヌの子に限らないっていうか、よく分からない組み合わせも多いけど」

「タイリクオオカミとアミメキリン、トキとアルパカ」

「そういうの」

 これはそれぞれの事情によるものです。

 ピューマは話を続けます。

「たまにすごく結び付きが強い子達もいる」

「うん」

「片方が、いなくなっても」

「ん」

 コヨーテはその言葉に身構えました。

「こえー話か?」

「ああ、そうじゃあないよ。おどかしてごめんね。いなくなっちゃうところはやらない、というか、私も知らない」

 コヨーテはほっとして力を抜きました。

「よかったー。みんな寝ちまってるときに何言い出すかと」

「怖い話はちゃんとみんなが起きてるときにしようね」

「あるんかい!」

「まあまあ。うん、で、いなくなった仲間をずっと待ってる、っていう子もいてね」

 ピューマは、声を少し静かな調子にしました。

「私がこの前会った子もイヌの子だった。名前にそのままイヌって入ってて、イエイヌっていう」

 コヨーテにはまだ聞き覚えのない名前でした。

「いえ、ってビーバーが作ってるあれのことかな」

「そのいえだね。確かにああいう、入り口が閉まるねぐらに住んでた」

 ピューマは、続ける前にふっと息をつきました。

「そのイエイヌは、ねぐらの周りで、いなくなった仲間をずっと待ってるんだ」

「ずっとって、どのくらいだ?何日とか……」

「そんなものではないらしいんだ」

 ピューマはそっと首を振ります。

「話を聞いてみると、もう何年も待ってるらしい」

 それを聞いて、コヨーテは視線を宙に向け、眉間にしわを寄せました。

「何年も忘れないってのは……分かる。でも一ヶ所で待ってられるかっていうと、なあ」

「私もだよ」

 走り回るのが好きなコヨーテがそう言うのは、旅好きのピューマにも分かっていました。

「そいつ、すごいな」

 コヨーテならそう言うだろうとも思っていました。

「分かってくれない子と喧嘩になっちゃったりもしたそうだよ」

「お前は?」

 ピューマは、群れを作らず好きに旅をしてまわっています。そのピューマと、一ヶ所でずっと仲間を待っているイエイヌでは、コヨーテには全然違っているように思えました。

「案外見慣れてるからね。待つのが難しい相手を待つ子には」

「待つのが難しい相手……」

「これはイエイヌにもした話なんだけどね」


 ピューマがとあるジャングル、じゃんぐるエリアとは別の、遠いジャングルを訪れたときのことです。

 ピューマの前を鳥のフレンズが案内してくれていました。ヤンバルクイナです。

 ヤンバルクイナはこの辺りの花や生き物、風景、そしてもちろんフレンズのことなど、色々と楽しく話してくれていました。

 しかし、ヤンバルクイナはふと話すのを止め、ピューマにも指を立てて静かにするのを促します。

 戸惑いながら従うと、ピューマにも何か聞こえてきました。

 アー、アーという声です。

 それはどうやら歌のようでしたが、今までピューマが聞いたこともない不思議な歌でした。

 上手いとも美しいともいえませんでしたが、一音一音丁寧に発せられて、物悲しくも深みがありました。

 ヤンバルクイナがするように、そっと木々の合間の空間を覗いてみると、声の主が木の高いところに座っていました。

 それは、恐ろしく鮮やかな紺色をしたフレンズでした。

 髪もポンチョも、それに羽や尾羽も、夕闇のように深い青です。眼鏡のフレームと、黒い前髪を留めているヘアピンだけ、明るい黄色をしています。

「スミレコンゴウインコちゃんです」

 ヤンバルクイナが声をひそめて紹介しました。


@スミレコンゴウインコ

 Anodorhynchus hyacinthinus

 Hyacinth macaw

 オウム目インコ科スミレコンゴウインコ属

 保全状況:VU(危急:絶滅の危険性が高い)


 よく見ると、そのシルエットは何か変な感じがしました。スミレコンゴウインコの肩に何かいるようでした。

 それは鳥でした。

 スミレコンゴウインコ本人と全くそっくりな色をした、大きな鳥が止まっていたのです。

 その鳥はスミレコンゴウインコの歌に、アア、と合いの手を入れていました。

 大きな鳥の中には何十年と同じつがいで暮らすものがいることを、ピューマは知っていました。

 そして、同じ種類の動物が一ヶ所で二人フレンズになることは、なかなかないということも。

 ピューマとヤンバルクイナは、少しの間黙ってそのラブソングを聞いていましたが、邪魔にならないうちに静かにその場を後にしました。


「あの子のことはそっとしておくしかなかったね」

「おお……」

 コヨーテは唖然としていました。

「私みたいに、いつどこにいなきゃいけないって決まってないフレンズのほうがずっと多い。でも、仲間のために決めた場所から離れないのは何もおかしなことじゃない。イエイヌにもそう話したんだ」

「おれ、ただ走ってるだけでパークのことあんまり知らなかったかも」

「君はイエイヌのこと分かってくれたじゃない」

 ピューマは真面目な顔から笑顔に戻りました。

「でも、イエイヌが寂しそうなのは何とかなりそうだと思ってね」

「うん」

「私もきっとまたここに来るから、私のことも待っててほしいって言って別れたんだ」

 コヨーテは首を傾げました。

「イエイヌの待つ相手が増えただけじゃん」

「そう。待つ相手が増えただけだよ」

「え?」

「イエイヌがただ待ってればいいのは変わらない。その間、イエイヌの仲間か私、どっちか片方でもまた来るかもしれない」

 今度はコヨーテにも腑に落ちました。

「待ってるだけの間が大体半分になる」

「楽しみは倍かもしれない」

 ピューマの考えにすっかり納得したコヨーテは、何か照れたように頬を緩めました。

「なあ、そこってここから遠いのか?」

「二日くらいかな。道はちょっと分かりづらいけど」

 コヨーテがどういうつもりなのか分かって、ピューマも嬉しくなりました。

「明日、きちんと準備してから行こうね」

「ああ!」

「私も~」

 急に声を出したのは、いつの間にか起きていたフタコブラクダでした。

「長旅なら頼りにしてよ」

 ヒトコブラクダも続きます。

「君達、どこから聞いてたの?」

「イエイヌっていう名前のところから」

「割と最初のほうじゃねーか」

 キングコブラは眠ったままでした。

「キングコブラは……何日も歩くのには向いてねーか」

「疲れたキングコブラコブラを私が運ぶ運ぶぅ」

 フタコブラクダは完全に乗り気でした。

「起きたら話してみるか……」

「王様、頼まれたら断れないと思うけど」

「そうだな」

 コヨーテが笑いを漏らします。

「じゃあ、遅くならないうちに寝ておかないとね」

「おやすみなさーい」

 ピューマの旅は珍しく賑やかになりそうでした。

 イエイヌの家を少しでも賑やかにしにいく旅なのですから、それも当然のことなのです。

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