第2話 さて、それは何故だろうね?

「……なにしてるんですか」


見てはいけないもの見てしまった。


ならば見なかったことにして立ち去りたいところだが、いかんせん状況が状況で、そういう訳にはいかない。

学校からの帰り道、公園の真ん中で仰向けに転がっていたのは、先日自殺しようとした時にいた女性――名前を、倉崎茉莉というらしい――だった。

僕に気付いた彼女は上体を起こすと、こちらを向いて話し出した。


「ここがどこだか、わかるかい?」


「え?」


僕の帰路にあるマンションの下……という以外に答えようがあるのだろうか。それとも、ここで何かが起きたことが――


「あ、もしかして……半年前の」


「そう。今年一月にこのマンションに住む女子中学生が自殺した、その現場。発見された遺体は、ちょうどこの位置で、この体勢で発見された」


そう言って再び身体を寝かせる。

なんでそんな詳細を知っているんだ……という疑問は、一先ず飲み込んだ。匂いで自殺を察知するような人だ、どうにかして知っていてもおかしくはないだろう。


「それで、そのご遺体と同じ体勢になって、どうしたんです?」


「ふむ。この体勢を見て、何か気付くことはないかい? 一度は飛び降り自殺しようとした者として」


「何って……」


彼女の身体をまじまじとみる。重力によって浮き上がった輪郭が妙に扇情的で、この人のスタイルの良さを示していた。こんな趣味が無ければモテただろうに……いや、普段おおっぴらにしているかは知らないけれども。

視線を上に向け、飛び降りたであろう屋上を確認する。よく晴れた空を認めたら、倉崎さんの方へ視線を戻す。


「うん?」


もう一度、屋上を見上げ、少し後退してみる。このマンションの屋上にはフェンスがなかった。


「あれ、なんで仰向けなんだ……?」


飛び降り自殺しようとするならば、恐らくはまず、死ねることを確認するために地面を見下ろすはずだ。その時、フェンスなどによってスペースが狭いならば兎も角、何もないのであれば、身体の正面が建物の外側を向き、そしてそのまま自殺するのが自然だろう。


「そこだね。普通に考えて、うつ伏せになるよう飛び降りるのが、動作の流れとして自然だし、なにより頭から飛び込む形になるため即死が望める。もし落下中に回転したのだとしたら、それは前転なはずで、ならば頭が建物側にあるべきだがそうはなっていない」


また上体を起こして、そして人差し指を軽く振って僕の方に向けると、一拍おいて言った。


「つまり、彼女は意図的に仰向けで自殺した。さて、それは何故だろうね?」


指を差されると、問われていると思ってしまう。いや、実際、自分は意見を求められているのだろう。

しかし、会ったこともない女の子の死ぬ間際の考えなど、どう想像しろというのか。


もう一度、上を見る。フェンスのないマンションの屋上から、白い雲が頭を出した。太陽は見えないので、眩しさに目を細めることはない。


「……青空が、見たかったのかな?」


何気なく、言葉が漏れた。


「そうかもしれないね。わざわざこんな、よく見える場所を選ぶくらいだ。空に思い入れがあったのだろう」


そう言って倉崎さんは立ち上がり、軽く服を叩きながら「あるいは」と続ける。


「何かの感傷が意味もなくそうさせたのかもしれないし、ある種のダイイングメッセージかもしれない」


くるり、と僕に背を向け、彼女はそのまま現場を立ち去り……


「え、ちょっと、どこ行くんです?」


マンションへと歩いて行くところを慌てて呼び止めた。


この人なら、人の気持ちを鑑みないことを平気でやりかねない。


倉崎さんは立ち止まり、こちらを振り向くと笑みを浮かべた。

不敵とも言えるその表情は、初めて彼女に出会った時のものだ。


「死んだ女子中学生――杵島美都里の遺書を読ませてもらいに行く」


ああ、やっぱり。

そして、嫌な予感の的中と共に耳にしたのは、最悪の一言だった。





「君も一緒に来てほしい、自殺未遂の槙島聡司くん」





「変な二つ名付けないでくださいよ……」


どういう縁なのか、僕はこの人に気に入られてしまったようだった。

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自殺という名の魅惑的な死 成亜 @dry_891

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