第7話 ミサイル
最近、よく飛翔物が僕らの周りに落下する。今日の朝なんかは、頭上を通って日本列島を横断したらしい。デカいものを空に打ち上げるのはロマンの溢れる行為なのかもしれない。小さい頃、入念に作り上げた紙飛行機が長い時間空中に留まっているのを、誇らしげに眺めていた。彼を発射へと駆り立てるのは、意外に単純な感情なのかもしれない。
空に憧れるのは人間の性なのだろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチがヘリコプターを設計し、ライト兄弟が空を飛び、ガガーリンが地球の青さを知り、アポロ11号は月まで行ってしまった。翼のない僕たちは、鳥が支配する世界に憧れた。その憧れは、僕たちに機械仕掛けの翼を与え、ついには大気圏を突破して遠い宇宙へと飛び出した。人間は「憧れ」を糧としてどこまでも進む力を秘めている。
「憧れ」は時に「嫉妬」や「嫌悪」に姿を変えることもある。他を逸脱する才能がいつも賞賛されるとは限らない。優れた何かを持つ者は、持たざる者からそれを略奪されるかもしれない。空への憧れを乗せた希望の翼は、核弾頭を乗せた破壊の権化へと姿を変えるかもしれない。
憧れを糧に夢を実現する者がいる一方で、嫉妬に狂い他人を死に追い込む者がいる。自分より美しいもの、自分が届かないものに対して、どのような感情を抱くか、それは結局個人次第だ。育つ環境だとか遺伝子だとか、個人にはどうしようもない事項が要因なのかもしれない。
僕はもちろん、優れた才能の持ち主に嫉妬することもあるし、気にくわない相手に対して嫌悪感を覚えることがある。しかし、そのような感情は憧れと矛盾するものではないと思う。嫉妬の裏には、やはり対象への憧れが少なからず存在している。嫌悪感を抱くことがあっても、その相手の意外な一面を知った時、惹かれる気持ちとまではいかないとしても、好奇心を抱くことはある。
感情は複雑だ。ミサイルを飛ばす行為の全てが悪意によるとは限らない。お年寄りに席を譲る行為の全てが善意によるとは限らない。それぞれの行為には、憧れ、虚栄心、慈愛、偽善、その他諸々の感情がない交ぜになってぐちゃぐちゃとしたものが含まれている。
一度、大きく深呼吸して、その行為に含まれる感情の正体を探ってみる。衝動的に行動するのではなく、その行為の意味する自分の心の状態を考える。嬉しいのか、悲しいのか。腹立たしいのか、妬ましいのか。きっと、それは一つではない。
ミサイルを飛ばす前に深呼吸。席を譲る前に深呼吸。ツイートボタンを押す前に深呼吸。一歩引いて見つめて、見つけた感情を大事にしよう。その感情は世界を驚かせる発明品を作れるかもしれないし、世界を滅ぼす悪魔の兵器を打ち上げるかもしれない。
雨の匂い、夏の始まり 水野 大河 @mizuno-taiga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。雨の匂い、夏の始まりの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます