第3話 愛してるの代わりに花束を
もう付き合って5年が経ち、結婚も考え始めた時だった。最近はよく仕事以外に出かける頻度がやたら増え、少し違和感を感じた。どうして?と聞けば誤魔化されるので、浮気をしたのかと問い詰めてしまった。喧嘩をして、彼女が飛び出していった翌日、共通の友人から連絡が来た。呼び出されたところに行っても、彼女はやはり居なかった。そして友人から差し出されたものは、レシピを沢山まとめたノートだった。
「なんだよ、これ」
「いいから見て」
そう促されてページをめくると、そこには僕の好きな料理のレシピが書き連ねてあった。僕の好きな料理に、僕好みの味付け、僕の好みに合わせたアレンジに、僕の苦手な食べ物を抜いたもの。それらは手書きで、何度も何度も上から書き加えてあった。
「……なんだよ、これ」
同じ言葉を繰り返す僕に、友人はこう言った。
「もうすぐ、記念日でしょう?」
記念日に特別なものは要らないと言ったくせに、彼女は何よりも特別な日にしようとしていた。
「僕、本気で浮気したなんて思ってないんだ。ただ、隠し事をしてるのが悔しかったんだ……」
そういう僕に友人が渡した一枚の広告。
「愛してるの代わりに花束を」
そして友人は「早く謝りなよ」と言って去っていった。
他に方法も思いつかなかった僕は、広告の地図を頼りに、一件の花屋へと足を運んでいた。
「いらっしゃいませ」
「彼女と……喧嘩をしてしまって」
そういう僕に店員の女性が持ってきた花は、とても優しい紫色をしていた。
「チューリップ…ですか?」
「はい。チューリップの花言葉、知ってますか?」
「いいえ、花には疎くて」
花言葉というものの存在は知っているものの、調べようと思ったこともなかった。
「チューリップの花言葉は博愛、そして思いやり」
思いやり……その言葉を聞いて、僕はあのレシピノートを思い出した。手書きの、僕のことを考えて書かれたレシピノート。
「そして、紫のチューリップの花言葉は、永遠の愛」
「永遠の、愛……」
結婚を、考えていた。そんな優しい彼女だからこそ、寄り添っていたいと思った。
「貴方は「喧嘩してしまった」と言ってここにいらっしゃいましたよね。そうやって思えるほど、彼女さんをきっと、愛しているのでしょう?」
「……僕には、彼女しか居ないんです」
そう言うと、女性はチューリップを一輪、綺麗に包んでくれた。
「あなたの気持ちは、きっと伝わっていますよ」
そう言って微笑む女性に背中を押され、一輪の紫のチューリップを掴むと、僕は彼女の元へ走り出した。
「ごめん!!」
そう叫ぶ僕に、膨れっ面の彼女は呆れたような顔をした。
「僕、隠し事されてるのが悔しくて、余計なこと勘ぐって……でも僕は……」
そう言う僕の握りしめたチューリップの包みはくしゃくしゃになってしまっていたけれど、彼女は僕の手からそれを取ると、優しく抱えて諦めたように笑った。
「こんなに握ったら、つぶれちゃうじゃない」
そんなことを言いながら笑う彼女に呆然とする僕。
「チューリップ……君らしいね」
そう言いながら、しわくちゃのチューリップの花と僕とを見比べた。
「君も、くしゃくしゃだね」
そうやって笑う彼女に、僕はきっと許して貰えたのだと思った。
「帰ろう」
そう言う僕の手を、彼女はチューリップを抱えるみたいに優しく掴んだ。
さよならの代わりに花束を 葉月蒼依 @littlearis_yu
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