元気な「ネコ」

@sakanari

第1話「元気なネコ」

 その「ネコ」をわたしが拾ったのは1年前のことだった。

 学校からの帰り道、段ボールの中で鳴いている小さな「ネコ」をわたしは家に連れて帰った。

 でも、お母さんはその「ネコ」を飼うことを許してはくれなかった。だからわたしは仕方なく家の近くの公園に「ネコ」の入った段ボールを置いてきた。

 

「どうか、このコが、ずっと生きていられますように」

 段ボールの中で震える小さな「ネコ」を見て、わたしは強く願った。

 

 その後、小さな「ネコ」を見捨てることはできなかったわたしは、エサをもって「ネコ」のところに何度も通った。


 どうやらわたしの願いは叶ったようで、「ネコ」は元気に育っていった。

 わたし以外にも近所の人たちがエサをあげているようだし、この前は野良猫の集会に混じっているのも見かけた。

 「ネコ」はわたしが近づくと嬉しそうに走って寄ってきて食べ物をせがんできた。もうすっかり人間社会に馴染んだ立派な野良になっていて、もうわたしが「ネコ」のことを心配することはほとんどなかった。


 どうやらわたしは「ネコ」のことを心配しすぎていたようで、心が疲れてしまっていたみたいだった。

 強いデジャブを体験したことが何度かあって、ドアを開けて部屋の外に出たと思ったらまだドアすら開けていなかったり、ボールを投げたと思ったら投げていなかったり、デジャブというよりも、もはや未来予知なんじゃないかと思うほどだった。

 「ネコ」に出会う前まではこんなことなかったから、多分心配しすぎて疲れてしまったんだと思う。だけど、デジャブはそんなに多くないし、「ネコ」のことを心配することも今では少なくなってきたから、それほど深く考えていなかった。

 あんな事故が起こって起こらなかった、あの日までは。


 あの日、わたしはいつものように「ネコ」のいる公園に行った。

 公園から1本道を挟んだ交差点に着くと、「ネコ」もわたしに気が付いたみたいで、駆け寄ろうとした。

 その瞬間、トラックが猛スピードで交差点に突っ込んで来て、「ネコ」をごみのようにはね飛ばした。

 それはほんの一瞬の出来事でわたしには何もできなかった。

 目の前で起きたことを理解することさえすぐにはできなかった。

 眩む視界のピントを合わせ現実に起きたことを把握しようとする。

 すると、「ネコ」は公園にいて交差点のわたしを見つけた。


このとき直観的に気が付いた。


「ストップ!」

 叫ぶわたしとピタッと止まった「ネコ」の間を猛スピードのトラックが通り過ぎていく。

 わたしは心から「よかった」と思う一方で心から後悔し恐怖を感じた。


 あのデジャブはデジャブじゃなかったということに。

 わたしの願いが本当に叶っていることに。


 もし、あのときあんな願いをしなかったら?

 もし、あのとき「ネコ」にエサをやらず「ネコ」が餓死してしまっていたら?

 もし……


 いま、「ネコ」はとある研究所のコールドスリープ装置の中で眠っている。

 絶対に「ネコ」を死なせてはいけない。

「ネコ」の寿命は世界の寿命なのだから。


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