第4話 君がいる世界が、僕のいるべき場所



「やぁ、風見くん。今日もよろしく頼むよ」


「はい。任せてください」



現場入りした俺はスタッフや監督に挨拶を返したあと、持ってきていた台本を開いて自分の役の最終チェックを始める。


あれから六年が経ち、高校生だった俺はとっくに卒業して、彼女に宣言した通り役者としてデビューしていた。

ここまで来るのは本当に大変で、正直何度も挫けそうになった。だけどその度に俺を励ましてくれたのは、彼女との約束だった。

おかげで俺はオーディションに落ちても諦めることなく挑み続けることができ、その結果――こうしてもう一度役者になることができたのだ。


彼女はというと、あのあと『万能探偵キョウコ』を無事クランクアップさせてから女優業を休業した。


がんだということは伏せていたみたいだが、はっきりと「病気である」とは発表したようで、そのあとすぐに彼女は入院すると学校も休学してしまった。


噂によると、どうやら卒業式の日だけは学校に来ていたらしい。ただ生憎と俺はその日にちょうど高熱を出して学校を休んでしまったので、会うことは叶わなかった。


だからあの約束以降、彼女とは一度も会っていないことになる。


もちろん病院に会いに行くこともなかったし、自分から連絡をとることもしなかった。会いたくないと言えば、嘘になる。でも今ここで会うのはお互いのためにならないと思ったのだ。

それに、彼女はあのとき約束してくれた。俺と共演するためにも生き続ける、と。だったら俺にできるのは、その言葉を信じて待つことだけ。


そうして六年が経ち――彼女は現在、芸能界に復帰するまでに元気になっていた。


五年過ぎても、がんが再発しなかったので女優業を再開したのだろう。

体の中から完全にがんがなくなったわけではないから油断はできないが、それでもテレビや雑誌で見かける彼女の表情はどれも輝いていて、いつしか俺の中にあった心配する気持ちはなくなっていた。



「……さて、結衣役の人は一体誰なんだろうな」



台本のページをぱらぱらとめくりながら、ずっと疑問だったことを口にする。


普通なら撮影が始まる前に、誰がどの役を演じるのか知っていて当然なのだが……今回は少し特殊で、ヒロイン役の結衣だけがまだ決まっていなかった。

どうやら監督のイメージに合う女優がなかなか決まらなかったのが原因らしい。

だから俺はどんな女優が結衣を演じるのか、今日の今日まで知らないままだった。


そんなとき、スタッフたちの騒がしい声が聞こえてくる。


何事かと思いそちらに視線を向けてみれば、ほっそりとした体つきに艶やかな黒髪の女性がスタッフの間からちらりと見えた。


もしかして、彼女が結衣役の女優だろうか?


顔合わせのときに見た覚えがないので、その可能性は高そうだった。


すると台本を読んでいた俺に気づいたらしい彼女がこちらに歩いてくる。



「――!」



その姿をしっかりと目にした俺は、息を呑んだ。

手に持っていた台本がばさりと音を立て、地面に落ちる。

けれど、そんなことを気にしている余裕なんて今の俺にはなくて。

ただ食い入るように、彼女――御堂あかりを見つめていた。



「六年ぶりだね、風見くん。元気してた?」



あまりにも昔と変わらない調子で挨拶をしてくるので、一瞬あの頃に時間が戻ったのかと錯覚してしまった。そのくらい彼女はちっとも変っていなくて、それが逆に懐かしさと安心感を与えてくれるのだった。



「髪、また切ったんですね」



ふと目に入った彼女の髪は、まるで六年前と同じように短かった。



「結衣は恋人への想いを断ち切るために髪を切るからね。私もばっさりいってみたんだ」


「まさか、あのときと同じ十五センチ?」


「ふふ、正解」



笑みを浮かべる彼女につられるようにして、俺も笑う。


そして、ずっとずっと言いたくてたまらなかった言葉を口にした。



「おかえりなさい、御堂先輩」


「うん。ただいま、風見くん」



こうして六年越しの再会を果たした俺たちの物語は、再び動き始める。





END.

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君がいる場所、僕がいるべき世界 Ren @Merry_Sheep

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