泥たん坊

 ゴールデンウィークに静岡に遊びに行った私と弟は、叔父と共にペットボトルロケットキットで遊んでいた。ペットボトルに羽根とゴム製のノーズを付け、水を入れてパッキンで止め、発射台に設置する。自転車用の空気入れで空気を送り込んでパンパンになったところで、ワイヤーで繋がっているレバーを引っ張るとパッキンが外れ、水飛沫みずしぶきと共にペットボトルロケットが空高く飛んでいく。


 水と空気を入れ、飛ばし、犬のように落下地点まで走って回収しては再び水と空気を入れる。飽きもせずに何回も繰り返していたところ、ワイヤーの調子が悪くなり、レバーを握ってもパッキンが外れなくなった。やむを得ず叔父がペットボトルの側まで近寄り、手動でパッキンを緩めて発射させたものの、あっというまにビショビショになった。


「これ無理だ! 思ったより濡れるわ。今日はおしまい!」


 叔父は大笑いして片づけを始めた。私と弟は残念に思いながらも、それを手伝う。


「ロケット花火だったら濡れる事もないんだけどな」


 叔父はそう言ったが、私と弟は曖昧に頷くだけだった。その反応を不審に思ったのか、叔父はさらに尋ねてきた。


「あれ? お前等もしかしてロケット花火やったことない?」


 私と弟は素直に頷いた。


「本当か。5年生と2年生でか。ふつうの花火は……こっちでも何回かやってるもんな。じゃあ爆竹ばくちくは?」


 弟が爆竹って何? と言うと、叔父は驚いた様子だった。


「爆竹を知らないのか。えーとな、小さいダイナマイトみたいなものかな。アリの巣を爆破とかした事ない?」


 ダイナマイト、アリの巣を爆破、という胸躍る単語に興味を引かれた私と弟は、爆竹をやってみたいとせがんだ。叔父も叔父で、小学5年で爆竹で遊んだ事がないのはと言い、二つ返事で了解してくれた。

 すぐに叔父の車でホームセンターへ向かい、花火コーナーで爆竹を探したが、売っていなかった。だが、帰りに農協の隣の何とか商店へと立ち寄り、首尾よく爆竹を入手できた。


 叔父は爆竹と点火用のライターを持って田圃の脇にある広めの駐車場へ向かい、私たち2人は、点火用の線香をもってそれに続いた。叔父が束になっていた爆竹をほぐし、1本だけを取り出して、駐車所の地面の上に置いた。


「じゃあ、行くぞ」


 叔父が、はしゃいだ様子で点火しようとしたその時だった。私は初めての爆竹――小さいダイナマイト――におり、若干後ずさりしてしまった。すると、ふわっと足が浮いて、爆発音ではなく、バシャーンという派手な水音が起きた。私は後ずさりしたまま躓いて、田圃に尻餅をつくように落下してしまったのだ。弟は唖然とした顔で固まり、叔父は一瞬鋭い目を向けてきたものの、大笑いして駆け寄ってきた。


 大丈夫か? と差し出す叔父の手を取ると、ぐいっと引っ張り上げてくれた。そのとき、叔父とつないだ手とは逆の手、つまり、田圃にまだ着いたままの手の方も、ぐいっと結構な力で引っ張られた。慌ててを振り払い、両手で叔父の手に捕まると、必死で田圃から脱出した。


 結局、爆竹を一発も爆発させることなく、風呂場送りになった。特に汚れてもいないのについてきた弟と一緒の湯船に浸かっていると、叔父が笑いながら尋ねてきた。


「それにしてもお前、さっき俺まで田圃に落とそうとして引っ張っただろ。田植えも済んだ田圃なんだから、あんまはしゃぐのは駄目だぞ」


 叔父に釘を差されるように言われた私は、誤解だと抗議し、田圃の中から手を引っ張られたのだと説明した。それを聞いていた弟は、私がまた言い訳してる、悪いんだーと囃したてた。頭に来た私は弟に風呂の水をかけると、弟がそれに応戦し、水の掛け合いが始まった。それが楽しく感じ始めた頃、叔父がシャワーの水を止めてこんな事を言った。


「手を引っ張ったってのは、泥たん坊だろうな。まだいたんだな」


 泥たん坊って何。そう尋ねると、叔父は頭を洗いながら教えてくれた。


 叔父がまだ子供の頃、田植えの際は、家族総出で手で植えていたそうだ。そんな時、田植えをさぼって一所ひとところで休んでいると、ぐいっと足を引っ張って田圃に引きずり込もうとする妖怪が出たという。泥の中に引きずり込まれた者は、外の世界には二度と出られない。それだけでなく、皆に存在を忘れられてしまうという。そうならないように、休まずに田植えをしなくてはいけなかったそうだ。


「昔、俺はそこそこ田植えをさぼってたからな。結構ひっぱられては慌ててその場を離れたもんだよ」


 お前等もオタマジャクシだのアメンボを取るときには、あまり田圃に近づきすぎないようにな。いつのまにか一人っ子になってたなんて、シャレにならんからな。バスタオルで頭を拭いてくれながら、叔父はそんな事を言っていた。


 その後、私と弟は爆竹の使い方を覚えたし、何匹もカエルやアメンボを捕まえた。弟などは泥だらけになりながらも、網を使わずに手でアメンボを捕まえたほどだ。運が良かったのか、まだ私たち2人は田圃の中には引きずり込まれてはいない。

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