夢の中の夢
笠井 玖郎
*
ドッペルゲンガー。
自分と同じ顔をした、もう一人の自分。
それを見た者は間もなく死ぬという。
「……つまりこれは、死ぬのかしら」
一片の光も見いだせない闇の中、目の前に佇む私自身。
その目は、驚いたように見開かれている。
「あなた、死にたいの?」
「なに? 死なないの?」
何故貴女が驚いているの、貴女はドッペルゲンガーでしょう。そう言い放ちそうになって、口を閉ざす。
ドッペルゲンガーなんて都市伝説を妄信するなんて、私らしくもない。もっと現実的な答えがあるだろう。つまり、
「これは、夢なのね」
蓋を開ければ、なんてことはない。単純明快。なんともあっさりとした、無味乾燥な現実。いや、無味乾燥こそが現実なのだ。
布団のぬくもり、それとわずかな浮遊感。
私の最後の記憶が指し示した、ごくありふれた事実。
だからこれは。
「そうよ、
そう、夢だ。夢なのだから、腹を立てても仕方がない。
何故、目の前の私は笑うのか。私を偽物などと、のたまうのか。
「
「そうよ。何か間違っていて?」
事も無げに、そう破顔してのける。
何を言っている。偽物なのは
そう言いたいのに、言葉は塊となって喉につかえる。かろうじて言葉となった声は、ひどく引き攣ったものに感じられた。
「まるで――こちらの方が現実みたいじゃない」
動揺と、ほんの少しの恐怖。それが気取られたのか、彼女の笑みは意地悪くも醜悪なものへと変じていく。
「まるで、
口角はみるみるうちに持ち上がり、次第に人間には不可能なはずの笑みのかたちを見せ始める。瞳孔は開き、その眼には何の光も差し込まない。
それはまるで、虚無の笑み。
ぞっとするほど、何もない。
「わたしと同じ顔をしたあなた。あなたとわたしは同じもの。でもね、違うことが一つだけ」
一歩、二歩、彼女は私に近づいてくる。
一歩、二歩、私は彼女を遠ざける。
「あなたはわたしで、わたしがあなた。わたしこそが、本当のあなたなのよ」
彼女の笑みは、もはや人間のそれではない。
「気付いていないの? あなたの右手……」
冷笑混じりの彼女の声音。
思わず動く視線の先は、使い慣れないはずの左手。
「右も、左も、ぜぇんぶ
人ではない彼女が歩み寄る。
三歩、四歩、手を伸ばして。
「貴女のような
背筋を冷たい汗が伝う。
五歩、六歩、壁にぶつかる。
「あなたはわたしで、わたしがあなた。それならあなたも化物でしょう?」
ひやりと凍えるような風。背後の壁よりも冷たい瞳。
どこまでも透きとおる、殺意の微笑。
「ドッペルゲンガーを見た人は死期が近い。何故だか知ってる?」
私はわたしに絡めとられて。
「おやすみ、わたし。良い夢を」
氷の笑みが、脳を貫く。
夢の中の夢 笠井 玖郎 @tshi_e
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