しょうせつちほー編

 結局、私は社長に何も言い返すことができず、地上に戻った。私とキリンの説得も空しく、フレンズ達は働く手を休ませなかった。

 あの地震の日から住処を、町から少し離れた洞窟に移している。アミメキリンも一緒だ。本当は個室がいいのだけど……でも、私も男なので美少女との同棲はちょっとドキドキする。

「ねえ、これからどうするの?」

 だが今日は、彼女には悪いが、アミメキリンの声がとても耳障りだった。今、私は、1人になりたかった。

「あんなやつの好き勝手にされて。このまま黙っていろって言うの?」

 私の心の声などキリンに聞こえるはずもなく、彼女の愚痴は続く。

「何よりフレンズ達もあのままにしているわけにはいかないし……」

「……」

「聞いているのマスク?」

「……」

「ねえってば!!」

「うるさい!!」

 私の怒声に、アミメキリンはビクっと身震いする。

「分かっている、このままじゃダメだって」

 でも。

「僕に何ができる? 速く走れない。木登りもできない。あるのは無駄な知識だけ。マスクを付けなければ、他人と満足に話せない。そんな僕に、フレンズ達を救うことなんて……」

 そんなことできない、私はそう述べた。

 私の頼りない言葉を聞くとキリンは、

「そう」

 それだけを言い残して、住処の洞窟を後にした。

 結局その夜、アミメキリンの声を聞くことは無かった。

 自分で望んだ静かな空間のはずなのに、それは静か過ぎるくらいで、なんとなく怖くて寂しかった。

 その静寂が破壊されたのは、次の日の朝だった。

「マスク! 大変なのだ!! 一大事なのだ!!」

「なのだなのだ騒がしいな。何だ?」

 破壊神の正体がアミメキリンじゃなかったことに、少しがっかりしている私がいた。

 アライさんが洞窟の入り口で私を呼ぶ。フェネックも一緒だ。 

 やっぱりアライさんから詳しい事情を聞くことは無理だと思った私は、フェネックから話を聞くことにする。

「それがアミメキリンが1人であのヒトの所に行っちゃって……」




 アライさん&フェネックの話によると、あの社長はロッジを根城にしているらしい。

 確かに、宿泊施設であるあそこは人間が住むには1番適していると言えるだろう。

 ロッジは私の住処からそう遠くない。キリンが出て行ったのが昨日だから、急げばまだ間に合う。そう思い私は原付をフルストッルで走らせる。原付では60キロが限界だが、それでもキリンの足より速い。キリンという動物の走る速度が何キロかは知らないけど。

 道の凸凹具合を臀部から感じていると、ロッジが見えてきた。

 そして建物の前に人混みが、正確にはフレンズ混みも見える。

 私は確信した。

 あの中にあいつが、キリンがいる。

「どけどけどけぇ!!」

 私はクラクションを鳴らしながら、人混みに突撃する。暴走族になったみたいで、ちょっと楽しかった。言うまでも無く、フレンズ達を轢かないように、ブレーキの準備は万端で。

 見慣れない原付とクラクションの音に驚いたフレンズ達は道を開ける。

 彼女達の中央には、キリンが、そしてあの男がいた。

 私は2人の間に原付ごと割って入る。

「随分と派手な登場だな。仮面ライダーにでもなったつもりかね? ……くく。だが、原付ではかっこがつかないな」

「知らないのか? 最近の仮面ライダーはバイクじゃなくて車に乗ったり、バイクそのものに変形するんだぞ。そのうち原付に乗るライダーだって出てくるだろうよ」

 私はスタンドを下ろし、ヘルメットを外す。

「あんた、キリンに何をした?」

「何もしていないさ。まだ、ね」

 不適に笑う男は懐から何かを取り出し、私とキリンに見せつける。

 キリンは、何だそのガラクタ、という顔をしていたが。反対に私は強張らせた。

 男が持っていたのは、拳銃、だった。

 平和なジャパリパークになんて似つかわしくないものだとか。なんで私はマスクとスマホなのに、この男は拳銃を持っているのだろうかだとか。拳銃を持っているなんて、元の世界ではどんな仕事に就いていたのだろうかとか。そんなことを考える余裕すら、無い。

 だが、これだけははっきり分かる。あれは玩具ではなく本物だ、それは自信満々な男の顔から簡単に判断できる。

「はっきり言おう。今私はとても機嫌が悪い。そこの動物が偉そうに説教を垂れおったせいでな。怒り任せに引き金を引いてしまいそうだよ」

「……どうすれば、見逃して、くれます、か?」

 男を刺激しないように、私は使い慣れていない敬語を使う。場の緊張感を察したのか、キリンは私の後ろで黙って、事の成り行きを見ていた。

「君はまだ若いから理解していないだろうから、教えてあげよう。大人の世界ではね、人にものを頼む時は、誠意を見せるものだよ。せ、い、い」 

「……」

 相手の言葉の意味を理解した私は、おもむろに膝を押し、足を地面につける。

 そして私は頭を、こうべを下げた。

「君はマナーがなっていないな。土下座をする時はマスクを外したまえ」

 引き金を指でトントンと叩く男。

 私は言われるがままにマスクを外し、それを地面に置いてもう1度頭を下げた。今度は頭のてっぺんが土につくくらい、深く、深く下げた。 

「くくく、そうだ、それだよマスクくん。それが大人になるということ……だよ!」

 だよ、部分で社長は私のマスクを靴で踏みつけた。そして無邪気で残酷な子供が蟻んこを潰すように、グリグリと踵で磨り潰した。白いマスクがどんどん茶色のまだら模様になる。

 この時、私は何も考えてなかった。

 ただひたすらに、心を無にしていた。一時的に心から感情を消し去っていた。この時は土下座をするカラクリ人形のなっていた。

 そうしないと、私は何をするか、自分でも分からなかった。

 悔しくて泣き出してしまうのだろうか。怒り任せに暴れだしてしまうのだろうか。自分の無様さに逆に笑ってしまうのだろうか。

 どれにしろ、そんな姿を私は他人に見られたくなかった。私にとってそれは、土下座姿を見られるより我慢できないことだった。

 だから私は、心をからっぽにした。

 気が済んだのか、社長はグリグリを止めて、拳銃を収める。

「君のその誠意に免じて、許してあげよう。良かったねマスクくん、これで君も大人の仲間入りだ」

 高笑いをしながら、社長はロッジへと消えていった。男がいなくなると、野次馬のフレンズ達も去った。

 その場に、私とアミメキリンが残される。

 私はゆっくりと立ち上がり、ヘルメットを装着する。

「マスク……」

「……帰るぞ」

 キリンが何か言う前に、私は彼女に予備のヘルメットを投げ渡した。

 

 


 洞窟に帰ってから、私もキリンも一言さえ発しなかった。

 私が喋らなかったのは、口からいろんな感情が言葉に混じって、身近にいるキリンにやつあたりをしてしまいそうだったから。眠って精神が回復するまで、もう少し人形でいる必要があったからだ。

 キリンの方が静かだった理由は定かではないが、きっと軽々しく頭を下げる私に幻滅したからだろう。

 だが、あの時はああするしかなかった。ああしなければ、私もキリンも危なかった。あれが最善の策だ。

 ……と、自分に納得させる。何度も何度も自分の心に言い聞かせながら、私は眠りについた。

 目が覚めたのは、まだ地平線に日が昇る前だった。

 睡眠時間的には短い方だったが、頭の中は随分とすっきりとした。もう泣いたり怒ったりする心配は無い。

「おはよう、マスク」

 私の名を呼ぶアミメキリンの声。

「おはよう。……凄い隈だな」

 その方向に振り向くと、キリンじゃなくてパンダがいた。

「これ」

 キリンが何かを手渡してくる。

 それは、黄色と茶色の網目模様の、私がそれをマスクと認識するのに数秒かかるほど不恰好で、彼女のマフラーを適当な長さで千切って輪っかにした物だった。

「本当はもっとちゃんとしたものを作りたかったんだけど、上手くいかなくて」

 何度も失敗したのか、キリンのマフラーはかなり短くなっている。

「マスク、その……ごめんなさい!」

「いや。ちょっと派手だけど、なかなかよくできてい――」

「ソレのことじゃないわ」

 この手作りマスクのことで謝っているのではないらしい。だとしたら、何のことだ?

「私が勝手なことをしたから……そのせいでマスクにも迷惑をかけて……」

 ああ、そのことか。

 どうやらキリンは昨日のことを気にしているらしい。昨夜静かだったのも、彼女なりに悩んでいたからだそうだ。

 そしてこのマスクはお詫びの気持ちを形にしたものだという。

「でも私、どうしても我慢できなかったの。皆が、フレンズ達がいいように利用されているのを見ていられなかったの」

 私はキリン印のマスクを身につける。ふんわりとした肌触りで、まるできめ細かい泡で顔を洗っているような心地だ。あとちょっとだけいい匂いがする。

「分かってる。お前の気持ちは」

 今にも泣きそうなキリンの頭を私はポンっと軽く叩く。安心しろ、という念を込めて。

「あとは……僕に、任せろ」

 決意の表情をマスクの下に隠しながら、私は宣言した。




 1ヵ月。

 フレンズ達から仕入れた情報によると、あの男はフレンズ達にみっちり働かせ続け、1ヵ月後にあのつり橋を経由して、まとめて人間界に運び出すらしい。そんなに大勢であのつり橋を渡るなんて無謀だと思ったが、あの男ならやりかねない。もし橋が落ちたら、鳥のフレンズに自分を救出させるつもりなのだろう。

 私に与えられた期限は1ヶ月。その間に、洗脳されたフレンズ達を助け出し、あの男をどうにかしなければいけない。

 そして。この情報は聞きたくなかったが……。あの男、荷物持ちに利用したフレンズ達を、今度は科学研究所に売り飛ばすらしい。

 それを聞いた私の決意は、さらに強固なものになった。

 なんとしてでも、止めてみせる。

「とは、言うものの……」

 なーんにも、思いつかない。キリンには、あとは任せろ、なんてかっこつけておきながらこの体たらく。自分が情けない。

 私はもう1度、状況を整理する。

 敵は1人の人間と大勢のフレンズ。男は拳銃を、フレンズ達はそれぞれ動物の能力を持っている。

 対して、こっちは人間が1人。アイテムはマスクとスマートフォン。

 ダメだ、詰んでる。こんなの配管工のおっさんが亀の魔王に戦いを挑むようなものだ。無茶だ、私はマリオじゃない。

「さて、どうしたものか」

 私は、何か攻略のヒントが無いだろうか、と、気が付くと図書館に来ていた。

 だが、たった1人で大勢の敵に立ち向かう内容の本は、ほとんどが空想物語で、参考にならなかった。

「マスク」

「ちょっといいですか?」

 何気なくページをペラペラとめくっていると、博士アンド助手が私にエクスキューズミーしてきた。

「少しの間、かばんの様子を看ていてほしいのです」

「我々は少しの間、出かけるので」

 それはかまわないけど。サーバルはどうしたの?

「そのサーバルの代わりにかばんを看てほしいのです」

「サーバルは毎日、ほとんど寝ずに看病しているのです。でもさすがに限界なのです」

「このままではサーバルが倒れてしまうのです」

 そういうことなら、喜んで力になろうじゃないか。

「ところで、出かけるってどこに?」

「ジャパリまんを取りに行くのです」

「備蓄していた分がそろそろ底をつきそうなので」

「料理だったら、僕が何か作ろうか?」

 料理なんて高校の家庭科以来だけど、レシピさえ見ればそれなりのものができるだろう。博士達もきっと喜ぶはずだ。私はそう思った。

「せっかくの申し出ですが、お断りするのです」

「とても魅力的な提案ですが、お断りするのです」

 しかし、私の予想に反して、丁寧に拒否してきた博士と助手。

 何故だ、二人は料理が大好きじゃないの?

「確かに我々はグルメなのです。ですが」

「かばんがあんな状態では、料理を食す気になれないのです」

「どんなものでも美味しくないのです」

「だから我々は決心したのです」

「かばんをなんとしても治して、皆で料理を食べると」

「次に我々が食す料理は、元気になったかばんが作った料理だと」

「それまではジャパリまんしか食べないと」

 交互に自分達の決意を表明する博士と助手。

 彼女達もかばんさんが心配なんだな。彼女達の友情がとても眩しい。

 私は任せろと言わんばかりに、かばんさんとサーバルがいる部屋へと向かう。 

 コンコンとノックをする私。

 返事が無い。

 もう1度ノックをする。

 やはり返事がない。

「失礼しまーす」

 まるで社長室に入るように、扉を開ける私。

 部屋の中には博士と助手の言ってたとおり、サーバルとかばんさんがいた。

「かばん、ちゃん……」

 サーバルは椅子に座りながら、うとうとしていた。夢の中でもかばんさんの心配をしているらしい。なんて健気な子だろう。

 こういう時、マンガやドラマとかなら、彼女をお姫様抱っこでベッドまで運ぶのだろうが……生憎、そんな腕力持ち合わせていない。紳士レベルの低い私では、せいぜいタオルケットをかけてサーバルが風邪を引かないようにしてあげることぐらいだ。

「……」

 反対にかばんさんは、寝ているのか起きているのか、そもそも生きているのか死んでいるのかさえ分からない状態だった。ずっとベッドに横になり、ピクリとも動かない。

 私はそっと自分の手の甲をかばんさんの口元に近づけてみる。 

 生暖かい空気が私の手をそっと撫でる。微かだが、息がある。良かった、ちゃんと生きているようで安心した。

「脈はどうだろう?」

 医者か刑事か、それとも探偵の真似事か。今度はかばんさんの手首を調べる私。

 その時、私は気付いた。

 今まではかばんさんの、覇気の無い顔や虚ろな目にばかり気を取られていて、全然気付かなかったが……。

 かばんさんの手が、黒く、真っ黒に変色していたのだ。

 焦った私は、慌てて手を観察する。岩のように硬いわけでも、スライムのように柔らかいわけでもない。ほどよい皮膚の柔らかさと、ほどよい骨のゴツゴツ感。いたって普通の手だった、黒いこと以外。

「そういえば、けものフレンズ最終回でも、かばんさんの手が黒、く、な、って、いた、な……」

 あの変色は何なのだろうか。けもフレ2期で解明されるのだろうか。

 そんなことを考えていた脳が、ある1つのアイデアを思いついた。

「そうだ。この方法なら……いける、いけるぞ!」

 この部屋に鏡は無いが。きっと今の私の顔は、風呂場で法則を発見したアルキメデスや、千年パズルを完成させた武藤遊戯や、迷宮入りレベルの難事件を解いたコナン君、彼らと同じ表情をしていたことだろう。

 急がなければ。この方法は準備に時間がかかる。

 私は部屋を飛び出し、早速計画を行動に移した。

 そして後日、博士と助手に言いつけを守らなかったことを怒られた。




 時は流れ。1ヵ月マイナス1日が経った。

 いよいよ明日、だ。明日、あの男が大勢のフレンズと一緒につり橋を渡る。

「ねえマスク。この30日間、何もしなかったけど。本当に大丈夫なの?」

 洞窟で横になりながら精神統一をしていると、アミメキリンが心配そうに私を見つめてくる。きっと彼女の目には、私がのん気に寝ているように見えたのだろう。

 確かに、私が行動したのは30日間の最初の1日だけだ。あとはのーんびり過ごしていた。

 だがそれも作戦のうち。

 作戦というのは、敵にバレたらそこで終わりなものだ。特に今回の作戦には、大勢のフレンズの運命がかかっている。絶対に、バレるわけにはいかない。

 だから私は何もしていないふりをしていた。作戦のことはアミメキリンにも内緒だ。何度もいうようだが、バレたら終わりなのだ。作戦内容を知っているのは、私だけ。

「安心しろ。言っただろう? あとは僕に任せろ、って」

「そうはそうだけど……」

 腑に落ちないキリン。分かっている、彼女も不安なのだ。

 かくいう私も不安でいっぱいだ。

 失敗したらどうしよう。何かアクシデントが起きたらどうしよう。そもそもあの男にバレていたらどうしよう。数日前からそんなことばかり考えていた。プレッシャーで押しつぶされそうになる。

「それよりキリン。頼みがある」

 キリンの不安と私の不安が入り混じって、場の空気が重くなりそうだったので、話題を変えることにする。

 私は小包を彼女に手渡した。

「何が入ってるの?」

「かばんさんを治せるかもしれない薬」

 私の言葉を聞くと、キリンは驚いて包みを落としそうになる。慌てて空中でキャッチした。さすがフレンズ、運動神経がいい。

「本当なの!? 本当にかばんを治せるの!?」

「聞き違えるなよ。かもしれない、薬だ。とにかく、それを博士達に届けてくれ。詳しいことは中のメモに書いてあるから」

「分かったわ、任せて!!」 

「あ、ちょっと待て」

 洞窟から飛び出そうとするキリンを慌てて呼び止める。

「それと。これはお前にだキリン。……あ、まだ開けるなよ。図書館に付いたら開けてくれ」

 私はキリンにそっとある物を手渡す。

 それは1通の封筒。中には手紙が入っている。

 荷物と手紙をしっかり持った彼女は、今度こそ洞窟をあとにした。

「……」

 邪魔者がいなくなった……は言い過ぎだな。

 だがアミメキリンのことだ。私が1人でつり橋に行こうとしても、絶対についてくるに決まっている。申し訳ないが、この作戦はとても危険だ。彼女を巻き込むわけにはいかない。

 だから彼女におつかいを頼んだ。キリンの注意をつり橋から遠ざけたのだ。

 これで、私だけ。ここから図書館までは数日かかる。キリンがつり橋に戻ってくる頃には、成功にしろ失敗にしろ、全て終わっている。

「さて、僕も行くか」

 深く深く息を吸い、精神を落ち着ける私。

 意を決して、私はあのつり橋へと向かった。

 キリンに貰ったマスクを、洞窟に残して。




 私はつり橋の上でじっと待機していた。位置的には多分、元の世界とジャパリパークの間だろうか。 

 今日、あの男が来ることは事前調査で分かっていた。

 だが明確な時間までは把握できていない。0時かもしれないし、23時59分かもしれない。

 だから奴がいつ来てもいいように、こうして張り込みをしている、というわけだ。

 張り込みにはアンパンと牛乳がセオリーだと誰かが言っていたが、ここにはジャパリまんと水しかない。

 それらで空腹を満たしていると、つり橋が大きく揺れた。

 来た、奴だ。

 私は慌てて口の中をジャパリまんを水で流し込む。物を食べながらじゃ、示しがつかないからな。

 しばらくすると、霧の向こう側からあの男が姿を現した。

「やはり邪魔をしに来たか、マスク君」

 くくくと笑う社長。

 彼の後ろにフレンズの影が見える。何人いるかは分からないが、この男のことだ、奴隷にしたフレンズ全員を率いていることだろう。

「だが1人で来るとは意外だったよ。あのうるさい小娘は一緒じゃないのかね?」

「キリンは置いてきた。ここにいるのは僕だけだ」

「くく。孤高の戦士というわけだ」

「孤高、ねぇ」

 この言葉で私は確信した、作戦は順調のようだ。

「なあ社長さん。取引をしないか?」

「取引だと?」

「あんたがフレンズ達を解放して、このまま人間界に帰るのなら、僕は何もしない。石なら好きなだけ持って行ってもかまわない。どうだ?」

「断る」

 即答だった。

「取引と言うのは、お互いにメリットがあって初めて成立するものだ。その条件では私には不利益だ。そんな取引をのむよりも、邪魔な君を排除する方が手っ取り早い。そうは思わんかね?」

 そりゃそうだな。

 交渉失敗。もう戦うしかない。私は構える。

「やる気かね? だが君1人で何ができる? 何か秘策でもあるのかね?」

「ああ、とっておきのがな」

 私は懐に忍ばせておいた、ある物を取り出す。

 それはマッチ。かばんさんの鞄の中に入っていた物を拝借した。

 1本取り出し、赤リンの頭部を箱の側面に擦りつけ、火をつける。

「そんなマッチ1本でどうするというのかね」

「こうするのさ」

 私は指を力を抜いて、マッチをその場に落とす。

 火のついた木の棒は自由落下運動をしながら、足元に落ちた。

 そして落ちた場所はつり橋、ボロボロの木造橋。

 木はよく燃える、至極当然なこと。火は瞬く間に燃え広がり、木橋は炎の橋となる。

 私のこの行動は、男には予想外だったらしく、彼の顔から余裕は消失していた。

 やがて強度を失った橋は、私達の重さに耐え切れなくなり、崩壊。そして足場を失った私と社長とフレンズ達も自由落下する。

 翼を持たない私達はそのまま谷底に落ちた。

 何メートル落ちたかは分からないが、私達はまだ生きている。

「まさか橋を落とすとはな。君も本気というわけか」

 ギロリと睨む社長。おー怖い怖い。

「ならば私も本気になろう。……おいお前達! この男を殺せ!! それから鳥は私を地上に戻せ!!」

 フレンズ達にとんでもない命令を出す社長。 

 しかしフレンズ達は何もしない。

「何をしている! さっさとせんか!!」

 言うことを聞かないフレンズ達にイラつきを見せる社長。その顔からは、いつもの大人びた余裕は完全に無くなっていた。

「なあ、社長さん。僕はビジネスのことはよく分からないけどさ。……上に立つ者なら、部下の顔くらい、覚えていた方がいいぞ」

「……! まさか」

 私の言葉がどういう意味が込められているか、察する社長。

「入れ替えていたのか……!!」

 どうやら気付いたらしい。

 そう入れ替わっていたのだ。

 この1ヵ月間、隙を見て、1人ずつ、奴隷になっていたフレンズと支配下になっていないフレンズを入れ替えていたのだ。奴隷フレンズ達にはテキトーな嘘をついて、他のちほーで働いてもらっている。

「フレンズをただの道具としか見ていない、あんたことだ。フレンズ達がまるごと入れ替わっていても気が付かないと思ったよ。あんたはまんまと僕の作戦に嵌ったわけだ」

 思わず笑みがこぼれる私。自分の考えた計画がこうもうまくいくと、笑いが止まらない。

 口角にシワを寄せる私とは反対に、眉間にシワを作るマヌケ社長。 

「図に乗るなよ、若僧がぁ!!」

 怒声を発し、内ポケットから例のピストルを取り出す。

 ターゲットに銃口を向け、トリガーを引く社長。

 谷底に銃声が鳴り響く。

 だが、撃たれたのは私ではない。

 銃口の先にいたのは、標的は、社長の1番近くにいたフレンズだった。

 こめかみを撃たれ、その場に倒れこむフレンズ。谷底は薄暗いが、匂いで分かる。辺り一面、血の海になっていることだろう。鉄サビのような匂いが嗅覚を刺激する。

「これは貴様のせいだ! 貴様が調子に乗るから! 貴様がこの私をなめるから! 貴様の行動が! 態度が! こいつを殺したのだ!!」

「……」

 精神攻撃をしてくる社長。

 こうなることは予想もしてたし、対策もしていた。でも、ちょっとだけ効く。

「さあお前達! 死にたくなければ、私に従え! この男を殺すのだ!」

 どうやら恐怖でフレンズ達を支配するようだ。確かに脅しというのは有効な手だ。もし拳銃を突きつけられたら、大半の人が従ってしまうだろう。

 だが、フレンズ達の応えは。

『すんません、面倒だから嫌です』

『自分でやればー?』

『てか給料払え、とミサカは怒りを表現します』

 だった。

「き、貴様らぁ!!」

 思い通りにならないことに怒りを隠せない社長。

 やれやれ。そろそろ、種明かしをしますか。

「なあ、社長さん」

「なんだ!」

「フレンズってのは動物がヒト化した存在なんだが……この場にいるフレンズ達は一体何の動物だと思う?」

「知るかぁ!」 

「正解は……」

 私は少し間をおいて、告げた。

「ヒト、だよ」

 そう。この場にいるフレンズ達は全員ヒトのフレンズだ。

 あの時、黒いかばんさんの手を見た時、私はけものフレンズ最終回の内容を思い出した。その1シーンに、かばんさんが髪の毛1本から生まれたフレンズという描写がある。

 そのシーンを思い出した私は、再現したのだ。

 自分の髪の毛を抜き取り、それにサンドスターを浴びせてフレンズ化させたのだ。50本くらい抜いただろうか、それなりに痛かったな。

 そして生み出したマスクフレンズ達に倉庫にあったウィッグ等をつけて動物フレンズに変装させ、奴隷のフレンズ達と入れ替えたってわけだ。

「名付けて、にせものフレンズ大作戦。……最初に言っただろ? 『キリンは置いてきた。ここにいるのは僕だけだ』ってな。もっとも、『僕だけ』とは言ったが、『僕1人だけ』とは言ってないがな」

 悔しそうな顔をしながら、私に銃口を向ける社長。

「ちなみにオリジナルの僕を殺しても無駄だよ。僕も僕のフレンズ達も全員、あんたを倒すまで作戦を実行する、そういう固い意志を持っているからな」

「くっ……」

「諦めな。拳銃1丁じゃ、僕達全員をさばくのは無理だよ」

 私は拳銃には詳しくない。知っている種類も、ルパンⅢ世のワルサーP38と、コナンの探偵たちの鎮魂歌で清水麗子が使用したワルサーPPKぐらいだ。

 だが、そんな私にもこれだけは分かる。50発も装填できるハンドガンなんてあるわけない。

 闇雲に弾を放つ社長だが、無駄だ、もう彼は詰んでいる。

 にせものフレンズ達が弾切れになった社長を取り押さえる。

「社長さん、確かあんた前に『人間は道具を利用して生きてきた』とかどうとか言ってたな。あんたが私腹を肥やすためにフレンズ達を利用したように、僕はあんたを倒すためにサンドスターを利用したのさ」

 抵抗する社長だが、これだけの大人数に押さえつけられていては、脱出は不可能だ。

「なあ、社長さん」

「……なんだ」

「これだけ深い谷に落ちて、全員無傷なのは変だと思わないか? 何か柔らかいものがクッションになったとは思わないか?」

「……何が言いたい?」

「僕はあんたを倒すためにサンドスターを使った。だが、それ以外に利用した物が、もう2つある」

 その時だった。

『ヴォオオオオ』

 不気味な鳴き声がこだまする。鳴き声はドシドシと鈍い足音を立てながら、こっちに近づいてくる。

 黒い影がギョロっとした目玉で、私と社長を見下ろす。 

 声の主は、セルリアン。しかもアニメ最終回でフレンズ達全員で倒したのと同じくらいか、それ以上、とにかく超巨大なセルリアン。

「サンドスター・ロウ。そしてセルリアンさ」

 このセルリアンがクッションとなり、私達は落下しても無事だったのだ。

 今思えば、マスクフレンズを量産するより、このセルリアンを用意するのに1番手間がかかった。数の少なくなった小型セルリアンを捕獲し、サンドスター・ロウを与えてここまで育てる。

 ロウを手に入れるため結界を外したり、ロウを与えすぎて予定よりセルリアンが大きくなったり。

 きっと博士と助手が聞いたら激怒するのだろうな。

 そんなことを考えていると、巨大セルリアンが次々とマスクフレンズを食べ始める。初代ピクミンのCMが頭に浮かぶ。

「知ってるか? セルリアンに食べられたフレンズは、消滅するか元の動物に戻る。……じゃあ、もし。最初から動物の生物が、例えば人間がセルリアンに食べられたら、どうなるんだろうな?」 

「まさか……」

 どうやらこれから私が何をするのか、察したらしい。

「ま待ちたまえ、マスク君。馬鹿なマネはよすんだ。人殺しなんてろくなものじゃない。君の良心は痛まないのかね?」

「……」

 私はふとあの時のことを、1ヵ月前に土下座されられたことを思い出す。

 あの時の私は感情を消し去り人形となって、難を逃れた。

 しかし私は人間。完全に人形になれるはずがない。

 あの瞬間、私の心の奥には、ある感情の種が生まれていた。

「んなもん、ねーよ」

 それは、殺意。

 マスクよりも、スマホよりも、拳銃よりも、この世界に似つかわしくない……楽しーすごーい優しーの三拍子が揃ったジャパリパークに、もっとも不要な感情。

 突然だが私は、けっこう根に持つタイプの人間だ。

 中学の頃に苛めたアイツも、高校の頃に理不尽に怒鳴った塾長も、当たりの強い上司も。私は誰1人許すつもりはないし、殺したいと思っている。

 もちろん、この社長も例外ではない。

 私の心に宿った怨念の種は、この1ヵ月で発芽し成長し、そして今日この瞬間、花が咲く。どす黒く、この世で最も醜い花が。

 「僕もさ、こんな方法よりもっとかっこいい方法を取りたかったさ。アニメ最終回のように、ようこそジャパリパークへをBGMに流しながら、フレンズ達全員で社長軍団と戦うって方法も考えたさ。PPPの5人に『友達を守るのも、アイドルの仕事』って言ってもらいたかったさ。でも……」

 ライオンとヘラジカのような戦いならともかく、フレンズ同士で戦争させるわけにはいかない。

 それに、フレンズを道具として扱う相手にフレンズをぶつけたら、同じ穴のむじなだ。

 そもそもこの世界に来てから、まだPPPと会っていない。

 そして、何より……。

「彼女達に、けものフレンズ達に、人殺しの加担をさせるわけにはいかないだろ」

 セルリアンがこっちに狙いを定める。いよいよ、裁きの時だ。

『社長。給料の、いや年貢の納め時だ』

『1名様、セルリアンの間にご案内ー』

『さあ、お前の罪を数えろ』

 ここに来て完全に余裕が無くなった社長は、喚き、叫び、暴れる。

 だがそれも束の間。

 社長はにせものフレンズ達と共にセルリアンに食べられた。

 セルリアンの体内で、まるで水中で溺れている者のように、バタバタともがく社長。

 だが。にせものフレンズ達が、海草のように絡みつき、離さない。

 やがて社長と分身達は消滅した。

「はぁ。僕もこれで犯罪者か」

 私は、疲れ葛藤哀しみ無情、さまざまな感情が混じったため息を口から吐く。

 これでもう後戻りできない。人殺しとなった私は、ジャパリパークにも人間界にも戻れない。

 まあ、この作戦を実行すると決めてから、戻るつもりは元々無かった。

 だからこそ、ここを、ジャパリパークと人間界の間であるこの場所を決戦の地に選んだんだ。

 マスクフレンズ達が次々と捕食されていく。1人、また1人とマスクフレンズ達が消滅していく。

 そして最後の1人が飲み込まれた。

 次はいよいよ私の番だ。

 さあ、セルリアンよ。今度は私の番だ。この咎人に裁きを下せ。

 私の心の叫びを察したのか、セルリアンがこっちに迫ってくる。

 ちょっとだけ怖くなった私は、ぎゅっと目を瞑る。

 来る、セルリアンが来る。

 私が覚悟を決めた、その時だった。

「マスク――!!」

 私の偽名を呼ぶ声。

 その声と共に、何者かが私の身体を捕らえ、私は宙に浮く。

 いや、何者か、ではない。私は知っていた、その声の主を。私の身体を掴む者の正体を。

「き、キリン? なんで、ここに……」

 アミメキリン。私がこのジャパリパークに来て、初めて出会ったフレンズ。

「全く、こんなに大きなセルリアンを生み出すなんて。マスクはとんでもないやつなのです」

「重罪なのです。後でたっぷりお仕置きなのです」

「博士、それに助手も……。どうして」

「話は後よ。まずは皆であいつを倒すわよ」

「……それよりもやっぱり2人を担いで飛ぶのは疲れるのです。助手、半分持つですよ」

「半分って……私達は荷物じゃないわよ」

 倒すって言ったって……。

「作った僕が言うのもなんだけど。あんな馬鹿でかいセルリアン、ましてやこの少人数で倒すなんて」

 不可能だ。私がそう言おうとしたら、キリンが割って入ってきた。

「大丈夫。私達だけじゃないから。……上を見て、マスク」

 キリンが指差す方を私は見る。

 そこには、フレンズがいた。

 しかも1人や2人じゃない。10、20、30、いやそれ以上の数だ。自身の翼で飛ぶ者。壁に張り付いている者。飛べる者に抱えられている者。

 そして彼女達の中には、奴隷フレンズも、社長の支配下にあったフレンズ達もいる。

「マスクが命がけで私達を助けるって聞いて、皆目が覚めたのよ。それで、ごめんなさいの意味も兼ねて、皆来てくれたの」

 フレンズ達が私に向かって、いろんな言葉を投げかけてくる。

 ごめんなさい、ありがとう、助けに来たのだ、私もいるよー、などなど。

「さぁとっとと野生解放するのです」

「我々の群れとしての強さをもう1度見せるのです」

 博士と助手の命により、野生解放するフレンズ達。

 そして一斉に飛びかかる。

 ある者は鋭い爪で。ある者は強固な牙で。ある者は頑強な腕で。ある者は強靭な足腰で。ある者は自慢の武器を携えて。超大型セルリアンを攻撃する。

「マスク!」

 キリンも攻撃しながら私に語りかける。

「1人で解決しようだなんて、どうして私達を頼らないのよ!」

 どうしてって。

 今回の相手は、セルリアンではなく人間だ。だから同じ人間である私が決着をつけようと――。

「それが水臭いって言ってるの!」

 咄嗟に目と耳を塞ぐ私。

「かばんさんも言ってたわ。困難は群れで分かち合うものだって」

 と、キリンは言うが。アニメではかばんさんにそんな台詞は無かったはず。

「それに、私達は友達じゃない! 友達を助けるのは当たり前のことじゃない!」

「友達……」

 こんな私を、まだ友達と呼んでくれるのか? こんな愚か者を、人殺しの私を……。

「まったく。フレンズってのは、甘甘だな」

 いや、だからこその、けものフレンズ。こんなキャラクター達だからこそ、あの神アニメができたのか。

 私は目から頬に生暖かい筋を作りながら、クスリと笑う。

 どこからか、ようこそジャパリパークへが流れてくる気がした。




 セルリアンを倒した私達は、地上に戻った。もちろん、人間界側ではなくジャパリパーク側に。

 フレンズ達は互いの健闘を讃え合う。

 この笑顔を守れて、本当によかったと思う。

 だが、まだ1つ謎が残っている。

「なあ、キリン。1つ聞きたいんだけど」

「なに? どうしたの?」  

「僕が1人で戦うって、誰から聞いたんだ?」

 フレンズ達に、作戦内容を、私が自分だけで決着をつけようとしていることを教えたのは誰か。

 さきにも言ったが、この作戦は私以外に誰にも話していない。社長にバレるわけにはいかなかったからだ。

 だが、フレンズ達に作戦を教えた人物がいる。一体何者が、それが謎だ。

「誰って、言われても……」

 口ごもるキリン。どうしたんだ?

「それが……ここら辺じゃ見かけない子だったから、何のフレンズか分からなくて」

 おいおい。知らないやつの言葉を信用したのか。

「だってその子、マスクが大変だ、って言うんだもん。信じるに決まってるわよ」

 そりゃどうも。私はちょっと嬉しくなる。

「そういえば……」

 何かを思い出したキリン。

「今思えば、なんというか、こう……どことなーく、マスクに雰囲気が似てたわ」

 私に似ていた?

 もしかして。

『それって、僕のこと?』

 私とキリンは声のした方に振り向く。

 そこには1人のフレンズがいた。

 だが、ただのフレンズではない。

『やあ、僕』

 私達の目の前にいたのは、私の分身、通称マスクフレンズだった。

 こいつだったのか。キリンに秘密をバラしたのは。作戦内容を知っているのは私だけ、私の分身が喋ったのなら、なるほど合点がいく。

『ちなみに僕は1番最初に生み出されたマスクフレンズ、いわばマスクフレンズ第1号だよ』

「1号というと……そうか、お前か」

 私は社長にバレないように、1ヶ月何もしていないフリをしていた。

 だが、本当に何もしなかったわけじゃない。マスクフレンズの量産や奴隷フレンズのと入れ替えは、下請けに出していた。

 その下請け相手が、この最初に生まれた分身、1号というわけだ。

『1ヵ月前に作戦会議をして以来、こうして面と向かって話すのは初めてだな』

「……」

『ん? どうした僕』

「いや、なんというか。僕って、こんな喋り方をするんだなーって、なんか気持ち悪くて」

『あーなるほどね。録音した自分の声を聞いて幻滅する的な?』

 分かりやすい例えをありがとう。

『それじゃあ、ちょっと喋り方を、ついでに1人称も変えるか。えー、ゴホン。まあ、とにかくキリンに作戦内容を教えたのは、この俺、マスクフレンズ第1号ってわけ』

 1人称を俺に変える分身1号。俺を使う私ってのも気持ち悪いけど……まあ、この際仕方ないか。

『ちなみに、【白と黒】のクロをイメージして喋ってる』

 それって私が書いた小説じゃないか、内輪ネタやめろ。

『そう言うなって史郎』

「史郎言うな。……いや、それよりも」

 私は1号を睨みつける。

「どうしてキリン達に作戦を話した? キリンに話すことで、社長にもバレる可能性もあったはずだ」

『そうならないように、ギリギリまで黙ってた。俺が話したのも、キリンが図書館に向かっている途中だったしな』

「それだけじゃない。お前が喋ったせいで、フレンズ達はセルリアンと戦う羽目になった」

『だが俺が喋ったおかげで、お前は助かった』

「だがお前が喋ったせいで、フレンズ達を危険な目に――」

『オリジナル。社長を倒したらお前もセルリアンに食われる、そういうシナリオだったな』

「そうだ」

『フランダースの犬』

 次に1号が放った一言はそれだった。

 フランダースの犬。

 世界が認める名作の1つ。アニメも何度か放送されている。

 だが、このフランダースの犬、名作であると同時に……。

『俺が、いや俺達が嫌いな物語の1つでもある。もちろん、何故だか分かるよな?』

「嫌いは言い過ぎだ、苦手と言え、ファンに怒られる。……ネロが死ぬから、だろ」

 私は、終盤で主人公が死んだり失踪したりする物語が苦手だ。

 物語的には、主人公がいなくなった方が、感動的であったり作品として美しくなるのかもしれない。

 だが、私個人としては、主人公とその仲間達には幸せになってもらいたい。死ぬにしても寿命で死んでほしい。

『だから俺達が書いた小説じゃ、主人公サイドの人間は誰1人死んでない。全員ハッピーな結末を迎えている』

「……【無視される男】はどうなんだよ」

『あれは最初から死んでいるからノーカンだ』

「【消去】と【ある占い師の記録】は?」

『主人公サイドじゃないからセーフ』

「じゃあ、【最高の食事】と【命と一億円】」

『と、に、か、く!』

 あ、ごまかしやがった。

『主人公が死んで終わりだなんて、俺は認めねえ。だからオリジナル、お前の作ったシナリオをぶち壊してやったのさ』

「余計なことを……」

「余計なことじゃないわ」

 私と1号の会話にキリンが割って入ってくる。

「この子が教えてくれたから、皆の目が覚めた。この子が教えてくれたから、私達はマスクを助けることができた。だから、絶対に、余計なことじゃないわ」

 キリン……。

『くく。いい仲間を持ったじゃねーかオリジナル』

 マスクフレンズがニヤリと笑う。私は少し照れる。

『さあ、ラスボスは倒した。あとはハッピーエンドに向かって行動するだけだ。どうすべきか皆に指示を出す時間だぜ、主人公』

「ああ」

 私はフレンズ達に向かって語りかける。

「皆聞いてくれ! 皆に頼みがあるんだ!」



   

「かばんを治せるというのは本当なのですか、マスク?」

「本当にかばんを治せるのですか、マスク?」

「だーかーらー! 治せる、かもしれない、だって!」

 キリンといい、博士と助手といい、人の言葉をちゃんと聞いてくれよ。

 私とアミメキリンはジャパリ図書館に赴いていた。

 目的はもちろん、かばんさんを治すため、あの薬を使うためだ。

 ちなみに1号と他のけものフレンズは別行動中だ。

 私達は博士達に案内され、かばんさんとサーバルがいる部屋に案内される。

「あれ、マスク、それにキリンも」

 目の下にクマを作ったサーバルが私とキリンを出迎える。

「サーバル、かばんの様子はどう?」

「それが……」

 私達はかばんさんの方を見る。

 やっぱり、かばんさんは相変わらずだった。目は死んでいて、身体は1ミリも動かない、言葉は発しない。植物状態というか、人形状態というのが適切なのか。

「ありがとうね2人とも。かばんちゃんのお見舞いに来てくれて」

「……いや、お見舞いじゃないんだサーバル」

 見舞いではない、治療に来たのだ。

 私はサーバルに例の小包を見せる。

「ここにかばんさんを治せるかもしれない薬がある」

 私の言葉を聞くと、サーバルの目の色が変わる。血走った眼と目の下のクマで、まるで歌舞伎役者のよう。彼女の迫力に私はたじろぐ。

「本当!? 本当にかばんちゃんを治せるの!?」

「だっ! かっ! らぁ!!」

 なんなの一体? フレンズは人の話をちゃんと聞かないの? かばんさんが心配なのは分かるけど、過度な期待はしないでくれ。それとも私の発音がおかしいのか? あーあー、あえいうえおあお。

「それより早く開けるのです、マスク」

「中を見せるのです、マスク」

 へいへい。

 満を持して、小包を広げる私。

 包みの中に入っていたのは、500ミリリットルくらいのコルク瓶。透明なガラスの器と木製の栓。

 言うまでもなく、ビンはただの器。重要なのは、その中身。

 そして、その中身はというと……。

「え? コレって……」

「コレって、あれよね? ……でもコレって、効果あるの?」

「いえ。コレに病気等を治す効き目は無いはずです。ですよね博士?」

「はい。コレにそんな効果はありません」

 キョトンとするサーバルキリン博士助手。

 まあ、当然の反応だな。なんたって、コレは彼女達にとって、ごくありふれたものだからだ。

「サーバル」

「みゃ?」

 私はサーバルに問う。

「この薬に、絶対に治せる保証は無い。治るかもしれないし、治らないかもしれない。もしかしたら、今より悪化するかもしれない。それに、たとえ治っても、記憶は戻らないかもしれない」

 私の言葉に、息を呑むサーバルキャット。

「だから、サーバル。お前が決めろ。ずっとかばんさんと旅をしてきたお前が、この薬を使うか、決めるんだ」

 我ながら、卑怯な人間だな私は。大事な決断を人任せにするなんて。

「私は……」

 俯くサーバル。

 そして彼女は自分の気持ちを打ち明けた。

「少しでもかばんちゃんが治る可能性があるんだったら、それに賭けたい。もし今までの思い出が消えちゃっても、また1から作れる。……私もう、こんなかばんちゃん見たくない。笑っているかばんちゃんに、会いたいよ」

 涙を拭いながらサーバルは本音を語る。

「いい答えだ」

 そう言いながら私は、ビンを開ける。

 「サーバル。こういう時にピッタリなおまじないが、シリアスな展開をハッピーなエンディングにする魔法の呪文がある」

 私は呪文を叫び、ビンの中身をかばんさんに降りかけた。

「たつきを信じろ」




『アライさん、フェネック。そっちはどうだ?』

「だめなのだ。見つからないのだ」

「見つからないねー」

『……そうか。そっちはどうだー?』

「すまない、見つからない」

「こっちもだめ」

「こっちもー」

『そうか……』

「これだけ探しても見つからないってことは、やっぱり……」

『まだだ。何としても見つけるんだ』

「でも……」

『この世界を、このバッドエンドワールドをハッピーエンドにするには、役者が1人足りないんだ。あいつの存在が不可欠なんだ。だから皆頼む、もう少し協力してくれ』

「……分かったのだ! アライさんにお任せなのだ!」

「私も付き合うよー」

「うちも!」

「オーダー!」

『……サンキュー皆』




 私がこの治療法を思いついたきっかけは、かばんさんの手を、あの真っ黒な手を見た時だった。

 いきなりだが、ちょっとけものフレンズ最終回を思い出してほしい。

 最終話でかばんさんは、セルリアンの体内から救出され、虹色の球体から元の動物に、ヒトに戻ったのだ。そして、ヒトに戻ったかばんさんの手は爪の先から黒く変色していた。

 そう、この世界のかばんさんも、最終回かばんさんも、手が黒い。

 2人のかばんさんは同じなのだ。

 つまり、この人形状態かばんさんは、フレンズ状態なのではなく、人間状態なのだ。


 ――本来ならセルリアンに食べられたフレンズは、本来の動物の姿に戻るはずなのですが――

 ――かばんの姿は変わらず、何故か記憶と感情を失ったのです――

 

 博士と助手のこの言葉を聞いて、私はかばんさんがフレンズ状態だとずっと思っていた。この虚ろな容態も、フレンズ特有の病気か何かだと思っていた。

 だが実際は違う。

 かばんさんはセルリアンに食べられたことによって、ちゃんと本来の姿、つまりヒトの姿に戻ったのだ。

 では、何故、人間状態のかばんさんはこんな姿になってしまったのか?

 ここからは、私のかっこよく言えば推測、悪く言えば勝手な妄想だ。確証も無いし、調べる術も無い。

 かばんさんは、帽子に付着した毛髪がフレンズ化した存在だった。

 それがセルリアンの体内で、フレンズ→髪→ヒト→消滅(もしくは、フレンズ→ヒト→髪→消滅)と移り変わる過程で、おそらく救出されたタイミングが中途半端だったのだろう、ヒトと髪の間で変化が止まってしまった。

 つまり、このかばんさんは、髪と人間の中間なのだ。

 いわば、人間の姿をした髪の毛。髪だから、喋りもしないし動きもしない。辛うじて呼吸しているのは、人間成分の現れだろう。

 ……と、以上が私の推理だ。

 もし、この考察が正しいのなら、状況を打開する術はある。

 髪人間のかばんさんを、もう1度フレンズに戻せば、治せるかもしれない。私はそう考えた。

 ここまで言えば、もう分かるだろう。

 薬の正体は、サンドスター。山の頂上で採取した、動物をフレンズへと変貌させる魔法の物質。 

 私はベッドに寝ている彼女の頭部から足のつま先にかけて、サンドスターを降りかける。

 かばんさんの身体が虹色に光り輝く。幻想的な光、神秘的な光がかばんさんを包み込む。

 やがてその光が止む。

「うーん……」

 動いた。

 かばんさんの手が、今動いた。

 いや、手だけじゃない。顔が、足が、身体中の全ての筋肉が動いた。

 そして、今まで死んだ魚のように濁っていた瞳に、光が戻った。

「かばんちゃん!!」

 誰よりも先に、サーバルキャットがかばんさんに駆け寄る。

「かばんちゃん、だよね? 分かる? 1番最初に会った時にしたお話、覚えてる?」

「あー……食べないでください?」

「っ!! 食べないよ!!」

 泣きながらかばんさんに抱きつくサーバル。優しくサーバルに抱き返すかばんさん。

 このやり取り、アニメ最終回を思い出す。私も目頭が熱くなる。感動的シーンは何度見ても泣けるものだ。

『どうやら、上手くいったようだな』

 遅れて1号達が部屋に入って来た。身体中を砂と塩まみれにして。

「そういうお前はどうなんだ?」

『成功してなきゃ、ノコノコここまで来ねーよ。ちと時間はかかったがな。フレンズ達が頑張ってくれたよ』

 そうか。これで役者は揃ったわけだ。

「ところでラッキーさんは?」

 かばんさんの何気ない一言に、サーバルの表情が凍りつく。

「かばんちゃん……、ボスは大きなセルリアンを倒す時に、船と一緒に、私達のために」

「え。そんな……」

『かばん、サーバル』

 ボスが死んでしまった思い込んでいる2人に、1号が話しかける。

「あなたは、えーっと……」

「だーれ? 見かけない子だけど……」

『自己紹介は後だ。それより、ほらよっ!』

 1号がある物を2人に投げ渡す。おいおいもっと丁寧に扱えよ。

「これって……」

 じーっとそれを見つめるサーバルとかばんさん。

 それはボスの部品。ラッキービーストの腹部に備え付けられていた、レンズのような部品。だが、見た目こそ他愛も無い部品だが、これはラッキービーストの核。これがラッキービーストの最重要器官なのだ。

 実は、にせものフレンズ大作戦以外にもう1つ、サブミッションとしてマスクフレンズ達に任せた任務があった。

 それが、ボスことラッキービーストの捜索。かばんさんアンドサーバルと一緒に旅をしてきたあの個体、自分を犠牲にしてセルリアンを倒したあのラッキービースト。

 アニメ最終回では、かばんさんとサーバルがボスを見つけるのだが……。この世界ではかばんさんが感情と記憶を失くしたことにより、フレンズ達はボスを捜索する暇が無かったらしい。

 だから、マスクフレンズ達にボスの捜索を任せた。

 ラスボスの社長を倒すだけでは、かばんさんを治すだけでは、せいぜいノーマルエンド止まり。この世界を本当のハッピーエンドへと導くためには、ボスの存在が必要不可欠だったから。

 だが、マスクフレンズの力では、ボスを見つけることはできなかった。

 それで今回、1号を筆頭に、けものフレンズ達にボスの捜索を依頼したというわけだ。

 人間であるマスクフレンズ達では無理だったが……動物の力を持つけものフレンズなら、人より五感が優れている彼女達なら、ボスを見つけられると思ったから。

 そして見事、ミッションコンプリートしたというわけだ。

「そんな、ラッキーさん……」

 まるで死んだ者の形見を見るようなかばんさんとサーバル。

 あ、この展開は……。

【おはよう、かばん】

「うわぁぁぁぁ! 喋ったぁぁぁぁ!」

 驚いたサーバルは、突如喋りだしたボスのコアを窓から投げ捨てた。

『おぉい! せっかく見つけたのに、投げるな投げるな!!』 

 慌てて1号が窓から飛び出して、ボスを回収した。


 


 かばんさんの復活を祝って、多くのフレンズが集まった。

 祭りの会場は、遊園地。あのまま図書館で祝っても良かったのだが、どうせなら盛大に。あと最終回の舞台もここ、遊園地だったからゲンを担いだというわけだ。

 毎日がお祭状態だった。食べて飲んで歌っての大騒ぎ。私と、主役であるはずのかばんさん、あと1号はほとんど料理を作っていた。

 私達の作った料理を、フレンズ達は喜んで食してくれた。

「「「「「泣いたり笑ったり、Pop People Party PPP」」」」」

「いえーい!!」

『PPP最高っ!』

 私も、あと1号も生PPPの大空ドリーマーを聞けて大満足。特に「パクパク大きく育って」のパートの所で、尻尾を振る所が可愛いかった。

 歌が終わった後に5人に握手もしてもらえて、天にも上る気持ちだった。しばらくこの右手は洗わないようにしよう。

 有頂天になって回っていると、私は祭り会場からこっそり抜け出す1つの影を見つける。

 その影を追いかける私。

 暗い森に少し入った所で、その影を捕まえた。

「どこへ行くつもりだ? まだ祭りは始まったばかりだ。僕とかばんさんに料理番を押し付ける気か?」

『……よく分かったな。俺がいなくなるって』

「同じ僕だからな。自分の考えくらい分かるさ」

 本当は、偶然、見つけたんだけど。内緒にしておこう。

『ブラック社長の撃退、かばんさんの治療、ボスの救出、それとお前のシナリオを破壊。この世界で俺のやるべきことは全てやった。俺の役目は終わったんだ。あとは自由にさせてもらう』

「僕には生きろと言っておきながら、自分は消える気か? 我ながら自分勝手だな」

『お前は主人公だが、俺は違う。俺はそうだな……さしずめ、よく喋るモブってとこだな。モブはモブらしく、音も無く、静かに、物語から消えるさ』

「……1つだけ聞かせてくれ」

『なんだ?』

「……お前は、お前達マスクフレンズは、僕を恨んでいるか?」

『あ゛?』

 私の質問にへんな返答をするマスク。

「僕は、社長を倒すためにお前達を生み出した。そして、社長を倒すために利用し、犠牲にした」

 自分の髪から作った分身とはいえ、私はフレンズを利用した。

 結局、私はあの社長を同じなのだ。フレンズを道具として扱ったのだ。

 もし怨まれているのなら、私はどう償えばいいのか、分からない。

『……馬鹿か、お前』

 馬鹿とは失礼な。こっちは真剣に悩んでいるのに。

『もし本当に怨んでるんだったら、キリンに作戦内容を教えたりしねーよ』

「でも」

『それに、だ』

 1号は話を続ける。

『お前を死なせないってのは、俺だけじゃない、俺達マスクフレンズ全員の意思だ。俺達全員で話し合って決めたことだ』

 全員で……?

『だからお前は生きろ。お前が生きれば、俺達も命張った甲斐があったってもんだ』

「だったら!」

 私は叫ぶ。

「1号、お前も生き続けろ。僕を怨んでいないっていうのなら、生きて、生き続けろ。それが証明になる」

『……ああ、分かったよ』

 1号はそう呟き、歩き出す。

「お前、これからどうするんだ?」

『最初は、同胞と同じようにセルリアンに食べられて消滅する予定だったが……お前と話して、気が変わった。これからは、けものフレンズとして生きていくさ』

「チンパンジーのフレンズとしてか?」

『いや、キリンのフレンズとして、だ』

 そう言って、1号はある物を私に見せつける。

 それは、マスク。キリンが私にプレゼントしてくれた黄色と茶色のマスク。汚してはいけないと思って、決戦前に洞窟においてきた、あのマスク。

 こいつ、パクリやがった!

「てめえっ!!」

『はは! 餞別として貰っておくぜ! 欲しけりゃ、またキリンに作ってもらうんだな!!』

 高笑いをしながら、どろぼうフレンズは森の中に消えていった。

 全く……。

「マスクー! 何やってるのー?」

「早く来るのですー。我々はおかわりを所望するのですー」

「我々の舌と腹はまだ満足してないのですー」

 祭り会場から私を呼ぶフレンズ達の声。

 私は急ぎ足で戻った。

『あばよ、俺』

 闇の中から聞こえた気がした。

「あばよ、僕」

 僕は振り向かずに、返事をした。




 数週間が経ち、ついにこの日が来た。

 かばんさんはフレンズ達に見送られながら、ヒトの住処を探して海へ出た。フレンズ達によって改造されたバス艇に乗り、大海原へ出港した。微力ながら私も改造に協力。あと、長旅用の保存食もこしらえた。

 いろいろあったが、この世界は、かばんさんがフレンズ状態であることを除いて、本来のけものフレンズのストーリーとほぼ同じ道筋を辿り始めたのだ。

 良かった良かった。これでハッピーエンドだ。

「本当に良かったの?」

 アミメキリンが私に質問してくる。何がだ?

「一緒に行かなくて良かったのか、って聞いてるの。サーバル達はかばんを追いかけて行っちゃったわよ。それにやっぱりヒトはヒトのいる所がいいんじゃないの?」

「僕はヒトが苦手なんだ」

 本音を言えば、これからのかばんさんの旅がどうなるのか、けものフレンズ2期がどういう展開になるのか、気になる。

 だが、今回の一連で私は再認識した。

 私は人が、人間が嫌いだ。

 せっかくわずらわしい世界と人間関係にさよならできたのに、わざわざ人のいる所なんて行きたくない。

「それじゃあ、マスクはこれからどうするの?」

「博士と助手に、図書館に住むように言われたよ。結界を外したのとセルリアンを育てた罰として図書館で働け、だってさ」

「……きっとこき使われるわよ。毎日美味しいものを作れって」

「まあ……覚悟はしてるよ」

 あれだけのことをしでかしたんだ。専属コックくらいやってやるさ。

「あ、そういえば」

 何かを思い出したキリンは、懐からある物を取り出す。

 それは、手紙。決戦前日に私からキリン宛てた手紙。

「それ、開けたのか?」

 私は焦る。あの手紙は死ぬ覚悟を決めて書いたもの、戻らないつもりで書いたもの。

 だが、私は今、私との約束で生きている。非常にばつが悪い。

「開けたんだけど……これ、何? 不思議な模様が書いてあるけど……」

 不思議な模様?

「あー、そうか」

 キリン、というか博士と助手を除いてフレンズは文字が読めないのか。

 私はほっとする。元々死ぬつもりだったから、あれにはけっこう恥ずかしいことも書いてある。生き恥をかくところだったけど良かった。

「博士達に何が書いてあるか聞こうと思ったんだけど……それだったら、マスクに直接聴けばいいなって思って。でもかばんのことがあったから、今まで忘れてたわ」 

「気にするな。もう終わったことだ。その手紙は捨てておいてくれ」

「ねえ、何て書いてあるの? 教えてよ」

「やだ」

 ――たまには喧嘩して怒ろう。

「むっ。いいわよ、博士達に聞くから」

「っ!! させるかぁ!!」

 ――泣き顔見たら慰めよう。

「あ、ちょっと!! それ返しなさいよ!!」

「断固断る!」

「こら、逃げるな!!」

 ――とびきりの長いお説教は短めにして。

「な、速ぇ!? もう追いつかれた!?」

「キリンの走るスピード、なめるんじゃないわよ!! いっただきぃ!!」

 ――綺麗なものを探しに行こう。

「……あ! じゃぱりマンが空を飛んでいるぞ!!」

「え!? どこどこ!?」

「隙有りぃ!!」

「あっ!」

「獲ったどぉおおー!!」

 ――美味しいものもたくさん食べよう。

「黒歴史を読まれるくらいなら……こうしてやる!!」

「あ、こら食べるな!! ぺっ、しなさい、ぺっ!!」

「I am a ヤギのフレンズ!」

「マスクはヒトでしょ!!」 

 ――つまりはこれからもどうかよろしくね。

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2017/07/01に見た夢をほぼそのまま小説にした+α 9741 @9741_YS

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