07-2/2 祭り
唯心は、一人でT字路信号手前にある堤防に寄りかかっていた。
人々が神社へと延びる坂道に吸い込まれていく方向、高無と桐原がこちらへ来るのではないかと、ボンヤリとした頭で眺めていた。
だが、次第に時間がとうに過ぎて十分は経過していた。
人々の騒めきの中から聞こえた構内アナウンスが開始三十分前を知らせてるアナウンスが流れる。
詳しくは七時十分から打ち上げ花火が始まる。
「あ――」
と、項垂れて左右を見て、その脚を貧乏揺すりさせる。
待たせることはあっても、待たされるという立場に唯心は慣れていない。
落ちてるタバコでもあれば拾って吸ってヤリタイぐらいの苛つきから、その待ち場を離れて出店屋台が並ぶ坂道に人並みに合わせた。
高無らが認識を間違っていなければ、時間が過ぎた場合、この坂道から辿り着く神社で待ち合わせになっているハズ。
こんな車が二台通れるか通れないかの道幅に蟻が詰まっているみたいだと、唯心は思いながら上へ向かう。
そういえば……と、屋台を見渡す。
三人が合流して向かうのは、高無が言う花火大会が一望できる秘密の場所。
だったら、その前に花火を干渉しながら食べれる何かが欲しい。
三週間ほどのバイト生活で、思いのほか現金が溜まっている。
帰りの電車賃は当に越えて、父親の恭二から貰った財布は旅発つときよりも、明らかに重くなっていた。
今日一日、豪勢に遊んだところで帰りの運賃には到底及ばない。
そうやって歩いていた矢先、ワケもなく手を捕まれた。
通勤列車で痴漢をしたときと似たような形で、その掴んだ人間と目が合う。
目ボケたような眼、その暖かい気候とは正反対の冷たい指先、そのあまりに普通に見える少女……というよりは少年に似た目の少女。
そして、なぜか掴んだ少女のほうが唯心が取るべく驚ふためく素振をみせた。
それに呆気にとられてしまう唯心。
そのとき、動いた街の中で彼ら二人だけの時間が止められた。
そして、誰にも聞こえることがない声。
『あなた、能力者ね……』
その言葉で、目が覚めるような不思議な感覚に襲われた。
「アンタもわかるのか?」
それが、唯心にとって二度目の経験。
『はじめまして、私は藍坂絵里。
一応、テレパシーの能力者の一人です』
そして、唯心はゆっくりと今の現状を把握しようとした。
絵里は少年のように短いボブカット、抹茶色パーカーを着た小柄な普通の高校生のようだった。
一見、その声は子供っぽい擦れた喋り方。
それは、初めて出会ったハル以外の能力者だと――唯心は考えていた。
彼女が超能力を使う一介の能力者とは到底思えない。
軽く紹介を済ませると、その冷たい指先が引っ張った。
『コッチはダメ……。
今、能力者狩りをしている人間がいる』
「ちょっとまってくれ。
能力者狩りって……」
『口に出しちゃダメ』
「ああ、スマン……。
でも、俺は、ンな神業みたいのは使えないんだ……」
『大丈夫。
コレはアナタの力では関係ない。
私のテレパシーの力でアナタに情報を送り、私はアナタの考えを読み取ることができる。
アナタは口で話さずに、心に思えば私にその言葉は通じる』
その心に思うだけ、という藍坂の呼びかけ、――初めて感じる異能力に、唯心はあることが頭に浮かんだ。
『お前は一体何者なんだ?』
一瞬、藍坂の瞼が動く。
『失礼。
私は能力者を救う団体である『スーパーナチュラル』のリーダーです。
ある人物を探してこちらへ来た。
それに探しているのは私だけじゃない。――ここにはこの日を狙って危ない組織が蔓延んでいる』
『スーパーナチュナルだって?
知らないが、アソコに友達を待たせているんだ。
それに、俺にはもう能力がない……オマエの見当違いじゃないか』
『能力が……ない?』
『ああ、『東京遺伝子研究所』の失敗作さ』
東京遺伝子研究所とは、ハルが作られた場所でもあるが、唯心の遺伝子が製作された場所でもある。
見当違いだったのか、藍坂はその言葉に目をまん丸く開いて唖然。
「すみません。アナタの心の中を見させていただいていいですか?」
と、生返事をした藍坂が唯心の腕へと引っ付いた。
その行動のほうが唯心にとって、想定外、不測な事態だ。
不覚にも藍坂の異常な柔らかなに脳が支配される。
『ごめんなさい、ちょっとだけ私のコト考えないで』
その言葉、少女に今湧き出た欲情がバレたかと思うと恥ずかしいが、そう考えるなと言われても、と思いながらも唯心はゆっくり脳裏を整理する。
目を瞑る逢坂――何か瞑想に耽っていたがやがてその瞼を開いた。
その口が開く。
「あなた、二重人格者なんですね」
その言葉は的を射抜いていた。
別に、唯心は驚かなかったが、逢坂という人物が本当の能力者であることの裏付けになった。
驚かなかったというかは、そのワードは唯心自身、知られても困る事でもなければ言われてどうと思わないことにしていた。
「どうりで、目が違うと思いました。
知らないかもしれませんが、私はあなたにお会いしたことがあるんですよ?」
そう、藍坂はあえて破顔してみせた。
その顔は月のような静寂さと幼い可愛げがあったが、どこかで会ったのかと唯心は考えるつかの間――次に突然突拍子もなく逢坂は腕を潜らせた。
「――ひぃ!」
と、抱擁と共に唯心は潰された猫の声――と同時に周りの観衆がコチラへと目をやる。
だがそのとき、次は<なにか違う記憶>を奪おうとしていると、気づいてしまった。
否応なく、唯心自身の記録に影響が出始める。
先ほどの『能力について』を引き出すのとは違い、自身から『ハルや夏樹? の記憶』が浮き出される感覚が身体中に巡る。
その感覚が、変にむず痒い。
そして、過去の恥ずかしい出来事がバレるような、好きな人間や自身の罪を告白するかのような罪悪感をも脳から人体へと流れ込むように思い出されていく。
それが、逢坂にも影響が出始めた。
なぜか、藍坂の顔が唯心の胸元で咽返る。
そのワケがわからない行動に、唯心はそんな藍坂を力づくで押し退いた。
「――オマエ、なにを」
周りの観衆は先ほどからカップルの喧嘩かなにかと勘違いしたような目をコチラに向けては通り過ぎる。
気づけば、二人の間には半径一メートルほどの円ができていた。
押し返された藍坂は赤く染めた瞼をふためかせた。
どう返事を返すべきかと、一度引いた手を彼女へと戻したとき――
「――おおカガミ、ドコにいたんや?」
そこには、約束の時間を当に過ぎたのに来ることのなかった高無が唯心の肩に手を置いた。
ふと、本来の花火大会の目的が蘇り、その矛先が入れ替わった。
「どこじゃねえよ、約束の時間に来なかったから……
って、この女の子は……なんや?」
疑いというかは、恨みを含んだ高無の目線――どうやら、なにか勘違いしている。
なんて説明するべきか、唯心は少女の処遇の説明を考えたが、それよりもまず藍坂が口を開いた。
「唯心の妹、絵里です。
お兄さんがお世話になりました」
それと同時に藍坂の思考が脳裏へ浮かぶ。
『私のコト、絵里って呼んで』
それに合わせるべきか、どうか懐疑する暇もなく、藍坂が思わせたい流れに高無はその戯言に騙されている。
「そういやこの前カガミ、妹さんいるって言ってたな?
わざわざ、都内からココまで一人で来たんか?」
それと同時に藍坂は唯心に思考を巡らせていた。
『私の立場がバレるのは好ましくない。
下の名前なら特定は難しい。それに唯心さんの立場、使わせてもらいます』
そうお互いの言葉を、どうにか聞き分けると、なぜか高無と藍坂は次の言葉を唯心に期待するように目を向けた。
その脳の整理に数秒のツッカカリ、そしてするべき態度を模索するには違和感なく言葉を繋ぐことが……おそらくできた。
「そうなんだ、電報で妹がどうしても見たいって言っててさ。
まさか、本当に来るとは思わなかったけど……。
今さっき偶然会ったからよかったけど、会えなかったらどうするつもりなんだか……」
しかたがなく、そのお飯事な事案に付き合ってやろうと、唯心は言葉を選んだつもりだった。
「だから……絵里ちゃん、目が赤いんやな。
ホント、カガミの兄ちゃんは、女を困らせて泣かせるのが好きみたいやな」
あ……と、そこで唯心自身が意味不明にも本当の義理妹と桐原の記憶が読み取られたことを思い出す。
『なんで、記憶を取ったんだ』
唯心は絵里へとそう尋ねるが、この言葉を無視して、二人だけのときには見せなかった太陽のような愛想笑いを高無へと輝かせた。
「はい、ホントにお兄さんたら、私から逃げて逃げて……やっとで連絡が会ったんですよ? 最近」
「いや……、まあ」
そのつくり話に言葉を失う。
よくもそうも戯言が創れたモンだと、感心しつつもその会話に合わせなければならないのは唯心にとって苦だ。
「そうか、なら今からワイがいいモン見せてやる……。
とは言ったモノの、ちょいと問題があってな。
桐原と誤って逸れてしまったんや……」
そう悩ましくも、やってもうたとふうに高無は頬を掻く。
「また、なんか喧嘩紛いや告白紛いのことをしたんじゃないよな」
「いや――」
そう不思議そうに高無はこのことを語る。
「なんもない神社にいたハズなのに、まるで神隠しでも遭うかのように急に姿を消したんや」
必死で説得する高無に、唯心は途方に暮れるしかないが―――その出来事にまさかの胸騒ぎを抑えきれない少女が隣にいた。
『唯心……、この子ってどんなの子ですか?』
藍坂のテレパシーが届く。
『ああ、長髪の女の子……で、名前は桐原……夏樹って……』
『……桐原? あの所長と同じ名前……だけど、本当に名前は夏樹って言うの?』
『はあ……? 疑うもなにも――』
「おいおい!? 兄弟で見つめ合って急にどうしたんや?」
二人のテレパシーはそこであやふやになるが、
「高無さん? もしかしたら、この子があなたと逸れたところで待っているかもしれません」
「え……、そりゃそうやな」
「だったら私、少しお兄さんとお祭りが回りたいかな? お兄さんのせいで食べ物も買ってないんです。
ついでに、桐原さんも探しますの?」
「ほ、あ? そうやな。
ワイがあの場所から居なくなって回ってたら、そりゃ見つからんしな……。
ホンマにスマン、もし居たら頼むで?」
高無は言われるがままに、暗闇になる神社へと掛けていった。
残された二人は、一度無言に顔を合わせた。
ざわめきの中で、冷たい藍坂の空気が脳裏へと響く。
『私の仲間が、ある異能力者が確保された……という情報があります。
十中八九、あなたの友達です』
その意味が、想像ができたが……、思考が無意識に抑えていたある予感が騒ぎ立てる。
だが、そのことについて唯心は聞くことができない。
だとしても……、いや、だとしたら、唯心は自身の揺れる軸が壊れる気がした。
口が塞がれた唯心の代わりに藍坂の唇が動く。
「お兄さん、一緒に縁日を回ってください?」
夏だというのに長袖には隠れた細い腕が揺れるの肘元へと延びる。
それは、恰も祭りを楽しむ本当の兄弟のようにもう一度藍坂は少女の笑顔を向けた。
「お前は……」唯心はこの手を払い、「さっきから何を考えているんだ?
桐原が捕まったかもしれないとか、裏の組織だとか……」
「いいから……」
そして、無理にその手を掴み、
『相手を欺くため……』
藍坂がまた冷たい発信をする。
「大丈夫、彼女を助ける手立てはできてます。
だから、一緒に坂の一番下まで……」
「フザケルな!!」
楽しそうな雰囲気が一瞬の間に、表覚めした氷に包まれる。
毛を獣のように際立てる過程に、一種の心の奥底に眠る野獣と繋がる心が騒ぎ立てる。
その声に応えるように、唯心の心臓の音が大きくなり、ハッと何かに気がつく。
が――それがなんなのか、理解ができない。
沈黙が終えるように、祭囃子が戻っていく。
その中で、気が知れない唯心に藍坂も息を詰めた。
「兄さ……いえ、唯心さん……落ち着いて……。
ごめんなさい。御ふざけが過ぎたようです。
あなたをこの戦いに巻き込むワケにはいかないんです」
彼女が振り絞るような声。
そして、何か大事なモノを隠そうとする震える声に唯心は憤りし始める。
ネジが外れる寸前、どうにか抑えていた。
だが、それも限界だった。
「ごめんなさい……」
藍坂の手がまた身体を包んだ……そのときだ。
「あ……あなたは一体……?」
唯心は目を開けるとそこには知らない少女に抱き締められていた。
それについて、唯心は不思議と恥ずかしいとも不埒な感情もなにも考えられないのが不思議だった。
「……いえ、私が転びそうなトコ、助けて貰ったんです」
なぜか、その少女の目には涙が浮かぶ。
その理由がワケがわからない唯心は少女の浮かばない顔を覗き込んでから、それがあまりに失礼な行為だと悟った。
幼い可愛げのある少女。
その彼女には、この観光地では見慣れない顔だった。
顔を反らした唯心に、少女は言葉を重ねる。
「アナタの友達が、神社の……境内でお待ちでしたよ?
私、目にゴミが……あぁ……」
ゴミにしては、嗚咽の混じった悲痛に唯心は手を貸そうと差し伸べるが、
「いいからっ! 早く出てって!」
と、少女は急にキレ始めた。
頭を抱えながらも、周りからの見る目線に耐えながら、唯心は仕方がなくこの場を立ち去る。
なにかが欠落したような心持で、見覚えのある坂道を駆け上がり始めた。
十字架を背負った悪魔 はやしばら @hayashibara
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