07-1/2 バイト終わり

七章



 唯心は苛々していた。

 と言うのも桐原と高無はいつも通りに話せるようになったが、それは唯心がいるときだけだった。

 そして、桐原は未だに高無に負の告白をできずにいた。


 高無もそのセリフについては、半場諦めていたのかも知れない。

 だが、確実に二人の関係に溝ができたままだった。

 こんなキリキリした状態をどうしたもんかと、疣でもできたような日々が続いた。


 せっかくの青春の思い出を、どうか二人には順風満帆に送ってもらいたかった。

 それが、二人にとって振られたという塩辛い思い出でも、魅惑な美女とのひと夏の恋でも唯心にとってはどうでもいい。


 ただ、今の現状況を認めるほど、唯心は人間は腐ってはいない。

 かなり、大袈裟かもしれないが、そのためにかなりの準備をしてきた。

 唯心は恋のキューピットならぬ……これはたぶん、悪魔がやる行動に相違ないのだが。


 そして、二人には青春の一ページに飾る大事な一日にしたかった。


 それは、唯心なりの御礼の形でもあった。

 本当は愛しかった妹のハルへの傷心旅行のつもりが、いつの間にかに皆と仲間になっていた。


 そんな、高無と桐原と、最後ぐらいは仲直ししてもらいのがもっともらしい理由。

 ただそんな義理や人情で、このリゾートバイトの最終日に唯心は、あたかもアホらしい計画を立てた。



 お盆になると波が荒れるようになって、この時期には観光客のピークは当に過ぎ去り、歩く人も斑になっていた。


 だが、今日は幾分人が多いのは確かだ。

 この日、お盆最終日は、この地域で夏の最後を飾る花火大会が開かれる。

 この彼らがバイトをする民宿も今日は大賑わいになる。


 本当は遅くまでバイトをするべきと踏んでいたが、なぜかこの日に限ってバイトをしたいという輩が多々いる。

 そして、明日には、こんな彼らの大半はリゾートバイトを終えて帰郷し、おそらくこの海水公園も落ちつくのだろう。


 唯心と桐原も高無も今日がバイト最終日。

 三人とも今日は早番で切り上げるべきではないと考えていたが――その逆で、夏の最後の最後までバイトを謳歌したいという連中のほうが多いらしい。

 その気持ちもわからなくもないが……。


 そのため、難なく三人ともバイトを抜けることができることは約束されていた。

 


 今日は花火大会もあってか、海で泳ごうなんて考える観光客も少ない。

 砂浜を歩く観光客がほとんどで、花火大会のついでに雰囲気見たさで海の家へと足を運ぶ。


 だらかというワケか、作った焼きソバはそこそこ繁盛したし、時間つぶしの連中が大いに集まりビールや飲み物が飛ぶように売れたのも確かだった。



 その中、慢性した雰囲気に爛れ込むと唯心は桐原に声を掛けた。

「お前、結局言えないじゃないか……」


 その言葉に、桐原の肩が敏感にを宙を竦めた。


 そのあと、おおきな溜息をつくと、高無のほうをちらりと伺う。

 彼女はそこまで人見知りする方ではないが、やはり好意を持った人間と接するということに関して奥手になっていた。


 そして、大きく溜息をする。


「……なんか、脚が竦んで、彼の前に立てないんです。

 本当、オカしいですよね」


「なんだそりゃ……」――と思う半分、唯心にその気持ちがわからないこともない。「今日が高無とも最後なんだぞ?

 一応、御祭りが終わったあとでもいいから話すべきな」


「わかってます――

 どうか、冥土に持っていかないようにはしたいので……」


「冥土って大袈裟な……。

 まあ、今日のお祭りのときにでも、言うセリフを考えとけよ」


 桐原は小さく頷く。



 5時を過ぎると、なんやら緊張が解けたのか背伸びをする連中が多数いた。

 夏の思い出と共に今年の彼らのリゾートバイト生活は終わりを告げた。


 早番で終えた者たちは「お先に」と声を掛けながら、次々と民宿へと戻る。

 その中に背筋を伸ばしながら、唯心も清々しい気持ちで戻っていく途中だった。


「あの……待ってくれ」と、一人の男性が声をかけてきた。

 彼は同じバイトの家原という髪が長い大学生。振り返る唯心へと家原は手を差し伸べていた。

 その意味がわからず、唯心は一瞬迷っていたが、家原はニコッと笑顔を見せた。

「握手してくれないか、シン?」


 そう言われて、その手を合わせたのだ。

 家原は照れながらも言葉を繋ぐ。

「なんか、ありがとな……。俺、このバイトが初めてで料理もヘタでガチでシンには救われたよ」

 そう言いながらも、ただ平然を装いながら唯心は空を見た。

「いや、俺も初めてだったし……」と言葉を繋いでいると次々と人々が集まってきているのがわかった。その中には他のアルバイトの奴らも交じりながら。


 家原だけじゃない。唯心はこのリゾートバイトでたくさんの友人ができたのだった。

 考えれば、知らない奴からジュースを奢ってもらったこともあったし、休日には他のバイトの奴らが人を挙って集めて、バイトメンバーだけのカラオケ大会などもあった。


 それが今日で終わりだと考えると、唯心は少しだけ胸が痛い思いをしたのだ。



 リゾバが終わり、三人は一度民宿の二階で待つ合わせをした。

 が、唯心は、ココに一度来てからふたりにあることを告げた。


「ゴメン、俺――少しオーナーに頼まれてることがあるんだよ。

 だから、二人でさきに祭りを見ててくれないか?」


「っへ?―― どういうことだよカガミ」

 そう、知り得なかった事実を知らされた高無が目を丸くした。


「あの、アレだ。

 オーナーに一つ頼まれていることがあるんだ」 

「……じゃあ、どうすれば?」と桐原。

 当然、そういうコトを聞かれると、唯心は想像していた。


「ああ――、そうだな。

 六時半にあの屋台が並ぶT字路で待ち合わせでいいか?」

 そう、二人へと唯心は提案する。


 そして、そのまま急いで一階へと戻る。

 あたかもオーナーを待たせるワケにはいかないというふうにだ。


「おいおい、まちぃな」そうコソコソするように高無は唯心と肩を組んで低い声が細く呟いた。「カガミ頼むで? 二人は無理や」


 しかし、そこは心を鬼にして、唯心は後ろへと振り返るつもりはなかった。

「お前、チャンスだと思わないのかよ? 今日を逃したら、もう次はないんだぞ?」

 その言葉に、高無は背筋に水をでも垂らされたかのような身震いをした。

「じゃあ、そういうことだから」唯心は高無の腕を解いて、すたすたと足を進めた。


 呆然と立ちすくむ高無と桐原の二人。

 こんな気まずい状況を作るなんて、アイツはなにを考えているのか、高無も桐原もお互いにそんな思考を巡られていた。



 だが、そのままでは埒が明かない。

 高無は一度照れ隠しに頭を掻いてから、桐原を確認した。

 ――初めに口を切ったのは高無が先だった。


「あ――、アイツ何考えてるんや……」

 と、ぼやきながらもおそらくもどうも、高無たち二人に話す機会を作りたかったんだろう。

 それ以外に高無は検討できる理由は見つからなかった。


「はは……そうですね」桐原も返答する。


 あたかも、平然を装うがその声が引っ繰り返っていたとは桐原自身も気づけないほどのその場に違和感。

 でも、どうすることもできない。


 高無さんのことは嫌いではない。

 だけど、そう避けていては嫌いというのと変わらないじゃないか。

 自分に鞭打るように、心に言い直すが、やはりこの言葉が口から出ない。

 おもわず、桐原の拳に力が入るが、その隣で頭を掻いていた高無は繋げるように言葉を繋げた。


「まあ……、二人で歩くのも久しぶりやな。

 仕方ないから、そこら辺でも歩くか? お好み焼き、二人で食べんか?」

  

 お好み焼き?

 それは、なんのことだか桐原は知らない。


「お好み焼き……ですか、なにかの食べ物のことですか?」


「ハハ……そうやで? 桐原さんもまわり観てたやろ?

 花火大会になると、御祭りみたいにあちこちに屋台っていう『海の家』より小さい出店がいっぱい並ぶんや。


 まあ、一見は百間にしかずや! 

 桐原、あんな奴置いといて、仰山遊ぼうや」


 そのまま、目も合わさずに高無は一階への階段へと向かう。

 それを追い掛けるように、桐原も続いた。


 民宿から出ると、さきほどより大幅に人が散漫していた。

 その足取りがT字路があるほうへ向かっている。


 普段、車の通りが少ないこの道、そこにつッかかりができるほどの車が走行し、上りはかなり渋滞していた。


「よう、お二人さん」

 出て行く様子を民宿前で出店を立てている人物が声を掛けてきた。


「なにやってんや、カガミ」

 不覚にも驚きと呆れが相まった怪訝な目をする高無。


「なにって、オーナーにある会合の一時間の間、出店の店番を頼まれたんだ。

 まあ、気にするな。

 二人で、<例のアレ>の下見でもしてきたらどうだ?

 もしも、無理だったら笑い事じゃスマナイんだし、そのついでに屋台でも楽しめよ」


「ハンッ! 鼻からそのつもりだ。

 もう、二人でお好み焼き食べてるからな!

 あとでカガミは一人寂しく花火でも見ながらたべるんだな」


「はいはい、まあ時間の待ち合わせにいなけりゃ直接向かってやるから。

 変な気起こさないようにな」


「コノヤロ……。

 あとで、覚えとけ!? ほらいくで、桐原さん」


「あ……、はい」


 そうして、高無と桐原は人々が川の流れのように一方方向に進む道程に続いて歩き出した。


 なんとなく、唯心は、空を仰ぐ。

 今までよりも少し陽が落ちかけて色を施す。



 それでうまくいく確証はないが、さすがに高無も一度あんな目にあって告白の答えを聞こうとかバカはしないだろうと。

 それより、やはり問題は桐原だ。


 彼女がそのことについてのイザコザを抱えている限り、お互いが楽しく話すこともできなければ、気まずいままと唯心は、考えた。


 すこし、粗治療な気もしたが、この一時間という間で二人がお互いの柵をなくせればと唯心はこの作戦を実行した。


 オーナ直々に頼まれた仕事をしながら二人がうまくいけばいいなと、唯心は肘をついたまま、耽っていた。


 その僅かな短いバイト生活の最後としては、一人でその先のことを考える良い時間だと、唯心は考えていた。



 民宿『潮風』のずっと先、浜の一画が立ち入り禁止となり、そこには何日も前から打ち上げ準備が進められていた。

『潮風』と『花火の放火台』の間、信号があるT字路から陸に向かって緩やかな上り坂のその奥――ここら一帯を守る神様が祭られている『神社』がある。



 本来はこの神社を祀る祭りからその装飾として花火大会が開かれるようになったが、今となっては花火大会が中心となる有様だ。


 そのことは多くの花火大会の実行委員が知っている事実であるが、それは止む負えないという事実と胡散した。


 人が存在しない神様など存在しない。

 誰かが祭り上げるから、それは神として拝められるのだ。


 その名残として、神社へ続く長い参道には今も屋台が並び、観光客や地元の子供たちで溢れ返る。

 そうして、この観光地が一年で一番ひと通りが多くなる花火大会は続けられている。


 夕暮れ時、屋台が伸びる坂道で、食べ物や娯楽を求める者が跋扈する。

 人々の騒めき、ワイワイと楽しそうな声が響き渡ると、桐原の脳裏が破裂しそうな感動に襲われた。


「うわぁ――!」


 そして、おぞおぞとその人並みに合わせて、その坂を歩いた。

 屋台から香ばしい匂い、赤く照らされた提燈、風が吹くたび回る風車、そのすべてが見たことのない未知な領域。


 おもわず、桐原のその手が高無にしがみつく。


「そ、そんなに珍しいんか?

 ……まあでも喜んでくれたならよかったわ」


 ざわめくお祭りの雰囲気に呑まれながら、二人は高台にある神社近くまで歩くことにした。


「桐原さん、アレ、お好み焼き屋さんあったで?」

 高無は気まずいのと、照れ隠しで桐原に提案をした。それだけでなく、夕食を食べていなかったので小腹が空いていた。


 坂の途中、何件ものお好み屋が競う合うように商売をしている。

 こんなお隣同士で同じ系統の屋台を置くことなかろうに……と、高無は内心哀れに思いながら、どこのお店が一番おいしそうかを吟味していた。


「何か同じような店なのに広島風や黒豚腹とかお名前が違いますね? どれもおいしそうですが……」桐原はふわふわと高無へと尋ねる。


「ん……、広島民には悪いが、黒豚お好み焼きがオレは好きやな」

「じゃあ、こっちを食べましょう。高無さんが好きなのを食べてみたいです」

「ええ、わかった。じゃあ、コッチのお店に並ぼうや」


 数分は人の列に並ぶ必要があったが、お好み焼きは難なく手に入れることができた。それを抱えたまま二人は人気(ひとけ)の少ない神社の境内に入り、そこにあったベンチへと腰を下ろした。


 誰も寄らない神社の中は厳格にも似た静寂を帯びている。

 そこから、少しの祭囃子が聞こえる。


 桐原は一瞬、この土地に脚を踏み入れる際に、<ある理由>からちょっとだけ戸惑った。

 だが、その考えはすぐに胡散する。


 高無が袋に入っていたパック詰めされたお好み焼きを一つ渡す。

 そこから渡されたお好み焼きのお風呂の湯ほどの温かみが桐原の指先から体中に染み渡る。


 甘いソースの匂いが鼻孔に刺すと、思わず口の中の唾液が広がる。


「ほい、箸」

 桐原が受け取る。

 高無はお好み焼きを広げ始めた。


 そして、お好み焼きの皮を食べやすい大きさほどに端を入れていく。

 だが、肉が切れにくいとわかると、パックを持ち上げてそのまま下品にも口で食べていく。

 なんとも豪勢な食べ方に、それが正しい食べ方なのかと桐原は釈然と高無を見上げた。


 時期に食べる決心をし固唾を呑み込む。


 箸をお好み焼きの薄い生地にさしていき、食べやすい大きさにする過程でどうしてもやはり固い肉の壁にぶち当たる。

 そうして、できるだけお上品に食べたいが、止む負えなくパックを口元まで持ち上げて、桐原も歯で噛み切りながらお好み焼きを食していた。


 たまに見られていないか、高無を確認しながら口は進んでいく。


「桐原さん、神社とか行かないのか?」

「ええまあ、ワケあってあまり訪れたことなかったです」


 ん……と、高無はその<ワケあって>に引っかかる。


「あ――、もしかして、日蓮宗の仏教徒だったり?

 オレ、無宗教だからあまり聞いたことはないけど、宗教によっては違う宗派や教えをする場所にははいっちゃいけないって聞いたことがあるわな」


「いえ……、半分は合ってますけど。

 私、元々カトリックだったので、あまり神社とはお寺には行ったことがなかったんです。

 あ、でも、別にそういうトコロに行っちゃいけないとか決まりはないんで気にしないでください」


 カトリック……? この地域では珍しい宗派ではあるが、そう高無は驚きはしない。

 多くの旅で、そういうので間が決まらないと知っていたからだ。


「へえ、そうなんや。

 あ……でも、そうしたら豚肉、よかったの?」

「食べ物は命に感謝すれば、一応には食べていいんです。

 でも、基本は必要な分だけ。

 それに、修道院のシスターたち嗜好品を思われる食べ物は禁止でしたね」

「ふ――ん、いろいろあるんやな」 


 その後も二人は話をしていたが、高無はあることに気がつく。


「――ヤバい、もうそろそろ唯心との約束の時間や」


 その腕時計を指す刻は6時20分を過ぎていた。

 今から出れば間に合う時刻ではあるが、少々急ぐ必要があるだろう。


 高無は空になったパックをビニール袋に詰めて、結び封をする。

 その隣で、手についたソースを仕方がなく桐原は舐めていた。


「ちょっと、急ぐで! 

 まあ、唯心のことやから、心配はいらんと思うけどな」



 そして、ベンチから立ち上がり去ろうとしたとき――

 神社境内にはもう一人、違和感のある男が立っていた。

 そう思えたのも無理はない。この真夏に黒いコートに身を包み、ただ呆然と立ち尽くし、何かを観察するようにコチラを見ていたのだ。


 男で冷え性……? そんなくだらない思考が高無を貫いたが、無視をして急ごうとした。


 しかし、その考えはある意味で正しかったのだと、高無はそのあとすぐに気づくことになった。



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