異能力 / 世界編

間章-夢の中、二人がいた教室 / 終わりゆく世界で

 

 毎日、唯心は祈っていた。

 だが、同時に祈るだけでは何も変われないと知ってしまった。


 祈るとき――

 それは神に近くなった誰かにに会いたいから。

 そして、ハルがいる日々を願う。



『運命には変えられる運命と、変えられない運命がある』


 病気や生まれの運命は変えることができなくても、今から唯心が行うことは、果たして変えられない運命だろうか?

 もう一度、神に乞う。

 でも、自身が行動を起こさなければ何も変わらない気がした。

 何かを諦めるとき、それが変えられない運命へと変わってしまう。



 平和を求め続けた。


 恨みからは悪しか生まれないと判りつつも、他人への深い怒りや嫉妬というのは消えることがない。


 この世界から戦争がなくならないのと同じく、誰かと感情をわかち合うために願うことは無意味なのか?


 宗派や考えが違ければ、争いや自我の欲望で相手を傷つけるだけなのか?



 その日も唯心は夢を見る。


 亡くなった妹のハルが笑うだけの単純な夢だ。

 場所はスクール時代、二人だけの教室。

 青写真のような朦朧とした世界、二人を挟むモノは誰も腰かけていない机の羅列。


 ハルは、校庭の見える後ろ側の席で窓の外を眺めていた。

 窓は空いている。


 校舎の3階、ここからは運動部が走り込みをする校庭が見える。

 微かに妄想の中で、遠くから山彦のような彼らの声も聞こえるようだ。


 ハルは窓のアルミでできた冷たい淵に手を当てて、その奥にある何かを眺めていた。


 その顔は、ユキに似ていた。

 でも、似ても似つかない。


 ハルの目は、誰とも違う形。

 彼女がハルだと誇張するように、彼女は恭二に進学祝いで買ってもらった修道服を着ていた。


 ずっと……唯心は、そのボヤけた顔を眺めていたかった。

 夢の中で彼女――自身の死など関係なく、心に残留したハルの欠片が紡ぎ合わさったように、その理想的な形は完璧なまで維持されている。



 唯心は、彼女に話しかけた。

 どうやら、この時の唯心は高校生活での回想だと思い込んでいた。


「もう教会に帰らないか?」

「うん、あとちょっとだけ。

 空っていいよね。毎日あなたを見ていられそうよ?」


「どういう意味だ?」

「ん……あのね? わたし、死んでしまったら空になりたいの。

 それで、みんなのことを空から見守って、みんなが幸せになってくれたら……嬉しいな」

「あのなぁ……」


 ――お前な…死んでしまったら、何にもならないんだよ?

 誰かに思いを伝えることもできなければ、言い返すこともできない。


 ハルが言い返さなくてもいい。

 唯心には言いたいことが数えきれないほどあった。


 恭二とのやり取りや、学校で起きた事件、昨日食べたパンの味でも、何でもいい。

 こういうくだらない事でも、義妹がいるだけで、幸せだった。


「ごめんね?

 あなたに、会えなくなるのは悲しかったけど、私が決めたことだから。

 でも、覚えといて? わたしはあなたを見守っている」




 そこで唯心は目が覚めた。

 その目には欠伸にも似た涙が浮かんでいる。


*****


 町中からグレゴリオ聖歌のような歌声が聞こえるようになったのは最近の事だった。

 童話を歌うように町中に響き渡っては、次第に小さくなって聞こえなくなっていく。


 世界の終わりを告げるアポカリプティック・サウンドというものなのだろうか?

 この音は、唯心にしか聞こえないと思っていた。


 通学途中とかに突如となく鳴り始めては、唯心の周りだけに地響きを残してきく。

 あたりを見渡しても、歩く人々は何も変哲もなく忙しそうに歩いていた。



 世界が変わっていく。

 そんな予感が思考を巡らせた



 だが、そんなことをは一般の人間は気づかないのだろうか。

 世界がいつ終わるかも知れない中で、人間たちは毎日を過ごしている。


 地球という存在がどうして成り立って、なぜこの星だけに生き物が存在して、何億年もの間それを維持できたのか、これこそ奇跡の賜物でしかない。

 今、生物が生きている時間、宇宙的単位で考えれば高層ビルのパネル一枚以下であるのに、そんな奇跡を当たり前に思って過ごしている。



 ――全人類に示したい。


 世界には、恵まれない子供が沢山いる。

 機関銃を片手に生死の狭間を彷徨っていたり、明日を生きるために働いている子だっている。


 親の愛を貰えない子もいる。

 それが原因で愛を知らない子やナチュラリストだっている。


 恭二がいてくれたおかげで、唯心は愛を知ることができた。

 だけど、恭二がいなかったら、どうなっていたのだろうかを考えたくもない。


 でも、愛を知ったことで、苦しむことも沢山あったと思う。

 だから、誰かを愛したいとも、誰かを導きたいとも思えた。


 ハルとのことは、兄妹と知っていても、知っていても、愛してしまうのだから仕方がなかった。

 ただ、そうなればいいなとか、『もしも』という事ばかりが頭に浮かぶことで、どうにか生きてきた。



 もし、彼女だったら、なんて言うだろうか? 両親だったら、どう思うだろう?

 そうして、ずっとハルは唯心の心の中に語り掛けていたことに気が付けた。


 だから、心の中でハルだったら、今後どうやって生きるかをずっと考えていた。

 そうやって何時も、彼女との交信を探していた。


『もしも、君が生きていたのなら、俺は君になんて言葉を掛けるだろうか?』


 ただ、そんなありもしないことを考えていると、陽が落ちていく瞬間が見れた。


 街中に落ちる夕日がビルとビルの間に赤色の閃光を放つ。

 唯心は立ち止まっても、世界は動いていたのだ。


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