古い名家の地下で眠っている少女・蝶子と、彼女の『餌』である青年・棗の、十数年にわたるいびつな関係をえがいた短編です。
蝶子は吸血鬼のように家の人間の血をすすって生きています。
年をとることもなく、他のものを口にすることもなく、ただ血を与えにくる棗を待つだけの日々を送っています。
彼女はいつか棗を殺して自由になると言いました。
しかし、彼女にとっての自由とはいったい何だったのでしょう。
まだ家の歴史が始まったばかりの頃、彼女は家族に与えられる愛を胸に生きていました。
人ならざるものでありながら、今の家の腐った人間たちよりよほど人間らしい情をその胸に秘めていたように思われます。
彼女は家族からの愛のために囚われることを受け入れました。
そして愛が失われた時、一度は長い眠りについた。
もしかしたら、蝶子は最初から自由など望んでいなかったのかもしれません。
彼女にとっては自分を家に縛るその愛こそすべてだったのかもしれません。
情が、愛が、棗とのふれあいの中でもう一度目覚めてゆく。
棗にとっては、この家は、けして楽しい記憶のあるものではありません。
けれど、棗と蝶子が時を過ごした場所であり、蝶子のために得ようとしたものでもあります。家は棗にとって蝶子との愛の象徴だったのかもしれません。
蝶子はそれに気づいていたのかもしれない。
蝶子はまたその愛を受け入れることをよしとしたのかもしれない。
邸が燃え尽きた時、蝶子はふたたび長い眠りにつきます。
どんなに重い愛でも、彼女にとってのそれは自由よりもずっとかけがえのないものだったのではないでしょうか。