everlasting

『はい、これ雫の。んで、こっち柏木先生に渡してね!』


 いつだったか、ANNAMOEでの恒例飲み会で未央から渡されたウェディングパーティーの招待状。


『柏木はいいって』

『どうして?』

『どうしてって、ほとんど付き合いないじゃない!』


 驚く私に未央は言った。


『いいの!折角、雪さんとこでやるんだもん。呼びたいと思った人を呼ぶ!』

『左京くんの会社の人も呼んだの!ドレス、格安で借りられたお礼と、あとね、何となくこれから仲良くなりたいなーって思う子だったから!』


 前に三人でお茶した時に千草ちゃんも言っていたが、全く正反対だから私たちは仲良くなれたのかもしれない。


 そんな彼女の結婚パーティーは、とてもとても素敵だった。

 いつもより泣き虫な彼女を見守る彼も、いい男だと思った。



「雫、あとはやるからもう大丈夫だよ」



 最後のグラスを下げ終わった時、洗い物をしていた雪ちゃんにそう言われ私は頷いた。


 窓の外に目をやると、いつの間にかオレンジ色の大きな夕日が街を綺麗に染め上げている。

 車で来ていた翔くんや左京くんは飲めなかったからか、近々また集まろうと言い、未央もまた『紗良ちゃん、彩ちゃん!これからたくさん声かけるから仲良くしてね!』と張り切った。



「ただいま!」



 前日から私と一緒に裏方をしていた柏木が、高木生花店と右京くんの家に荷物を運んで戻ってきた。扉を開けた途端、私の姿を探してキョロキョロしたらしく萌ちゃんにまで冷やかされた。


「こら、萌。柏木くんごめんね、ありがとう。あとは大丈夫だよ」


 雪ちゃんは苦笑いしながら柏木に頭を下げた。


 ***


 駐車場に停めてある彼の車まで並んで歩いた時その瞬間が訪れた。

 ほんの少しの間だけだけど、普段お喋りな彼が急に無口になることがある。


 ――そう、今みたいに。


 そんな時、彼の方を見ると大抵幸せそうに微笑んでいて。私はその横顔に毎回心を奪われるんだ。


「どうぞ」

「……どうも」


 助手席のドアを開けた彼は私が座ると静かにドアを閉める。こんな特別扱いはいまだに慣れないけれど――。


「ん?」


 乗り込んですぐにわかった。

 車内に充ちた甘い香り。


 思わず後部座席に目をやった私は、一瞬で固まってしまった。


「驚いた?」


 運転席に乗り込んだ彼が私の顔を横から覗きこむ。


「柏木……」


 こんなことは予想外すぎて、心構えが出来ていない。


 後部座席に手を伸ばした彼が、私の両手に贈ったもの――それは、まるで新婦が持つような淡いピンクのバラのブーケだった。



「指に当たったのに雫のとこに落ちなかったでしょ、あれ」



『これやってみたかったの!いくよ!!』

 未央が突然始めたブーケトス。

 伸ばした指に一瞬かすったブーケは彩ちゃんの元へ飛んでいった。

『菊地!なんか言え!』

 冷やかされた菊地くんと慌てる彩ちゃん。

『……とりあえず俺の実家に行く?』

 ブーケがもたらした幸せな約束。嬉しそうに頷く彩ちゃんを見て、羨ましいと思わなかったと言ったら嘘になる。


 嘘になる、けど。


「なんでそんなとこ見てるのよ」


 恥ずかしさに負けて小さくなる私の声を聞きながら、彼はまた微笑む。


「雫に夢中だから」


 当たり前のようにそう言う彼。

 私は嬉しさと不安が一気に込み上げた。


「雫?」

「いつか、柏木が私に冷めたらどうしよう」


 バラの甘い香りは私の弱い部分を引き出して、キャラじゃないのに弱音ばかりが自然と溢れた。


「少し怖いかも。私は」

「雫は?」

「どんどん好きになってるか――」


 私の言葉の最後の文字は、柏木の胸の中に小さく消える。

 突然抱き締められ、そして近付く彼の顔。


 彼は、何度も何度もキスを落とす。


「柏木」

「好きだよ」

「かし……」

「好きだよ」


 唇が離れるほんの一瞬の間に交わされる言葉は、不安を取り除きたいと願う彼の気持ち。



「折角のブーケが潰れちゃう」



 その言葉に少し離れた彼。



「俺、冷めない自信あるよ」



 真っ直ぐなその瞳には迷いが全くない。



「ばぁちゃんになっても好きだよ」



 真剣に話す彼には敵わない。

 素直に嬉しいと思う自分だってそこにいる。



「わかったか?」



 子供に言い聞かせるように彼は私の頭を撫でた。なんだか心の奥底から、またまた知らない部分が芽を出してしまいそう。

 彼の手が離れようとするのを思わず引き留め声に変えた。


「……ねぇ、柏木」


 彼の目は最近いつも柔らかくて。


「……今日も」


 甘い甘い色をしてる。


「……これからも」


 だから私も甘さが増したのかもしれない。


「ずっと一緒にいて」


 それ以上は恥ずかしすぎて彼の顔を見れなくなったけれど、俯く私を再び抱き締めた彼は、とても嬉しそうな声で言った。



「そんな頼みならいくらでも」



 彼は私が抱えているブーケをそっと奪って後部座席へ置く。


「折角のブーケが潰れたら困るからね」


 頬を包む指先と触れた唇の熱。

『柏木に溶けそう』

 そんな恥ずかしい言葉が当たり前のように浮かぶなんて、私もかなり夢中のようだ。



「本物のブーケを持つ頃までには下の名前で呼んでよ?」



 車を発進させる前、そんなお願いをされた。



「ほら、お互い柏木になるわけだし」



 彼は私が戸惑うと思ったのだろう。

 いつかの告白と同じような、ど直球ストレート

 でも私だって、いつまでも三振ばかりしている訳にはいかないから――。



「……じゃあ、ゆたかがいい?」



 彼の表情が変わる。

 前を見たままだけど、照れたのがわかる。



「ゆたくん?それとも、ゆうたんとかにする?」



 私はそんなとどめを刺して、慌てた横顔を楽しんだ。




 ――二人きりの時、私が彼を何て呼ぶようになったか気になるって?

 それは、また別のお話で。



 ―END―

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季節が変わったそのあとも。 嘉田 まりこ @MARIKO

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