and more
一週間を終えて歩く、家までの道。
家の前にある公園を横切った時、停めてある車を見つけて嫌な予感がした。
玄関の扉を開けた途端、飛び込んできたのは楽しそうな母と祖母の笑い声。
そして、きちんと揃えられた革の靴。
慌ててリビングに飛び込んだ私に、三人の視線が集まる。
対にして置いてあるソファーに座り、向かい合った母たちと柏木。
まるで面接試験のようなその状況にいても、柏木は堂々と背筋を伸ばし『おかえり』と微笑んだ。
『な、なにしてるの』
驚く私に満足した彼は『挽回しにきました』と言ってもう一度笑った。
***
「……一体いくらするわけ」
外観を見ただけで、柏木に連れてこられたこの温泉旅館がかなり高級だということは、どんなに疎い私にだってすぐわかった。
「まぁまぁ」
彼は私の肩を両手で押しながら、部屋の奥へと誘う。
二人でたった一泊するだけにしては、無駄に広いその部屋。
言われるがままに奥の襖を開けると、客室露天風呂とダブルサイズのベッドが堂々とした顔で私を出迎えた。
「すっごく高いでしょ……ここ」
「うーん、まぁそれなりには?」
付き合いたてで、こんな所に泊まるカップルがいるのだろうか。
最初からこんなに飛ばして何か悪い方に向かわないだろうか。
少しの不安が私の悪い癖を引き出した。
「こんな挽回しなくていいのに!無駄遣いしないの!!」
言ったあと、すぐに後悔した。
柏木の顔が曇ったような気がしたからだった。
「……ごめん、柏木」
「なにが?」
「……可愛くなくて」
こんなに素敵なプレゼントをもらったのに素直に感謝出来ない私は可愛いげがない。
母親でも奥さんでもない人に『無駄遣いするな』だなんて言われたくないはずだ。
――嫌われる?
――また『何か違う』と思われる?
不安がボコボコと沸きだした。
「なに言ってんの。すげー可愛いよ?」
それはまるで、沸騰したお湯に水をさした時みたいに一瞬だった。
「そういうとこも好きだよ」
「……そういうとこ……って」
「俺の支払い心配してくれたんでしょ?違う?」
「……違わないけど」
「だろ?優しいね」
口うるさい女だと思わない……の?
私は上手く返事が出来なくなって、ポカンとしていたかもしれない。
それなのに柏木は『男ってカッコつけちゃうんだよなぁー』とか『重かった?』とか、のほほんとした声色で聞いてきた。
「柏……」
「でも、やっぱり無駄じゃないって!雫と最初の旅行なんだから」
私のマイナスに、さりげなく一本の線を足してプラスに変えてくれる。そんな彼と出会えた運命に心底感謝した。
「……柏木」
自分から彼に抱きつくのは初めてだった。
「雫?」
「…………好き」
彼はすぐに私を力一杯抱き締めた。
***
最初から激しい口付けは、あっという間に私の感情を奪っていく。
「……ん……かしわ……」
皺一つないベッドに沈んだ瞬間、柏木がふと額を合わせて囁いた。
「やばい……緊張する」
「……嘘だ」
「嘘じゃないって……」
彼は嘘じゃないと言ったけれど、彼の仕草や表情からは緊張なんて読み取れなかった。
――だけど。
本当に緊張してくれていたら何だか嬉しい。
――もし、嘘でも。
それは彼の優しさだから、やっぱり嬉しい。
「……柏木?」
「ん?」
「……可愛い」
抱えきれなくなった愛しさを、精一杯の声にして彼に抱きついた。
「……可愛いって言うな」
ちっとも怒ってないその声と、私を溶かす彼の体温。
『俺にドキドキしてどうしようもなくなってる雫が見たいんだよ』
今、私はどんな風に見えているのだろう。
もし、好きで好きで堪らないことが表情だけで伝わるならば……そういう顔をしていたい。
彼が驚くほど、照れるほど、喜ぶほどに――そういう顔をしていたい。
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