Last Blossom. 過ぎし日の永遠


 ◇


「真哉さあ、ホントに行っちまうのかよ。フランスなんて俺行ったコトもねえし、だいたいドコにあんのかさえ知んねえぞ」


「はは、おまえそれでも大学生か? ほら、見てみな……ココが深雪の住む日本で、それでココが俺の行くフランスだ。地図なら指でひと跨ぎだし、飛行機でも約半日の距離だ」


 そう言うと真哉は、スマートフォンのwebマップをひらいて、指をつかって俺に説明した。


 真哉に告られたあの日、俺はみっともねえ程に取り乱してしまった。そばに和哉が居てくれなかったら、俺の思考はどうなってたか分かったモンじゃない。


 やつは俺に何か言おうとしていたようだが、結局は何も話してはくれなかった。


 それから月日は流れ、カレンダーは二冊目の変遷を見せた。


「なあ和哉は? また女ん家かよ」


「ああ……気になるのか?」


「まあ、そりゃあ……あいつは俺の親友だし。いつからかあいつ、来る者拒まずになったじゃん。見境なく女とつき合って、その内ひでえ目に遭うんじゃねえかって――」


「そこまでだ。俺と居る時に、他の男の話なんかしてんなよ」


「だって、そ……ん、……ぅ」


 俺をその大きな胸に包みこ込んだ真哉は、口づけを合図に俺を夜のとばりへと蕩かしていった。


 ◇ ◇


「俺を置いてくんだから、ぜってーにすげえパティシエんなって、戻ってこいよ」


「ああ。大物になって、深雪の許に戻ってくる。そしたらもう、絶対におまえのそばから離れないって約束する。


それにクリスマスには一度、帰国するんだから……泣くなよ。笑って送り出してくれないのか?」


「泣いてなんてねえし!」


 空港のターミナル。今日は真哉が、フランスへと修行のために旅立つ日だ。


 今日までずっと、俺たちは一時も離れずに過ごした。借りていたアパートも引き払い、俺は真哉のマンションに転がり込んで、ほぼ同棲同然の暮らしをしていた。


「和哉はやっぱり……来ねえよな」


「あいつ連絡入れても、つながんねえんだよ」


 和哉と言えば、あいつは俺が真哉ん家に転がり込んだ日から、殆ど帰ってくるコトは無くなった。


 どうせ数居る女んトコでも、しけ込んでんだろうけど……兄貴の見送りぐらいは顔を出せって思う。


「まあいいさ。それより深雪、俺がフランスに行ってるあいだ、淋しいからって他の男と浮気なんかすんなよ」


「バッ――ンなコトしねえよ! つか俺は元々ノーマルだっつの。真哉以外の男なんて、キモいだけだぜ」


「ならいいが……和哉にも、気を許すんじゃねえぞ?」


「はあ? 何であいつが出てくんだよ」


「いや……いい。すまん、忘れてくれ」


――なんだ?


 よく分かんねえけど、和哉も真哉も、どうも俺に何か隠し事でもしてんじゃねえの? って感じる。


「じゃあ、そろそろ時間だ。三か月後の今日に帰国する。それまで留守番を頼んだぞ」


「……ああ。真哉が帰ってくるまで、俺たちの家で留守を守ってやらあ」


「ふふ、いい子だ。じゃあ、な……」


 衆人環視なんてクソ食らえだ。


 俺たちはひとの目も憚らずに、がっつり抱き合って思いっきりキスをした。これで当分はお預けなんだ、奇異の目なんて気にしてられるもんか。


 決して長くはない抱擁を解くと、真哉は俺の頭をひと撫でして、そのまま踵を返してゲートを越えていった。


 そのすがたを俺は、いつまでも、いつまでも、すがたが見えなくなっても見つづけたんだ。


 そして……




 あいつは俺を残したまま、二度と俺を抱きしめに帰ってくるコトは無かったんだ。


 ◇ ◇ ◇


 日々の生活なんて、今の俺にとってはただ息をしているだけに過ぎない。


 真哉がフランスへと旅立ってから、今年でもう二年目を迎える。ただあいつが帰って来ないだけ、そう何度も思い込もうとしてみたが、上手くいった試しは無かった。




 真哉の下宿先である、フランスのホストファミリーから、マンションに一通のエアメールが届いた。けれども俺は、ポストを確認するコトはなく、その存在に気づかぬまま大学へと向かった。


 大学が終わると、今度は近場のカフェで黙々とバイトをする。そんなルーティンをこなして、生きる屍のように帰途へと着いた。


 マンションのドアをあけると、土間に和哉のスニーカーが脱ぎ捨てられていた。


――あいつ帰って来たのか?


 真哉の訃報が届いた日。俺は和哉にすがりついて、涙も声も枯渇するまで慟哭した。それ以来俺の身を案じ、時折りこうして顔を出しに来るんだ。


 食欲不振の俺は、ひとりだと殆ど飯なんて食わねえ。部屋で干からびてねえか、自殺なんてしてねえかって、わざわざ女ん家から俺を監視しにやって来やがる。


 でも俺は……


 真哉と同じ血の流れた和哉を見るのは、正直言って……辛い。


 俺は未だに、真哉がこの世界から消えてしまった現実を、受け入れるコトができない。


 甘いバリトンが心地よい真哉の声。俺の名を呼ぶ時だけ、少し掠れたようになってさ、そんな分かりやすい真哉の声も心も、俺は大好きだったんだ。



 リビングに入ると、いつまでそうやってたのかは知らないが、紙切れを手に和哉がカウンターのそばでつっ立っていた。心なしか蒼然とした和哉を胡乱に思い、やつにその訳を訊いてみた。


「和哉……どうしたんだ?」


「深雪、驚くなよ。今頃ンなってさ、兄貴から手紙が届いた」


「……え?」


――――――――――――――――

―――――――――――

―――


 差出人は真哉が世話になった、ホストファミリーのla mere(母親)からだ。


 彼女の手紙にはこう書かれていた。


『真哉が読んでいた小説に、恋人に宛てた手紙が挟んであったのを見つけました』と。


 同封されていた手紙は、確かに真哉の筆跡で間違いなかった。


「……おまえに宛てられた手紙だ」


「……」


 何が書かれているのか、それを読む勇気が俺にはなかった。無言のまま首を横に振り、和哉が手にする真哉の手紙を模糊もこした。


 俺の気持ちを酌んでくれた和哉は、沈黙を保ちながらそれの封をあけた。


「俺が読んでいいんだな」


 首肯を以って意思を伝えた俺は、下肢から力が抜けその場にしゃがみ込んでしまう。


 程なくして手紙を読み終えた和哉が、俺のすぐ後ろで座り、俺を抱きしめてきた。


「……何してんだよ」


「兄貴さ、すげえ綺麗な教会を見つけたんだってさ。そこで、おまえと結婚したいって」


「えッ……」


 背後から俺を包むようにして、和哉は俺の目のまえに真哉の手紙をひらいた。


「こう書いてある。フランスでは同性婚が出来るから、クリスマスに深雪を迎えに行くから準備をしておけって」


「そん……今更……そん、な……」


 少し癖のある真哉の字。


 あいつどんな顔してコレ書いたんだとか、俺と結婚を望んでくれてたのか……とか。そんなコト考えながら真哉の字を見ていたら、いつの間にか涙が溢れてきた。


「兄貴のやつ、ひととは違うプロポーズしたくて、コレ書いたんだろうな。けど投函するまえに逝っちまうなんてよ……でもインパクトはデカいんじゃね? 今頃ンなってプロポーズしてんだからさ」


「バカ……やろ……ンな、コト言……な……」


 真哉……俺おまえが恋しくて仕方がねえよ。プロポーズなんて、そんなモンいくらだって受けてやるからさ……こんなのって……あんまりじゃねえか。


 なあ神様……もし存在するんなら、俺の願いを聴いてよ。俺のさ……俺の真哉を返してくれよ。俺のまえから消えんなら、この苦しい気持ちも持ってってくれよ――……


「いつかさ、兄貴の見つけた教会行って……兄貴の夢、俺と叶えようぜ」


「は、あ?……なに言っ……て……」


 徐に和哉が俺に、そんなコトを言ってきた。何言ってんのか訳も分かんなくて、俺は後ろをふり向いた。すると和哉の顔が近くにあって、ゆっくり近づくと口唇が重なった。


「俺さ、高校ン時からずっと、深雪の事が好きだったんだ。けど告る勇気がなくてよ。これからは、俺が兄貴の代わりに、深雪のそばにいる」


 その告白に、今は返事をするコトができない。けど、いつかきっと――……




 雪の桜が舞う……あの日のカレンダーには、今も『深雪の今日は、俺が予約した』と、真哉の字が残されている。



Winter Blossom  -過ぎし日の永遠- / END

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Winter Blossom  -過ぎし日の永遠- 【BL】 あおい 千隼 @thihaya

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