Second Blossom. 運命の出逢い


 ◇


「お邪魔しまーす」


「おう。遠慮は要らねえから、好きにくつろいでろ」


 学園都市駅から、電車で揺られるコト二駅。


 大廈高楼と建ち並ぶ、ハイクラス・ビルディングタウン。そのなかでもひと際背の高いタワーマンションが、和哉の兄貴が住むマンションだ。


 三十九階にある、兄貴の部屋へとやって来た俺は、リビングのソファに腰を下ろした。


(それにしても無駄にひろい部屋だな。あいつの兄貴って、そんな儲けてんのか?)


 きょろきょろと辺りを見渡して、そんなコトを邪推する。男のひとり暮らしにしちゃ、やけに小奇麗な部屋だ。パティシエってぐらいだから、やっぱり几帳面なんだろうか。


 つらつらと下らないコトを考えていると、和哉がトレーを手にリビングへと現れた。


「ほら、好きなだけ食えよ」


 そう言って、和哉がトレーをテーブルに置く。それをロックオンした俺の目は、きっとハートが浮かんでいたいたに違いない。


 俺を見て可笑しそうにしている、和哉が少々ムカつくけれど……。でも俺の神経は、トレーに所狭しと並んだケーキに注がれていて、キレてる暇なんてなかった。


「すげえ……コレ、……俺ぜんぶ食ってもいいの?」


「遠慮は要らねえつったろ。なんならまだ冷蔵庫に入ってるから、持って帰ってくれ」


「うおマジで!? ガチ最高じゃん」


 早速フォークを掴むと、トレー上で俺を誘惑してまない彼女たちに、満面の笑みを浮かべて飛びついた。


 先ずはシンプルな、苺のセルクルケーキから攻める。


「んん~~~チョーうめえ♪」


 手のひら大のケーキは、周りをシャルロットで囲われていて、中には苺のムースとパイ生地がサンドされていた。


「おまえ、ほんと変わんねえのな。何か安心したぜ」


 旨そうにケーキを食う俺を見ながら、不意に和哉がそんなコトを言ってきた。


「何言ってんの、急におまえ。つか人間なんて、早々変わったりなんてしねえだろ」


 和哉の台詞に対し、別段と深くは捉えずに、俺はそう返した。すると途端に、和哉の顔つきが険しくなった。何かを言いかけようとして、それをすんでで呑み込んだのが伺えた。


 すっきりとしない、和哉の態度が気になった俺は、その訳を訊いてみた。


「何か俺に、言いたいコトがあんのか。何でも聴いてやるからさ、ほら言ってみ?」


「……」


 旨いケーキの礼だ――それくらいの気持ちで、俺はこいつに心ない言葉を口にした。


 今から思えば、和哉が俺から距離を取った理由も、こいつの表情が物語っていたんだ。だけども俺は、その理由に気づいてやるコトはなかった。


 その間にも刻一刻と、定められた運命は俺に決して忘れられない相手を与えようと、坂を転がる石が如く、えにしを俺に運んできた。


 ◇ ◇


 気まずい空気が流れるなか、エントランスからドアのひらく音が響く。


 音の主は俺らのいるリビングへと、足早に近づいてくる。ひょっとすると、和哉の兄貴が帰って来たんじゃないかと思って、手にしてるケーキをテーブルに置いて、居住いを正した。


「あれ君は……もしかして、瀬名 深雪君かな?」


「はい、お邪魔してます」


 話には聴いていたけど、和哉の兄貴はとんでもなくイケメンだった。和哉も顔立ちは整っているが、兄貴の方は何て言うか……そうだ、華があるんだ。


 和哉の兄貴は俺の方へと歩いて来ると、俺の目のまえに立って握手を求めてきた。


「和哉から、君の事は兼ねがね伺っているよ。俺はこいつの兄で、葉山 真哉です。深雪……君と呼んでもいいかな」


「はい、あの……君とか要らないんで、深雪ってそう呼んでください」


「わかった。じゃあ俺の事も、真哉って呼んでくれるかな?」


「はい! 真哉――……サン」


 なぜか俺の心臓は、ドクドクと不整脈を起こしている。


 その理由も解らないまま、彼に下名で呼んでくれと言われた俺は、有頂天になってしまった。もう少しで年上相手に呼捨てるトコだったが、何とかサンづけするコトに成功した。


「あはは、面白い子だな深雪は。しかも俺好みの可愛さだ」


「……はい?」


 俺好み――彼は確かにそう言った。しかし俺好みって、いったい何のコト言ってんだ?


 俺のツラが、見事なまでに疑問符で埋め尽くされていたんだろう。真哉サンは俺に解りやすく、その意味を教えてくれたんだ。


「ああゴメンね、混乱させちゃったかな。つまりね、俺はゲイなんだ。それで君はさ、もろ俺のタイプって意味。これで理解できたかな?」


 ああナルホド――……って、ええッ!?


 確かに同性愛者なんて、今どき珍しくも何ともない。だが俺の周りでゲイとか、そんなやつ居なかったから、殊の外狼狽うろたえてしまった。


 どう返していいのか判らず戸惑っていると、透かさず和哉が助け舟を出してくれた。


「おい兄貴、深雪が困ってんだろ。つかノン気相手に、さらっと口説いてんじゃねえよ。それにこいつは俺のダチだぞ」


「ああ悪い悪い。今の台詞じゃ、軽く取られても仕方がないな。じゃあ言い方を変えるよ。どうやら俺は、深雪にひと目惚れをしたらしい。だからさ深雪、俺とつき合ってくれないか?」


 俺を俯瞰ふかんしながら、真哉サンは真摯に告白してくれた。手を取られぎゅっと握られると、それだけで俺の心臓は、跳ね上がってしまったんだ。


 ◇ ◇ ◇


「……なあ深雪、おまえ本当に兄貴とつき合うのかよ」


「うん……どうだろ、よく分かんねえ」


 結局のところ俺は、彼に返事を口にするコトは出来なかったが、俺の意思とは関係なく首が縦に動いていた。


 よく分かっていない俺をよそに、真哉サンは満面の笑みを浮かべ、気づけば俺の身体は……彼の腕に包まれていたんだ。


 真哉サンは忘れ物を取りに戻っただけで、あの後すぐに職場へと戻っていった。


 フリーズする俺を置き去りに、真哉サンは「ゆっくりしてくといい。つぎは深雪のために、最高のお菓子を作ってやるからな」なんて言葉を残し、最後に濃厚なハグをして去っていった。


「よく分かんねえって、おまえ……。だいたいさ、男とつき合えんのかよ。つか分かってる? つき合うって事は、その先もあるって事だぞ」


「!ッ――」


 和哉の言葉に、俺の身体はびくりと飛び跳ねた。


 そうだ、つき合うってコトは、その内に身体の関係になるってコトだ。好きなやつまえにして、欲情しねえ野郎なんて見たコトねえよ。俺だって男なんだ、それくらい分かるさ。


 けど俺の心と頭がまだ、巧くかみ合わねえんだ。だって相手は男だぞ、女となら適当につき合ったコトはあるが、男となんて免疫もクソもねえんだ。


 けど真哉サンは、もう俺とつき合ったモノだと考えている。つかこの状況、俺はどうしたらいいんだ。頭を抱えて悩んでいると、徐に和哉が口火を切った。


「おまえさ、俺がもしあの時、深雪に――……」


「……ん、何?」


「……いや、何でもねえ」


 その後、和哉が口をひらくコトは無かった。こいつの言いたかったコトが、何故かその後もずっと、俺の心に引っかかっていた―――

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