Winter Blossom  -過ぎし日の永遠- 【BL】

あおい 千隼

First Blossom. 出逢いと別れ


 もう二度と俺は……誰も愛する事なんて出来やしない。


 狂おしい程に心が求めるのは、きっとあいつだけだから―――




 ◇


「ここが学園都市か……つか、すげえな」


 日本屈指と謳われる翡翠ヶ丘大学に通うため、俺は故郷である兵庫県から上京した。


 受験や何だで忙しいさなか、語学教師でもある姉の指導の許、俺は標準語を身につけるための特訓にも精を出した。


 そのおかげあってか、完璧とはいかなくとも関西訛りは軽減されたと自負している。だけどまだ、驚いた拍子に飛び出してしまう口調は……残念ながら神戸弁だ。


 これから新しい生活が始まるんだ、初っ端からドン引かれる下手なんて、マジで勘弁願いたい。ここはひとつ身を引き締めて、華々しく大学デビューしてやるぞ。


 そんなこんなと月日は流れ、センター試験も無事合格した俺は、晴れて上京ひとり暮らし。引っ越しの片づけも終えて、こうして大学のある学園都市までやって来たというわけだ。


「しっかしまた、これは……無駄に金かけとーなあ。私立つっても、豪華すぎじゃね? どうなってんだ、ここの金持ちどもは」


 無駄な資金力を駆使して築き上げられた学問の城――俺の第一印象はそれだった。


「うしッ! 乗り込むとしますか」


 入試は学園都市のほど近くに設けられた、民間施設で行われた。だから俺がこの城に足を踏み入れるのは、今日が初めてだったりする。


 少し……いや、かなりビビってる感は否めないが、それは俺がヘタレって訳じゃない。この門構えを見たら、俺みたいな庶民なんて全員ビビるに決まってる。


(つか何だよ、この彫刻は。入り口にンなモン要らなくね? でも、この女……胸でけえ)


 そびえるようにして鎮座する彫刻は、ギリシャ彫刻の女神像を模しているようだ。


 豊満としか表現できない彼女の胸に目がいってしまうのは……俺だって健康的な男なんだ、目を瞑って欲しい。


 門をくぐりまえを進んでゆくと、一気に学園内の全容が明らかになった。まるでひとつの街にでもいるような、何とも言えない不可思議な都市内部。


 ゲートはすべて石畳で舗装されていて、建物はすべて石や煉瓦、大理石なんかで建造されている。俺の凡人的思考力を駆使して表現するならば……そうだ、中世ヨーロッパって感じだ。


(俺……こんなお上品なトコで四年間も……やってけるかな)


 道行くやつらはみな、明らかに上から下までハイブランドや、テーラーメイドで着飾っているって感じだ。どうやら俺は……ガチで場違いかも知れない。


 つらつらと、そんなことを考えながら歩くうちに、お目当ての大学が見えてきた。


 ポスト・モダニズム様式を用いた校舎は、近代的だが曲線の美しいディテールで、侘び寂びの利いた学園都市内では少々浮いて見える。


 けれども俺は、眼前にひろがるスタイリッシュな校舎を眺めると、途端に胸が高鳴り浮き立ってしまった。先程までのアウェイ感なんてどこ吹く風か、嬉々としてキャンパスへと飛び込んだ。


「うぉーッ! すっげえ」


 周りのやつらが、俺の上げた声に驚き注視してくるが、感動しまくってる俺はそんなこと気づきもしなかった。だけどもそんな俺に、声をかけてくるやつがひとりいやがった。


「おい深雪、ンなトコで大声あげてんじゃねえよ。まったく恥ずかしい野郎だな」


「んあッ!? 誰や、俺にケチつけとんやつは――……って、あれおまえ……和哉!?」


「よお、久しぶりだな。元気にして……るよな、その調子じゃ」


 ふり返った先に立っていたのは、ことごとく俺を無視してくれた野郎――葉山 和哉だったんだ。けどいったい、どうしてこいつがこんな場所に……。


 ◇ ◇


「それでさ……どうしておまえが、こんなトコいんだよ」


「そりゃ俺も、この大学に入ったからに決まってるだろ。他に大学に来る理由なんてあるか?」


「なッ……まあ、そうだけどよ」


 ンな事が訊きたい訳じゃねえよ。


 喉許まで出かかった文句をすんでで呑み込むと、俺は大きなため息をひとつつき、質問を変えてやつにぶつけた。


「じゃあよ、何で今さら俺なんかに声かけてるわけ? つか俺の顔なんて、見たくなかったんじゃねえのかよ。言ったよな、おまえ。もう俺には近づくなって」


 そうだ、こいつに言われた事は、一言一句すべて覚えている。それは言葉の刃となって、俺の深い場所へと未だ突き刺さったままだ。


 こいつ――葉山 和哉は、俺の親友だったんだ。


 高校で知り合って直ぐに、俺たちは意気投合した。それから俺らは毎日、飽きる事なくツルんでたんだ。それがどうしてか、急にこいつは俺から距離を取り始めた。


 最初の頃は俺の勘違いかとも思ったが、けどそれが何度もつづけば、いくら馬鹿でも気づくに決まっている。


「おまえ、俺のコト避けてたよな。ならどうして、今更俺に声なんてかけてんだよ」


 そうだ、きっちりと訳を話して貰うぞ。当然それ相応の理由が……ねえとは言わせんぞ。


「まあ過ぎた事だ、蒸し返したりしてんなよ。男らしくねえぞ」


「はあ!? ちょ、おま……なに勝手なコトばっか言いやが――」


「それよか深雪、おまえ今日は何か予定ってあるか」


 まただよ。こいつはいつもそうなんだ、自分に分が悪くなると、直ぐにすっ呆けて話を逸らしてしまう。


 伊達に俺だって、こいつの親友をやって来たわけじゃないんだ。和哉が喋んねえってコトは、俺が諦めるしかねえってコトだ。


 空を仰ぎ見た俺は、ひとつ大きなため息をつくと、和哉に向き直って口をひらいた。


「いや、ンなモンねえよ。今日は俺、自分が通う大学の偵察に来ただけだし」


「なら丁度いいな。今から俺につき合え」


 なに勝手なコトを言ってるんだ。あまりの暴君ぶりに対し、俺は激しい憤りを覚えた。


 こいつに従う義理なんて俺にはねえだろと、心でつっ込んではみたけれど……訳ぐらいは訊いてやるか。


「ああ? 何で俺が、おまえにつき合わなきゃなんねえの」


「予定はないんだろ? ならいいじゃねえか」


「よくねえよ!」


 俺を暇人みたいに言いやがって。


 とは言え……こいつの言うように、予定なんてモンは無いけどさ。それでも素直に認めるなんて癪だ、イラつくままに俺は、和哉の言葉に反論した。


「まあ聴けって。俺さ、上京して今は兄貴ん家に居候してるんだ。まえに話した事あったろ、俺の兄貴って菓子つくんのが上手いって。


それでさ、製菓学校を卒業して、今こっちのパティスリーで働いてんだ」


 確かに以前、そんな話してたな。でもそれと俺の予定に、何の関係があるって言うんだ。だんだんムカついてきた俺は、半ばキレ気味に要点を求めた。


「それが、どないしたっつーねん! ンなモン、俺と何の関係があるんや、ボケが」


「だからおまえ、声が大きいって。それに地が出てンぞ。いいのか、関西弁なんてベタに使って」


「ぐッ……いいから、さっさと要件を言え」


 眥裂髮指しれつはっしの余り、俺は我を忘れて地元の言葉で怒鳴っていた。何とかクールダウンしようと、和哉に気づかれないよう小さな深呼吸をくり返す。


 しかし何でこいつは、無駄に流暢りゅうちょうな言葉づかいなんだ? 必死になってレッスンした俺よりも、よっぽど違和感がないじゃないか。


 だけどそんなコトこいつに訊くのは、俺のプライドが許さない。


 深呼吸の甲斐あってか、ようやく気持ちが落ち着いてきた俺は、和哉が二の句を継ぐのを待つ。


「まあ要するにだ、遊びに来いって誘ってんだ」


 何を言い出すかと思えば……自分の眉間に皺が寄るのを感じた。ここでキレたら二の舞だ、ゆっくり息を吐くと、俺はその訳を問う。


「何で俺が、兄貴ん家に遊び行かなきゃなんねえの?」


「深雪は甘いものに目が無いよな? 兄貴がさ、練習だって家で山ほど菓子をつくってんだ。それを消費すんのは、専ら俺の役目でな。


だが俺は甘いものとか得意じゃねえしさ。よかったら深雪、俺を助けてくんねえか」


 今度は俺の眉がピクリと動いた。


 そうなんだ。俺が無類の甘いもの好きだってコト、こいつには嫌という程に知られている。しかも和哉が甘いもの苦手だってコトも、親友だった俺はよく知っている。


 助けてくれとまで言われたんだ、ココは元親友として手を貸さないなんて、男が廃るってモンだ。


「いいぜ、行ってやるよ」


「なら愚図ぐずしてねーで、とっとと行くぞ」


 嬉々として俺が快諾すると、さっきまでの殊勝しゅしょうさはどこ吹く風か、和哉は泰然とそう言ってのけた。

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