第11話 これから
朝の陽ざしが頭皮をちりちりと焦がす。ジージー蝉が騒ぐ。
うるさい。
鶴は僊任を探していた。
敷地内をぐるりと回ってみても姿が見つからなかった。
昨日の様子からどこかに行ったという線は薄い。
そう考えて、もう一度僧院の敷地内を探している。
じゃあ、思い当たる場所は一つ。
足をその場所へ向けた。
「しつれいしまーす」
小声で一応了承を取った。後で何か言われたくなかったから。
門を5つくぐった先。6つ目の門に顔だけ突っ込んで、中を覗き見る。
何もない滝がある。
誰もいない。
しょうがないか。最後に一言言っておきたかったけど。
一応頭を下げる。
鶴は、下山すると決めた。
自分のやらなければならないことを教えてくれた。
それだけで、僊仁院に来た意味は十分にあったから。
門の中に入り、滝壺だった場所へ降りてみる。何もない。
「いない、か」
空を仰ぐ。
雨雲は行き過ぎ、蒼く切れ長の雲が漂っている。
天を見ていて気が付く。
朝の陽をはじく、一粒の滴が岩間からこぼれ落ちてくる。
鶴の顔で撥ねた。
なぜだろう。
鶴には、滝から降ってきた滴が昨日の雨の忘れ物とは思えなかった。
滝の最後の一滴みたいだ。
そして、こう思った。
涙みたいだ、と。
誰かが言っていたっけ。
曾祖父かもしれない。
「サヨナラだけが人生だ」
なるほど。確かにそう思う。
でも、人も話も忘れられそうになっても、不思議なことがあるもんで誰かが覚えていてくれるものだ。
サヨナラを繰り返して、でも、また新しい出会いがあって、忘れ去られていって。
そんな日々で思うことが、もやもやとした感情が、鶴にはあった。
でも、もうそれもおしまい。
鶴は小さな胸をぐいと張る。背比べでもしているようにちっちゃな体躯を伸ばして決め事をおさらいした。
こうしよう。
忘れ去られていく物事を、伝え歩こう。
僊仁は今の時代に龍は必要ないと言った。将来は分からないけど。
曾祖父の教えてくれた話達は、今でも覚えている。
そうやって忘れ去られていく人や話達を、自分が語り継いでいこう。
僊任院の門柱に背を向け、階段を一歩踏み出した。
山の道は来た時と違っていて、誰かが整備してくれたかのように、安全に降りることが出来るようになっていた。
ちょっと休憩をしていて、
「あ」
鶴の顔がにやけた。
いいこと思い付いた。
弟子を募って、僊任院みたいなのを作ろうかな。
鶴は大発見でもした猿のようにすごいことになった。まあ、闘犬よりは多少人間に近い。
そうだ、こうしよう。
ついている奴はダメ。
そのくらい、いいだろう!
くすくす笑いながら、もう一押し。
ちょん切るというのなら、まーゆるしてやろうかな。
そんなことを考えて、けらけら笑いながら、鶴は山を下りて行った。
その山にはもう、龍はいない。
半尺物語。伝え聞く処によると いぬいけい @inuke118
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