第35話 エピローグ

「いいこと! あれは私様が負けたってことじゃないんだからね! 勝ってたっつーの! 全然勝ってたつーの! つーか、あんなの無効よ! ノーゲームよ! やり直しを要求するわ!」

 ミル様の言い分はもっともで、平等を期すために仕切り直しを訴える声もあった。

 だが、諸々の事情と『まあいいじゃん、マジになるなよ。ノリでいこう』という圧倒的多数の声によって投票は強行され、僕は勝利した。

 美幸翼が技量的に優れていたというわけではなく、新人声優と担当ライターの修羅場的展開に票が入ったというのが正しい。

公衆の面前で行われた刺激的なキスシーンのおかげで、僕たちは一部のユーザーの中ですっかり百合カップルとして有名になり、かつ、重度のガチブラコンと判明した直見さんが60KB、約3万字のエロテキストをみんなの前でゼロから書き直したのはファンの間でちょっとした語り草になっている。

 おかげさまで、新作恋愛遺伝子の初動売り上げは好調のようで、次回作も続投の声をかけてもらっているが、あの日あの瞬間エロゲと一体化したような、最高のパフォーマンスを発揮できたように思ったものの、僕のクオリティは不安定で、まだまだ拙いところが目立つ。エロゲ声優として精進する毎日だ。

「来たわね。翼くん、早速で悪いのだけど、お願いがあるの」

 会社に出社すると、玄関先に直見さんが待っていた。

 直見さんとの関係は、まだちょっとぎこちない。

「あ、うん、なあに? 直見さん」

 あの日以来、僕たちは互いを意識して初々しい反応を、

「この新発売のバイブをアナルに挿入」

「させねえよ!?」

 しているはずもなく、僕と一緒に来た黒江ちゃんがつっこむ。

 二人の仲は相変わらずで、顔を合わせる度に口ゲンカをしている気がする。

「あなたには聞いてないわ。籠原さん。そもそもなぜ今日も来ているの、用もないのに」

「あたしは、ほら、翼の保護者代わりだよ。あんたが翼に変なことしないようにな」

「変なことなんて、しないわよ」

「ふざけんな! あの日のキスのことはあたしはまだ許してないんだからな! 翼の初めてはあたしのだって、決まってたのに!」

「決まってないよ!?」

 ケンカするほど仲がいいとは言うけれど。

「まぁまぁ、二人とも、そんなに怖い顔してるとみけんにしわができちゃうよー、なんちゃって」

「翼くん」「翼」

「「ちょっと黙っていて」」

「あ、はい……」

 ダイニングの方から小野寺さんたちの声がする。

「美幸くん、ユーザーさんから感想メールが届いているぞ。見るかい?」

「美幸殿ー。新作コスができたでござる。試着して下され」

「あ、はーい! 今行きまーす!」

 名前札をくるりと裏返して玄関を上がろうとする僕の腕を、直見さんと黒江ちゃんが引っ張り合う。

「ちょっと。翼くん。バイブ挿入がまだよ!」

「こうなったらあたしとやり直すぞ。その、なんだ、ファーストキスを」

 あの日から、僕は少しは前に進めただろうか。

 ちょっとは成長できただろうか。

 目まぐるしく展開する僕のエロゲ生活。

 とどのつまり。

 僕、男の子だけどエッチな声優がんばってます。

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僕、男の子だけどエッチな声優がんばります! 池田コント @rodolly

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