わたしは彼女の命令に逆らえない

瀬戸

第1話

「私の命令には絶対服従。それでもよければ、先輩と付き合ってもいいです」


 わたしの告白に対して、西洋人形のように整った顔立ちの少女の口から出てきたのはそんな予想外の言葉だった。


「……うん、わかった。それでいい……お願いするよ」


 わたしはそれを受け入れる。

 普通では有り得ない条件だったけど、嫌悪や拒絶じゃ無かった事にわたしはむしろ安堵した。


「それにしても、先輩が女性を好きな方だったなんて……意外でした」


「いゃぁ……うん。わたしもノーマルだと思ってたんだけどね……」


 経験は無かったけど、いつかはわたしも男の子と付き合うようになるんだろうなって、そう思っていた。


 ――だけど。


 春、部室に入ってきた彼女を一目見たときから、わたしの世界は一変してしまった。


 お人形さんのように小柄で整った容姿。普段はとても物静かで仏頂面をしているけど、感情を表に出すのが苦手なだけで、本当は人懐っこくて。

 不意に見せる笑顔はとても無邪気でかわいい。

 そんな彼女に、わたしは心を奪われてしまったのだ。


 気がつくと彼女のことを視線で追っている、そんな日々が続いた。


 ――こんなの普通じゃない、諦めよう。


 そんなことは何度も考えた。

 だけど、何度となく払い散らしても、気持ちはどんどん積もっていって。やがて、想いに溺れてしまいそうな程に全身どっぷりと浸かってしまった。


 その苦しさに耐えかねて、わたしは二人きりの放課後の部室で衝動的に彼女に告白してしまったのだった。


 告白しても彼女の表情は変わらない。普段通りの仏頂面だった。


「先輩、私は女ですけど……」


「うん、知ってる」


「実は先輩は男性の方だったとか?」


 彼女はそんな荒唐無稽な事を言う。

 冷静に見える彼女も案外動揺しているのかもしれない。


「そんなこと無いよ。わたしは正真正銘女だから」


「……そう、ですか。そういう事もあるんですね」


 彼女は少し俯いて押し黙る。

 わたしはまるで判決を待つ被告人のような気分だ。

 短い沈黙が永遠のように思えた。


 ――そして、彼女の口から出てきたのはわたしに絶対服従を求める先程の条件で、わたしはそれを受け入れたのだった。


「それじゃあ、わたし達は付き合っているって事でいいのかな?」


「……そう、だと思います」


 伏せ目がちに淡々とそう言う彼女は、だけどほんの少し顔が赤らんでいる気がした。とてもかわいい。


「じゃあ、キスしてもいい?」


「……いきなり、なんですね」


「今日はお付き合いの記念日になったけど、折角だからもっと特別な日にできたらなって思って」


「……先輩は自分勝手です」


「今のわたしはキミに絶対服従だから。もし、嫌だったら命令して?」


 わたしはゆっくりと彼女との距離を詰める。あと一歩踏み出せば彼女に届く距離で、もう一度訪ねてみた。


「……命令、する?」


「いちいち聞かないで下さい……そういうところ嫌です」


 わたしも女だから、それが意味する事くらいわかる。

 思いの外受け入れられているようで嬉しかった。


 もう躊躇は無い。


 わたしが踏み出すと、彼女は顔を少し上げてきゅっと目を閉じた。そっと肩を抱いて、彼女の唇に顔を傾けながら近づけていく。柑橘系の匂いがふわっと漂ってきた。


 ――鼓動が波打って、胸が張り裂けそうだ。


「んっ……」


 触れ合ったのは一瞬。

 柔らかい感触を唇に感じて、わたしの中で何かのスイッチが入ったような気がする。

 顔を離してもまだ彼女は固まったようにガチガチになっていた。どうやら彼女は息をするのも堪えているようだ。


「……終わった、ですか? ……んっ!?」


 薄く目を開けて様子を確認しようとした彼女に、不意打ちで再度唇を奪う。

 彼女は慌てて再び目をきゅっと閉じて、抗議をあげるようにわたしの両手の中で体を捩らせた。


 ――まだ、足りない。


 わたしは、舌を突き出して、彼女の唇をなぞるように舌を這わせる。


「……んひゃっ!?」


 予想外の感触に、彼女は全身をビクッとさせて、目を見開いた。

 わたしは彼女の唇に舌を挿入する。


「んっ! んんーっ!?」


 彼女は必至に何かを訴えようとしていたけど、口が塞がれているので何も言葉が出せないようだった。

 彼女の命令には絶対服従を誓ったわたしだけど、今は何も命令されていない。


 舌を進めようとすると、固く閉ざされた歯に行く手を遮られた。仕方ないので、歯茎をなぞるように舌を這わせていく。

 それから、舌先で入り口をこじ開けるように何度もノックした。


「ふぁ……んんっ!」


 繰り返しているうちに一瞬彼女の力が緩んで、その隙に一気に舌を彼女の口内に侵入させた。

 その先に待っていたのは、柔らかくて熱い彼女の舌。


「んっ!?」


 舌先同士が触れ合って電撃が走ったかのような甘い快感が生じる。

 わたしは未知の快感に溺れるように、ひたすら夢中になって彼女を求める。

 ぴちゃぴちゃと、いやらしい水音が静かな部室に響き渡る。


「ふっ……くぅ……」


 もう、彼女の抵抗は無かった。

 行為を受け入れたのか、わたしの舌を噛んでしまう事を恐れたのかはわからない。


 彼女の小さなお口は火傷しそうなほどに熱くて、溶かされてしまいそう。絡み合う唾液は、まるで媚薬のようにわたしの脳内を刺激する。

 彼女とわたしの境界が曖昧になるような錯覚がして。

 それはとても気持ちのいいことだった。


 やがて、息苦しさを覚えたわたしは名残惜しげに顔を離した。


 互いの荒い息遣いだけが聞こえる。


 彼女はすっかり力が抜けて、頬が上気していた。

 力なく少し開いてた口は、周りがべとべとになっている。

 普段生真面目な彼女のそんなあられも無い姿はとても淫靡でエッチだ。


「ああ……かわいい」


 思わず心の声がこぼれて。わたしの声で正気を取り戻したのか、彼女のとろんとしていた瞳に意思が戻った。


 唐突に。

 ぐいっと体を両腕で押されて、わたしは彼女から離された。


「な、な、なにをするですか!?」


 顔を茹でだこのようにした彼女は、激しくわたしに抗議する。


「ごめん、ごめん。ちょっと、我慢できなくて……」


「だからってこんな……今みたいな不意打ちはダメ、絶対に禁止です! これは命令ですから!」


「……となると、さっきみたいに確認を取るようになるけど……いいの?」


「う……それも嫌です……」


 彼女は曲げた指を口元にあてて少し考える仕草をする。


「……じゃあ、なるべくでいいですから……私をあまり驚かせないで下さい」


「わかった」


 なるべく善処しよう、うん。

 でも、彼女は普段淡々としている分、こうやって慌てている表情も新鮮だなぁ……ますます好きになってしまう。


「それにしても、キスだけでこんなになるなんて……」


 彼女は自身の唇を指で押さえてほぅと溜息をつく。


「……濡れちゃった?」


「な、なっ、なんてこと聞くんですか!?」


 わたしが彼女の耳元で囁くように聞くと彼女は途端に狼狽し出す。


「だって……わたしも一緒だったから」


「そ、そうですか……」


 わたしがそう言うと、彼女は真っ赤になって俯いてしまった。頭の中で処理できる許容量を超えてしまったようだ。


   ※ ※ ※


 最初、絶対服従の約束はわたしの行動を抑制する為の物だと思っていた。

 現にわたしが彼女の体をそういう意図で触れようとすると、その都度「まだダメ……命令です」と拒絶されていた。


 だけど、彼女から出される命令には積極的なものも多くて、わたしは彼女に翻弄される事が増えていった。


「キスしますね、先輩……これは、命令ですから」


 最初はわたしにされるがままだった舌を絡めるキスも、徐々に彼女の方から積極的に舌を絡めて来るようになった。

 回数も増えていて、今では求められない日の方が珍しいくらいだ。また、一回のキスにかける時間も長くなっていて、一回のキスで十分以上も求められた事もある。

 部活で他の女の子と仲良くしていた後とか、特に激しく求めてきて、意外に嫉妬深いらしいことが判明した。


「先輩、あの娘と楽しそうでした。先輩には私がいるのに……」


 それに、わたしから手出しする事は禁じられていたが、彼女からのボディタッチは多かった。

 特にわたしに動かないように命令して、まるで人形で遊ぶように、わたしの体でいろいろするのは彼女のお気に入りの行為だった。


「命令です……先輩は私のお人形さんになって下さい」


 最初は恐る恐る体に触れてくる感じだったけど、段々とエスカレートして、スカートを捲ったり、胸や太腿に指を這わせたりと、わたしの反応を楽しむようになっていった。


「先輩、ぴくんぴくんってしてますよ? ……気持ちいいんですか?」


 だけど、わたしの肝心な部分には決して触ってくる事は無かった。耐えかねたわたしがいくらお願いしても、それが与えられる事はなくて、切なくなるばかりだった。


「……ダメです。そういうえっちな事は私達にはまだ早いです」


 必至に懇願して許されたのは、わたしが自分で触る事で。


「どうしても、我慢できないなら自分でしてもいいですよ、先輩。私が見ててあげますから」


 その日、わたしは初めて他人に見られながら


「……ふふっ、ほんと仕方ないですねぇ……先輩は」


   ※ ※ ※


 二月十四日、バレンタイン。

 女所帯である我が部の部室は賑やかだ。誰それが誰それにチョコを上げたとか、友チョコの交換で盛り上がったりとか。

 わたしも蚊帳の外に居る訳ではなくて。

 わたしは友チョコとして、個別に包装された小さくて丸いチョコを一個づつ配っていた。お気に入りのイタリア製のチョコだ。


 そして、二人きりのとき以外はただの後輩として接するようにしている彼女にもそれを上げることになる。


「……ありがとうございます、先輩」


 だけど、それを受け取る彼女はものすごく不満そうだった。

 一見した表情に大きな違いは無かったけど、最近ずっと彼女を見ているわたしだからわかる。


 そして部活の後、部室に二人きりで残ったときに、彼女は案の定わたしを問い詰めて来た。


「先輩、さっきのチョコですけれど……」


 彼女はチョコを手のひらに置いて、不満気に唇を尖らせる。


「あ、うん……」


「……私へのチョコって、これだけじゃないですよね?」


「そんな訳ないじゃない。ちゃんとキミへの本命チョコは別に用意してるよ」


「……そうですか。じゃあ、これは先輩に返しますね」


 そう言いながらチョコの包装を剥がしていく彼女。

 そのまま彼女は自分の口の中にチョコを放り込んだ。


 あげたものだから別に文句はないけど……聞き間違いだったかな?


 彼女のチグハグな行動を不思議に思っていると、彼女は不意ににっこりと微笑んだ。

 そして、おもむろに立ち上がり、わたしの正面に立って両手で頬を包み込んでくる。

 そのまま、彼女の顔が近づいてきて、わたしは唇を塞がれた。


「んっ!?」


 唇の間を割って柔らかく熱いモノが口に入ってくる。

 それは、もう何度も味わった彼女の舌で。


「ふぁっ……んっ……」


 こじ開けられた口内に、どろどろとした塊が押し込まれる。

 口の中に広がるチョコレート。それは、ナッツとクランチがたっぷり入ったわたしのお気に入りの味。


 そんなふうに、わたしに義理チョコを返した彼女は、人差し指をわたしに押しあてて宣言した。


「……義理チョコこんなものを私に渡した先輩にお仕置きですよ」


 わたしは口の中に残された甘いとろとろのチョコを咀嚼して飲み込んだ。

 不安と、だけどどこか期待している自分を感じながら。


「……ふふ、私が先輩に用意したのはチョコじゃないんですよ?」


 彼女はカバンから小さな無地の茶色い紙袋を取り出す。

 袋に手を入れて中に入っていた物を摘み上げる彼女。それは、赤い布のようだった。


「それは……?」


「これはですね、シルクのショーツなんですよ」


 彼女は両手で摘んで広げ、笑顔で手に持った物を見せつけてくる。それは、とても目を引く真っ赤な色をしていて、テカテカと光沢があるエッチな下着だった。

 布地はふんだんにフリルで飾られていて、やはりフリルの施された両サイドは紐のように細くなっている。


「こ、これは……なかなか刺激的だね」


「先輩に似合いそうなのを選んだんです」


 官能的なショーツを胸の前に掲げながら彼女は無邪気に微笑んだ。


「それじゃあ、私が先輩に履かせてあげますね」


「い、いや……それは……」


「これは命令です、先輩」


「う……」


 わたしは彼女の命令には逆らえない。


「先輩、そこの机に座って下さい」


 彼女に言われるがまま、わたしは勉強机に腰掛ける。


「それじゃあ、脱ぎ脱ぎしちゃいましょうねー」


 彼女はわたしの前に膝まずくと、スカートの中に両手を差し入れてきた。


「冷たっ……」


 太ももに指先が触れてわたしはその手の冷たさに体を震わせた。そんな様子を見た彼女は上目遣いでわたしを見上げてくる。


「ごめんなさい先輩、指冷たいですよね」


「ん、大丈夫だから……」


 太ももを包み込むように這わされた指が、ひんやりしてくすぐったい。しばらくすると彼女の指にわたしの熱が移って冷たさは消えた。

 むしろ、指先の感触でさらなる熱がわたしにもたらされていた。


「ふふっ、先輩の体もうこんなに熱くなってます……」


 小さな彼女の手がわたしのスカートの中で蠢いた。両方の太ももを円を描くように撫でられて、それが、徐々に腰に上がってくる。


「あっ……」


 彼女の指がわたしのパンツの腰の部分に触れる。生地の感触を確かめるように指先が動いて、するりとパンツの両サイドに挿し込まれた。

 そして、ゆっくりとパンツが下ろされていく。


 パンツ脱がされちゃってる……


 鍵も掛けているから誰かに見つかる心配は無いとはいえ、いつも部活しているところでこんな事をしているなんて。


「先輩、腰を上げてください……」


「ん……」


 わたしは両腕で体を支えて腰を浮かせた。

 スカートの中では彼女によって摘まれたパンツがゆっくりと下がっていっているのがわかる。

 下半身がすーすーしてとても心細い。

 足が開かないように、だけど脱がすのに支障がないくらいに足を閉じる。

 パンツが腰を抜けたところで机に座り直して、少し捲れ上がってしまったスカートの裾を手で整えた。


 やがて、スカートの裾から丸まったパンツが現れた。今日のわたしのパンツは白地にオレンジのストライプのシンプルなものだった。


「先輩、かわいいパンツですね」


 膝を通り過ぎて、するするとパンツが下ろされていく。

 彼女はパンツに顔を近づけてうっとりとした表情で、その行為を楽しんでいるようだった。


「靴は邪魔だから脱いじゃいましょうね」


 彼女はそう言って片方づつ靴を脱がしてくれた。

 わたしの下半身は制服のスカート以外に身につけているのは紺色のハイソックスと脱ぎかけのパンツだけとなる。


 そして、片足づつパンツが足から抜きとられて、とうとう彼女の手の内にわたしのパンツが収まってしまった。


「ああ……先輩の匂いです……」


 彼女はおもむろに脱がしたパンツを顔に持っていくと鼻をすんすんと鳴らして匂いを嗅ぎだした。


「なっ、なにをしてるの!?」


「先輩の匂いを堪能しているだけですよ……ああ、癖になりそうです……」


「なっ、なっ……!」


 あまりの事にわたしは動揺する。

 さらに驚いた事に、彼女は両手でパンツを開いてそれの状態のチェックを始めた。


「ふふっ、クロッチがもうこんなに湿って……先輩、期待しちゃったんですね。ちょっとおしっこのシミもありますね」


「や、やぁ……」


 嬉しそう状態を解説する彼女に、わたしは顔を真っ赤にして陸に上がった金魚のように口をパクパクさせることしか出来なかった。


「先輩、これ私が貰ってもいいですか? ……お願いします」


 彼女は両手でそれを包み抱いてそう懇願する。

 わたしは頭がパンクしてしまっていて、直ぐに返答できなかった。

 そんな様子を了承と捉えたのか、彼女は丁寧にパンツを折り畳むと制服のポケットにしまいこんだ。


「それじゃあ、代わりにこれを履かせてあげますね」


 彼女はプレゼントである赤いショーツを手にとってそう宣言する。

 恭しくわたしの前に跪いた彼女は、真っ赤なショーツを両足に通していく。

 ツルツルした滑らかな生地が肌に触れてくすぐったい。


 わたしは彼女に言われる前に再び腰を上げて協力する。

 脱がされるのも恥ずかしかったけど、履かされるのもとても恥ずかしい。なんだか、自分が赤ちゃんになったみたいだった。


 最後に腰の部分でくいっと両サイドが引っ張られた。


「んひゃぅ!?」


 冷たい布地が少し食い込んで、わたしは思わず小さく悲鳴をあげた。


 それでようやく恥ずかしい行為から開放されたのだった。

 初めて履いたすべすべのシルクの下着は違和感があって落ち着かない。


「パンツ……校則違反になっちゃったね」


「今更ですか……」


 ……まあ、もっといけない事をしているのに、服装の違反を気にしてもというのはもっともだ。


「……でも、それなら私も校則違反ですね。じつはこのショーツお揃いなんですよ」


 そう言うと彼女は立ち上がって、わたしの眼前で自分のスカートをたくし上げた。

 スカートの中にはすらっとした白い足。そして、その中心にはわたしがプレゼントされたものと同じ官能的な赤いショーツが。

 小柄で幼い彼女がセクシーな下着を履いている姿はとても倒錯的で、わたしは息をするのも忘れて見入ってしまった。


「……もう、先輩。見すぎです」


 スカートが落ちてきて、その光景は隠されてしまう。わたしは思わず小さく声を上げた。

 そんなわたしの様子を見て、彼女はくすくすと笑う。


「先輩、これから私のうちに来ませんか? ……今日は家族は不在なんです」


 わたしはいちもにもなく了承の返事をした。

 否が応にも高まる期待感にお腹の下がきゅんとなる。


「さっきプレゼントはチョコじゃないって言いましたけど、実はチョコも用意してあるんです」


 彼女はいたずらっぽく無邪気に笑う。


「私の体に隠してありますから、この後で先輩が探してみて下さいね」

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