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『キャベツ』『指輪』『ヘルメット』。


トランスフォーマー


 【繊細で、新鮮な野菜畑】トラックの荷台には大きくその文字が書き込まれていて、俺が野菜の運搬に携わっていることは正に見るからに理解できる筈だ。それもワザワザ赤字で繊細と書き込まれているのだから、俺がキャベツや玉葱みたいな割かし図太い野菜では無くて、ホウレン草や水菜類の日保ちしない所謂繊細な奴等を運んでいることも理解できる筈だ。

 それなのに、それなのにだ。

 町道2523号のど真ん中を紅いトラクターに股がった老人が車線を占領して俺の仕事の邪魔をしている。俺は「アキレスと亀」なんて説教臭い言葉を思い出してヒリヒリと奥歯の辺りが疼く。人間誰しも歳をとる。老いを重ねて全てを緩慢に感じて自分中心の生き方になる。理解している。そんなことは理解している。老人が故意に俺の邪魔をしている訳でも、自らの動く速度に制限を設けている訳でもないことは理解している。寧ろ、老人のこれまでの人生がこの国に与えた貢献の割合も大きいのかも知れないとさえ考えてもいる。

 でも、だが、しかしだ。

 俺は約束の時間までに荷台に満載している繊細新鮮野菜を取引先のビオン天神店に届ける必要がある。そうして、俺は取引先と自社からの信用を重ねてサラリーを受けとる。その金で半年後にはスナックりっちゃんに勤める梨央ちゃんに婚約の指輪を渡す。俺のビジョンは明確だ。今はまだ、梨央ちゃんの本名すら知らないが通いはじめて一年近くが経つ。月一から始まって最近では週四まで回数も伸ばしている。同伴も月一度は出来るようになって、今夜は初めてのアフターに連れ出す予定だ。とにかく、俺には金が要る。金を生み出すのに不可欠なものは、どんな人間にも同じだ。金持ちにも貧乏人にも必要なものは時間だ。時間が金を生み出す一番初めの条件だ。時間を無駄にする奴は金を持てない。

 だから、俺の時間を奪う奴は例え老人でも容赦出来ない。俺の時間は俺が守る。シンプルで確実な方法。

 俺は車内機器のスイッチが並んだパネルを睨み付ける。その中心部で強烈な違和感を発しているツナ缶を張り付けたようなバカデカイ赤色のスイッチを睨み付ける。こいつを押せば問題は一発で解消する。だが、法的には既に違法となっている。二年前のトランスフォーム中の挟まれ事故多発が原因な訳だが、俺は独自の改造を重ねて運転席と積み荷の完全保護に自信を持っている。俺のトラックに事故は無い。これまでも、これからもだ。

 でも、だが、しかしだ。

 俺のトラック変形後の車高は8mを越える。それも、承認されていた当時にも人気の無かった悪人側仕様の極悪顔のロボになっている。それはつまり、俺が赤色のツナ缶ボタンを叩き押して変形した悪人顔のロボに驚いて目の前を走る老人をショック死に至らしめる可能性も否定は出来ないってことだ。

 それでも、居間の俺には時間が無い。時間が無いんだ……

 俺は一瞬で変形したトラックの両腕でトラクターを路肩に寄せて愕然とする老人に、文字通り手を振り走り去るイメージを幾度も繰り返してからツナ缶を押した。

「トラ~ンスフォーマ~~」

 一応、音声とボタンが連動して変形姿勢に突入する為に俺は乗り気では無いが大声で叫んだ。

 身体を固定するロボベルトが現在着用している肩側と反対側から飛び出して、それと同時に

運転席以外の部位が複雑に組み合わされて解体されて組み合わされる。鼓膜を引き裂くような金属が擦れ合う音と連結分解を繰り返す衝撃音。重力に逆らい理屈では説明出来ない動きで俺の視線は上昇して微妙に下降する。エアポケットに落ちる飛行機に搭乗している感覚。

「トランス~~フォ……」

 俺は正気を保つためにもう一度叫んだ。目を閉じて拳を握り締め変形が終わるのを待つ。暫く奇妙な浮遊感に堪えると変形完了を知らせるブザーが鳴る。俺はイメージしていたことを速やかに終わらすと決めて目を開けた。

 でも、だが、しかしだ。

 目の前に見たこともない紅い人形ロボが正義の主人公顔をこちらに向けて仁王立ちしている。

「そのボディカラー……」

 間違いなく老人が乗っていたトラクターの軽薄な紅色。俺は、瞬時に事態が理解できなくて両手で頭を抱えた。

 その刹那。

 俺のトラックは大きくバランスを崩して尻餅を突く格好で崩れ落ちた。自動的にコントロールパネルに再生される紅いロボが突進してくる瞬間の映像。体長の違う相手に有効だとされる足掛け。その後に自らの身体を相手に預けて押し倒す一部始終。全てが一瞬の出来事で一連の動きに無駄など全く無い。

「ワィダァ~! ワッパの分際でこの星の平和を脅かすつもっか~~! ワシャ、三十年も地球防衛軍としてやっちょったんだな~~」

 訛りのキツい言葉で老人が叫んでいる。俺も車外マイクや、ロボの両手をイヤイヤと振って戦闘意思が無いことを必死に訴えるが老人は耳が遠いのか俺のトラックの悪人顔を殴り続けている。

 俺は、繊細で新鮮な野菜を届ける配達人。今夜は初めてのアフターになる。アフターに付き物の褒美を召し上がる。俺には金が要る。金を作るには時間が必要だ。こんな所で時間を無駄には出来ない。

 俺は叫びながらトラックロボの操作ハンドルを回してアクセルを底まで踏み込んだ。





おわり




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