第1話 ヒトカケラ後編
会社という大きな組織の中で、幸四郎はたったひとつの歯車だ。
しかしそれは、幾らでも換えがある歯車であり、情報学科出で、優秀であれば誰でも良かった。
そんなことは、既に彼とて知っている。
どこぞの窓になぞらえたプログラムを作った天才のように。
知恵の実をかじったが如く、身近に転がるスマートメディアを作り出した天才のように。
自分でなければならないというものは、たかが4年で生まれるはずもない。
けれど、それが普通で当たり前なのが人生だろう。
求められるがままにコードを叩き、命令に従って組み立て続ける。
それで責務が全うできるのは、ある意味楽なことかもしれない。
正にそれこそが、世界であり、自分の現実なのだと幸四郎は受け入れていた。
満月の深夜、突如現れた白兎に、真実を告白されるまでは。
「皇女……皇女?」
周囲の景色に溶け込んだウォーカーロイド、ラビットホッパーの中で、驚愕に満ちた声で幸四郎が確かめる。
「はい、第一皇女様になります」
対して、淡々と事実を答えるのは、ラビットホッパーのAI、ファジーロップだ。
視線が右往左往し、混乱の渦に叩き込まれた幸四郎には次の言葉が出てこない。
それを室内カメラで確かめるファジーロップは、矢次に言葉を並べる。
「貴方のバイタルから動揺、不安が見られます。皇女であることに何か不都合がありましたか?」
「そこじゃない! そもそも俺は何に巻き込まれてたんだ!? 俺はゲームをしていただけじゃないのか!? 教えてくれ……もう、わけがわからない」
崩れていく現実に喚き散らすも、その勢いはあっという間に鳴りを潜める。
頭を抱えるようにして体を倒すも、ファジーロップにはその意味を理解することは適わない。
「了解しました、それでは説明します。まず、コウがいうゲームというのは、戦術提供についてと推測されますが、それは間違っています。あれは戦争に対する戦術提供であり、ゲームではありません」
薄々、この状況になって幸四郎も気づいていた。
しかし、受け止めたくはなかったのだ。
彼は、しがないプログラマーで、やっと会社に使い倒される日常に慣れた歯車の一つにすぎない。
現実へと視線を戻そうとしながらも、実際には現実逃避をしていたのだろう。
蹲るように倒れた体、顔を覆う掌の中で、瞳が激しくさまよった。
「アイラ様は発生したクーデターに対する戦闘に対し、王位継承者として国を守るべく各地の皇国軍の元で、指揮を取ろうとしました。しかし、戦闘行為を何も知らぬアイラ様では何も出来ない為、弟君であるキグロフ様の研究機関で施策された、平行世界への通信を試みました。対象を軍略に長けたものに、世界構造情報履歴から絞り、幾億の対象から快く答えていただけたのが、コウとなります」
「まてまて、意味がわからない。何でアイラが軍を仕切らなきゃいけないんだ? そういうのは軍隊でやることだろう?」
皇国というものであったとしても、国の長が矢面に立って戦うなんてことは少ない。
オマケに戦いを知らぬ少女なら尚更だ、突拍子もない話に片手で額を抑えながら、制止を求めるように掌を正面に向ける。
「ゲームについての疑問点は解消されたようですね。それでは、その質問にお答えします」
すると、先程までアイラの写真が写っていたパネルに、無数に枝分かれした図が表示された。
「まず、ハズバーンについての説明が必要となります。ハズバーンは、コウが存在する世界と並列して存在する、平行世界の未来。派生による分岐で遠く離れた世界であり、時代も200年ほど未来となります」
パラレルワールドと呼ばれる概念、それが目の前で実証される。
誰かが選んだ選択、判断によって無数に枝分かれするというIfの世界。
毛細血管のように広がった世界の先にある未来、そこからきたのだとファジーロップは宣う。
「150年前、食料と領地、海域を奪い合う小国同士の戦争から広がり、やがて世界は戦争に包まれました。結果、大半の国は国としての維持機能を失い、二つの大国に飲み込まれます。アガレシアとハズバーンです」
あながち、ありえない話ではないと幸四郎は思う。
彼の現実でも未だに小さな紛争は消えなければ、汚染による飲水の確保は改めて重要視されていると聞く。
それが何かのキッカケで大きく膨れ上がったなら、ミサイルの応酬になるだろう。
誰もが、自分達が生きたいと願うのが人だ。
「その後の復旧へ向け、様々な技術の発展がありました。大きかったのは放射能汚染の除去です、特殊な薬液の散布により、多くの陸地を取り戻し、自然の修繕に当たることが出来ました。そして、あまりに凄惨だった戦争後の状況に、二つの国で戦争兵器の廃棄と戦争行為の停止について条約を結び、長い年月をかけて兵器を手放しました」
眉唾ものと言われる兵器や軍隊の喪失は、確かにその状況ならありえそうだと幸四郎は思う。
此方の世界では無数の国があり、無数の思想が渦巻いている。
だが、戦争によってその大半が破壊され、二つの国だけになるなら、互いを見ているだけで済む。
オマケに核でもぶっ放したのだろう、放射能汚染の恐ろしさも十分味わっていた。
愚かしさを呪い、武器を互いに手放すなら……無武装の平和も夢ではない。
「しかし、近年になってアガレシアが再度武装化し始めたという情報が入り、ハズバーンでも密かに武装化を開始しました。その中で、パワードスーツから発展させたのが、ウォーカーロイドです。アガレシアの先制攻撃を防ぎ、これにより電撃作戦で首都を抑えた事で、短期間で戦争は終わりました」
ですが、そうつなげるファジーロップの話はこれからなのだろう。
「軍事技術がデータのみとなったハズバーン内で、唯一軍事を覚えていた第一王子、カッツェ・スパレヴィア・ハズバーンが軍を率いるも、戦争終了後に武装蜂起。王都を掌握し、クーデターを成功させます」
アイラがあの時に言った、兄はもう居ないという言葉が脳内でつながっていく。
なんということを問いかけてしまったのだと、幸四郎は眉間にしわを寄せ、後悔の念に胸を締め付けられる。
「アイラ様とウォーカーロイドの生みの親である第二王子、キグロフ・サペンティア・ハズバーン様を筆頭に残存軍が作られ、戦いが始まりました。しかし、軍事をデータで知っていたのはカッツェと一部の指揮官のみであり、戦術と戦闘能力の両方に秀でたカッツェを退けられるものは誰も居ませんでした」
「そして、戦術だけでもと……平行世界にそっちのすごい技術で問い合わせたってことか?」
その通りですと、ファジーロップは答える。
幸四郎の中で、大分話はつながってきたが、そうなると最後の知らせと、このラビットホッパーが何なのかが残る。
それを察してなのかどうかは分からないが、ファジーロップは言葉を続けた。
「キグロフ様は戦闘に不慣れな兵士や指揮官を支えるAIを作ろうと、私を作りました。そして現時点で可能な限りの技術を詰め込んだ機体、ラビットホッパーに搭載することで、カッツェに対する切り札としたのです。ですが」
そう告げると、映し出されたのは最後に戦術を提供した空港の映像。
四方八方から攻撃を受けたのだろう、防壁は見る影もなく、残った戦力は鉄くず同然の姿に変えられている。
「残存軍側の主要拠点である空港が陥落し、キグロフ様はカッツェによって処刑されました。キグロフ様は、私に最後の命令、アイラ様の命令を聞くように告げました。その後、アイラ様は護衛の方々と逃亡しましたが、貴方に最後のメッセージを送り、捕縛されました」
つまり、1ヶ月前に行われた最後のゲームは、最後の戦いだったということだ。
敵は投降した兵士や、戦闘不能の機体から離脱した者を捕虜として捕らえている情報も表示される。
歩兵で戦えば死ぬかもしれないが、それ以外なら死ぬリスクは多少下がるだろう。
だが、自分が敵であれば、敢えてそれを狙う事も考えられた。
なぜなら、歩兵という小回りの聞くカードを勝手に封じてもらえる可能性があるからだ。
(「とはいえ……」)
彼女の優しさは、結果として自身を窮地に陥れたのかもしれない。
そして、”ゲームじゃないか”と、知らずに無責任な言葉を吐いた自分へ、幸四郎は嫌気を覚える。
「私はアイラ様の命令に従い、接続装置を使用し、この世界へと来ました。カッツェは、アイラ様と私を国民の前で処刑、破壊することで絶対的権力を知らしめる道具にするものと想定されています」
アイラと弟の忘れ形見であるファジーロップを葬りたいのは分かる。
反乱分子の頭をなるべく惨たらしく潰し、それに反応した残党を踏み潰し、根絶やしにする。
権力を自身の身が掌握する道具には、おあつらえむきだろう。
「カッツェ軍の拠点内にあった装置を利用し、移動と同時に装置の破壊を行ったため、すぐに追尾してきた3機以外は足止めをくらいました。私の想定では修理完了までに、最短で10日程掛かると想定しています。それまでの間に、コウを安全なところ移動させ、護衛を命じられました」
「ちょっとまて、お前が逃げるだけなら俺を連れて行く必要はないだろ? 何でそんなことをする」
あくまで今の狙いはファジーロップだけだろう。
そこに自分が絡む理由、それに悠長に語っていたファジーロップが僅かに沈黙した。
「状況から判断し、情報の開示を行います。あのチャットログは空港陥落後にカッツェに知られており、貴方を抹殺する可能性があります。その為、貴方を守るべくここに来たのも、今件の理由に該当します」
自分はいつの間にか、殺害リストに名前を連ねていたらしい。
目まぐるしい展開に、小さく溜息を零しながら再びうつむく。
「ですが、護衛をするのも難しいのが現状です。私から降りて頂いた後、貴方が逃げるだけの時間を稼ぎます。なるべく人目につかないところへ待避し、隠れてください」
しかし、この時ファジーロップは一つ情報を伏せていた。
敵が彼を見つけられなかった時に取る行動だが、それは語られることはない。
「お前は最新機体なんだろ? 量産機の3機ぐらいどうにかならないのか?」
これが漫画やアニメのリアルロボットなら、圧倒的性能差で量産機を突き放し、一方的に倒すことが出来るだろう。
そんな夢物語な望みを紡ぐも、ファジーロップは現実だけを語るのだ。
「最新鋭ですが、機体性能差は圧倒的ではありません。また、本機は専用装備の開発が間に合わず、基本装備のみとなり、火力は同等あるいはそれ以下となります」
戦闘機と同じだ、一世代変わっただけで劇的な変化が訪れるわけでもない。
一世代古かろうが、数で当たられればどうにもならないのだ。
「私からは以上となります。その他にご質問がなければ、陽動を開始しますので降機してください」
(「……いいのか、それで」)
アイラはお姫様、そして不慣れな軍を率いて反旗を翻した兄と戦い、弟を奪われた。
あのメールも、捕まることを覚悟で幸四郎に送ったのだろう。
ラビットホッパーを逃がすだけなら、もっと違う平行世界に逃がせばいい。
それでも、幸四郎の元に送ったのは彼女の甘い優しさだ。
巻き込んだとはいえ、死なせていいはずがない。
戦うとはいえ、無残に死なせていいはずもない。
だから、歩兵戦術を嫌がったのだろう。
全てがつながっていき、何も知らぬ少女が精一杯背伸びした結果は、自分の逃避先。
無言のまま時間が過ぎること数秒、幸四郎は操縦桿に手のひらを乗せる。
「ファジーロップ、あいつらを倒すぞ」
その言葉に、ファジーロップの返事も止まった。
「無謀です、現時点での目標達成確率は35%、陽動作戦ならば、貴方は83%の確率で離脱できます」
それでも彼ほどではなく、1秒もない間の後だ。
淡々と数字の答えを紡がれても、彼は従えぬというように頭を振った。
「そうだろうな、そうだろうさ……けどな、年下の女の子が無茶をして、いい年こいた俺が……そそくさと逃げるのは、カッコがつかない」
ズクズクと胸を締め付ける痛み、それは罪悪感とともに交じる、自責の念。
もっと早く気づいてあげればよかった、もっと察してやるべきだった。
そんな後悔が、痛みに変わろうとしていく。
掌を胸元に押し当て、ぎゅっと握りしめれば服にシワが寄る。
「俺はここから降りねぇ、お前がなんと言おうがあいつ等と戦う! アイラの命令で守れってんなら、戦いながら守ってみせろ!」
あんな少女ですら、勇気を示したのだ。
退屈な日常に刺激を与え、甘い夢を見せてくれた彼女が壊される。
悲しみに満ちた瞳から光が消え、縄の軋む音と共に壊れた表情が揺れる、最悪なイメージがよぎると、逃げるなんて選べない。
普段になく険しい表情で叫ぶと、ファジーロップは再びだんまりを決め込む。
「……その内容は遂行可能性が低いため、受理できません。その為、第二重要目標に従い、行動します」
「この分からず屋が! って……なんだよ? その第二重要目標ってのは」
二つ目に重要視されるもの、それを問いかけると再びコンソールに文字が浮かび上がった。
「第一重要目標 アイラ様のプランに従い、当機の離脱、コウの保護。第二重要目標それは……キグロフ様が、私の意識領域外にプログラムした、トリガー式の命令となります。現時点でコウがそれを満たした為、私の意識領域内として確認されました」
同時に、新たにコンソールに浮かび上がるのは Sound Only のメッセージ。
パツンとファジーロップの声が途切れると、無機質なマイクノイズが響いた。
『さて、これが流れてるってことは、姉さんはファジーと君を逃がすって決めたってことだね。はじめまして、僕はキグロフ、ファジーの作り主で、アイラ姉さんの弟だよ』
男性の低い声色ながら、温かみのある抑揚の聞いた声。
正確には、ファジーの教育係だけどなんて苦笑いしながら呟く声も聞こえそうだ。
第二王子というわりに随分とフランクな雰囲気は、幸四郎を少しばかり呆然とさせていく。
『君が逃げないとファジーに言ったら、この音声を流すようにしている。同時に、姉さんの命令を無効にするようにもしてある。代わりに、ファジーが君の目標を叶える手助けをするようにもしたよ』
キグロフは、こうなる可能性も考慮していたのだろう。
その声とともにラビットホッパーの各部分から、唸るような作動音が響き、内部の回路がフル回転で通電されていく。
『失礼ながら、君のことはログを見させてもらって知ってるんだ。最後の作戦も、姉さんの我儘に付き合ってくれてありがとう。そんな優しい君だから、ファジーを託すよ。もっと色々話したいけど……時間がないからね。姉さんとファジーをよろしく頼むね』
Sound Onlyのメッセージが消え、マイクノイズもきれいに消えていった。
再び機体の状態が表示される状態へとコンソールが戻り、レーダーに敵機が周囲を動き回る様子が映し出される。
「……私への命令権は、貴方に譲渡されました。お好きにご命令ください」
どことなく、言葉が紡がれるまでの無音の時間が、不服と言いたげに感じさせられる。
機械的な存在と思っていたが、もしかしたら、多少の感情ぐらいは持ち合わせているのかもしれない。
苦笑いを浮かべながら、脱力した笑い声を少し零すと、深く息を吐きだし、肩の力を抜く。
「ファジー、アイツラを倒すぞ。そんでアイラを助けに行く」
「命令確認、了解しました」
表情を引き締め命令を下すと、ファジーロップは変わらぬ声で淡々と答えるのだった。
深夜の倉庫群は、黒尽くめと白兎が暴れまわっても、誰一人騒ぎ立てることはない。
本来ならラビットホッパーと幸四郎を静かに邂逅させ、ゆっくりとこれからの話しをさせるつもりだったのだろう。
だが今は、ラクーン3体がラビットホッパーを狩り出す、絶好な無機質の森と化した。
大きさの割には静かな歩行音は、金属とコンクリートが接触する僅かな音を響かせるぐらいなもので、器用に舗装された道を歩く。
ずんぐりとした胴体ごと左右に回しつつ、ラビットホッパーの姿を探し求める巨躯のカメラが、一つ目のように薄っすらと光を発しつつ、レンズの焦点を随時最適に絞り直す。
「ターゲット1、レールライフルの必中射程に入りました」
「始めるぞ、撃てっ!」
ラビットホッパーが倉庫から半身だけ晒すようにして、腕にくくりつけられたライフルを構えていた。
今の幸四郎にラビットホッパーを正確に操縦する技量はないが、作戦を提示することは出来る。
戦闘は変わらずAIたるファジーロップに任せながら、先制攻撃を命じた。
バシュッと電気が迸る音と共に、音速に到達した弾頭が飛翔する。
僅かな稲光を見せた後、弾丸は戦闘にいるラクーンの胴体に被弾する予定だったが……片腕のシールドに阻まれ、ギャリッ! と金属が悲鳴を上げながら弾丸を受け流す。
「ファジー! 後退だ、さっき指定したポイントまで下がるんだ!」
「了解、目標ポイントまで後退します」
つま先にくくりつけられたホイールから、ゴムの焼ける白い煙があふれる。
全身に取り付けられたスラスターを稼働させながら、背中を向けずに後退すれば、ラクーン2体も此方を追いかけてきた。
いなした弾丸がそこらの倉庫に激突してしまい、足跡はもう隠せない。
そのせいか、形振り構わず敵もレールライフルを構え、此方の足を狙う。
しかし、関節周りの可動域が多いラビットホッパーは器用に足を折りたたみ、膝のローラーを地面に接触させた。
同時に両腕のシールドが鉄の壁のように足と胴体を覆い、弾頭を受け流していく。
縮こまった姿は、まるでちょこんと丸まった兎によく似た格好に見えるだろう。
コーナーを曲がる瞬間、跳ねるようにして縮こまった体を伸ばすと、地面を蹴って勢いを横にずらす。
サイドステップの勢いを、スラスターが姿勢制御でコントロールし、青白い炎が忙しなく溢れた。
ギャリギャリッと着地の音が響きながらも、上体はぶれない。
再び後退していくと、T字路の中央で機体を停止させ、チェーンブレードを展開した。
チェーンブレードを携えた左側は倉庫、右側には通路、正面と背後には真っすぐ伸びる一本道。
ここで決着をつける、敵もそれを察したのか、チェーンブレードを展開しつつ突撃してくる。
「ジャミング開始、それとスモーク! 扇状にだ、ターゲット1の背後で炸裂させろ!」
「了解」
胸部のランチャーから煙幕弾が射出される。
弧を描いて放たれた軌道は、正面から突撃するラクーンの頭上を通り越し、目論見通り背後で炸裂した。
扇状に放たれた煙幕は、正面と斜めからの視野を完全に塞ぐ。
これには遠くで狙撃準備をしていた奴が、舌打ちをしたことだろう。
更には周囲に放たれる障害電波が通信を妨げ、周囲にいる二体からは他との通信が困難になる。
「引きつけろ! ライフルも正面だ」
「コウ、それでは……」
「いいから! そうしないと意味がない!」
チェーンブレードを展開した腕の盾を的に向け、その隙間からライフルで狙うように構える。
敵機との距離計がどんどん狭まっていく。
数十メートルが、まるで一瞬のようだ。
目まぐるしく回る数字と敵との距離感、そしてレーダーの3つに視線を配り……レーダーに想定した動きが映りだす。
「ファジー! そのまま右側にライフルを向けて射撃しろっ!」
「了解、射撃します」
倉庫の角からもう一体のラクーンが飛び出すと、そこに狙いを置くように合わせていたレールライフルが、紫電を放つ。
バシュッ、バシュッ! と、タブルタップで放たれた射撃は、シールドガードが間に合わなかったラクーンの右の太腿と右腕を貫く。
光を失っていくライフル、それがくくりつけられた右腕が地面に転がり、右足の踏ん張りが効かなくなったラクーンは右肩から崩れるように倒れ、派手な激突音を響かせた。
「ファジー、サシなら勝率はどうだ?」
「ターゲット1に対し、91%の確率で圧勝できます」
それなら文句ないだろう! と告げれば、答えるより早くラビットホッパーは前へ踏み出した。
敵は焦ったのか、射程が詰まっている今になってレールライフルを放とうとする。
しかし、限界まで身を縮こませたラビットホッパーを撃ち抜くには射角がキツイ。
ギュリィィッ! と、金属が激しく擦れる音を響かせ、チェーンブレードの一線がライフルの付いた腕を切り捨てる。
肘から先を失ったラクーンは、機体制御を崩し、堪らず後ろへよろけた。
そこを逃さぬとシールドバッシュで追い打ち、倒れたところへ飛びかかる。
ブレードを頭部に突き立てながら、両足が胴体と左腕を踏みつけ身動きを封じていく。
頭部が火花を散らせて視野を失うと、必死に残った腕をばたつかせているが、無駄なことだ。
チェーンブレードを引き抜き、左肩に突き立てれば、底から削り取るようにして寸断し、火花が消える頃には左腕は動かなくなっていく。
「次だ、行くぞ」
了解と短く答えるファジーロップ、次の行動に向けてなのか、小さなアンテナのようなモノを胸部から射出すると、そこらの倉庫に突き立ててその場を後にした。
「Quebec2、Quebec3 どうした!? 応答しろっ!」
通信からはノイズばかりが響く。
残されたQuebec1、もとい、狙撃使用のラクーンのパイロットは困惑していた。
不意打ちを仕掛けてきたターゲットを追いかけた二機が、煙幕の向こうで動きを止めているからだ。
撃墜されていない、だが何故動かない?
この通信障害は恐らく、ターゲットが仕向けたものだろうと思うも、予想外の展開に操縦桿を握る手に汗が滲んだ。
「クソッ! ただの狐狩りじゃなかったのかよ……!」
逃げられた後、決定的に何かが変わった。
その正体に気づけないのは、やはり付け焼き刃に戦闘技術を覚えさせられて間もないからだろうか。
得体の知れない敵へと変貌したターゲットに、硬直しつつも、レーダーをフル活動させていく。
コンテナ群から少し離れた河川に一際背の高い建物があり、そこの屋上に陣取っている。
ここなら接近してくる敵機がよく見えるはず、そう思いながら敵はラビットホッパーを探すも、唯一レーダーの影響を受けない状態があるのを見落としていた。
「今だ!」
幸四郎の合図とともに、ラビットホッパーはライフルと顔を覗かせた。
コンテナを積み込んだ船が入り込めるほどの川とあって、深さも結構ある。
半分は海のような場所だ、機体をすっぽりと隠すには十分だった。
敵が見落としていたレーダーの範囲外、それは敵を探すレーダーは水中には反応できない点である。
空地用のレーダーをラクーンが搭載しているのは、今までゲームと思っていた作戦の資料で知っていた。
それに、レーダーの射程はそれほど遠くまでは広がらず、近接戦での不意打ちを避ける程度のものだ。
煙から抜け出し、倉庫の隙間を縫って川へ抜けて水中に潜り、敵機に近づく。
その間、自分の移動を知っているのは、戦闘不能の機体に乗ったパイロットだけだが、彼らの通信は封鎖済み。
最適な不意打ち状況を作り上げ、今まさに、不意打ちの一撃に狙いを定めているところだ。
再び紫電の光が広がると、光の筋となった弾丸が敵機の左腕を貫く。
偶然ながら硬い骨格フレームに射線が重なってしまい、胴体までは達することができなかったようだ。
「もう一発だ!」
「水中航行による電圧低下により、二射目まで後5秒」
レールライフルは、構造上一瞬だがレール自体に電気を纏う。
水中ではそれが散りやすく、再度放つには充電をし直さなければならなかった。
幸四郎が唯一、読み違えてしまった致命的なミスだ。
まだ動ける敵機は、仕返しだと言わんばかりに機体制御を直しつつ、長いライフルを向けようとしていく。
「ファジー! 悪いが突っ込んでブレードだ!」
「了解」
ドバァッ!! と青白いブースターの炎が一斉に水を吹き飛ばし、機体を一気に空へ押し上げる。
右手のシールドを前に、全力疾走で突撃するラビットホッパーに、敵機もライフルを撃ち放つ。
バギャッとシールドの表面を抉っていく弾丸に、右腕が流される。
「まだだっ!」
腕は壊れていない、シールドが削れただけだ。
幸四郎の言葉に呼応するように機体をくるりと回転させながら姿勢制御を行うと、遠心力も上乗せされたブレードが胴体に斜めに振り下ろされる。
ギュァァァッと激しい火花が飛び散り、頭部と左腕の伝達系統を寸断すると、不格好な切断跡を残しつつ、機体はすれ違うように前へと流れた。
それでもまだ動く敵機は、振り返りながらラビットホッパーの背中にライフルを放つ。
ドシュッと重たい射出音とともに、背中から強烈な振動が機体と幸四郎を襲った。
「ぐぁっ!?」
「オプションパーツ破損、本体損傷軽微」
ラビットホッパーの背中についていたコンテナから、青白い光がいくつもあふれる。
今にも爆発しそうなそれをパージしながら、機体を反転させると、充電の終わったライフルが狙いを定めた。
「発射」
無機質な声と、無機質な発射音。
機体の胴体を綺麗に貫通した弾丸は、今度こそ敵機を完全に沈黙させていった。
(「連携が全てと思っていましたが、連携を潰すことも重要と理解しました」)
ファジーロップは、3機の撃破を不可能と考えていたのには理由がある。
一つは、一機撃墜するのに時間がかかることだ。
的確にライフルを胴体に当てて沈黙させるか、ブレードを突き立てて戦闘力を奪い取るか。
どちらにしろ、1対3では、どちらを実行してもその合間に誰かにやられてしまう。
だが、幸四郎は最初の戦闘を見てから彼らの法則性を見出したのだ。
恐らく、連携のパターンが少ないこと、だから一人は正面、一人は側面、そしてもう一人がトドメと牽制を担う。
ベーシックながら堅実な方法だ。
しかし、それ以外は使いこなせないというのを、軍事情報が乏しい未来というところからも想像がついた。
事実、最初の奇襲を仕掛けてから逃げても、敵はバカの一つ覚えのように陣形を崩さなかったのだ。
だからこそ、左側が倉庫になったT字路へおびき寄せた。
ジャミングと煙幕で狙撃機との連携を絶ち、側面攻撃の方向を一つに絞らせ、ギリギリまで引きつけてから撃つ。
側面攻撃の機体を完全沈黙させられなくても、動きさえ止めれば、一瞬だけサシの状態となる。
そこでこそ、ラビットホッパーの高性能さが活かされ、あっという間にラクーンを撃墜したのだ。
残る狙撃機も、ジャミングの子機を使って電波障害を残し、煙幕と倉庫に紛れて川に出れば……先程のとおりだ。
連携させず、枚数有利を潰して倒す。
活きた戦い方は、情報としては残っていなかったのだ。
「ファジー……さっきの被弾は大丈夫だったのか?」
心配そうに問いかける幸四郎に、ファジーロップは気体の状態をコンソールへ表示する。
「はい、リアコンテナが破損しましたが、そこで弾頭が止まったため、損害軽微です。しかし」
しかし? その言葉を問おうとしたところで、唐突にラビットホッパーは急激に敵機から距離を離す。
「な、なんだよ!?」
「敵機が自爆します、流石に気づかれますので移動します」
離れた瞬間、残された機体が映画のように爆発した。
内部だけを破壊しても、ここでは物足りない。
ウォーカーロイドという外見すらも、新技術になりかねない。
それを阻止するためなのか、煌々と燃え盛る炎と煙を背に、ラビットホッパーは海上を滑るように飛翔し、人目の着かぬ場所へと移動するのであった。
最初の待ち合わせ場所から数十キロ。
既に閉鎖された古い工場跡へと逃げ込んだラビットホッパーは、ステルスモードのまま建物内の隅で丸まっている。
「先程、リアコンテナが損傷したとお伝えしましたが、これにより、こちらからアイラ様のいる未来へ移動ができない状態となりました」
唐突の申告に幸四郎が硬直する中、ファジーロップは淡々と現状をモニターへ映し出す。
背中に搭載されていたのは、逃走に備えて搭載した単独用の転移装置。
しかし、本来は大型化しなければならない装置を無理矢理小型化したモノであり、一度使えば、過負荷によって破損してしまうらしい。
よりにもよって、唯一の渡船を壊されたことになる。
「マジかよ……」
呆然と項垂れる幸四郎は、必死に思考を巡らせた。
どうにか追手を振り払えたのだ、まだ何一つ始まってもいない。
沈黙が流れるのはほんの一瞬であり、すぐさまファジーロップが言葉を続けた。
「但し、方法がないわけではありません。今から10日後、本土側にある転移装置により、第一先発隊が、こちらにやってくるはずです」
そして、ここで伏せていたもう一つの真実を、ファジーロップは明かした。
「第一先発隊の機数は20。進行ポイントの確保とともに、第二先発隊と共にコウを探すことを目的としています。ですが、コウが隠れた場合、主要都市や拠点を攻撃。攻撃停止の代償に、貴方を差し出すように勧告すると想定されます」
もし、追撃隊が戻ってこなければ、想定される次の手は、そこらを根絶やしにしてでも幸四郎を探すことだ。
彼一人を差し出せば、200年も未来の兵器と戦争を行わなくて済む。
強引な交渉で、彼を引き渡すように差し向けるつもりなのだと。
カッツェとしては、国や世界一つ敵にしても、勝てるつもりでいるようだ。
20機差し向けて終わるわけでもない、未来からは次々と実践で磨かれたウォーカーロイドが、ごろごろとやってくるだろう。
(「だが……既存の兵器じゃ、たしかに歯が立たない」)
機動力、火力、防御能力、全てにおいてウォーカーロイドは現存の兵器に対し、対応できる。
それも交渉を短期間に迫るなら、軍事力を上げる前に答えを求めることも可能だ。
国一つと、男一人の命。
適当に理由をつけて差し出せばいいものだ、結果は火を見るより明らかだ。
「そこで、先程と同様、海中に潜みこれらをやり過ごし、門が閉じる間際を通り抜け、未来へ到達するのが最適と考えられます。この場合の成功率は73%と想定しています」
確かに、水中に潜むなら先程のようにレーダーの範囲外に入ることが出来る。
しかし……そう考えた幸四郎は、緩やかに頭を振った。
「駄目だ、それだと俺を探してそいつらが暴れることになるだろ? それに、どうせ通り抜けた後は後顧の憂いを断つとか言って、装置を壊すつもりだろ」
ご明察ですと、さもりなんな様子に答えるファジーロップに、幸四郎は疲れたように溜息を零す。
「それだとこっちの世界に被害が大きく出る。そんな事してあの娘にあってみろ、素直に喜べないだろ?」
「感情による不利益な行動を取れるほど、こちらは余力はありません。もし正面から戦闘した場合は、現装備では12%の確率でのみ、未来へ戻れます」
ファジーロップの言葉は最もだ、提案通りやり過ごして抜けたほうが確実である。
しかし、此方の身を案じて無茶をするような娘だ。
故郷に被害を負ってでも来たとなれば素直には喜べないだろう、何より自分の我儘で誰かを救うのに、関係無い者を犠牲にするなど、あってはならない。
勝手な言い分だと自嘲しながらも、幸四郎はニヤリと笑う。
「なぁ、なんで現装備といったんだ? 今はない装備ってのに、心当たりあるんじゃないのか?」
AIたるファジーロップは、無駄なことを言わない。
それなのに、現状と添えたのは、現状ではない装備を考えついていることになる。
それを問い詰めると、近隣にある米軍基地の情報が表示された。
「現世代の武装を当機に装備し、火力を増強します。時代遅れではありますが、破壊力は十分あると想定できます。この場合の可能性は、60%となります」
コンソールに続けて表示されたのは、ラビットホッパーの武装システムに就いてだ。
ハードポイント(接続部分)をいたるところに持つラビットホッパーは、専用武装の他に、今までのウォーカーロイドや、兵器の装備を取り付けることが出来る。
映し出された完成予定図は、近年のロボットアニメになぞらえるなら、フルアーマー・ラビットホッパーとでも言えそうな重武装だ。
左腕に二門のガトリングガン、両脚部ハードポイントに米軍で試作されたマイクロミサイルポッドを装着。
両肩には多連装ロケットランチャーが搭載され、これでもかと言わんばかりに火力を補強している。
単発火力については、右腕に装着されたレールライフルがあるので、トドメの一撃も十分だろう。
ニヤけ顔も、その完成予想図にあんぐりと口を開いたマヌケ顔になっていたが、ふと設計図の一部に違和感を覚えた。
「なぁ、このマイクロミサイルポッドっての、聞いたことがないんだが本当にあるのか?」
対空車両に搭載するミサイルとして開発され、大量の小型ミサイルを一斉発射するというものだ。
高性能爆薬により、一発あたりの火力も確保しつつも、一斉射、バースト発射等など、相手の回避に応じた攻撃を仕掛けられるという、すぐれものだ。
しかし、ゲームや空想の世界でしか見たことがなかった装備が現存するとは思えず、首をかしげる思いでもある。
「存在します。先程、ネットワークからハッキングを行い、該当基地に存在する全兵器の情報を確認しました」
「……そんなあっさりというもんじゃねぇだろ、米軍基地のハッキングしたとかよ」
見つかったらアメリカの法廷に連れ出され、殺されそうだと小さく身震いをする。
しかし、ファジーロップは、お構いなしと言ったところだ。
「200年前のネットワークです、私達の時代のセキュリティからすれば最早化石に近く、効力はありません」
そういう話じゃない。
心の中で突っ込みながらも、くぁっと欠伸をしながら狭いコクピット内で背伸びをした。
「そろそろ早朝です、お疲れ様でした。当機はこの周辺でステルスモードを維持し、待機します。武装入手に関しては、また後日に行動開始しましょう」
そうだなと呟くように返事をすると、ラビットホッパーのハッチが開かれる。
青色の濃い朝焼けが廃墟の切れ間から瞳に映り、冷えた空気が心地よく肌を包む。
「先程、ハッキングついでに貴方のスマートフォンに私との通信機能をプログラムしました。アクセスに必要なパスワードは、普段のパスワードと同一にしてあります。それでは良い夢を」
いつの間にそんなことをしたのやらと思いつつ、スマートフォンを見やると、ツールのカテゴリ内に、可愛らしい白いウサギのアイコンが追加されていた。
機体に描かれた白いウサギと一緒だ、ここから連絡を取るのだろう。
ステルスを起動したラビットホッパーは、景色に溶け込んでいき、傍から見ればそこに巨大メカが存在するとは気づかぬだろう。
「……つか、ここ何処だよ」
現在地を確かめながらタクシーを止めて、電車に乗り、家に帰った頃には完全に朝日が顔を見せていた。
普段よりも明らかに遅い就寝、身も心も疲れ果ててベッドに転がり込むと、あっという間に意識が眠りの底に落ちていく。
けれど、充実していた。
無茶苦茶で、無謀で、馬鹿なことかもしれない。
けれど、今までの何よりも、成し遂げたいという気持ちに満ちていた。
なんでだろう、そう考える暇もなく夢すら見ずに眠るのだった。
――初めての一歩は勇気。
君を助けたいと願い、出来ないかもしれないけれど一歩踏み出した。
きっと成功しても失敗しても、そんな事のためにしたわけじゃないと怒られるのだろう。
僕も君に、そんなものを願ってなんかいない、互いに勝手なんだ。
だから、勝手に君を助けたって構わないだろう?
Lost Line~小さな勇気は泥だらけ 常陸 岐路 @hitachi
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