終章

獄牢鬼

 剣魔戦争。


 西の大国ベルンフリート帝国と、東の大国イーニアス王国間で繰り広げられた戦争である。


 一般に史上初めての魔法技術が使用された大規模な戦争とされている。これまでもベルンフリート帝国は魔法技術によって近隣の小国に侵攻することは度々あったが、それはごく小規模な戦いであり、更に侵攻された小国は例外なく殲滅されていたため記録が残っておらず、公式に魔法が用いられたのはこの剣魔戦争である。


 戦争とベルンフリート帝国の公的文書には記録されているが、しかし実態は一方的な侵略戦争に近いものであり、その魔法技術の圧倒的な力によりイーニアス王国は大敗。国土はベルンフリート領となりイーニアス王国は消滅することとなった。


 そしてこれまでの侵攻と同様に、イーニアス王国民はその殆どが魔法実験の実験台として捕らえられることとなったのであった。



 ――そしてここにも一人。



 ベルンフリート帝国の国立魔法研究所。そこの地下、実験台用の牢獄に彼は拘束されていた。


 元イーニアス王国王子、オーウェン・イーニアスである。


 全身を縄にて雁字搦めにされ、足には鉄球を、首には、壁から突き出た鉄錠を嵌められ、彼に許された動きは最早、身体を捩るのみであった。


「アーロン・フレンザー‥‥‥殺す‥‥‥絶対に‥‥‥」


 しかし、全身を拘束されていながら他の捕虜とは違い、彼は口の自由を許されていた。


 その理由は、今回の戦について不明な点が多くあるからであった。


 何故、突然ベルンフリート帝国の関所まで兵を寄越し、七十人ものベルンフリート兵を虐殺したのか。ルーカス・テオフィルスはイーニアス王国に亡命したのか、それとも捕らえられていたのか。何故、国王と王女、そして側近をみなごろしにしたのか、などベルンフリート側が彼に聞きたいことは山積みであった。


 可能性は低くとも、口を自由にしておいたならばいつかは、それらについて話すかもしれないと、そういう考えから彼は口の自由を許されているのであった。


「アーロン・フレンザー‥‥‥殺す‥‥‥絶対に‥‥‥」


 しかし、そういった計らいなど何の意味も無く、今日も彼は淀んだ眼を虚空に泳がせ、ただうわごとの様に同じ言葉を繰り返すのみであった。


 ――彼の目に映るはただ一つ、憎き男の影。


 憎悪の炎によって彼の脳に、瞳に焼き付けられた、魔性の剣を振るう一頭の悪鬼。


 だがその憎悪も、怨嗟も、復讐も、決して果たされることは無い。


 果たされざる復讐心は今日も、明日も……彼が死に至るその時までもその心を蝕み続けるだろう。


 それがあの男が魔道の果てに見出した唯一の希望。


 全てを犠牲にしてまで果たした復讐なのだから。

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魔道剣鬼 黒河 剣斗 @kento-kai

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