魔道の果て

「ぐぅぅぅぅっ!! 殺すッ‥‥‥!! 貴様だけはッ‥‥‥!!」


 壁に叩きつけられ、脱力とプレートアーマーの重さにより、最早立ち上がることも出来ない有様のオーウェン。しかし、その心はやはり戦う事を諦めてはいない。


 いや、諦めていないのではない。諦めることが出来ないのだ。国を、父親を、そして愛する妻を失ったオーウェンにとって、最早拠り所となるものはアーロンへの復讐しかないのだから。


 そんな彼をアーロンは実に楽しそうな表情で見下ろした。


「そこまで俺を殺したいか?」


 問いながら、アーロンは左腕に刺さったままであったレイピアの刃を右手で掴み、引き抜いた。文字通り、堰を切ったように多量の血が流れ出る。


「決まっているッ!! 貴様を殺さないことには、死んでも死に切れんッ!!」


「そうか‥‥‥! ククッ! クハハハッ!」


 何にも例え難い程に、低く耳障りに嗤うアーロン。少し前のオーウェンならば、それに恐怖を覚えたであろうが、しかし今のオーウェンにしてみれば、ただただ忌々しいだけであった。


「き‥‥‥さまッ!! 何が可笑しいッ!!」


 怒号を上げるオーウェンに、アーロンは悪意も露わな嘲笑を以って答えた。


「クククッ! いや、この後の貴様の境遇を考えるとな」


「何の話だッ!!」


「ベルンフリート兵共の足音が聞こえるだろう。程なくして奴らはここまで来て貴様を捕らえることになる。ルーカスに聞いた話によれば、ベルンフリート帝国では捕虜を魔法研究の実験台として扱うのだという」


「っ! それがどうした! それでも俺は生き延びて、いつかは貴様を血祭りにあげてやるッ!」


 そう言い放つオーウェンの瞳には、確かな意志が宿っており、彼の言葉が決して虚勢ではないという事を表していた。


「そうか‥‥‥!! そうかそうか‥‥‥!! それが聞きたかった!! その意思を確かめたかった!!」


 アーロンの顔がこれまでにない程に歪む。


 悪鬼にも等しき狂笑を浮かべながらアーロンはソードレストよりツーハンデッドソードを抜き、その刃を握り込み‥‥‥。


 ――己の腹に向けて突き刺した。


「が‥‥‥ぐぁ‥‥‥!!」


「何をッ!? ば‥‥‥かなッ!? 馬鹿な馬鹿なッ!?」


 魔操術によって強化された切っ先は、プレートアーマー越しであってもアーロンの腹を容易く刺し貫いた。


 元々多量の出血の中、満足な止血も無く動き回っていたのだ。更なる出血により、アーロンの意識が急速に遠くなる。

 

 過去、アーロンが己の生きる意味は復讐なのだと悟ったとき、それと同時に復讐の果てに待つものは‥‥‥生きる意味を貫徹した際に待つものは一体何なのだろうと考えたことがあった。


 だが何度考えても、復讐の果てに待つものは、何の目標も無くなった虚無だという結論に行きつくのであった。


(どうせ虚無に堕ちるのならばこの命などは要らん。それならば、この命をも復讐の‥‥‥己が生の証へと捧げよう)


 自らの命を絶つことで、復讐後の虚無より逃れ、そしてオーウェンに唯一残った己への復讐すらも奪い去る。アーロンの考えていた最高の復讐であった。


 しかし、一体如何なる道に堕ちればこのような生き方が出来ようか。


 ――魔道。


 修羅すらも歩まぬ、鬼の歩む道。アーロンの歩んだ、生きてきた道は、確かに魔道であったのかもしれない。


「見つけたぞ! オーウェン・イーニアスだ!」


 アーロンのすぐ傍にて発せられたベルンフリート兵の呼び声だったが、しかしそれも最早、彼の耳には届かない。


 生きることの呪縛から解き放たれたアーロンは安らかな心持ちで、その意識は漆黒の闇へと落ちていくのであった。

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