相克
「あぁっ!? ああぁぁぁぁぁっ!?」
オーウェンの悲痛な叫びが広い王室に木霊した。
アーロンの投擲したショートソードは、アーチボルドの頭を。アーチボルドの投擲したレイピアはアーロンが盾としたアンの胸を、それぞれ正確に貫いたのだった。
数瞬の寸劇に二つの死体が生まれることとなった。
「‥‥‥愚か者め」
吐き捨てるように言うアーロン。それを見てオーウェンの心中に、これまでに感じたことが無い感覚が生まれた。
怒り、憎悪、嫌悪。
――即ち復讐心。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
咆哮と共に、左腰に差したショートソードと右腰に差したレイピアを抜きアーロンへと突進するオーウェン。
対するアーロンは未だ掴んでいた、細剣の刺さったアンの遺骸を投げ捨て、右肩のソードレストよりツーハンデッドソードを抜く。その顔には醜悪なる満面の笑み。
距離が詰まり、オーウェンが感情のままに剣を振りかぶる。
オーウェンの右手に握るショートソードによる首を狙った右薙ぎ、それを足捌きにて避けるアーロンだったが、避けた先に左手のレイピアによる、またしても首を狙った踏み込み突きが迫る。首を捻ることでそれも避けるが、皮一枚間に合わなかった頬が浅く裂かれた。奇しくも、先程アレクシスの隠し刃に切り裂かれた箇所に重なり、激痛が走った。
だがアーロンは笑みを崩さない。一斬一突の隙間なき連撃に見舞われ、傷を抉られ激痛が走ろうとも、彼はその醜い笑みを決して崩さない。
「貴様だけは許さない‥‥‥ッ!! よくも父上とアンを‥‥‥ッ!!」
対するオーウェンもまた、醜き激昂を表情に滾らせていた。
「クク‥‥‥!! それだッ!! その表情こそが俺の復讐心を満たすのだッ!! 俺の人生を‥‥‥生きる意味を肯定するのだッ!!」
「ほざくなぁぁぁッッ!!」
咆哮と共に繰り出した細剣による刺突が、アーロンの不自由な左腕を突き刺した。その一撃は、先程アンが巻いたドレスの一端をも同時に穿ったのであった。
「ぐっ‥‥‥! ククク‥‥‥!! そうだ、それでいいッ!! もっと俺への復讐心を滾らせて見せろッ!! 貴様の高貴をッ!! 誇りをッ!! プライドをッ!! 全て投げ打って卑劣に俺へと向かってこいッ!!」
「黙れッ!! 言われずとも、そうしてやるッ!! 如何なる手を使ってでも貴様を討つッ!!」
アーロンの左腕を貫いた細剣を、抉るようにして抜き、再度刺突。しかしアーロンは軽快なる足捌きにてそれを回避、その勢いで入室時より開いたままであった扉から王室の外へと逃れ出る。
追って廊下へと出たオーウェンを、アーロンが袈裟掛けの一撃を以って迎えた。
それを潜り込むように身を屈めて回避、同時に接近。
半ば、投げやりになっているとも思える捨て身の行動だが、その通り今のオーウェンは己の命など顧みてはいなかった。あるのは身を焼き尽くすような復讐心と、刺し違えてでもアーロンを殺すという覚悟だけであった。そしてそれは、皮肉にもこれまでのアーロンと寸分違わぬものであるのであった。
対するアーロンは現在、悦びの最中にあった。
己の生きる意味の貫徹。アンとの結婚から始まり、今はオーウェンへの復讐。形は変われど、根本は変わらず。己の人生の生きる意味を全うすることであった。それを、成し遂げる直前であるのだ。一念のみに生きた男が、それを成す。彼にしてみればこれ以上の幸福があるとは到底思えなかった。
同じ復讐心を燃やし、しかし相反する感情を滾らせる二人の男。彼らの繰り広げる一進一退の猛戦は、いつまでも終わる事の無き魂の舞踏であるように見えた。
だがそれにも終焉の兆し。
遠い廊下の先より、複数人のものと思われる足音が聞こえ始めた。
(そろそろか‥‥‥)
心中にて終わりが迫るのを察したアーロンは、そのときオーウェンが放った細剣の刺突に、動かぬ左手を差し出すように身体を動かした。
「何のつもりだッ!?」
突然の不可解な行動に怪訝を感じたオーウェンであったが、しかし突き出したレイピアは止めることは出来ず その刺突はまたもアーロンの左腕を穿つこととなった‥‥‥だが。
「はぁッ!」
当然それを狙っていたアーロンは、己の左腕に刺さった細剣の刃を右手のツーハンデッドソードにて断ち切った。
「くっ!! まだッ!!」
後悔をするも遅い。ならばと、オーウェンは右手のショートソードを瞬時に振り上げ、そのまま袈裟掛けに振り下ろした。アーロンの頭蓋を狙った渾身の一撃。
通常ならばそれは避ける以外に逃れる術の無い一撃である。何故なら、アーロンは細剣の刃を切断するために、剣を振り下ろしてしまっているからだ。近接戦において、攻撃後の隙は武器の重量があればあるほどに大きくなるのだから、アーロンの持つツーハンデッドソード程のものであればその隙は致命的なものとなるのだ。であれば、この場において逃れる術は、剣より手を放し迫る一撃を回避するのみである‥‥‥通常であれば。
そう通常であれば。
「なっ!?」
オーウェンの驚愕の声が、廊下の先より響く足音に混ざる。
アーロンは、細剣の刃を切断したために下段に下がったツーハンデッドソードの刃を返し、振り下ろしとさして変わらぬ速度にて振り上げたのだ。
振り上げられたアーロンの刃は、振り下ろされるオーウェンの刃に触り‥‥‥。
音も無くそれを両断したのである。
「くっ!! うぉぉぉぁぁッ!!」
二振りの剣を失い徒手となったオーウェン、しかし彼はまだ戦う事を諦めては居なかった。両断された刃が地面に落ちるよりも早く、アーロンに殴りかかる。
だが、それは無駄なあがきであった。アーロンは身を翻すことにより、オーウェンの拳を躱し、その勢いのままに後ろ回し蹴りを放った。
「がっあぁぁっ!!」
プレートアーマーが障りとなり高さの無い蹴りではあったが、それでも至近距離のオーウェンの腰を捉え、魔操術によって強化された脚力より繰り出されたそれは、彼を吹っ飛ばして壁へと強烈に叩きつけるほどの威力であった。
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