反証しようのない仮説

「世界が五分前に作られたことを否定する方法は存在しない」


ケイは彼女の--ルーテシアの突拍子のない発想と、突発的な発言が嫌いではなかった。むしろ、それを話題のきっかけにして彼女と問答を繰り返すことを、それなりに好ましいとさえ感じていた。


ケイは放課後に教師に呼び出されて、この学校のルールについて、いろいろな話をされた。規則は割と色々とあり、その詳細を聞くとそれなりの時間が経過しており、既に日は暮れ始めていた。

ケイはなぜルーテシアがまだ教室に残っていたのかわからなかったが、あまり気にしないことにした。

きっと何かの用事があって、教室で本でも読みながら時間を潰していたのだろう。そして今度は自分に暇つぶしに話しかけているのだろうと、そう思った。


放課後の閑散とした教室の中で、ケイはルーテシアにこう言い返した。


「私は昨日、隣人の厚意で豪勢な夕食を食べた。それなりに広い風呂に入って、それなりの寝心地のベッドで眠った。それなりに充実した一日だった。それでも君はその昨日が偽りだと思うのかい、ルーテシア」


ついでに言えば、初めて君と出会って話をした。さらに言えば、学校の帰りに街中で奇妙な白昼夢を見た、と加えようとしたが、ケイはそのことを彼女には伝えないことにした。伝えないほうがいい気がしたし、伝えてもどうしようもないと思ったからだ。


「でもその過去は、果たして本当に存在していたのかな。その過去も含めて全てが作られたものだったなら? 私やあなただけじゃなく、この街の住人全てが整合性の取れた記憶をもっていて、五分前の世界の始まりを知覚していなかったら?」

彼女はしたりと、首を僅かに傾げてそう言った。


ケイは考えた。自分には反証になるような拠り所になる過去と呼べるものがおおよそ、ほとんど存在しない。ケイにはこの街に来た時のほんの僅かの過去しか持ち合わせていない。


「私はこの街に来たときに記憶を消された。だから君の仮説に反論する材料があまりに少ない」

とケイは言った。


彼女はその言葉を聞いて、少し悲しそうな顔をして笑った。

「過去の記憶がないっていうのは、やっぱり寂しいものなのかな?」


ケイはルーテシアの言葉を聞いて少し考えて見た。

「寂しいかどうかはわからない。どんな過去だったか想像もつかない。自分のことなのに。ひょっとすると、僕には酷く辛い過去があったのかもしれない。同時にきっといいこともあったのかもしれない。だけどなんとなく、あまり良い過去があったようには思えないんだ。消されてしまった過去を懐かしむよりも、この街で過ごした昨日の方がずっと確かだし、幸せな気がする」


「そうかもしれないね」

彼女は静かに頷きながらそう言った。そして席を立って、ケイに言う。


「ケイ、少しだけ付き合ってくれない? 見せたいものがあるの」


彼女は柔和な笑みを浮かべてそう言った。

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