12.モノガタリの結末

 わたしたちは三年生になった。

 ピアノの彼が来なくなったことは、アスカにも村瀬くんにも言っていない。

「……卒業生の中にいなかったなら、同学年か一個下だよなぁ」

 昼休みに三人で昼食を食べていると、村瀬くんがふとそう言った。

「ってことは、今もまだピアノの人、月曜日に来てくれてるの?」

 アスカの期待するような問いかけで、わたしは複雑な表情になる。

 でもここで来てくれなくなったことを言ったら、喧嘩別れ的決別だと分かられなくてすむのかもしれない。

 なのでわたしは首を振った。

「来てくれて、ないよ」

「そ、そっかぁ……」

 なんだか二人はしんみりしてしまった。すごく残念そうにしている。

「でもね」

 そんな二人の雰囲気を変えようとしたわけじゃない。本心を吐く。




「いなくなってしまっても、誰かと一緒に弾く楽しさだとか、ヴァイオリンの色々とか、いっぱい教えてくれたことを覚えてるから、もうそれだけでわたしは充分だよ」

 そう、それらの色々は、私がヴァイオリンを弾いている限り、音楽に向き合っている限り、すべてそばにいてくれる。

 彼自身には十五センチ以上近づけなかったけれど、教えてくれたことは、今も私の中にちゃんとある。




「ピアノとかブラス系だけじゃなくてヴァイオリンのこともよく知ってるとかその人バケモノかよ……」

 村瀬くんが心底恐ろしい話を聞いたかのように顔をひきつらせている。

「そんなすっごい人、目立ちそうだけどなぁ……」

 なんで見つけられないんだろう、とアスカは首をかしげる。

「やっぱり、最初にアスカが言ってた通りユーレイで、成仏しちゃったのかもしれないね」

 おどけるようにそう言ったら、二人は笑ってくれて、しんみりした空気を脱することができた。










 ──たくさんのチューブや機械がわたしにつながっている。

 もう苦しいのかどうかも分からない。

 あたまはぼんやりしている。

 ふと目をやった向こうに、おとーさんとおかーさんとアスカと村瀬くんが居た。

 皆すごく焦ってるような顔をしている。

 わたしは皆にそんな顔をしていてほしくはなかったから、みんなに向かって笑顔を向けた。そしたらますます皆は悲壮な顔になってしまって、なんなんだろう、どうしたらいいのかなあ。




 もし、シアワセの質量が決まっているのなら。

 ここ数か月くらいで全部使い切ってしまったのかもしれない。

 それくらい、今までで一番、『生きている』って思えてた。

 ……すごく、楽しかった。

 そしてもし、使い切ってなかったら、今はきっと『よくある波の底のほう』にいるだけなんだろう。

 わたしのシアワセの質量がもしも余っているなら……ずっと優しくしてくれてた家族や、あそこにああしていてくれる二人や……あのかたに、全部、わけてあげてください。

 わたしは、とても、シアワセだった。

 あなたたちが家族で、あなたたちが友達で良かった。

 みんなみんな、ありがとう。

 そして、ピアノのあの人が、いつか前向きになりますように。




 ……シアワセ、だったよ。

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シアワセの質量 千里亭希遊 @syl8pb313

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