第38話 エピローグ~再会の物語(リユニオン・テイル)

——その後の話をしよう。


 甦ったといっていいアイシアの残りの余命は日向の瞳に5と映っていた。対して、日向の余命はその余命分しっかりと自分の余命から差し引かれている。蘇生魔法というよりは日向自身の命を分け与えると言った方が正しい。自分の命をかけなければならないという正真正銘規格外でハイリスクな魔法であった。


 その反動なのか日向はアイシアに抱き着いたままで動くことができないようだった。アイシアも甦ったばかりで力が出ないらしく、二人とも立つことすらままならない状態だった。


(……駄目だ。今すぐ、逃げないと……どっちにしたところでアイシアの命が……)


 日向はそう思考し、立とうとしても体が言うことを聞かない。


「……日向!」


 絶体絶命の危機の中、現れたのは意外な人物だった。ポニーテールの赤髪を揺らす重厚な鎧を纏った女性。腰元には細剣が——今はない。その容貌はルーラで違わない。


「……日向、助けに来た」

「……日向に何をする気?」


 日向に近づくルーラにアイシアは動けないが警戒の色を顔に滲ませていた。


「……アイシア……大丈夫。彼女は僕の友人だ」

「……そう……なの?」


 アイシアの小さな声にルーラはしずしずと頷く。その反応にアイシアの表情は少しだけ弛緩しかんする。


「……私も驚いたのだが……城下町の方で何かあったらしい。そのおかげで、今この王城の警備は少なからず減っている。だから、今のうちに君達を逃がそうと思う。異論はないな?」


 日向はコクリと頷く。そんな日向に同調するようにアイシアもおずおずと頷いた。


 二人の了解を得たルーラはその肩に二人を抱え、王城を飛び出た。


 その頃、城下町の門前では騒然とした事態が起こっていた。凶悪な魔獣が騎士達の壁を破り、その区画を蹂躙していると思われたが、そうはならなかった。


 理由は『疎外の紅眼スカーレット』の二人であった。魔獣どもを調教し、ディルエールへ誘導したマロンとレナはわざわざディルエールへと走り、門前で魔獣と果敢に戦闘を繰り返していた。ディルエールが憎らしいはずなのに、自分で起こした始末は自分でつけると言わんばかりに二人は戦っていた。


 その凛々しく格好の良い姿にディルエール住民達は魅了され、騎士達は感嘆の色を見せた。二人の活躍と騎士達の善戦により、魔獣の被害は最低限に抑えられ、軽症者はいたものの死者は存在しなかった。


 そんな二人の事実を知ることなく日向とアイシアはディルエールを駆け巡り、一晩過ごしたのだった。


 翌日、日向とアイシアの起こした所業がディルエール政府によって公開された。おそらく、国王陛下の指示によるものだろう。しかし、二人はとがめられることはなかった。


 その理由はこれもまたマロンとレナの活躍によるものだった。


 二人の姿を目に焼き付けたディルエール住民は二人を英雄視し、尊敬の念を抱いた。そして、『疎外の紅眼スカーレット』の制度に疑問を感じ、日向とアイシアが起こした事件も納得することができると許したのだ。


 もちろん、それに国王陛下は猛抗議し、無理やり二人を「捕縛せよ」と騎士達に命令を出した。しかし、それに従う騎士はいなかった。国民と同様の感情を抱いていたから。それに、国王はさらに憤激し、たった一日にしてディルエール国民の国王陛下に対する信頼は失われ、国王陛下を退けという民衆の声がディルエール中から聞こえるようになった。もちろん、そんな状態で国王が続けられるわけもなく、その地位を失うこととなった。


 新たにこの国を統括する者の選挙が執り行われ、一人が選ばれた。その新国王によって、今までの伝統は廃止され、『疎外の紅眼スカーレット』の権利が認められるようになった。


 勝手に人をしいたげておいて、今更人権を取り戻すとは何とも身勝手で都合のいい話ではあるが、よくなったことには変わらないので、『彼ら』が憤りを感じることはなかった。


 ディルエールに家族のいるマロンとレナはあまり記憶のない家族の元へ引き取られることが決まっていた。自分の娘を奪われ、泣いていた二人の家族も、久しぶりの再会に別の意味の涙を流し喜んでいた。


 しかし、家族のいないアイシアには養子に入るかと問われたが、「私は、大丈夫。気にしないで」ときっぱり言い放って、断った。




 ディルエールの変革が起こって数日。日向は東門前で誰かを待っていた。魔獣を斃し、得たリエルであらゆる必要品を買い込み、バッグにパンパンになるまで詰め込んで、それを背負って、誰かを待っていた。


 もちろん、誰が来るのかは想像通り。というか、そうこうしているうちに彼女はやってきた。


「……お待たせ、日向」


 日向と同様、必要品を背負ったアイシアが現れる。日向は微笑を浮かべて、「行こうか」と小さく返した。


 その言葉に頷いたアイシアは日向に合わせて、足を動かし始め、城門を抜ける。まだ見ぬ、どこか素晴らしい世界へと目指して。


 日向は氷雨とアイシアを重ね合わせていたことに変わりはない。けれど、氷雨とアイシアは別人だ。どれだけ似ていても、別人だ。しかし、青年に言われていたようにアイシアを救うことが、一緒に旅をすることが、氷雨のためになるとも感じていた。


 だから、日向は旅を始める。アイシアと共に旅を始める。何度も何度も再会して。


 今から始まるのは、始まっていたのは『再会の物語』。おとぎ話とは異なる別の『物語』。


——さぁ、今から僕達の『再会の物語リユニオン・テイル』を始めよう。

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もしこの世界で君と再会したら、僕は何ができるだろう ~再会の物語(リユニオン・テイル)~ 松風 京 @matsukazekyosiro

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