第37話 ただいま、おかえり
「……よかった。何とか、間に合った……」
アイシアは胸を押さえて苦しそうに、けれど微笑みを浮かべて日向にそう伝える。
「……どうして? どうして、ここに来たんだ?」
日向はアイシアがこの場にいるという現実を受け入れられず、強くアイシアを問い詰める。
「……ごめんね、日向。……ここで、お別れ。……あんなに思いの詰まった手紙をもらったのは初めてだった。嬉しかった。……だから、最後に一言だけ。……ありがとうね」
「何を……そんなこと言うなよ。お願いだ! 頼む、行かないで……」
何を言っているのだという騎士達の冷たい視線など日向にはどうでもいいことだった。それよりも、近くにいる少女が別れを宣言しているのがどうしようもなく嫌だった。そう言ってほしくなかった。
「……白銀の
アイシアの周りに巨大な円形の濃青の魔法陣が浮かび上がる。
「……魔法? というか、あの瞳、『
騎士達はアイシアの様子に反応して、日向のことを棚に上げてアイシアの元へ駆けだす。
「……やめろ、やめるんだぁ~! アイシアァァァ!」
日向は先に駆け出した騎士達を背後から『デュランダル』で薙ぎ払い、アイシアの元へと走る。背後から思わぬ強撃を受けた二人は大きく弾き飛ばされ、苦痛の唸り声をあげる。そして、その衝撃によって意識を失った。
「……全てを青く、白く、染め上げよ。天より与えしこの力。厳冬の息吹によって、一切を途絶せよ」
日向の接近も虚しく詠唱は完成してしまった。向けられているのは紛う事なき国王陛下。当人は驚きと恐怖から玉座を立ち上がり、逃げる体勢だ。しかし、アイシアはそれを許さない。今までの復讐と彼への罪を自分が被って、死をもって背負うために。
「スタン・グレイシア!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
日向の哀しみの叫びがあげられると同時、魔法陣が青白い光をあげて輝く。広い玉座の間には凄まじい冷気を放つ氷塊が
まるで氷河のようになったその氷塊は玉座の後ろにあった『枷』を管理する水晶のようなものも穿ち、粉々に破砕させた。
だが、『女神の腕輪』による呪いは水晶が破壊されるより前に国王にぶつかったことによってしっかりと発動していて、アイシアの体を瞬間的に蝕む。即効性の毒のように体内を駆け巡った呪いは体の内側から容赦なく傷を生み出し、白い肌に鮮血を容赦なく生み出す。
やがて、全身から血を噴き上げたアイシアは絨毯を血で濡らしながら地に伏せた。
効力を失った魔法は崩壊し、氷河のような巨大な氷塊はゆっくりとその姿を消していった。
氷塊に閉じ込められていた国王陛下は顔を真っ青にして、その場を去っていく。改めて、『彼ら』の恐ろしさを実感したのだろう。
玉座の間にはしばらくの静寂が訪れた。そこには一人の少年の苦しみに満ちた声が響いていた。
「……アイシア! アイシア!」
絨毯に血を流し倒れる少女の元に日向は駆けより体を揺する。その手の平にはアイシアが流した鮮血で赤く染まり、自分の体温が奪われてしまうほど彼女の体温はなくなっていた。
「どうして……ここに来た? どうして……力を使ってしまった? 僕が守るって言ったのに……」
日向は
巨大な透明度の高いガラスからは昼下がりの燦燦とした陽光がアイシアと日向を照らした。その光が彼女を天に召してしまうようでどうしようもなく憎かった。
日向は拳を何度も地面に叩きつける。けれど彼女は戻ってこない。
左目に容赦なく伝えてくる0の一文字。その数字が動く気配など一切感じさせなかった。
日向は満身創痍の状態であった。自分も言葉通り死にかけだ。何より彼女の死が一番日向を苦しめた。だからこそ日向は決意する。今まで、何もできなかった惰弱な自分を変えるため。彼女を絶対に救うため、日向はその重だるい体を懸命に動かす。
日向は小さく息を吐き、身構える。その小さな呼吸音は静寂なこの部屋にこだまして響き渡る。
「待っていて。僕が今から助けるから」
涙で腫れたその瞳にはまだ彼女を助けたいという思いのこもった炎が灯っていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
日向は叫びをあげる。この日このために残されていた最後のピースをはめ込むように、強く、強く叫びをあげる。
瞬間、日向を白い光が包み込んだ。暖かく、優しい、その光はやがて日向とアイシアの元に収束していき、魔法陣を作り出す。
日向は頭に流される詠唱呪文を反復するように声に出して紡ぐ。
「……生の共有、死からの
それはこの時まで残された布石。青年が与えてくれた最後の希望。魔法陣はアイシアを包み、その体を癒していく。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
対して、日向は想像しがたい苦痛に苛まれる。体中に雷が走るような、炎で焼かれるような、凄まじい痛みと苦しみ。何にも代えがたいその苦痛は満身創痍の日向を容赦なく襲った。『デュランダル』と同様の『代償』を支払うことで成り立つその魔法は、本来ありえない、あってはならないほどの奇跡を起こす。
光は徐々にその輝きを失い、ゆっくりと霧散していった。
光に隠れていたアイシアはその美麗な顔を日向の瞳に見せる。アイシアの体からは傷が消え、血が止まっていた。そして、冷え切っていた体温には人肌の温かさが戻っていた。
「……日向……」
少女はおもむろにその固く閉ざされた
「……ただいま」
あおむけで倒れるアイシアの真上にいる日向にアイシアは小さくそう呼びかけた。日向は苦しみに喘ぐ表情から、微笑を作り出して、ゆっくりと口を動かす。
「……おかえり」
二人は強く抱き合った。
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