第36話 当たり前でも難しいこと
「……はぁはぁはぁ。何とか……超えることが……」
勝利を収めた日向の体はルーラの体よりもずっとひどい有様だ。満身創痍という言葉が非常に似合うほどに。今ルーラが体術で日向に対抗すれば間違いなく日向が負けるだろう。
「……君はどうして、そこまで自分を犠牲にすることができるのだろう? どうして、己を賭すことができるのだろう?」
息を切らしながらも未だ剣を握り続ける日向にルーラは微笑を浮かべながら問いかける。
「……そんなのただの
当たり前のように語る日向にルーラはクスクスと笑った。そんな当然なことができない人が君の前にも、周りにもたくさんいるのだと。当たり前のことが成すことが、どれほど特別なのだとわかっていないような日向のその顔に矛盾を感じて、思わず笑ってしまっていた。
「……やはり君は『強い』のだな。改めて感じたよ」
「……日向、先に進むといい。ここを抜ければ玉座の間がある。そこに、陛下がおられる。玉座の後ろには『枷』の元凶となるものが置かれている」
「……そんな大切なこと、騎士長のあなたが言っていいんですか?」
ルーラを危機に陥れるようなそんな騎士長として相応しくない言葉を聞いた日向は心配そうに問い返す。
「……今更出し惜しみしても意味のないことだ。……それに……」
「……それに?」
「……いや、なんでもない。日向、健勝で。私はここで、他の騎士達が邪魔をしないように目を光らせておくことにしよう」
ルーラの言葉に
「……じゃあ、通らせてもらいます。……ルーラさんもお元気で。それと……とにかく死なないように頑張ってください」
日向はルーラの未来を心配しながら、剣を手に駆け出した。
「……あぁ」
ルーラの表情はいつになく明るい。それは初めて抱いたディルエールの未来への希望のものなのか、それとも一人の男性への大きな
(……それに、君がこの国をきっと変えてくれるだろうから……)
日向は暗い階段を駆け上がる。視線の先には眩い光。まっすぐと差し込む光に向かい日向は戦いでボロボロの体を懸命に動かし、駆け上がる。
その時、アイシアは
目に捉えたディルエール王城には騎士達が集まっており、侵入者が現れたということで喧騒が溢れていた。その情報は観覧に来ていたディルエール住民にも伝わったらしく、そこは混沌と化している。
ある者は噂を広げ、ある者は恐れ逃げて、またある者は面白いのか笑っている。そんな人混みをアイシアは
「……見えた。もう少し……お願いだから……もって」
ローブを纏った少女は地を蹴り飛び上がる。人の波を超える彼女の姿を騎士も、民衆も驚嘆の表情で見上げるだけだった。
飛び上がった勢いによって、ローブが外れ、白雪のような髪が
日向は昇る。階段を駆け上がる。彼女のために思いを馳せて。
そして、眩しく輝く光の下へ、日向はたどり着いた。
そこは、絢爛豪華に造られたまさに玉座の間。広い空間には全て美しく編まれた絨毯が敷かれ、太陽光を存分に取り入れるためにはめ込まれた透明度の高い巨大な窓は燦燦とした太陽の輝きを全て部屋の中に投影している。部屋の中心から奥には装飾の美しい黄金色の玉座が屹立しており、そこには髭の長い老人男性が座っていた。
「……誰だ、貴様!」
「……その容姿、報告にあった侵入者か! ルーラ様が向かったというのに、出会わなかったなんて、何と悪運の強い」
日向に警戒をしているのは老人の左右の傍に立つ長槍を手の持つ二人の男性騎士である。
「……陛下、我々がこの輩を取り押さえますのでご安心を」
その言葉を残し、二人の騎士は長槍を手に、一直線に日向の元へと駆ける。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
声を荒らげ肉薄する二人の動きに日向も『デュランダル』を構え臨戦態勢をとるがその二人のうちの一人の言葉によって、すぐさま止まる。
「……待て! 誰か来る」
気配を感じたのは日向のいる場所と異なる入口。ちょうど真東に当たる位置だった。
「……誰だ!」
騎士の声に呼応してゆっくりと現れたのは白雪の長髪を持つ少女だった。日向がどうしても助けたい、けれど今だけは絶対にこの場に来てほしくなかったアイシアだった。
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