カロリー消費にはあやかし退治が一番!?

歌月碧威

第1話

私の夢は家でだらだらしていたい。

そう中二の進路相談で告げたら担任に怒られてしまったが、その気持ちは今でも変わらず。いや、むしろ悪化したかもしれない――


「まひる、あやかし退治に行くぞ!」

ベッドの上で夢と現実の世界を彷徨っていれば、祖父の叫び声と共に私室の扉が何の前触れもなく開け放たれてしまったので私は盛大に眉を顰めた。

学校の授業も終わり家に帰ってきた私がだらだらするという行為は、傍からみたら絵に描いたような堕落だろう。

だが、考えてもみて欲しい。これは今だから――高校生だから出来る特権だということを。


だらだら過ごすというのは私にとっては最高の贅沢。

それを放棄しあやかし退治なんて嫌すぎる。面倒だし。


「おじーちゃん、扉が壊れちゃう。あと、もう少し静かに入って来て。撫子が驚くじゃん」

私は自分が寝転がっているベッド脇へと顔を向ければ、ふわふわの毛並を持つ狸と女児がいた。ラグの上にいる四歳児である撫子と化け狸だ。

二人は撫子が通う保育園で流行しているアニメの塗り絵をして遊んでいる。


「撫子ちゃん、どっちが塗っちゃだめなアクアブルー? もうわし結構年な狸だから覚えが悪くて……」

「みぎー」

どうやら二人にとって日常的な光景のようで、ちょっとやそっとのことでは気にならなくなっているようだ。


「あやかし退治なんて行かないから」

私はゆっくりと起き上がると、正面奥にある扉へと視線を向ける。

そこにいたのはノックなしで部屋に訪れるというデリカシーをどっかに置いて来た祖父の姿だった。

職業が変わっていて拝み屋。俗にいう霊能者というものだ。


うち――常永家は代々特殊な家系で、霊感持ちの上に退魔の能力も持っている。

そのため、祖父は拝み屋をしていて、あやかし関係で困ったことがあれば依頼が舞い込んでくる。


一人っ子の父がちょっとした物音ですら戦慄くハートの持ち主だった上に、霊感ゼロなため跡継ぎになれず。

常永家の能力は途絶えるかと思いきや、覚醒遺伝として私と兄がいらぬ才能を開花させてしまったらしく霊感持ちに。しかも、私は退魔の方も受け継いでしまった。


どうせなら超能力者にでもなりたかった。学校に行くのが面倒だから、テレポーテーションしたいし。


「あやかし退治なんて妖怪がかわいそうだってば。ねー」

と、腹の出た狸に告げれば、「まひるちゃん、グータラしたいだけですやん」という返事が返ってきたので、腕をのばしてふさふさの毛を逆毛にしてやろうとしたら逃げられてしまう。


「退治するのは悪いあやかしだから良いことだよ?」

ついさっきまで塗り絵に夢中だった撫子にきらきらとした純粋さを含んだ瞳で見られ、私はいたたまれなくなって瞳をそらす。だって、狸が言ったのが正解だったから。

子供の純粋な心は堕落し穢れた私には清らか過ぎた。


「ほぅ、いいのか? まひる。今、瞬君がおやつ作ってくれているぞ! パンケーキ。しかもおまえが前に食べたいって言っていた分厚い三段のやつだ」

「え」

瞬は隣の家である三郷家に住んでいる私の幼なじみで撫子の兄。私達は幼稚園からずっとクラスが一緒で付き合いが長い。

仕事で忙しい両親に変わって保育園に通っている妹の面倒を見ているため、料理が上手で私とは正反対だ。


――分厚いパンケーキは食べたい。でも、カロリーが……それを消費するには動かねばならなくなってしまう。


堕落した思考のため極力省エネで押さえたいが、瞬の作るおやつはとても美味しいのだ。

もう胃袋を捕まれてしまっている。

運動もしないで食べてしまうと太ってしまうのが問題。

だらだら過ごす私にお母さんから「いい? まひる。成長期で縦に伸びるのは構わないけど、横に伸びるのは駄目だから。健康のためにも制服のサイズを維持しなさい」ときつく言われている。


「食べないのか?」

「……食べる」

「なにカロリー消費なんてあやかし退治すればすぐに消費するだろう。さぁ、食べてあやかし退治をするために隣町を駆け回るんだ! まひるなら日本一の妖怪退治師になれるぞ」

まるで某テニスキャスターのような祖父の情熱に私はげんなりとした。


「おじーちゃん、瞬を巻き込むのはやめてっていつも言っているじゃんか。わざわざおやつを作らせて」

「違うよ、まひるちゃん。お兄ちゃんは、まひるちゃんや妖怪さんがおいしいって言ってくれるのがうれしくて作っているんだよ?」

「おー、撫子は可愛いし賢いのぅ~」

と、祖父はデレデレになって撫子の頭を撫でている。

孫達は大きくなりかわいげがなくなったのか、祖父はとても撫子をかわいがっている。


「さぁ、早く下に降りるぞ」

祖父の言葉に私は溜息を吐き出すとベッドから立ち上がった。



下に降りてダイニングへと向かうと、瞬がちょうどおやつを並べ終えた時だった。テーブルの上にはとても家庭で作ったとは思えないレベルのパンケーキが乗せられている。

辞書が敗北するだろ厚さを持つ生地が三段重ねられ、ほんわかとした湯気が焼きたてであることを証明。

上に乗せられたバターとメープルシロップが良い塩梅で混じり合って皿へと軌道を描いていた。

苺や生クリームがたっぷりと乗せられたパンケーキも美味しそうだが、オーソドックスというか古風というか私はこっち派だ。


「この間テレビで見たのと同じじゃん! すごい」

「まひるが食べたいって言っていたから。さぁ、暖かいうちに食べてね」

にこにこと微笑んでいる瞬に、私は頷くと席へと座った。

早速全員が座って「いただきます!」とフォークとナイフを持ち食べ始める。

口内に含み噛めば、もちっとした弾力に一瞬だけ目を大きく見開く。

甘みもあるが、これはなんだろうか? 普通のパンケーキとは違う。

堅いわけではなくしっとりとしていて口の中にほど良い甘さ広がっていく不思議な感覚だ。


「これパンケーキ?」

「うん。米粉で作ったんだ。もしかして苦手だった?」

「いや、美味しいよ! 瞬は菓子づくりが上手だよね。いつでも嫁にいけるっていうか」

前に自分でパンケーキを作った事があったけど、その時は凹凸ができた上に焼き色もムラがあった。きっと温度管理が出来ず高温で一気に焼いてしまったのが原因だろう。


「嫁かぁ。ねぇ、常永家で貰ってくれる?」

「うち? あー、それはお兄ちゃんに聞いてくれた方がいいんじゃないかな。跡継ぎはお兄ちゃんだし」

と言えば、なぜか全員の双眸が私へと固定されてしまっているので首を傾げる。


「……我が孫は拝み屋の才はあるがそれ以外がさっぱりですまん」

「つきあい長いので」

祖父のため息交じりの台詞に瞬がクスクスと喉で笑う。


「んで、じーさま。今回の事件というのはなんですか?」

狸が尋ねれば、祖父の手が止まり神妙な顔をし出す。


「隣町の柿下で真夜中に玄関のチャイムが鳴るそうだ。防犯カメラには写ってない」

「誤作動とかじゃなくて?」

「可能性はゼロではないが一週間ばかりで十五件近く寄せられているそうだ。町内会長経由で依頼があった。小さな子供がいる家ばかりだから、皆怖がってしまっているからなんとかしてほしいと」

基本的に自然現象の場合と超常現象の場合があるので一応調べなければならないのだが、これがまた面倒で仕方がないのだ。

中には人的ないたずらがあり、それは警察にバトンタッチしなければならないし。


「どうして子供がいる家ばかりなんだろう? うちにも撫子がいるから夜に来られたらちょっと困るなぁ」

「呼んでくれたらすぐ私が駆けつけるから大丈夫」

「んー、それよりまひるが一緒に住んでくれたら安心なんだけど」

「お隣だから大丈夫だよ」

「まひるちゃん、お兄ちゃんそういう意味で言ったんじゃないと思うよ」

「……撫子ちゃん、まひるちゃんは脳内もぐーたらなんです」

「酷っ!」

「撫子ちゃんまで理解しているというのに。まひるちゃんときたら……まぁ、でもあやかし系ならまひるちゃん楽勝なのでそっちに全部持っていかれているのかもしれませんね。この間、あやかし相手にマウント取って戦っていましたし」

「あー、あの時か。説得してもお兄ちゃんに憑りついて離れなかったんだよ」

よく妖怪達に「にーさん、ソレたちの悪いモノだから関わったらだめでっせ! 優しさ使い分けて!」と度々止められている。


「……でも心配だよ。まひるも女の子だから。ねぇ、お願いだから無理はしないで」

瞬は真っ直ぐ瞳をこちらに向け、低く落ち着いた言葉で告げた。

どうやら心配してくれているらしいので、私は頷き微笑む。


「いつものように出かける時と帰って来た時には教えてね」

「いいよ、夜遅いし。それにおじさんもおばさんも今日は早くかえってくるんでしょ?」

「絶対に顔を出して」

口元は笑っているのに目が笑ってなかった上に口調が強いため私は渋々頷く。


――時々、瞬は過保護になるんだよなぁ。




妖怪退治で困ること。それはいつ奴らが現れるかわからないということだ。

彷徨い人のようにふらふらと町を徘徊し、悪さをしている妖怪達を探しているのだが全く見あたらない。

今回の捜査には、私と祖父の他に化け狸も同行している。


「全く見つからないじゃん……今夜は空振りじゃね?」

真夜中の公園のベンチに三人座り、ため息を吐き出す。

「瞬君のおやつ食べた後で一時間くらい捜索したら戻ろう」

「おやつ良いですね。あっし思うんですけど、瞬さんは良い旦那になると思うんですよね。毎回おやつや夜食を作ってくれるし」

「わしもそう思う。瞬くんは良い夫になるぞ」

「そうだね。家事万能だし子供好きだし。格好いいし性格いいから学校でもモテてるよ」

「……もういいですから早くバスケットを開けて下さい」

同意したというのに狸と祖父はなぜか遠い目をしている。なぜだ!?


「今日のおやつはなんだろう?」

宝箱をあけるようにわくわくしながら膝の上に乗せてたバスケットをあければ、中に入っていたのは保冷剤入りのプリンと水筒だった。

上には画用紙を折り畳んだものがあったので広げて視線で追えば、「まひるちゃん、がんばってね!」という文字とウサギのイラストが書かれている。

大人のように真っ直ぐな文字ではなく、一生懸命さが伝わってくる子供の字で胸がほんわかとした。お昼に自分のお弁当をあけたら、愛娘から手紙が入っていた父の心境だ。

「和むなぁ」と画用紙を畳もうとすれば、さっと影が飛び出しそれを奪い取ってしまう。


「はぁ?」

口をぽかんとあければ、ウサギの着ぐるみが画用紙を手にして立っていた。


「まごうことなき幼児の手紙!! なんて可愛い字なんだ!!」

感極まった女性の声だった。

年の頃は二十前半くらいだろうか。


「おい、返せよ。変態着ぐるみ女」

私が立ち上がれば着ぐるみ女が逃げ出そうとしたので揉み合あいに。

奴の首元に手をかけ頭部を取って顔を拝もうと思ったが、つなぎ目が見当たらなかったので私は目を大きく見開く。


「なんだよ、こいつ……!」

「まひるさん、そいつ妖怪でっせ」

「ん? 言われてみれば。あまりの変態さに気づかなかったわ」

ポケットからムクの実で作り上げた数珠を取り出し手首に巻き付ける。

物理攻撃は素手でも可能だが、よりダメージを与える攻撃にするには必要不可欠。数珠がナックルのような役割を担うのだ。

とりあえず大人しくさせるために胸元を掴み引き寄せれば、ポタリと私の頬に何か冷たいものが落ちた。


「……おまえ」

ほんの少し顔を上に向けば、着ぐるみ女が泣いていた。


「私はただ子供と遊びたかっただけなのに……」

「私が遊んでやろうか?」

「君は子供じゃない。年いっている」

「失礼な。女子高生だぞ」

「私の対象者は玩具で遊んでくれる年齢まで」

「おじーちゃん、この着ぐるみ女はなんなの? 変態?」

振り返ってベンチへと顔を向ければ、プリンを食べている祖父が目に飛び込んで来た。孫が妖怪と争っているというのになにを悠長に……


「幾つもの玩具の念が一つの塊となり、具現化したモノだ」

「玩具?」

「付喪神みたいな感じですね。古い道具に生命が宿るけど、そこまでいかなかったものたちの念の集合体ということでっせ」

祖父の隣で狸もプリンを食べている。簡易スプーンの上でぷるぷると震えプリンが私を誘惑していた。


――私も食べたいんですが。


「こいつ放置でいい? 早く食べたい」

「害はなさそうだが今回は駄目だ。依頼のあったピンポン犯はこいつだろうからな」

「はぁ!?」

「はい、私です。子供と一緒に遊びたくて……でも、私のことを視える人はいなくて……」

あっさりと認めた着ぐるみ女に、私は肩を大きく下げる。

遊びたかったら公園とかにすればいいのに、真夜中に押しかけなんて迷惑すぎる。


「ちょっとあっしに案があるんですけどー。撫子ちゃんの遊び相手にいかがですか? 瞬さんも学校が終わったら保育園の迎えや、スーパーに買い物とか色々大変そうですし。それに最近の幼児アニメはキャラが多くて区別が難しくてあっし達では限界でっせ」

狸の提案に私とおじいちゃんが顔を見合わせる。

適しているかもしれない。妖怪を視えるようにすることも可能だ。

だが……


「ここでは決められない。三郷家にも話してみないことには。なにより、撫子がどうするか」

「そうだね。撫子に被害があったら大変だし」

「私は子供には危害を加えません! この身を盾にして絶対に守ります。大人は自分で勝手にやってろ」

着ぐるみ女がそう高らかに告げたのは、公園の大時計が午前三時半を回った頃。

こうして今回の依頼は完了したのだけれども、私の睡眠時間はかなり削られてしまった。




授業がすべて終わった放課後、私は瞬と共に撫子の通う保育園に来ていた。

ウサギの着ぐるみ妖怪はあの後三郷家に預けられているので様子を見に来たのだ。


「……妖怪が保育園で働いているのか」

室内の光景を見て、私は口をぽかんと開けてしまう。

それもそうだろう。ウサギの着ぐるみ妖怪がエプロン姿で園児達と仲良くお絵かきをしているのだから。


「最初は家の中で撫子の面倒を見て貰っていたんだけど、どうしても外せない用事があって僕の代わりに保育園のお迎えを頼んだんだ。そしたら保育園から数時間でもいいから是非って。保育園の仕事が終わったら、うちに帰って撫子と遊んでくれているよ。ちなみに、父さんが作った新型AI搭載ロボットの試験運転中ってことになっているんだ。保護者達からも好評で、いくらで作ってもらえるかって問い合わせが殺到中だよ」

「一家に一妖怪……」

「だから心配しなくても大丈夫だよ」

「そうか、ならいい。でも、なんかあったら必ず言って」

「うん」

「それでさ……撫子がたまにはまひると一緒に遊びに行ってきたらって言うんだ。ウサギさんと一緒に遊んでいるからって。ちょうど見たい映画があるから行かない?」

「映画? うん、いいよ」

「良かった」

そう言って瞬が笑えば、「お兄ちゃん、まひるちゃん!」という撫子の声が聞こえてきたので私達は顔を向けて片手を上げた。







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