黒歴史さえ創れない

「オタク」という人種が世間に認められると同時に「黒歴史」という言葉も一般に浸透してきたように思う。


黒歴史とは「今となっては恥ずかしい、できればなかったことにしたい過去など」を意味する言葉で「∀ガンダム」の中で用いられた言葉が元ネタとなっている。


現在のライトノベルや漫画、またVtuberなどのサブカル界隈では、よく自らの黒歴史をバラされて恥ずかしい思いをする、あるいはバカにされる、といった文脈で使用されている。


確かに学生の頃の絵や妄想と一蹴されてしまうような小説を見られるのは恥ずかしいことだろう。黒歴史を知られた人は「こんなもの創らなければ良かった」と思うかも知れない。



しかし、私は黒歴史を持つ者が羨ましい。


私は黒歴史さえ創ることができなかった。



黒歴史を創れるほどの情熱も技術も持ち合わせていなかった。私のような者からすれば黒歴史を創れる時点で選ばれた人間だ。物語の主人公になれる器なのだ。



黒歴史を恥ずかしく思うのは、技術的な未熟さや作品として面白くないと感じてしまうためだろう。しかし、これは今現在それ以上の作品を生み出せる可能性があることの証左でもある。


そもそも、プロのように自分の作品が世間に認知される者と、アマチュアの差なんてほんの僅かなものだ。自分の作品を創れる者と創れない者の差に比べれば。


私は過去も現在も、そしておそらく未来も単なる消費者であり続けるのだろう。


「消費者がいるからこそクリエイターが生活できる」と頭では分かっているものの、なぜ自分はあちら側に行けなかいのかという苛立ちや焦燥が消えることはない。


ただ、この苛立ちや焦燥は「何者」かに憧れる自分の最後のアイデンティティなのかもしれない。この感情がなくなれば、私は今よりも穏やかな毎日を送れるだろう。嫉妬することや何も創れない自分に嫌悪することなく、安心して作品を楽しめるようになるだろう。


しかし、同時に何者かになれる道は絶たれる。


どちらが幸せなのかは私にも分からない。

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意志の代償 逢内晶(あいうちあき) @aiuchi0618

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