帰る場所

紙本臨夢

帰る場所

 僕には帰る場所がない。決して両親が死んだわけではない。けど、帰れる場所がない。もう夜だけど、僕は路頭に迷っている。


「ねぇ」


 声をかけられたので、そちらは振り向くと幼馴染がいた。その幼馴染は一応は大和撫子の分類に入る。


 僕は本当に平凡だね。まぁ、平凡だからって問題はないけど。


「どうしてここに?」

「それはこちらの話よ」

「親と喧嘩した」

「えっ?」

「どうしたの?」

「実はわたしもなの」

「それは奇遇だね。二人で逃避行でもしてみる」

「はぁ? アンタと? ……いや、でもそれも面白そうだね。お金はあるの?」

「あるよ。僕の貯金」

「アンタの貯金!? 確か、欲しいものが少なすぎるから生まれてからずっと貯めているんだっけ?」

「うん。なんとなくやっていたアルバイトで稼いだお金もね」

「はぁ……。それなら二人で節約でもしたら一年は暮らせるか」

「うん。まぁ、温泉は毎日行くから一年は確実に保たないけどね」

「川とかでいいじゃない。ここは水が綺麗だし。体調を壊したりしないよ」

「花も恥じらう十七歳が何を言っているの?」

「わたしに恥じらいがあると思う?」

「逆にないの?」

「好きな人にしか起きない」

「オッケ。なら、僕なら大丈夫だね」

「そういうこと」


 親と喧嘩したのにも関わらずにホントにつまらない話をしていた。でも、仕方ないと思って欲しい。今から始まる生活が不安なのだから。僕だけではなく恐らく彼女も不安に思っているはずだ。


「さて、とりあえず活動拠点を確保しよう」

「おー」


 彼女が気が抜けるような返事したので思わずズッコケてしまう。


「わぁお。関西人のかがみ

「僕、関西人じゃないけど」

「うん。知ってる」

「でしょうね!」

「活動拠点の目星はついているよ」

「えっ!? 本当!? 案内して!」

「うん。わかった」


 ここは勝手に話を変えられたことは気にしないでおこう。それよりも活動拠点に案内してもらうことが最優先事項だ。


 僕は何も言わずについて行く。


 十数分後に活動拠点らしき場所にたどり着いた。


「ここが活動拠点?」

「そう! 立派でしょ!」

「ただの森じゃん」

「この森全てがわたしの……わたしたちの活動拠点!」

「無茶苦茶だ。確かに森で自給自足はできるだろうけど危険すぎる!」

「帰る場所のないわたしたちにすれば危険なんてどうってことないでしょう?」


 口を開こうと何度も試みるが先ほど彼女が述べた馬鹿すぎる言葉に対する反論が出てこない。だから、辺りには様々な生物の声しか聞こえてこない。


 数分が過ぎたが、その場を動こうという気が起きない。それは彼女も同じようで無言だ。そんな時にふと耳にある音が届く。


「ん?」

「どうしたの?」

「水の音がする」

「当たり前でしょ? 近くに川があるのだから。……えっ? ちょっ!?」


 突然走り出した僕を見てか彼女は呼び止めようとして来たが、あえて聞こえないフリをして先に進む。今は信頼よりもあることを確認するのが大事だ。


 走っていると眼前に道がなかったので、どうにでもなれと思い、飛び降りると無事河原に着地できた。石がバラバラに敷き詰められているので着地した時に膝をついて少し血が出て来たが気にしてはいられない。少し進んだ先に水があるのだ。月明かりが反射するほど透明で中も見える。完全にキレイな水だ。


 人間が生き抜くために必須の水がある。これで普通に生活ができる。上流の方を見ると少し大きな岩が何個かあった。つまり自然にろ過されているということだ。


 ここ見たことある気がする。いや、来たことがある。でも、いつ? 誰と?


「懐かしいでしょ?」


 あとを追って来たのか少し汗ばんでいる彼女がやって来た。


「もしかして、君と来たことがある?」

「うん。あるよ。もしかして記憶にない?」

「ごめん。ないんだ。でも、来たことがある気がちょうどしていた」

「ふぅーん」

「あれ? どうして急に走り出したか聞かないの?」

「聞かないよ。なんとなく察していたし」

「さすが幼馴染だよ」

「アンタがわかりやすいだけでしょ?」

「そうなのかな? 自分ではわからないや」

「それにアンタはわたしがキチンとしているところを知らないでしょ?」

「うん。知らない。知りたくもない」

「毒舌ありがとう」

「褒めても何も出ないよ」

「褒めてないから」


 うーんと唸りながらも、背筋を伸ばしている。何がそんなに疲れるかわからないけど、きっと彼女にしたら疲れたのだろう。


「やっぱり暑い」

「まぁ夏だからね。いくら夜とはいえ少し蒸し暑いよ」

「地球温暖化のせいね。田舎なのに暑いのは」

「まぁ、人間のせいということだけどね」

「確かに。地球温暖化は人間が引き起こしたようなものだからね」

「人間は自然を壊しすぎた」

「その人間の一員なのだけどね。わたしたちは」

「確かにね」


 川に近づき手で水をすくい上げて口に運ぶ。


 大丈夫そうかな?


「何してるの?」

「水質確認。要するにお腹壊すかどうかだよ」

「どうしてアンタがするの? わたしがすればいいじゃない」

「野糞はしたくないでしょ?」

「別に。場合によってはするけど」

「おい、花も恥じらう乙女よ。……って! 何してるの!?」


 大丈夫そうだったので、その旨を伝えようと振り返って見ると彼女はエロい下着姿になっていたので、焦ってしまう。


「何って、脱衣」

「見りゃわかるよ! でも、どうして!?」

「アンタのせいで汗かいた。このまま寝るのは流石にヤダ」

「ごめんなさい」

「素直でよろしい。臭いやつと一緒にいたくないからアンタも入りなよ」

「遠慮しておくよ」


 彼女と川から背を向ける。さすがに相手が恥じらいがないとはいえ見るのは失礼と思ったからだ。


 べ、別に僕が恥ずかしいとかそんなことはないから!


 誰に言い訳しているかわからない。そんな時に突然、背後に重みを感じた。


「チェリーボーイさんよ。一緒に入ろうよ」


 耳元で甘い声で囁かれる。


 静まれよ。息子。


「誰がチェリーボーイだ!」

「えっ? DTじゃないの?」

「あ、当たり前だ!」


 嘘です。ごめんなさい。……よし。なんとか声には出さないでいれた。


「それは違うでしょ!」

「な、なんのことかな?」

「ならDTじゃないことを証明してよ」

「どうやって?」

「一緒に入って」


 クソッ! たくみに墓穴を掘らされた!


「わ、わかった。だから、あっちに行っていてくれ」

「うん」


 返事をして、すぐに離れていった気がするので服を脱ぎ始める。


「はいっ! 脱いで脱いで脱いで! 脱いで脱いで脱いで! 脱いで脱いで脱いで!」

「変な音頭を取るな! 言われなくても脱ぐからさ!」


 反論すると静かになった。


 ふぅ。これで落ち着いて脱げる。落ち着いて脱げるってなんだろう? ヤベェ。混乱してきた。さぁ、あとはパンツだけだ。思い切れ!


 心の中で叫ぶのと同時に脱ぎ、彼女の方は見る。


「ケダモノ」

「ちょっ!? 君だけ隠すとかセコすぎだよ!」

「わたしは一言も隠したらダメとは言ってないけど? そっちが勝手に勘違いしただけでしょ?」

「グッ!」


 よく思い出せ、僕。彼女がもたれかかってきた時に草の感触がしていたね。ヤベェ。完全に僕の勘違いだよ。


「そんなに落ち込まないでよ。わかった。わたしも隠さない。だから、あまりこっち見ないで」


 そんなにわかりやすく落ち込んでたのかな? 自分ではわからないや。


「う、うん。なんか……ごめん。無理しなくてもいいよ」

「ううん。君だけに恥をかかせられない。それにこれはわたしが招いた結果だし」

「いや、僕が招いた結果だよ。だから、交互に入るか君だけでもいいから隠しておいて」

「それだと不公平だから隠さないよ。それに一人で入るのは怖いし」


 言葉を聞いた瞬間に思わず口を抑えて彼女から背を向けてしまう。


 ヤベェ! かわいい! セコすぎだろ! あのギャップ!


「目を閉じてこちらに来て」

「目を閉じて? 転ぶ可能性があるよ」

「大丈夫だと思うよ」

「転んでも知らないからな」


 目を閉じながらそう言っておきながらも一歩一歩、足で確かめて前へと進んでいく。裸足なので少し痛いが気にするほどではない。


「方向合ってる?」

「うん。合ってるよ」


 方向が確認できたのでそのまま進んでいく。


 数分が経った。


「あとどれくらい進めばいい?」

「うーん。二、三歩」

「どっちかはっきりしてよ」

「なら、三歩」

「わかったよ」


 慎重に一歩踏み込む。まだ行けそうなので、もう一度、慎重に一歩踏み込む。残りは一歩になった。ようやくこの真っ暗闇から解放されると思いながら、もう一歩踏み出した。でも、焦りが出たせいか踏み外してしまい進行方向へと転んでしまう。


 反射的に目を開けると目の前には彼女がいたのでなんとか持ちこらえようとしてみるが、転んでしまう。もちろん、彼女も巻き込んでだ。でも、怪我をさせるわけにはいかないので手が反射的に伸びてしまう。


 そして、そのまま倒れ込んでしまった。


 次の瞬間に突然、手に痛みが走った。それは片手ではなく両手だ。恐る恐る目を開けてみると彼女を押し倒す形になってしまっていた。でも幸い、手が頭などの下敷きになっているので彼女には怪我がなさそうだ。ひとまずそのことに安堵する。


 そんなことよりも全裸の高校生がこういう状態になっているって色々まずい気がするので、先ほどよりは落ち着いているが慌てて、二人して川に入る。眠っていた魚たちは驚いて、逃げ惑っている。その光景を見て、なぜかとても申し訳なく感じる。


 膝と両手から血が出ているが、ここは日本なので安心する。これがアマゾンとかだとピラニアに襲われるが、そんなことはない。


 それにしても一晩でこんなにも怪我をするとは予想外だ。もしかすると、このまま菌が入り込んで放置すると壊死して切り落とさなくてはならない状況になるかもしれない。でも、彼女が無事ならいいや。


 というかよく考えたら全裸の高校生の男女が川に一緒に入るってどういう状況? おかしくね? まぁ、親子喧嘩の末に家出して、こんな場所に来ている時点でおかしいけどね。


 横からピチャッという水音が聞こえてきたので、そちらを見ると彼女がこちらを見ていた。悲しそうな表情をしているわけではないのに、どういうわけか寂しく感じる。


「どうしたの? 家が恋しくなった?」

「うん」

「やっぱりね。君に家出は向いてない」

「家出に向き不向きなんてあるの?」

「ないよ。ただ気持ちの問題。今の君の感情が恐らく僕らの年齢には相応しい」

「アンタはどう思ってるの?」

「どう思ってるとは?」

「アンタの気持ちだよ」

「なるほどね。君と一緒だよ」

「えっ? なら、アンタも帰りたいの?」

「当たり前だよ。不便だし」

「なら、明日一緒に帰ろうよ!」

「別に構わないよ」

「じゃあ、今日は早く寝ないとね!」

「でも、水を拭けるものがないよ。自然乾燥に頼りしかないね」

「えぇー。面倒臭い」

「なら、風邪でも引きたいの?」

「うっ!?」

「焚き火をするしかないね」

「確か焚き火ってかなり素材集めるの難しいよね?」

「まぁ、そうだけど幸いここは森の一部。探したらすぐ見つかるよ」

「…………」


 なぜか事実を言ったまでなのに返事がない。そう思っていると「よし!」と言い、川から出た。もちろん、全裸。


 スゴい目のやり場に困るのだけど……。


 彼女から目を逸らしていると気がついた時にはこの場からいなくなっていた。


 しかし、数分後には森の中から姿を現した。その手には大きな葉っぱが持たれていて、彼女は大きな葉っぱで大事なところは隠していた。おかげでちゃんと見れる。


「これアンタの分ね」


 そう言って手に持っていた葉っぱを渡されたのでお礼を言ってから近くにあったつるを引き千切り、ゴムの代用をする。もちろん、彼女にもそれを渡す。彼女は抑えながらやってきたのできっと蔓を付けていないだろう。だからか笑顔でお礼を言われる。


「スゴくターザンみたいな格好だね」

「シュールよね」

「だね」


 確かに現代人がするような格好ではないと思う。しかも、一応は二人とも高校生だ。

 彼女は僕とそんな会話を交わしている間に蔓を結んだ。


「あっ。そういえば」

「どうしたの?」

「近くに落ち葉と枯れ枝があったよ」

「…………」


 そんな都合よくあるものなのか? しかも、この時期にその二つを見つけるのはかなり至難のはず。なら、誰かがサポートしてくれている? でも、それだと普通は話しかけてするはず。なら、どうして?


 おかしい気がするので、答えは出るかわからないが、自分たちに都合がいいことが起こっている理由を考えていると「ねぇ!」と彼女にも呼ばれた。


「どうしたの?」

「それはこっちのセリフよ! どうして難しそうな顔をしていたの?」

「そんな顔してた?」

「うん! してたよ! こんな風にね」

「それって真顔じゃない?」


 ただ真剣な表情をしているだけで難しい顔を言われたけど、僕ってそんなに真顔がおかしいのかな?


「まぁ、聞いても仕方ないか」

「えっ? なんて言ったの?」

「ありがたく使わせてもらおう。その落ち葉と枯れ枝をね」

「わかった。案内するね」

「お願いするよ」

「お願いされました」


 彼女は柔らかく微笑み先を進み始めたので、その後について行く。


 一分と少しで彼女が言った通り、枯れている落ち葉と枯れている枝があった。だから、辺りを見回してみるが一切枯れている草木がなかった。明らかにおかしいけど、二人で枯れ枝と枯れ葉を河原に運んだ。持った感じだと見事に水分がなかった。


 やはりおかしいな。一昨日に雨が降ったのに普通は少しでもいいから濡れているはず。なのに枯れ葉も枯れ枝も一切濡れていなかった。絶対に誰かが影で支えてくれている。誰かはわからないけどね。まぁ、気のせいかもしれないけどね。


「さて、どうやって火を付けようかな?」

「あっ! そういえばさっきマッチ拾ったよ」

「マッチ?」

「うん。濡れてないし、多分使えると思う」

「どうやら気のせいじゃなかったようだね」

「えっ? 何が?」


 しまった!? 声に出てしまっていた。でも、隠すのはおかしいよね。なら、話すしかないか。


「恐らく僕らは誰かに支えてられているよ」

「その根拠は?」

「こんな都合よく枯れ葉と枯れ枝が見つかるわけないし、マッチが落ちているなんてことはほとんどないよ。今だと大体はライターになると思う」

「もしかして、おばあちゃんかな?」

「その可能性はなくもないよ。ただ、確信はできない」

「うーん。不思議ね。でも、どうしてわたしたちのことを支えているのだろう? メリットなんかないはずなのに」

「ははは。確かに」

「むー!」

「ど、どうしたの? そんな怒った顔をして」

「普通は『君は女の子だからメリットあるよね』と言うでしょ!」

「君は女の子だからメリットあるよー」

「棒読み!!」

「でも、相手が女の人だったどうするの? 本当にメリットないよ」

「あぁ、確かに」


 彼女はそう言うと地面に寝転がる。僕は脱ぎ捨てた服を畳んでから、焚き火を挟んでの向かいの場所で寝転がる。


「さて、火を付けるよ」


 マッチ棒でケースの側面を擦ると簡単に火がついたので、焚き火の形になっている場所に放り込むと火がついた。肌寒い今にそんなものを用意するとかなり暖かく感じた。


「それにしてもどうして喧嘩したの?」

「自由が少なすぎたかは増やしてと言ったら逆ギレされて、そのまま喧嘩に」

「あぁ、確かに君の家は自由が少ないよね。門限も六時だし。『子供かっ!』ってツッコミたくなるよ」

「あなたのところはどうしてなの?」

「なに。簡単さ。ちょっとした意見の食い違いだよ」

「ふぅーん」


 セリフだけでも興味がないということがわかるほどで返事をされた。


 自分から聞いておいてその反応はどうかと思うな。


 僕はきっと笑顔だけど内心では怒っている。このことが彼女に伝わると嬉しいが、恐らく無理だろう。


「明日には君は家に戻すから。そういう、つもりでいて」

「…………」

「あれ? 返事は?」

「…………」

「もしかして」


 ある可能性に思い当たり彼女の方へ向かい見てみるとスースーと静かな寝息を立てて眠っていた。


「はは。やっぱりね。どこでも寝ることが得意だもんね」


 気持ちよさそうに眠っている彼女を見ると怒りなんて消えた。だから、焚き火を挟んだ向かいの地面に寝転がる。


「ふわぁぁ……。僕も寝よ。明日は早いだろうしね」


 独り言を言ってから目を閉じると眠気がすぐに襲って来た。


 どうやら眠れそうだ。



 自然と目が覚めたので、すぐに目を開けると、少し霧が出ていて冷んやりとしていた。


 どうやら、眠れたようだね。


 眠れたことに安堵して、起き上がろうとするとお腹の部分だけが暖かく感じた。何事かと思い、お腹の部分を見ると彼女が心地好さそうになる眠っていた。


 ま、マズイ! 起きたばかりだから、生理現象としてっている! でもまあ、大丈夫そうか。僕のお腹を枕にしているだけのようだし。


 一瞬焦ってしまったが、すぐに安心できたのでホッと胸をなでおろす。


「っ!?」


 今度は別の焦りが出てしまう。これは笑い事じゃない。


「熊かよ」


 近くにいた黒い毛を持っていて、2メートルはさすがにいっていない。そして、胸に半月型の模様がある。


 ツキノワグマかよ。どのみちヤバい。特に声なんて出したら下手すると殺される。


 ツキノワグマはどうやら餌を探しているようだ。普段は大人しいけど驚かせると襲われる。これは本当に死んだフリをするしかないね。どうか動かないでよ。


 今も心地よく眠っている彼女に願う。しかし、そんなの知るわけがなく彼女は寝返りをうつ。そして、少しずつ目を開ける。


「っ!?」


 僕は慌てて彼女の上に覆い被さり口を抑える。手は幸い僕と彼女の間にあるので暴れさすことはない。ただし、足は違う。何も知らない彼女は暴れるに違いない。だから、申し訳ないけど足に足を絡めて動けなくする。これで完全に彼女は身動きが取れない。


 だから、ツキノワグマが去ってくれるのを待つ。いつ去るかわからないので、ツキノワグマを監視するしかない。微かに首を捻り眺める。


「っ!?」


 下から息を飲む音が聞こえたので、どうやら彼女も気づいたようだ。だから、息もしづらいだろうから、手を離す。彼女の呼吸は乱れている。でも、最低限の音しか鳴らさない。


 彼女の吐息が僕の首筋に吹きかかる。そんな場合ではないのに僕は恥ずかしく思いながらも、興奮してしまう。そのせいかさらに勃ってしまう。でも、どうしようもない。


 ツキノワグマは獲物を探すかのように同じところを行ったり来たりして落ち着きがない。熊に落ち着きを求めるのは間違っているだろうが、落ち着いてと願うしかない。


 熊は雑食なので普通に人間も襲われる。もしかすると、喰われるかもしれない。だけど、仕方ないこと。


 熊は移動の仕方を変えた。まるで獲物を見つけたかのようにこちらに一歩ずつ近づいてくる。熊に出会った時は死んだフリをするという教えを思い出して、呼吸を止める。すると、彼女もそのことに気づいたのか呼吸を止める。


 熊はとうとう僕たちのところにたどり着き、犬や猫のように匂いを嗅いでくる。その間、僕たちは我慢するしかない。例え、どんなに怖かろうがそれ以外のことをしたら待っているのは死のみ。


 まさか家でしただけなのに死を覚悟するとは思わなかった。でも、誰がこんなことを予想できるだろうか。僕たちは不運すぎる。


 一通り嗅ぎ終わると気のせいだったと思ったのか、ツキノワグマは森へと帰っていった。しかし、油断はできない。また戻ってくるかもしれないからだ。でも、呼吸は許されるだろう。


 かなり辛いが呼吸音は最低限の音しか鳴らさない。


 それから数十分経ったが、戻っては来なかった。


「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」」


 思わず安堵の息を漏らすと彼女も同時に同じことをした。しかし、笑いなど漏れて来ない。今は安堵感に包まれている。


「「あっ」」


 彼女と超至近距離で目が合ってしまい声を漏らしてしまう。それは彼女も同じ。でも、思っていることは違うだろう。


 彼女はクリクリと可愛い瞳を持ちながらも、大人っぽい雰囲気を漂わせる。大和撫子という言葉がふさわしい。そんな美しい彼女が目の前にいる。だから、あまりの美しさに見惚れてしまう。未だに恋人がいないのがおかしいくらいだ。


「さ、さすがにそんなに見られると恥ずかしい」


 彼女はそう言って少し顔をそらす。


「ごごごご、ごめん!! ついつい見惚れちゃって! でも、僕なんかに見られるのは嫌だよね」

「嫌じゃ……ない」

「っ!?」


 もしかして彼女は僕のことが好きなの? えっ? まさか好きな人って僕のこと?


「いやいやいや! 何を勘違いしているの!? 僕! そんなわけないじゃん! 不釣り合いだよ!」

「ん? どうしたの? な、なんでもないよ。すぐに離れるから」


 少し勿体無く感じながらも離れる。自分のことよりも彼女を優先しないといけないから。


 それにしても二人して葉っぱ一枚なのにかなり密着しちゃった。こんな時に不謹慎だけど一生の宝物にしないと。


「ごめん。今から着替えるからちょっと待ってて」

「ごゆっくり。……さて、朝食はどうしようかな?」


 木の実にするか魚にするか。いや、でも今すぐ家に帰れば朝食は問題ないかな? うん。多分、問題ないしそうしよう。


「ねぇ……って、うわぁ! ごめん!」

「別に気にしないよ」

「あっ、そうなの。でも、ごめんね」

「気にしないで」


 背後を振り向くと彼女が着替えの最中だった。男とは違い早く着替え終わるわけがないのに一体何を思ってあんなことしたのだろう。僕は。


「でも、今更よね。下着見られたくらいで。昨晩はお互い裸で川に入った中なのに」

「確かに。そう言われればそうだね」


 彼女のおかげで気が紛れた。だからと言って見るわけにはいかないので、彼女が着替え終わるのを待つ。


「お待たせ」

「あれ? さっきはまだ下着を着たばかりだったのにもう、着替え終わったの?」

「当たり前よ。服がこんなのだもん」

「あぁー。なるほどね」


 彼女の服装は上下ともに真っ白で、少し肩が露出していて、太ももが見えるくらいのミニスカートなので妙に納得できた。別に変なものが付いているわけではないからね。


「じゃあ、僕も着替えるよ」


 一応は報告してから、着替える。僕は下着を履いて、赤い二重線が入っているだけのジャージと上に軽くシャツを着たらおしまい。


「それでさっき何を言おうとしたの?」

「あぁ、もう帰るよって」

「うん。わかったよ」


 彼女からも快く返事を貰えたので元来た道を通る。


 十数分後に昨晩、僕と彼女が出会った橋の上にたどり着いた。僕たちの家は背中合わせなのでほぼ距離は変わらない。それにここからだと二分もすればたどり着く。


 そして、二分後にたどり着いた。まずは彼女の家だ。僕はインターホンを押すとガチャっと音が鳴り、玄関が開いた。中から瞼の下にクマが出ている夫妻と祖母が出て来た。


 僕は彼女の背を押して、家族へと近づけさせる。すると、三人を目を見開く。そんな三人を見て、ぎこちない笑みを浮かべながら「ただいま」と彼女が言うと三人が慌てて駆け寄って来た。


「みやか!! よかった! 無事だったのね!」

「ホントに心配かけて……」

「昨日は悪かった」


 三人が別々のことを言う。そんな言葉を聞いて幼馴染から嗚咽が聞こえてきた。三人に抱きしめられて、彼女は泣いた。ひとしきり泣いた。


 泣き止むのに数分が有した。


「パパ。ママ。おばあちゃん。ごめんなさい!! わたし勝手に家飛び出して! 三人に迷惑をかけた!」

「いいのよ。あなたが無事でいてくれさえすれば」

「ママの言う通りだ。みやかさえ無事でいれば俺たちは幸せだ」

「あたしの方こそごめんね。でも、無事でよかった」

「彼がいたおかげよ」


 彼女はそう言いこちらに振り向いた。


「おや? かずきくん? でも、かずきくんがどうして?」

「偶然ですよ。ホントにただの偶然」

「そうか。なら、お母さんたちに連絡をしておくね」

「大丈夫です。今から帰りますから」

「そうかい。でも、みやかを救ってくれてホントにありがとう」

「僕は家族のところに帰りますので」

「あぁ。ごめん。引き止めて悪かったね」

「気にしないでください」

「ありがとうね! かずき!」

「そっちこそ。元気でね」

「うん!」


 僕は彼女の家から背を向けて背中合わせになっている自分の家へ向かい。


 数秒で家にたどり着いた。

 この家は鍵が開いていることを知っているので、普通にドアを捻る。しかし、家は真っ暗だ。僕はリビングに向かう。リビングに入ったが、そこには誰もいない。


 わかっているよ。僕のことなんてどうでもいいことくらい。でも、感謝はしているからね。ここまで育ててくれて。


 リビングの机に通帳とちょっとした短いことが書かれている手紙を置く。そして、そのまま家を出た。


 わかりきっていた。彼女の家とは違うことくらい。僕の両親は僕に無関心。でも、それでいいと思う。むしろ、それがいい。こんな罪深い僕のことなんてどうでもいい。僕が蹴ったボールで兄さんは亡くなったのだから。あの時、僕が変なボールを蹴らなければ兄さんは亡くならなかった。なんでもこなしていた特別な兄さんが亡くなったのだ。僕のせいで。


 しかし、形が残っているならまだよかった。兄さんは制限速度以上出していた、車にかれて亡くなった。僕がボールをコントロールできなかったせいで。車は慌てて逃げようとしたが、兄さんにあげた手作りのネックレスと僕が蹴ったボールが車に絡みついていたせいで、兄さんは永遠に引きずられていった。そして、制御を失った車が海へ飛び込んだ。


 全てが僕が悪い。そんな僕に無関心でいてくれるのだから、感謝しかない。ちゃんと衣食住は提供してくれた。それだけでもありがたい。事故当初は僕に関心を持って、命を救ってくれた。だから、その僕が稼いだちっぽけなお金で幸せに暮らして。僕のことなんか忘れて。今までありがとう。


 背を向けて、歩いていると気がつくと先ほどまで僕と彼女がいた河原に着いた。


 兄さんも苦しんで死んだはずだから、僕も苦しんで死ぬよ。絶対に逃げたりしない。どれくらい苦しいかわかっている。でも、これがきっと一番苦しめる死に方だから。


 どうせ一週間で死ぬんだ。たったの一週間だ。一週間苦しみ続けてやるよ。


 僕は餓死がしするために今から飲食物を一切口にしない。できれば絶対に見つかることのない場所に行きたい。でも、この村にはそんな場所はない。だけど、最後の願い。兄さんと同じ村で死にたい。


 まだ見つかりにくい橋の下とかにしようかな?


 僕は今いるところよりも少し遠い橋の下に向かう。でも、橋といっても僕の中で思い浮かぶのは昨晩に彼女と出会った場所のみ。幸い、あそこはかなり背の高い草などがあるので見つかりにくいだろう。胃液のせいだろうが、お腹が痛くなる。でも、我慢する。兄さんの苦しみはこんなものではないから。


 ♡


 家に帰った翌日にわたしは学校に向かう。まるで何もなかったかのように。自分で言うのは恥ずかしいけど、みんなから憧れの目を向けられるから学校に登校したら色んな人に話しかけられる。それに全て真摯しんしに対応しながら、教室へと向かう。これはいつもと同じ。


 彼とわたしは同じクラスなので教室に向かう。いつも遅刻ギリギリに来るから長い間、待たされる。わたしは彼に伝えたいことがある。そのせいでいつもは短く感じるチャイムまでの三十分が長く感じる。


 でも、授業の始まりのチャイムが鳴っても彼は教室に来なかった。


 こんな時に遅刻なんて間が悪いな。


 少し残念に思いながらも、心を決める準備ができる。そう思っていたが、彼は学校に来なかった。


 もしかしたら、わたしのせいで体調を崩したかもしれないので彼に渡すプリント先生から貰い、部活も休んで彼の家へと向かった。


 学校に行く時よりも早く着いたので、すぐに彼の家のインターホンを押すと中からは「はい」と女の人の声が聞こえてきた。そう思うと玄関の扉が開く。


「あっ。みやかちゃん? どうしたの?」

「あの……かずきは?」

「帰ってきてないわよ」

「いつからですか!」

「うーん。確か一昨日の晩に家出した時からかな」

「っ!? どうして探しにいかないのですか?」

「彼はもう大人よ。全て自己責任に決まっているでしょ?」

「そんな……無責任です」

「そう? まぁ、かずきのことを探したいのなら任せるわ。仕事があるからね」


 へっ? この人は一体何を言っているの? おかしい。確実に。


「自分の息子よりも仕事ですか?」

「当たり前でしょ? 息子は放っておいても帰ってくるけど、仕事は放っておいたらなくなるからね」

「そうですか。それでは」


 彼女から背を向けて走る。でも、許してほしい。わたしは彼女を尊敬していた。それを裏切られたのだから。しかも、目にクマがなかった。つまり、息子がいないのにぐっすりと眠っていることになる。


「わたし一人で見つける。とりあえず手当たり次第探してみよう」


 ボソッと呟いてから、彼がいそうな場所を思いつく限り探し回った。


 結局は見つからなかった。痕跡すらなかった。ただ、時間が過ぎていっただけ。それにもう空は暗い。心配かけるわけにはいかないから、家へ帰った。もちろん、こんなにも遅くなった理由を聞かれた。隠す必要なんてないので素直に話した。そして、みんなも探してくれることになった。


 翌日。わたしは学校でも彼のことを見てないか聞き回った。だというのに目撃情報は一つもない。謝罪の代わりと言って探してくれることになった。


 そして、また翌日。この村の学校は休校になった。みんなで彼の捜索。


 全くどれだけ世話が焼けるのよ。一体どこに行ったの? 教えてよ。


 その日も何の成果もなく幕が閉じた。彼のことを知っている人は皆、表情が暗かった。


 彼は約一人を除いて、誰一人にも好意を抱かれていない。だからと言って、嫌われてもいない。そんな相手が失踪した。だからか、皆自分のことのように探してくれた。なのに彼は見つからなかった。この村にはいない可能性が高くなった。


 結局夜になったが眠気は一切来なかった。ずっと、彼のことを考えてばかりでいた。だから、一応は外を歩いている。


「もしかして」


 歩いているとある場所にいるかもしれないと思った。恐らくそこまでは誰も探していないだろう。


 あの日と同じような少しジメッとしているせいで、肌に服がへばりついて気持ち悪い。でも、彼を見つけられるならどうだっていい。


 目的の場所に着いた。そこは家出したわたしたちが一夜を過ごした場所。そこには二つの影が合った。その影がこちらを見た。それで影の正体はかずきのご両親だということを知った。


「どうしてあなたたちがここにいるのですか?」

「それはこちらのセリフだよ。まだあの子を探しるの?」

「当たり前です」

「なら、一つ言わせて」


 何を言ってくるのだろう。放っておいて? 諦めて?


「あの子の邪魔をしないで」

「邪魔?」

「あの子は今、自分の罪を償おうとしている。自らの身をもってしてね」

「かずきの場所を知っているのですか!?」

「うん。知っている。でも、教えない。かずきがそう望んでいない」

「っ!? かずきが望んでいる望んでいないなんて放置しているあなたたちにはわからない!」

「わかるさ!! 俺はあいつに何度も関わろうとした! でも、あいつはその度に苦しそうな顔をした!! 息子がそんな顔したら何もできないだろ! 親というものはそういうもんだ! それにあいつに生きてもらうために飲食物を置いたんだ! なのにあいつは手をつけなかった! そして、俺たちにもわからないように行方をくらました! それがあいつの答えなんだ! 親は子供が望むことを否定してはならないんだ!! だから……あいつのことはもう放っておいてくれ! もう……邪魔をしないでくれ!!」


 それが自分たちの意思とでも言うかのような表情で二人はわたしを見る。それが親としての彼らの意思だということは事実だ。間違いはない。でも……


「でも、あなたたちの意思としてはどうなのですか? 親としてではなくあなたたち個人としての意思は?」

「生きて欲しいに決まってるだろっ! 誰が死んでほしいなんて望むんだよ! 仲直りしてぇよ! でも、手遅れなんだ。俺のせいで」

「あなただけのせいじゃない! あたしにだってその責任があるわよ! あたしも生きて欲しい。かずきには幸せになって欲しい」

「なら、一緒に探しましょうよ」


 わたしの言葉に二人は頷いた。


「うっ!」


 次の瞬間に頭が痛くなり、なぜか北に行かないといけない気がしたので、北に向けて走った。北といってもわたしたちの家があるだけだ。


「もしかして」


 またもやある場所が思い浮かんだ。


 ♡


 何日か前に一時的に動いたが、隠れられる場所はなかった。結局は元に戻ってしまう。なぜか今日、僕を呼ぶ声が複数聞こえてきた。でも、返事する気力も起きなかった。それでよかった。このまま誰にも見つからないまま消えたい。そして、願わくば誰の記憶からも僕のことは消えて兄さんの記憶のみ残ればいい。


 父さんと母さんはまだ僕を気にしてくれていた。でも、そんなのはまやかしになっていい。むしろ、僕を恨んで欲しい。誰もから期待されていて好かれていた兄さんよりも、誰もから期待されず無関心でいられた何の価値もない僕が生き残ったことに。


 それにしても少し眠いし眩しいな。朝になったのかな? あれ? 誰かの泣き声が聞こえる。でも、どうでもいいや。眠い。誰かわからないけどそんなに揺さぶらないでよ。気持ち悪い。


 でも、少しだけ寝させて。


 願うと、どういうわけか唇の部分に心地いい温もりを感じた。さすがにわけがわからないので眠気をなんとか抑えて目を開けるが結局はわけのわからないままだ。いや、一応は現状は理解できたけど、どうしてこうなったかがわからない。


 だって、僕の心臓部に手を当てたまま僕の唇に唇を重ねているみやかがいたからだ。


「どう…………して」

「っ!? かずき!」


 みやかが抱きついてくる。


「どう…………して」

「ようやく探してた人に会えたからな決まっているでしょ!」

「どく…………して」

「心配だったから」

「どう…………して」

「その……かずきが好きだから!」


 何を言っているのだろう。彼女の好きな人は兄さんだ。決して僕なんかではない。もしかして、これは幻覚かな? やっぱり死ぬ直前には好きな人に会いたいからね。もう、眠気を抑えないでいよう。


 そうすると自然に瞼が閉ざされた。


 次に目を開けると見知った天井があった。


「どうして」


 スゴく、スムーズに話せた。


「よかった!」


 誰かがそう言うと両親とみやかがこちらを安堵しきった表情で見てきた。


「どうして僕は生きているの? どうしてみやかがここにいるの? どうして僕はここにいるの?」

「待って待って順番に答えるから。まずはかずきが生きている理由だけど愛のおかげかな」

「愛?」


 みやかがわけのわからないことを言う。


「そう。愛。友達愛。仲間愛。家族愛。そしてその……異性愛のおかげ」

「よくわからないけどみんなのおかげで僕は生きているということ?」

「そう。それで間違いないよ」


 みやかはなぜか照れ臭そうに言っている。


「そして二つ目の質問だけど、わたしはかずきのことがその……異性として好きなの!」

「どうして僕なの? 何の価値もない僕なの? 兄さんの方が絶対にいいよ。だから、きっと兄さんへの愛情を僕への愛情と勘違いしているだけだよ。これも全て時間のせいだよ」

「違う! わたしは、かずきが、いいの! かずきしか嫌なの! たつやのことも好きだったけど、それは幼馴染として! わたしがずっと異性として好きだったのは、かずきだけなの!」

「そんな嘘はいらないよ」

「嘘じゃない! かずきは優しいから! スゴく優しいから! 小学生の頃にわたしがイジメられていた時にたつやは逃げた。それが正しい選択。でも、かずきはわたしに手を差し伸べてくれた! 自分がイジメられようともずっと差し伸べてくれた! だから、わたしはかずきが異性として好きなの!」

「そんな慰めはいらないよ。確かに僕は君を助けた。でも、僕もイジメに加担していた。それが事実だよ」

「それでもわたしは……あっ! 証拠を見せれば早いんだ」


 突然冷静になった彼女はそう言うとベッドで眠っている僕の上に馬乗りになったかと思うと唇を合わせてきた。おかげであれから何日か経っていて、体重もほぼ元に戻っていることに気づいた。歩くのはまだ難しいだろうが、見た目は健全者と大して変わらない。


 自分の体重が戻っているだろうことに気づくと、まるで僕を求めるかのように彼女が舌を入れたきた。


 僕も彼女のことが、ずっと前から異性として好きだ。だから、求められたら答えるしかない。むしろ、僕の方から求める。


「わぁお。大胆」

「あたしたちは邪魔だし退散しましょう」

「それもそうだな」


 両親はそんな会話をするとホントに部屋から退散していった。


 僕と彼女の息遣いしか聞こえない部屋になる。でも、すぐに彼女は離れた。すると、今度は服を脱ごうとし始めた。


「ま、待った! 充分わかったから。みやかがホントに僕なんかのことを好きでいてくれることがよーくわかったから、その行為は僕が完全に治ってからしよう。な?」

「えぇー生殺し。まぁ、いいけど」

「ありがとう」

「そ、それで三つ目の質問だけど、答えは単純だよ。一つ目の質問の答えのおかげとここが君の……ううん。君たちの帰る場所だから」


 帰る場所という単語を聞くだけで、今までのことが走馬灯のようによみがえる。


 すると、頬を何かが伝ったので触れてみるが、透明でなにもわからない。


「ははっ……僕はなにを泣いたんだか」


 そう言った瞬間に先ほどよりも流れてきた。いくら拭おうともその倍の量が溢れてくる。そんな僕を見て彼女は馬乗りをやめてベッドに座ると膝枕をしてくれた。そして、頭を優しく撫でてくれる。それには泣いていいよという思いがこもっているように感じる。だから、素直に今だけは泣かさせてもらう。


「ここはわたしたちの帰る場所よ」

「うん。僕たちの帰る場所だよ」

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帰る場所 紙本臨夢 @kurosaya

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