見えてる自分が見えない自分を見てる自分

@TAOR

第一話来訪

 この場で、誰よりも一目を引こうと必死であろう彼彼女らの、努力の結晶が滑稽で笑えてくる。わざと他人に聞こえる声で誰も聞きたくない恋愛体験談を花高らかに話す女子。異性の目を気にしながらも、道化に回ることに徹することしかできない哀れな男子。この学校はいつからこんな腐敗してしまったのだろうか。そんなやつらを傍目に僕はただ傍観している。たいがい辟易していたのだが、この私立苓北学園に救済の余地がまだあったことを僕は彼に出会って知らされた。

 違うようで同じような空、全く変わりばえのない街。いつもの道をただ歩くことに誰も疑問を抱かないのであろうか?そういつも思いながら、僕は学校へ向かう。通学路では登校する生徒たちが思考放棄のゾンビどもに見えてくる。そんな憂鬱な思いを引きづりながら、学校についた。絶えぬ無意味な雑言をイヤフォンで全て締め出し、教室の片隅にある存在価値を否定されたような机と椅子に座り込む。そして、その座った椅子の硬さが僕に、今日も学校という名の洗脳ロボット製造工場の工程作業の一部とかしてしまっていることを再確認させている。始業のチャイムが鳴り響くと同時に、肥満でお腹を満足そうに揺らした中年の後藤先生が入ってきて、なんとものんびりした、平和ボケを体現したかのような喋り方でホームルームを始めた。

「えー、いきなりですが、今日このクラスに転校生がやってきました。入りなさい。」そういうと、まるで口裏を合わせたかのようなタイミングの良さで扉が開き、転校生おぼしき生徒が姿を表した。その瞬間に教室内の数名の女子から歓喜の声があがった。これぞまさしく黄色い声と言わんばかりに、彼女らの声には色がついているかの如きだった。まあ理由はわざわざ説明を介すまでもないが、彼の顔立ちは端正という言葉だけでは表現しきれぬ美しさがあったのだ。人間の顔はその個々のパーツだけでなく対称性も人を魅了する要素の一部だと聞いた。だがその中でも、彼のそれはまるで写がみで正確に書いたかのように、左右対称だった。いや、人間の顔は多少のズレはあっても大概左右対称に見えるのだが、彼は段違いに対称で、周りの人間の顔がピカソの抽象画に見えるくらいだった。僕は人の容姿に魅力を感じたことがなかったが、美しいとはこういうことかとなぜか男の顔で初めて納得した。「こら、みんな、静かにしてください。では自己紹介をどうぞ。」そう後藤先生がいうと「草薙黎人」と、簡潔すぎて逆に清々しいような自己紹介をし、そのまま黙った。刹那に教室から期待と困惑の混じった空気が回り始めた。平和ボケした後藤先生も案の定、ベテランに台本にないセリフを言われた時の新人俳優みたいな様子になり、「あ、はい、ありがとう草薙くん。えー、では、席は、えーっと窓側の、一番後ろね。」と威厳のない喋り方で彼の席を指した。転校生は何も言わず静かに、席に座った。そして、その微妙な空気に学校が耐えかねたかのようにタイミングよくチャイムが鳴り、ホームルームは終わったが、突然の来訪者が作り出したこの空間は教室のみんなを浮足立たせるような、それでいてどうすればいいのかわからない困惑感に見舞わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見えてる自分が見えない自分を見てる自分 @TAOR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る